“本音って何?”で止まった日
「“本音って何?”で止まった日」この1年娘の出産の手伝い、親の介護、自分の健康面の変化、なんてことが重なって振り返ると別時間軸、パラレルワールドを生きているようでした。時間の使い方がガラッと変わり仕事に対する向き合い方も変えざるをえませんでした。マイナスなことは一つもなくて、別の生き方をし始めた感じです。今までも自分の本当の想い、魂の求めているもの、使命天命に触れてきたけれどそれを仕事にも反映してきたけれどこの1年が多分人生の節目?さらに深くもっと自分の核心に自然と向かっている はっきりとした太い道ではなく見えるようで見えないような遠くに続く道ぐるぐると時に、止まってしまったと感じるくらい動きたくても動けないようなそんな今、どうにも心がふるえやすいと感じています。感動もあるけど、不安も多い。世の中の空気も、身近な仕事も、ピリピリしているのがわかる。ちゃんとしなきゃ。求められていることに応えなきゃ。いい人でいなきゃ。でも、そうして頑張れば頑張るほど、「自分」が遠のいていく私、たぶん――まだ、自分を許していないんです。うまくできない自分を。人と比べてしまう自分を。表ではニコニコしながら、内心では人を分類している自分を。そんな自分を「ダメ」と思っているうちは、本音を話すのが怖いのも、当たり前ですよね。でもこの前、ドラマを見て泣いてしまいました。人の死を丁寧に見送る物語の中で、**「どんな人生にも意味がある」**という言葉に心が震えました。そのとき思ったんです。私はあの言葉を、誰かじゃなくて――“私自身”に言ってほしかったんだって。還暦を過ぎて、「もう自分のことくらい、ちゃんとわかってて当たり前」なんて思っていました。だけど、まだぐるぐるしてる。今も、ぐるぐるしています。でも、こうやって自分の気持ちを感じつつ気づいたんです。 「わからない」と言えたことが、たぶん本音の入口なんだ。しばらくは、こんな感じでぐるぐるしながら書いていこうと思います。自分の核心?に近づく旅の途中で、この場所が私にとっての小さな地図になりますように。