プロコフィエフ 交響曲「青春」 | 音に巡る想い(2005~2010) / ビデオ画像と音楽(2011~)

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クラシック音楽に目覚めたのはSP時代だった。知人から借りたレコードが
きっかけ。後にLPを集めたりしたが、時に感動して涙した頃が懐かしい
な~。/

主に四季の花や自然の風景などビデオ撮りした動画に、出来るだけ自作のBGMを付けて載せたいと思います。

青春。なんともいい言葉、辞書に書いてある意味の他にも、いろんな

意味合いが含まれているような言葉。しかし、その一つ一つを具体的

にははっきり言い難い・・・・・・いい香りが漂っているのだが、それを

言葉で言い表せない。 青春はそのような香りに似ている。


プロコフィエフの最後の交響曲第7番「青春」は、「青春」という副題の

由来は知らないのだが、私には不思議な曲。  聴き始めるとなんか

誘惑にはまってしまうような感覚になる不思議な曲。

冒頭のトロンボーンに次いで、ヴァイオリンの旋律が始まるとたまら

ないんだね。甘い、というか、センチメンタルというか・・・。

プロコフィエフが「故国への郷愁の気持ちで書いた」と聞けば、確かに

そうであるが、私にとっては「回顧」或いは「懐古」の気持ちに誘われる

のだ。


最初の旋律だけでそうなるのに、第2主題がゆったりと鳴り始めると

一層そんな気持ちに駆り立てられるように思う。


青春はいい言葉と書いたが、しかし自分にとってそれは決していい

思い出はない。青春を謳歌する、なんてことは微塵もなかった。

時代的にも、家庭的にも、自分という人間、自分の性格からもそれは

ほど遠いものだった。

だから、この曲を聴きながら想うのは青春のほろ苦さである。


私が持っているこの曲のレコードは、第一面に交響曲第1番「古典」

と、この「青春」の第1楽章が入っているので、ここまでを聴くことが

多かった。


勿論、今回は第2楽章以下も続けて聴いた。

第1楽章が私の「回顧」の、いわば「序」であった。第2楽章に入ると

いよいよ「回顧」の念は烈しくなる。しかし曲のテンポが速いため、又

楽想の断片が次々出てくるため、私の想いはとても追いつかない。

思い出される具体性もないまま、ただただ、様々な想いがぼんやりと

駆け巡る、といった感じだった。


第3楽章が静かに始まる。大変美しいが、暗いね。 高校を卒業して

大学への浪人生活の暗さとダブってしまう。

多感な年齢だったから当然いろいろの想いが交錯したり、他にやり

たい事があるのに出来ないもどかしさなど・・・・。


第4楽章になって、やっと明るくなった。第1番の「古典」に似た所も

現れる。

私は退職後、「これからが青春です」と冗談半分に言っていたよ。

若い時にやらなかったオート・キャンプもしたし、北海道や九州への

ドライヴ旅行もした。 シンセサイザーで音楽創りやった。

青春時代よりもはるかに楽しい思い出が作れた。

そんな喜びと同時に、「ホホー、今が青春ですか?」と他人から

ちゃかされているような感じ、或いは青春を謳歌できなかった無念

さを晴らそうと多少無理している自分自身の滑稽さ・・・・・・そんな

印象もこの第4楽章に感じられるようだよ。


終り近く、第1楽章の第2主題が高らかに奏されると、最初のほろ

苦い想いから幾分開放されて、懐古的明るさの感情に自分が変わ

っているように思えるのでした。


   演奏:プレヴィン/ロンドン交響楽団