霊は存在するのか?
これについての解答は未だにありません。
霊自体に聞ければいいんですけどね。
霊能力者というのは些か胡散臭い。
そう思いますよね。
霊能力者っていう存在は表に出れば出るほど胡散臭くなります。
それぞれの地方にいって霊能力者と呼ばれる人がいれば会いに行ってみてください。
それだけで不思議な事に
あれ、本物っているのかな?
って思うかもしれません。
これは実際に自分自身が本人を目の前にしてみたからです。
話に聞いたり媒体で見たりというだけでは胡散臭さしか感じなかったのに
実際に目の前にすると
あれ、あるのかな?
と感じたりするかもしれません。
ここでは肯定も否定もとりあえずしません。
霊っていうのは
「置き去りにしてきた念」
「置き去りにしてきた自分自身」
「まだそこにいる自分自身」
だと思います。
生霊というのは生き念であり自分の半身をそこに置いてくる行為です。
執着、後悔、失念の思いの念から生まれるものです。
地縛霊も同じです。強い念を持ち続けている体です。
上と同じです。
普通の霊というのもおかしな言い方ですがそれは向こうの意思で念を投射する行為です。
以外に人間みたいな存在です。
よく虫の知らせや亡くなった身内が現れて忠告しにきた
という話もありますが
これは残してきたその強い念から産まれた半身
もしくは向こうの意思で向こうからこっちにきた存在
なのかもしれません。
が、後者の場合
向こうの意志で本体、もしくは念で半身を送り忠告できるのだとしたら
記憶はまだ本体にはあるという事なのでしょうか?
勿論身体は燃やされ灰と骨になり心臓も脳もありません。
しかし記憶があるとすればそれは魂に記憶と心が宿るという事の裏返しなのかもしれません。
「成仏」とは「仏と成る」という事です。
勘違いしないで欲しいのは
「天国に行く」という事ではないという事です。
それなら「昇天」という言葉になります。
天国というものはないのかもしれませんが
「死後の世界」というものは何かしらの形であるのかもしれません。
「死後の世界」と文字で見るとあまりいい気はしませんが
「死んだ後の世界」という事は
「もう一度別の世界に行く」という考えで解釈しておけば何てことはないかと思います。
人間はここで差別化を図りたい。
悪いやつと良いやつが同じ世界にいってたまるものか。
そこに「天国」と「地獄」という言葉が産まれたのかもしれません。
子供が悪い事をしない様に
「天国に行きたかったら悪さはしない。」
「悪さをしたら地獄にいく」
という産まれもよく聞く話です。
死んだ後の話は結局この先解明されるかどうかはわかりませんが
そこには必ず生きている間に培った
「念」と「意志」
この「念」と「意志」に関係してくるのが
生きている日々の「徳」と「罪」の質です。
霊やあの世を信じなくても構わない。
それでも日々の「徳」と「罪」から産まれる「念」と「意志」は
必ず何かに作用されることでしょう。
一番覚えていて欲しいのは
貴方が死んだ後も
この世に残した貴方が残した「徳」と「罪」は
この世に残された誰かに生き続けます。
自分の行いは自分自身のためだけにあらず。
日々の行いは全て後世に続く導である。
全ては目に見えぬ「念」と「意志」で動いているのだから。