どんなレベルの人や話題にも合わせて付き合いや話ができる人だと常々思っている。

もちろん自分自身はそんな域には達していないが、人格者であることが必須であるように思う。

ただ人を否定するだけでなく、その人のレベルに合わせて、正しい方向に導いてあげることができる人が、人から信頼されトップになれる器ではないだろうか。

また、本当に優秀な人ほど謙虚であり、感心する。自分も周りからそのように評価されるためにも、陰の努力を怠らないようにしたいと思う次第である。
人を否定したり見下すことは簡単であるが、自分の考えや行動はそれ以外よりも正しいと証明したり、周りに理解してもらったり、させたりすることほど難しいものだと思う。

また、自分の考えや行動が正しいと自分でいくら言っていても自己満足の範疇であり、第三者に客観的に判断してもらう必要があり、感覚的なものではなく、正しいことを証明する理論や学説などを添えることにより、的確に判断する根拠となっていく。

感覚的なものだけで説得しても説得力には欠ける。これは研究のみならず組織改革や日常生活の中でも同じことだと思う。
コーディネーターの中には、たかが臨床試験でしょ?そんなに真剣に考える必要ないんじゃないか。治験じゃないんだし…という考え方の人が多い。それは間違いではないと思う。

ただ、今後、臨床試験の質をあげていく必要があるからこそ、この4月には倫理指針が改正になったわけだから、質をあげるためにも治験で培っている知識を応用するためにコーディネーターが必要だと理解している。

質が高い研究を行わなければ、論文は評価されないわけであり、医師が治験のノウハウを理解しているかというと、それを専門でやってない限りは難しいことは明白である。だからこそ、サポートするのがコーディネーターやデータマネージャーなどの専門家なのではないだろうか。

医師が勝手にやっている研究なんだからという後ろ向きなスタンスから、コーディネーターも一緒にやっている研究者であるという前向きなスタンスを個人的には提唱していきたいと思うこの頃である。

昔人間の自分自身は、紙CRFのほうがしっくりくるが、世の中の流れでEDCシステムが増えてきた。

治験のみだけではなく、臨床試験などにも広がってきている。

今治験で使われている主なものが、InForm、Oracle、RAVEといったところだろう。

どうせだったら、どこの依頼者も統一なものをベースにしてほしいものである。まあ、無理なのは承知しているので、心の声として。


とりあえず、いろんなものを使用すると、IDとパスワード管理に頭を悩ます。

同じシステムを使っていても、試験が違えば当然別IDが発行される。また、定期的にパスワード変更を促される。結局、どこかわかりやすい場所に記録しておかなければ、業務に支障をきたすことになる。


これでは危機管理がまったくなっていないことになって本末転倒ということになる。。

IDとパスワードを別々に記録しておくということは当然なんだが、どんどん増えてくるにつれてリスト化したい衝動に駆られてしまう。もちろんしないが。

こうなると、昔人間の自分は、紙CRFに戻りたくなってしまう。




「コーディネーターは、医療の資格・経験があって、英語にも精通し、IT機器にも強く、コミュニケーション能力も高い人」が求められるわけであるが、そんなパフォーマンスが高い人なんてそういるわけではない。


だから、日々勉強ということになるのだが・・・。

国際共同試験が増えて、コーディネーターにも英語力が求められている。

IWRS・IVRSやCRFも英語対応が求めれる。治験であれば、だいたいは依頼者であるモニターのサポートが受けられるが、医師主導国際臨床研究となると、コーディネーターも直に海外とのやりとりが当然のように発生する。


日本人は、読むことは中学から習う文法主体授業でなんとか辞書片手に対応することはできるのだが、書いたり会話は苦手意識を持つ人が多いと言われている。もれなく自分自身もその一人である。

文献などはなんとなく感覚で6割程度は理解しているつもりだが、会話をしてくれといわれたら、途端に貝になってしまう。(爆)


日々の生活の中で少しでも英語に触れて、苦手意識をなくそうキャンペーンを自分なりに行っているが、まだまだ仕事で使える英語には程遠い。

モニターがいた治験のありがたさを実感する。治験コーディネーターの中には、モニターを下僕のように扱う人もいるが、たいして仕事もできないのにそういう扱いをするコーディネーターはきっとモニターの中では相当言われているに違いないはず。同じコーディネーターとして、人として軽蔑してしまう。


とにかく、早急に英語力をつけないとこの業界で生き残っていくのは難しいのは確かだと思う。