休憩室のMonologue -9ページ目

休憩室のMonologue

時事ネタや書籍・音楽・映画・アニメ等の感想など
少々長めの文章で書いていきます

”瞬間瞬間は ああ 止まれずに終わってくけど
 終わり続けるから始まり続ける”「Singing!」放課後ティータイム


休憩室のMonologue
感動の最終回からw何が起こるのか?
案の定、発表会が(不本意な形とはいえ)終わったことで、来夏の弟をはじめ部員が続々と辞めていく。
まあ弟は脅かされてだしw、他の女子もバイオリニスト目当てだったことを考えれば仕方ないか。
でも発表の場が文化祭と卒業式しかもうないのか・・。

休憩室のMonologue
登校途中の和奏の自転車を直してくれた親切な外人さんはストーカーだった!?
いやいやいや(笑)
口ずさんでいたメロディーは2話の冒頭で登場したコンドルクインズだ。
しゃべっているのはスペイン語?てことはブラジル系?誰か翻訳してくれ!
あと鞄についていたアクセサリー?に目が留まったようだが、母親が関係しているのか?

休憩室のMonologue
入院している校長の代理となった教頭先生からの呼び出し。
部員が5人未満となり廃部を通知される合唱部。
とバドミントン部w
確かによく一人で存続出来たと思うが、もちろん校長の計らいだし、
田中大智はかなり有望株の実力者ということか。

休憩室のMonologue
県大会出場をあきらめられない大智はヴィーンを誘う。
ついでに家に誘うが、ヴィーンのラッキーイベント勃発w

「大智はバドミンドンばっかりで友達を連れてきたことが無い」という姉の発言。
要はスポーツ馬鹿だったということなのだろうが、何か意味深に思うのだけれど・・。

大智を合唱部に誘うべく、勝負を挑む来夏と紗羽。
そこに和奏とヴィーンも参戦。
合唱部とバドミントン部の勧誘合戦が始まるが、
休憩室のMonologue
お前らはとんねるずかw!!

休憩室のMonologue
しかし最初の3発を切り返す大智はやはりかなりの腕前だ。
ヴィーンの腕が達者であれば間違いなく男組の勝利だったろう。
いつの間にか名前で呼び合う和奏と紗羽。あれ来夏はw?
落ち込む大智に来夏はバドミントン部の入部届を差し出す。
つまり合唱部もバドミントン部も5人以上で存続可能。
これで物語序盤におけるセットアップが完了。
ずるずる引き込まれる和奏だが・・・・。
休憩室のMonologue

休憩室のMonologue
顧問を再び校長に依頼するため、病院に赴く5人。
教頭も登場し一悶着あるものの無事に部は了承される。
休憩室のMonologue
ここでようやく学校側(校長・教頭)の過去について少し語られるが、
校長と和奏が直に対面するのはこれが初めてなのか?

”白浜坂高校の合唱部は全国優勝したことがある名門”
”声楽部ではなく合唱部が─”
”彼女との出会いで音楽の持つ意味が変わった”

疑問に思うのが和奏の母はいつ亡くなったのかということだ。
和奏が思い出すのは彼女自身が幼いときのことだ。
普通課に編入してきた時期と、母親が亡くなった時期はリンクしているかと思っていたが、
違うのか?そうでもないのか?

休憩室のMonologue
もう(でもないけど)夏休み。
地道な練習だけでなく、何か緊張感を保つには。
と考える来夏はやっぱリーダーシップがあるよなぁ。
ドラッカーじゃないけど「先天的な真摯さ」ってかなり強いと思う。
「もしドラ」のあのマネージャーは真摯さの欠片も無く、論外でしたけどねw。

休憩室のMonologue
そこで目に留まった商店街のイベントに出るべく、その場に居た来夏、紗羽、大智でオーディション。
しかし曲目が校歌のせいか、モチベーションがw

海の家にいた謎のオッサンによる伴奏で歌が変化する。
何か変だとは思っていたが、この校歌はラテンだったのか!?
想定外!


休憩室のMonologue
しかしさらに想定外がこのエンディング!!

しかし謎が深まるばかりの和奏の母。
音楽に愛された天才であろうとは分かるが、一体何があったのだろう?
まあおそらく終盤で少佐が・・じゃなくってw教頭先生が語ってくれるのだろうけど。


にほんブログ村 トラコミュ TARI TARIへ
TARI TARI


愛すべきものすべてに BEST/尾崎豊

¥3,059
Amazon.co.jp

今、尾崎豊と言うと、どういうイメージを持たれるのだろうか?
「バイクを盗んだ人」とか「窓ガラスを割った人」とかなのだろうか?
時間が経つにつれ、メッセージ性が薄れたり、若者に受け入れられなくなるのは仕方ないにせよ、
尾崎豊は「優れたミュージシャンではなかった」という評価については、
どうにも納得しかねるものがある。


尾崎豊は1983年にデビューしたシンガーソングライターである。
「17歳の地図」「卒業」「I LOVE YOU」「太陽の破片」のヒットを飛ばし、
10代の教祖、若者のカリスマなどと呼ばれるが、92年に26歳の若さで亡くなった。
その後、90年代半ばになってから、尾崎に対する批判というか、理解出来ないという声が聞こえてきた。
「何に対して怒っているのか分からない」「バイクを盗まれた人の迷惑は考えないのか」とか。
まあ残念ではあるが、価値観は変化していくものだし、それは仕方ないことではあるのだけれど。

もうひとつ多い批判のひとつが先に挙げた
「それほど優れたミュージシャンではなかった」というものである。
これはプロデューサーだった須藤晃氏も言っていた事なので、結構驚いた。
当時はよく分からなかったのだが、色々音楽を聴くようになって何となく分かった気がするのだが、
つまりは、尾崎はそれほど音楽マニア・コレクターなどではなく、表現者としては圧倒的に凄かったが、
ミュージシャンとしての引き出しは、それほど多くなかったということなのだろう。

プレイヤーとしてもそれほど上手いわけではなかったようだ。
だが、尾崎自身はそのことを謙虚に受け止めており、エゴを出すことなく
周りのミュージシャンに託していたいう。
その方が曲が良くなると分かっていたからだ。その辺、ジョージ・ハリスンと似たものを感じるのは私だけか?
だから尾崎豊が優れたミュージシャンではなかったという意見については、
私自身「一応理解は出来るが、どうも納得しかねる」という微妙な意見になってしまうのだが・・。
でも音楽だけでなく全ての芸術においても、
技術力の高さや情報量が多ければ良い作品が出来るとは限らない。
また一般に受け入れられる訳でもないのも確かな話だろう。


誕生/尾崎豊

¥4,900
Amazon.co.jp
2枚組の「誕生」は尾崎豊のミュージシャンとしての音楽性が
爆発している作品だと思う。

これは傑作だ。
全曲がすさまじいテンションで、そして狂おしいほどの心情が描かれている。
詞やボーカルスタイルやパフォーマンスに注目されがちだが、
尾崎豊が、秀逸なメロディーメーカーでもあったことが分かるのではないか。
そして、核となるのはタイトルチューンの「誕生」ではなく1枚目ラストの「永遠の胸」だと思う。
当時、タイトルをどちらにしようか悩んだとインタビューで語っていた。
個人的にもアルバムの中で一番好きな曲だ。最初に聴いたときは泣きそうになった。
今でも様々な企画盤が製作され続ける尾崎だが、
10代の教祖とかいう評価だけではなく、ミュージシャンとしての再評価もされるべきだと思う。
その意味で「誕生」を強く推したい。

BLUE~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI/オムニバス

¥3,059
Amazon.co.jp
もう1枚はトリビュート盤である「"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」だ。
ミスチル、COCCO、宇多田ヒカルなど豪華な顔ぶれが揃うカバーアルバムだが、
「本人が歌わないことによって」メロディーメーカーとしての尾崎が明らかになっている
音楽評論家の渋谷陽一氏が語っていた。
なるほどなと思う一方、そんなの当たり前じゃないか、と思った自分が居た。

ところで私たちは、いつまで尾崎豊を覚えていられるのだろうか。
いずれ石原裕次郎や美空ひばり、エルビス・プレスリーやビートルズも、同様に忘れてしまうのだろうけど。
また、今尾崎が生きていれば、吉川晃司、岡村靖幸との友人関係はどうなっていたんだろうなぁと
野暮なことを考えてみたりもする。




第1話を観たとき”亡夫と対峙することになっためぞん一刻みたいだ”と感想を言ったが、
・・・本当にそうだった。

雨の日の告白から一週間、二人の間には何の進展もなかった。
六花は単なる気紛れだったのかと思い始めるが、そんなわけはない。
話しかけようとする葉月亮介を幽霊(島尾篤)が邪魔していたからだw
休憩室のMonologue
そりゃ寝取られを黙って見過ごせるわきゃぁないけどよ。
でもそんなことをそていたら、六花は幸せにはなれない。
もちろんそんなことは分かっている。でも見過ごせない。
”置き去りにした方とされた方。どっちが苦しいと思う?”

休憩室のMonologue
亮介はそんな亡夫の行為をうざく思いながらも、好きになった気持ちは抑えられない。
ようやく勇気を振り絞って食事に誘うことに成功する。
六花も悪い気はしない。むしろ嬉しくなり亮介に好意も持ち始める。

休憩室のMonologue
”なつかしいなぁ。私こうやってぼんやりしてたら、そのうち葉月君とSEXしたりすんのかな”
 現金なもんで、先週まで色恋なんてもう死ぬまで縁が無いと思ってたのに。恥ずかしいな・・”

休憩室のMonologue
別れ際に軽いキスまで。
男ならマジ(本気)になるわな。
休憩室のMonologue
押し倒してそのまま─!
といきたかったが邪魔が入る。
このアングルは何かいやだなw

篤のことが口に出てしまい、気まずい雰囲気に。
六花は好意を受け入れそうになった自分を責める。
篤も複雑な心境になり。亮介も・・・。
”生まれてはじめて軽く他人に殺意を覚えたが、相手はとっくに生身じゃないとか・・。
 どうすりゃいいのよ・・・”


休憩室のMonologue
布団もかけずにそのまま寝てしまった六花は風邪を引いて倒れてしまうが、
篤は声をかけることも、手を差し伸べることも出来なかった。
結局亮介が家に駆け込んで助けるが、うわごとのように篤の名を呼び続ける─
”ごめんね・・・島尾君─”
”泣きたいのはこっちだ・・・”

休憩室のMonologue
休憩室のMonologue

「めぞん一刻」でもそうなのだが、ヒロイン(響子)は比較的早く男(五代)に好意を持ち始めていた。
五代に迫られて流されそうになった後「・・・女って、駄目ね─」とひとりで呟くシーンが非常に印象的で。
また、響子さんが最後の最後まで五代の行為をのらりくらりと曖昧にかわしていた理由として、
「それまでの愛が、全部嘘になってしまいそうで・・・」と語っている。
つまり死ぬほど好きになった相手がいたのに、また誰かを愛することはその人を裏切ることではないのか?
大好きな人がまだいるのに、他の誰かを意識し受け入れることは罪ではないのか?と。
五代の側も響子さんに対して最後までエースのカードを出せずにいた理由もそれの裏返しで、
仮に一緒になったとしても、亡夫が心の中に住み続けていたらどうしよう?
SEXしながら他の男のことを考えていたらどうしよう?と悩み続けていたのだ。

「たとえ人は死んでも、誰かの心の中に、想い出の中で生き続ける」
というのは数多くの物語で提示されるテーマのひとつだが、
それが励みになる一方で、重石になっているのがこの物語だ。
しかもただ一人にかかるものではなく、周囲の人の重石にもなってしまったら・・・。
一体どうやって(話が)進んでいくんだろう?

第2話で驚いたのが、亮介と篤だけでなく六花まで心情をモノローグで赤裸々に語っていたことだ。
SEX云々までさらりと言葉にするからドキッとしちまったよw
ほぼ3人の話だけで淡々と進むのだが、やはり声の演技がすごい!
ここまで抑えた感じの作品は、近年無かったのではないか?あるいは私が観てないだけか?
先週見終わった後で、ニコニコ動画で放送開始前のイベントが挙がっていたので観たのだが、
これが面白い。プレスコ方式がいかに声優の演技力を発揮させたかがよく分かる。
非常に非常に見応えがあるので未見の方は是非。



あと今回、頭のなかで再生された1曲

”もうどこにもいかないで 
 彼方(あなた)の傍(そば)を 離れずに暖めて

 どんな壁も這い上がって
 泪(なみだ)の痕(あと)を拭わずにいるつもり

 去り往く月日に逆らえる者は存ないと
 肩を竦(すく)めていた昨日より

 重ねた全てを使い果たしていいとさえ云える
 その微笑み応えたい”

「離れずに暖めて」Sing Like Talking(93年)



にほんブログ村 トラコミュ 夏雪ランデブーへ
夏雪ランデブー


いきなりクライマックスとはこういうことか・・!

休憩室のMonologue
来夏の路上ライブ(?)でメインキャスト5人が邂逅する。
・・が、もろに会話が噛み合わずw。この描写が非常に面白かった。
紗羽の提案で女3人は彼女の家にお邪魔することになる。
前回も思ったが紗羽の私服が変わっていると言うべきか・センスが良いというべきか。
で、男二人は今回これにて出番なしw

休憩室のMonologue
紗羽の説得で和奏は形だけでも新設・合唱部に所属することになり、
また、来夏の弟とや勧誘の甲斐により10数人位の本格的な合唱部が誕生する。

この時点で合唱部が一応ながら成立するとは思ってなかったので驚いた。
メインキャスト5人だけの部になるものだと勝手に想像していたからだ。

しかも校長先生も発表会への出場を許可する。
でもそれは和奏が所属していたからだ。
旧・合唱部の顧問(教頭先生cv田中敦子)も和奏に一目置いているようだ。
和奏はかなりの実力の持ち主なのか、それとも母親の関係なのか?

最終話に合唱発表会があるものと思っていたが、もう当日が来るとは・・。
しかし引率すべき校長先生が事故に遭い、出発が遅れてしまう。
”顧問・副顧問の引率がなければ校外での部活動は禁止する”
こんな規定があったんだっけ?
私自身、高校時代の記憶がかなり薄れているのでもう分かりませんがw
校長が早々に連絡をしておけば・・と思うが事故じゃ難しいわな・・。

何とか連絡をとりつつ会場に向かうが、来夏、紗羽、和奏の3人しか間に合わなかった。
くじけそうになる来夏だったが、紗羽の叱咤激励によりステージに上がる。
”唄ってなんぼだ!恥かいたっていい・・いけるとこまで行こう!”
この前向きさ・ひたむきさが私には眩しすぎるぜ・・。
休憩室のMonologue
”坂井さん、いろいろありがとう。この前の答え、探してくるね・・”
(「じゃあ何?なんでうたってるの?」1話より)

休憩室のMonologue
来夏、紗羽の2人きりのステージに和奏がピアノで参加。

休憩室のMonologue
いきなりアカペラではじまる合唱(独唱?)に鳥肌もの!!!
しかもうまい!!
これに和奏(cv高垣彩陽、音大出身)が加わったら一体どうなるんだ?

今後は教頭先生が本格的に話に加わるようだ。
その前に男の話が先だが。はてさて。

追記
和奏に前回の合唱部の動画を見せる場面だが、
Youtubeではなくてニコニコ動画だったのが面白い。
深い意味があったのかなかったのかw
休憩室のMonologue


にほんブログ村 トラコミュ TARI TARIへ
TARI TARI

diorama/米津玄師

¥2,500
Amazon.co.jp

まず最初に言いたいのは、
(株)ロッキング・オンは、私が一番信頼を置いている音楽雑誌社である、ということだ。
ヒットチャートの音楽に付いていけなくなってから読む機会は減ったが、
映画・演劇を扱う「CUT」は時折読むし、特に政治経済を扱う総合誌「SIGHT」は定期購読している。
読み出したのは学生の頃からだが、
他では聞けない話を存分に引き出してくれるその手法に大いに唸ったものだ。
随分前に、岡田氏斗司夫氏が「あそこは毎月ロックに革命が起きている(笑)」と揶揄したり、
最近では広告云々のことでtwitter上で批判されたりもあったが、
インタビューや音楽批評はいまだに面白いと私は思っている。
もちろん、それらの論説のすべてが正しいとは思ってはいない。
ちょっと違うんじゃないのと感じることはあるが、それは決して偏った話だけを発信している訳ではないからだ。
私としては”つまり信頼しているが妄信はしていない”といったところか。

で、そのロッキング・オンが最近「10年にひとりの才能」と評したアーティストがいる。
それが米津玄師である。
随分と豪語したものだなと思いながら、アルバム「diorama」を聴いてみた。
・・・確かに言うだけのことはある。圧倒された。
元々、ニコニコ動画で初音ミクを駆使した音楽を発信して、評価を得ていたが、
名前を出して自分でも歌を歌い出したのだということらしいが・・。
たった一人でこれだけの音楽、ロックを創っただと・・・。恐るべしニコ動。

同じくニコ動出身で、今をときめくSupercellは
”成し遂げられなかったが、成し遂げられるかもしれなかった青春”を私たちに呼び覚ます。
しかし米津玄師は”今を生きる私たちの心”を切り出す。抉りこむ。
それも限りなく美しく。


最近の若手ロックバンド(アジカン、ストレイテナー、サカナクションなど)を一切聴いていないので、
今の音楽シーンにおいて米津玄師がどこまで斬新かは、正直分からないし比較が出来ない。
だが私にとっては、久々に胸を突くロックが響いてきたと感じた。

米津玄師 『恋と病熱』