文芸文秋を読むと、白いハトこと「鳩山邦夫」氏が吠えるとのこと。



 彼は、麻生総理のことで、おじいちゃん(鳩山一郎)に政権を返さなかったやつ(吉田茂)の孫か、孫も悪やつだなあと思ったとのこと。



 このことを読んで、非常に違和感。



 もう、政権とかそういうものを私物化している鳩山家の人々の図式がよくわかる。



 政権とは、一部の人間の手元でころがすものくらいの感覚しかない。



 国民のためとか、そういうことを言っているけど、それは政治的な宣伝でしかないということが非常にわかる発言だと思います。



 こういう政治でぼろ儲けして居座っている世襲議員たちがゴロゴロいる日本の国会というところは、閨閥盛んな外務省と同じく、妖怪が跋扈する伏魔殿としか言いようがないです。


 

 どうしてこうなるのかというと、政治的な団体を作りやすいのは、一定の人たちだけだからということです。



 たとえば、田舎では巧妙に政治家をこき使います。


 

 農民や漁民など、うまく政治家をつかって所得補償政策をしようとします。



 彼らにとって、政治家とは使うものであり、我々のようなサラリーマンとは全く違った政治に対するとらえ方があるのです。



 それもこれも、根本的な問題は、都市部の国会議員の数と田舎の国会議員の数があまりにも違いすぎることです。



 だから、国会議員が都市部のサラリーマンひとりひとりに顔を合わすことなんてできません。



 市会議員レベルでも困難です。



 そのため、浮動票がたくさんでき、結果的に、無党派層が増えるわけで、無党派層が増えれば、都市部の国会議員は選挙で弱くなり、国会活動に差しさわりが出てきます。



 おかげで、国会活動でも、党の役職でも割を食うことになります。



 あいつ選挙弱いもんなと。



 こうして考えてみると、都会を地盤にする政治家で総理になるのはよほどです。



 それは、選挙で弱いからであり、選挙民が多すぎて、その選挙区に対してこまめな活動ができないからです。



 そのため、テレビなどを使用した議員や、タレント議員が生まれることに。



 こうした議員が有能であればいいけど、大半が無能で、ヘタするとプロレスらーやってたりします。



 都会の議員定数をふやさなければ、この不均衡な政治システムは是正されないでしょう。



 また、国会を私物化する動きは変わらないでしょう。

 二大政党制を追ってみると、意外なことに気付きます。



 まず、以前の議員本位だった国会から、党中心の国会へ。



 ようするに、党の官僚化の進行です。



 そもそも議員ひとりひとりが個別の心情をもって法律にあたっていたのを、組織化した党が判断し、解決する。



 そこには、議員ひとりひとりの議員そのものの味はないわけです。



 この方法というのは、まるで、田中派と同じ図式であり、まさに、小沢氏の政治手腕のたまものともいえます。



 政党助成金、比例制などなど、少しずつ二大政党制、いや、政党による議員支配、もっとわかりやすく言えば、党執行部による議員の支配。



 かつ、議員の官僚化といえると思います。



 政治の政策への密着化を行うためには、議員が政策の熟知が必要であるし、一体として処理していく必要があります。



 そのためには、議員がバラバラであれば、そういうことができないわけで、バラバラな政界を見てきた小沢氏が、かつての親分である田中角栄を見て、党の官僚化を切実に感じたのでしょう。



 政治家の官僚化こそ、官僚政治を排除していくための必要条件であるとにらんだのでしょう。



 その思惑は、あたり、官僚政治、要するに、官僚の情報独占、政策の企画独占能力は薄れつつあります。



 しかし、よく考えてください。



 官僚という人種がいますか。



 顔に官僚と書いていますか。



 所詮は人の集まりであり、官僚政治、いわゆる選挙を受けていない官僚、官僚の政治が終わったとして、政治が官僚化してしまい、官僚組織となってしまえば、結局は同じこと。



 今まで、官僚になっていた人たちが、政治家になり始め、同じような政治をするだけ。



 ましてや、選挙に出馬できる人が一部のひとに限られていることを考えれば、また、アメリカのような猟官政治を取り入れ、そういう不明確な出世システムをつくれば、また、藩閥政治と同じような図式となるのではないでしょうか。



 さらなる党利党略、私利私略の政治になるのではないかと思います。



 そういう政治が本当に必要なのか、われわれは考えさせられる岐路にたっているのではないかと思います。



 ただ、民主党ひとり勝ちはどうやらなさそうです。


 

 そのことだけでも、日本は救われたといえるかもしれません。

 民主党の議員を見ていると、政治家とは自己実現の範囲内なのだろうと思います。



 要するに、自己の権力を発揮するため。



 現在、マニュフェストでは子育て支援など国民に一見受け入れられやすそうな政策を歌っています。



 しかし、よく考えるとその反面、子供のいない家庭に対しては増税。



 公務員の給与を切り下げ、要するに、生活を削らせるということです。



 言い言葉の反面、実は、小泉改革と似通った動きがあることを見逃してはいけないと思います。



 それでいいというのなら、民主党を選べばいいと思います。



 彼らは、政権獲得を自己実現としか理解していないと思います。



 政権獲得できるということは、自分たちは優秀だ、だから、なんでもしてもいい。



 そこで迫害される人は、無能だ。



 だから、生きていく価値はないし、貧乏だろうと、のたうち回ろうと知ったことではない。



 ということが民主党の言いたいことの本当のことだろうと思います。

 日教組について、よい活動ってあったんですかね。



 日教組のおかげで、いじめも増えたし、学校で自殺する人も増えたし、先生の威厳もなくなったし、教育レベルも低くなったし、すべて日教組のせいですよね。



 日教組ってなんのためにあるのだろうと。



 少なくとも周囲のためにはなっていない。



 日教組は日教組のためだけにあるのではないかと。



 それならば、教育を語らず、何かの政治同盟にでもなればいいけど。



 そもそも日本の労働組合は、存在そのものが不要で一度解体した方がいいように思います。



 ハケンの問題とか、結局は、労働組合がまともな運動をしてこなかったということでしょう。



 労働組合が特権化してしまっているということでしょう。



 

 民主党は、麻生総理の発言にいちいち悪い方向にとらえて批判せず、どうどうと政策論議をしてほしい。



 とくに、安全保障については、具体案をだしてほしい。




 いつまでも、国民がワイドショー政治を望んでいると思ったら大間違い。



 そのあたり、どう考えているのだろうか。



 国民をバカにしているのだろうか。