ランダムウォーク(千鳥足)
タワーの陰のオーナーのY氏のことを書かんかったな。やまほんそれで分かる奴は分かる。元野村ペインの社長だか東京支店長だかやって、ペインが無くなってから香港のセブンシーズのオーナー。タワーも村上ファンドも実は順調に資金集めが叶ったわけじゃなく、最初のシードマネーは土下座しながら、やっとことさ集めたというふうに聞いてる。タワーも、野村出身者のパワーを結集すれば簡単に20億~30億くらい集められると思ってたら、10億集めるのがやっとだったとか。村上ファンドも最初のうちは資金が集まらなくて、オリックスの宮内さんに出資してもらって、ようやくスタートできたものの、その後が続かないんで、いろんな企画を証券会社に持ち込んでた。SG山一だのの招待があったが俺は行かなかったが、たしかHISの澤田氏と組んで、業界では異例の美人コンパニオン付きの説明会なんかを開いてたんだっけかな。昭栄の買い占めだか、すでに東京スタイルのプロキシ―ファイトに手を付けてたんだったか忘れたが、話題ではあるので俺も説明会に行ってみたい気がしてたのだが、俺が忙しいってんで愚にもつかない上司が喜んで参加した。Eトレードだかが乗り気だったんだか知らないが、バカみたいな若造が偉そうにしてたとかいう説明会の報告を聞いたような気がする。美人コンパニオン付きというのを事前に聞かされてれば、俺も行っておきゃよかったと後から思ったけど、結局その企画もぽしゃった。10年以上も前のことなんかな。話題になったフジテレビの企画とタイアップしたジュラシックパークのファンドとかも大失敗に終わったけど、参加しないまでも関心を持ちつつ研究はしてた。イベント物のファンドは天候やらなんやらで人出が大きく左右されるんでリスクが高いということを学んだ。もうすっかり忘れてしまってたが、DLJディレクト証券(今の楽天証券)が募集してたんだな。人の耳目を集める企画自体は面白いんだが、採算を考えたら、やっぱ参加できなかった。商品選別には、営業マンに対しても、顧客に対しても、それなりの責任があるからな。あえて顧客を先にしなかったが、自分で営業マンをやってみて、顧客の損とかクレームに胃の痛い思いすんのは営業マンなんで、面と向かって対峙しなくちゃいけない営業マンのことを考えると、実際は顧客が一番大事というのとイコールになるはずなんだが、営業マンをやったことのない事務畑しか歩んだことのない人間とか、営業畑しか歩んだことのない人間は、自分の選択誤りを無責任にバサッと切り捨ててしまう。事務畑しか経験のない人間は、営業マンを通じての顧客のクレームに対して、「顧客のクレームを本社部門に文句を言う営業マンがだらしない」と言うし、営業畑しかしてこなかった人間も、往々にして実は似たような反応を示す。誰も結果責任を負いたくないからな。結果責任を考えてしまうから、ジュラシックパーク・ファンドとかのコンテンツ系のファンドも乗らなかったし、HISやらソフトバンクのファンドも乗らないし、日本初の会社型ファンドだった日本不動産投信(ジェイ不動産投信)やらも乗らなかった。当時、絶頂だったが、4、5年後に破綻することになるマンションデベロッパーのジョイント・コーポレーションもアーバン・コーポレイションとかなんとかとも、当時は強力な勧誘があっても乗らなかった。まず、ファンドを組成、運用する側の不動産会社とかソフトバンクにはメリットが大きくても、こっちにはメリットが少ない。それと、その手の新興の不動産会社とかの奴らは、有頂天になってるのか知らないが、悪名高い証券会社の側から見てもイケイケどんどんの単純思考というか、投資家やマンションの居住者の将来に対して責任感がなさ過ぎて、話してても気分が悪くなるだけだった。そうは言っても、こっちも新たな商売ネタとしては、一応、話を聞きたいと思ってるのだが、こっちも向こうと同類かのように接待でなんとかしようとして誘ってくるのには、こっちもプライドがあるんで、「こっちは、お前らと同類じゃねえよ」と更に気分が悪くなって、「あんたら、もうええわ」と検討を打ち切った。確かに当時は毎月分配型のファンドの人気がすごかったし、毎月の賃貸収入という裏付けのある不動産に投資するのは魅力的だったのだが、責任感の感じられない新興マンションデベロッパーと付き合うくらいなら、大手がやってるREITで十分やん、っていう結論に達した。上場してるREITなら、普通の株と同じで、なんらシステム対応もしなくていいけど、私募でも公募でもいいが、契約型のファンドはハンドメイドの事務対応をしないといけないので、償還までの手間ヒマの割には実入りが少なくて、ランニングコストに比較して割に合わない。接待漬けで向こうの言いなりになってる奴らからは、「最初の募集は5億、10億でも、いいじゃん?顧客ニーズがあるんだから、なんでやらないんだ!」と散々、圧力を掛けられたが、それから3、4年経ってみると、サブプライム問題で新興不動産会社への銀行融資がストップししまった頃には、あいつらの言い分を聞かなくて良かったことが証明されたが、その頃には圧力を掛けてきた奴らは知らんふり。そもそも、5億、10億の募集で、1千万か2千万の販売手数料を得てもコスト割れなんで、奴らの言葉なんぞ聞く耳持たなかった。そんでも、奴らうるさいんで、「顧客に売るかどうか別にして、そんなにいい商品なら、会社のディーリングの自己ポジションで買うか?お前ら、財務担当を説得しろよ」て言ってやったら、奴らは文句言いながらも、すごすごと帰ってった。その時代、時代で、非常に心を擽られる金融商品っていうのは出てくるもんで、後先考えずに飛び乗って成功するケースもないではないので、研究はするけど、自分で納得いかないものに対しては慎重にやってたと思う。儲かるか儲からないかではなく、商品設計に合理性があるかないかが大事だというふうに考えてた。そうは言っても、本当は、毎月分配に合理性があるとは思ってなかったんだが、「顧客に売りやすいし、顧客のニーズがあるんだ!」と言われてしまうと、言葉が出なかったのも真実。97年暮れのグロソブの誕生の前から国際投信の商品設計に意見したりして、結局、「所詮、泡沫ファンドだから、ま、いっか?手数料を3%も取る山種のパトナムよりは良心的かもな」とスルーした。98年の急激な円高で、いきなり1口8,000円割れになって後ろめたい気持ちになったが、忘れた頃になって、30円の毎月の分配金が、7,000円台のファンドで、しかも、手数料1.5%で購入できるというんで、顧客側の自然発生的なニーズで増えだしたことには驚いた。野村の総力を結集した戦略ファンドの惨憺たる運用成績を尻目に、単にソブリンリスクに目配せして、配分だけを微調整する運用のファンドのほうが運用成績が良くて、顧客ニーズに叶ってるというのには業界内で驚異に映った。グロソブが人気化して、安定的な分配金が出せることに世間から疑問が出て、俺らも散々ぱら、国際投信に質問をぶつけてたら、国際投信がいろいろと内訳を開示する資料を提供してくれて、分配原資の仕組みとかを勉強したりした。30円の分配金を出せる利子収益がそろそろヤバいってことになったタイミングで、丁度、円安になって、逆に40円分配になった。こんなことは誰も知らんだろう。そこで、手数料の安いグロソブに対抗すべく、ハイイールド債やら、エマージング債やら、海外不動産に投資するファンドやらの企画をするのだったが、今から思えば、あれもどうだったのかなあ?と思わないではない。当時は、一般投資家に対して過剰なリスクを背負わせてしまってるのではないか?と後ろめたい気持ちでやってたのだが、俺らがトリガーを外してしまったのかもしれないが、その後、銀行も含めて、それ以上の高リスク商品を高齢者の顧客にバンバン買わせるような時代に変わっていってしまった。そん時には、俺みたいな慎重派は、周囲から煙たい存在として遠ざけられる状況になっていたので、会社を辞めるか辞めないかで悶々と1年か2年弱を過ごしていたが。おそらく、銀行で取り扱ってるファンドなんかでも、銀行本体の企画部門の奴らも、真に商品性を理解していないのではなかろうか?今回、たまたま円安になったので、不安を感じてたファンドがオール利益で、やれやれで営業マンとしては、ファンドを解約してもらって株にぶっこんでもらいたい心情だろうけど、株じゃ手数料を稼げないんで、一回、外債のナマ債かなんか噛まして、更に為替に連動するファンドを勧めてしまうんだろうな。そのほうが、うまく行けば回転が速いから、銀行のカウンターのテラーも同じだろう。で、会社を辞めた時、銀行が採用をやってて、2年目から歩合の割合の高い営業マンの口を業者から勧められたが、わりーけど断った。正直、どんな経済環境でも常に売り続けなければいけない営業マンをやる自信はなかった。それに、いくら稼ぎが多くても、川下の仕事はしたくないという思いは、20代の頃に身に染みて感じたことなので、営業から外れても絶対に組織に流されたくない思いで、その後も仕事してきたし。90年代後半の金融ビッグバンによる投信の銀行窓販解禁にしたって、当時は未熟な知識だったけど、それなりに銀行にアドバイスした側の俺としては、銀行の一介の営業マンで使われる気にはなれなかった。金のために屈辱を甘んじなきゃいけないなら、その仕事はしないと心に決めていたので。あえて、前職とは違う道を選んだ。まったく違うとまではいかないが、新たな仕事をマスターするというハードルを越えれば、その先に前職の経験が活かせると考えた。前職と全く関係のないタコヤキを焼くとか、マンションやらセイホの営業マンになるという選択肢は考えず、多少、入口のハードルは高いけど、最初のハードルを越えれば、その後は自分の過去の経験が活かせる道を模索した。20数年前に、証券業協会で有報閲覧とか、5%ルールの報告書を閲覧しに大蔵省に行ったりしてた経験やら、営業マン時代に、先輩たちからどやされながらも新規公開株の目論見書やら、IRを熟読してた経験が、直接的ではないにせよ、仕事の下地としては活用できるようになった。語彙の数は少ないけど英語の文書も、抵抗感なく、すっと入っていける。大した知識ないけど、商法とか銀行法、信託法なんかにも抵抗感がないのは、上司や先輩とケンカしながら無駄な努力を重ねてきたお蔭かもしれん。机の上で勉強した知識だけじゃなく、実地で経験してきたお蔭で、裏打ちがされてるっていうことで、上からも、一応、俺の意見が聞かれる。少なくとも耳の片隅には入れてくれてるみたいだ。それで十分このクソ暑い時期に一軒一軒セールスに回ってた底辺時代のことを思えば、なんちゅーことはない。4流学校出の学歴やら、見た目のルックスのキモさや、大人しい性格やらで、差別されたり、我慢させられることにも慣れてる。いいじゃん、あんたらの好きなように差別すれば?俺は文句ひとつ言わんで黙ってるし。そんな屈辱に甘んじても、気にせずに頑張ってりゃ、あんたらが逃げる仕事が回ってきて、いろんな目に遭うんで、意外と俺の経験値が高まってくんだからさ。誰しもが逃げた、やっかいな海外案件にせよ、俺んとこにお鉢が回ってきて、「あいつ馬鹿な奴だな」と思われつつも失敗せずにこなしたやん。逃げた奴らは自分らの都合が悪くなるんで黙殺したけども。それでもいいのさ。裸で出りゃ、実際に体を張って闘った俺のほうが経験値が高いのは間違いない。奴らとしては、次の回も逃げる口実を探さなきゃいけない。30も半ばを過ぎてくると、自分も頭の良さをアピールしても意味がない。むしろ、バカを演じる演技力が求められるというか、本当のバカなのか、そうじゃないのか相手に疑問を感じさせる程度に馬鹿を演じる微妙な演技力。本当にバカと思われたら、おしまいだからな。俺も劇団にでも入って、もっと演技力を身に付けりゃ良かったと思う。英会話教室も演技力を磨くという点では、英語も学べるからいい。グローバルな演技力を磨ける機会はそうはない。むしろ英語なんか二の次一応、30後半から2年通ったが、仕事の都合で休み休みしか出席できないから、いつまでも初級コースだったが、いつも考えてたことは、如何に外国人講師を笑わせるジョークを言うかしかなかった(うーん残念)。そんでも、外国人を笑わせるジョークは一つ持っておくのは大事なんだなというのは、シビアな商談の中でも思い知らされた。家で飼ってるペットの話題とか、うちのカミさんが怖いとかいうのは万国共通の笑える話なんで、厳しい商談の後に出すと、相手と、すごいコミュニケーションが図れるし、商談の印象を強く持ってもらえる。間違って商談の前に、そんな話題を振ると、「こいつバカか?」と蔑まれることになるが・・・だいぶ酔ってる。自分では論理的に書いてるつもりでも、ランダムウォーク(千鳥足)してるんかもしれない。ま、酔ってなけりゃ、ブログなんて恥ずかしくて書けないけどさ。タワーがやった投資顧問会社が外国籍のファンドを作って、年金運用やらなんやらに参入するという手法も、「ああ、そういう手もあるんやな」とか感心したけど、かなりグレーな手法だったような記憶がある。手口を隠せるメリットもあったんだろうし、当局の目を掻い潜れるメリットもあったんだろう。アングラマスコミは海外スキームとかの知識がないから、やたら「怪しい」ってことだけを前面に出すけど、そこの部分は自分らが無知なだけで、そう大した話でもない。怪しい、怪しいの部分だけに囚われて、物事の本質に迫れないから、毎度毎度、後講釈に終わってしまう。海外経由だろうが、所詮は地味な事務手続きの話だし、そんなことは、こっちも殊更言う話でもないんで、尚のこと部外者の方々は変な妄想を掻き立てるんか知らんけど。海外を隠れ蓑にしてたとしても、本質的な問題は海外のオフショアにあるんじゃなくて、日本国内で行われてることなんで、常識的な感覚さえ持ち合わせていれば、君子危うきに近寄らずで危険を回避できるはずなんだけど、まどろっこしいことを避けて手っ取り早い利益を求めようとしたがるところを詐欺師につけ込まれてしまう。夢から覚めてみれば、至って単純な仕掛けだったというのは、浦島太郎の昔から変わらん。