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アランの幸福論


今回はインターネットとはあんまり関係ないネタですが、

読んでた雑誌に面白い内容があったし、

最近ブログ更新してないっていう危機感もあったので。



今回の主人公はアラン。ただし、アランというのはペンネームで、

本名をエミール=オーギュスト・シャルティエ(Emile-Auguste Chartier)という。

フランスのノルマンディー地方出身の教育者です。

アランの『幸福論』の中で気になった文章をとにかく列挙してみます。



「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである」




「ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。

 気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。

 だから、幸福とは全て、意思と自己克服によるものである」



「どっちにころんでもいいという見物人の態度を決め込んで、

 ただドアを開いて幸福が入れるようにしているだけでは、

 入ってくるのは悲しみである」



「だれでも求めるものは得られる。青年時代にはこの点を考え違いして、

 柵ぼた式に得られるのを待ち望むことしか知らない。

 ところが、ぼた餅は落ちてこない。われわれが欲するものはすべて、

 ちょうど山と同じで、われわれを待っており、逃げていきはしない。

 だが、よじ登らなければならない」



「社会は、なにも要求しない人には、なにひとつ与えはしない。

 ここで要求することは、たえず要求することの意味だ」




「人間的な楽しみの最大のものは、

 協同でやる困難で自由な仕事であることはまちがいない」





『幸福論』で語られているのは、タイトルにもあるように

いかにして幸福足らんかという点ですが、

仕事の面でも共通する話が多いのではと。


よく「モチベーションが上がらない」とか

「ヤル気がおきない」とかそんな話を聞きます。

少々乱暴な言い方になることを承知で言えば、

正直そんなことは知ったこっちゃない。



調子一つでパフォーマンスが上下するのは仕方ない。

ただ、その調子を気分で左右されちゃいかんだろ。

それはプロとは言えんし、それを言い訳にするなということ。



仕事においてポジティブに物事を捉えることは重要で、

その意味でもオプティミストでなくてはならない。

上述のアランの言葉にもあるように

それは性格という言葉だけで片付けてはいけないもので、

かなりの程度は意思の力によって自己の力で克服できるものです。



後半の言葉も、「~してくれる会社で」とか受身の態度ではなく、

自らが行動を起こさなければ仕事も成功も自由も幸福も得られない。

「求めよさらば与えられん、尋ねよさらば見出さん、叩けよさらば開かれん」

というマタイ福音書の言葉が正鵠を射ている。



無自覚な利他(自己犠牲)精神やボランタリーの強い若い子が多いですが、

それだけじゃ誰も助けられないし、誰も幸福には出来ないし、

何も変えられないよ、ってコトを知ってもらえればと思う今日この頃です。



新社会人がそろそろ思い悩み始める4月末日に寄せて。
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