いきなり来訪者が増えたので、もしかしてマズイこと書いてたかと思って消してやった。

ケートス時岡で検索して来たみたいだな。



全部とは言わないまでも、知りたい奴のために少し書き直して載せておくか。

俺も時岡なんて奴は知らんが、元タワー投資顧問だったっていう記事を見掛けたので、なるほどな、と思っただけ。

2004年の高額納税者トップの清原達郎氏のいるタワー投資顧問。

清原氏が野村出身なのは有名か。

ネット上で調べると、時岡何某はタワー投資顧問の傘下のタワー証券にいて、それからケートスに移ったようだ。



昔、まだ俺が証券会社にいた頃は、タワー銘柄なんていう言葉もあって、タワーが仕掛けている銘柄は株価が上がるということで、タワーの動向を常にウォッチしてる連中がいたくらいだった。
タワーはホームページすら出していないんで、謎の多い会社。
相場の世界は秘密が多いほど、なぜか惹きつけられるもんで、断片的に集めた情報から人々は勝手に妄想を膨らませていく。

阪中氏のソブリンアセットもそんな感じで、周囲が勝手に妄想した虚像が肥大化していって、自分が作り出した怪物に自分が怯えているようなふうになっていった。
当時は、元野村ってだけで、その看板に勝手に妄想を膨らませる人が多かった時代だった。

暗黒の90年代がやっと終わり、世間がミレニアムフィーバーだった頃にタワーが誕生したんだったような記憶がある。

とりあえず、金融ビッグバンの制度改革が行われ、証券会社や投資顧問への新規参入が緩和され、手数料完全自由化とインターネットの普及で個人投資家が参加しやすいインターネット取引が本格化していくだろう、そんな雰囲気が漂っていた時代。

大手証券や大手都市銀行の総会屋事件も一段落ついたのかな、あの頃には。

90年代末からITバブルに湧き、新興ベンチャー企業が次々と勃興し、単なるホームページ作成代行業者ですら容易く上場できてしまい、大した見識も知性もないベンチャー企業家が猫も杓子も大金をゲットしてった。

その状況を横目にして、そんなベンチャー企業家よりも、遥かに知性のある金融マンが、融資や上場のお手伝いといったサポートに甘んじなければいけないことにバカバカしさを感じて、一攫千金、一国一城の主を目指して、どんどん辞めていった。

公開引受だの融資だのの上場予備軍の企業のサポートをしてる人間から見たら、アホでも上場企業の創業者として脚光を浴びて、株で大儲けできるのかと思ったら、バカバカしくてやってらんねーわな。

そんくらい、どんなに馬鹿で、人格的に劣る、程度の低い奴らでもベンチャー企業の旗手として祭り上げられた。

てか、そんな奴らしかいなかった。

ベンチャー企業家と持て囃されてはいたが、どいつもこいつも、とことん、くだらない人間ばっかりで、正直、俺もウンザリした。

その姿を見ても、サラリーマンとしてはグッとこらえて、一応、「社長、社長!」と太鼓持ちよろしくゴマすりして持ち上げなきゃいけない苦痛は、耐えられないことだったろう。

上場予備軍の創業間もないベンチャー企業に転職して、バカな社長のご機嫌を取りながら、銀行や証券会社との資金調達のサポートやら上場審査を通過させるためのサポートに回った人間も多かったが、自分のプライドが許さずに、第三の道を選択したのが、新興の証券会社だったり、新興の投資顧問会社だったり、新興のコンサルティング会社、ヘッジファンドに転じた奴らだった。

その中、新設した投資顧問会社の先駆けがタワー投資顧問だった。

たしか、厳密には、タワーは新設した会社じゃなかったんじゃなかったっけな?
休眠会社かなんかをリニューアルしたとかなんとか聞いたが。

戦略は至って単純

まともな投資顧問会社なら誰も見向きもしない小型株を集中的に買い上げる手法。
村上ファンドじゃないけど、意外と創業時には大した資金が集まらなくて、理想と現実の違いでそんな投資手法を選択せざるを得なかったとかなんとか。

後に金がジャブジャブと集まって来たかのように言われている村上ファンドにしたって、初期の頃は気の毒になるくらいに資金集めに苦労してた。

村上ファンドも2001年の創設で、オリックスの宮内さんにポケットマネーを出してもらって、理想に向かって、ようやく漕ぎ出したような有様だった。

後の魑魅魍魎も、意外と最初は資金集めに苦労してたりする。

で、当初の目論みに反して、やっとの思いで苦労して集めた10億だか20億のスポンサーのシード・マネーを元手に、小型株を買い集めた(買い占めた)結果、当然のことながら、株価が上昇して、評価益ベースでは目覚ましい運用益を上げることになった。

しかも、スキーム上、出資者の名前は一切出ない。
海外に設立したファンドだからね。

そんなグレーな要素を持つ、無名の投資顧問業者が運用するファンドが好成績を上げ、それが瞬く間に噂が噂を呼んで、保守的な年金まで投資するようになってくる。
日本版ヘッジファンドの誕生。

こうなってくると、野村出身者がお得意の接待攻勢で、単なる田舎の名士に過ぎない年金の理事長達の籠絡なんざ、お手の物。

信託銀行なんかの大手の年金運用業者が手を出さない小型株を次々に買い占めて、あくまで評価益ベースでしかない高い運用パフォーマンスを上げていく。
株式市場の低迷に苦しむ年金としては、謎めいた投資顧問会社ではあるものの、社員の出自はみな野村などの金融エリートばかりな上、高いパフォーマンスを上げ続ける運用成績を目の当たりにすれば、接待攻勢を受けつつも周囲を説得できると共に、言い訳ができる。

で、清原氏の途方もない高額納税になる。

ま、俯瞰して見れば、新興の運用会社にしかできない自転車操業であることに気づくことはできるのだが、その能力もない人間にも関わらず、運用に悩む年金基金を背負ってる担当者としては、恋は盲目になるのは致し方ない。

おそらく、タワーの変形パターンがAIJで、ここも野村出身者。

オリンパスでも世間を騒がせることになる、元々は野村出身で、その後、ペイン・ウェバーに転じて、ペインが閉じた後に、更に自分でコンサルティング事業や投資顧問会社を起こした、今は50代半ば以上、60代の人たちということになる。

この世代の人らのバブリーさは半端ないし、しかも、一切、反省しないから、始末に困る。