type-痔-end 第1話
みなさま、こんにちは、社団法人 日本ハト胸協会会長の、空 都部蔵 (そらとぶぞう)です。
ぽろっぽー(なきごえ)
11月に、SIT(スーパーイボ痔タイム)という日記をかいて、肛門周囲膿瘍という病気になったことを書き記したんですが、
そのときと同じところが1月に腫れてしまって、「痔瘻(じろう」というセクションに進行してしまったことうけ、3月末に手術が決定していました。そして、きたる3月26日に手術を行いましたので、
そのあたりを、書き記しておきたいとおもいます。
26日、あさ10時半に新橋の病院に集合です。とわいったものの、自分の家は東京のはずれ、
新橋まで2時間はかかる距離なので、逆算して8時には目覚めました。
8時に目覚める前に、前の日に寝た時間が何時かというと。
あさの7時に寝ました。
ぼくは、初めてやった手術のときに、前の日記にもかいたように、「地獄の痛み」というのを味わって、
そこと同じ個所をまた手術すると聞いて、まともに寝れるわけがありません。
前の晩、チャットに入り浸ってみたり、どういうわけだか、夜中の3時半に漢字練習を始めたり、
5分だけ、きゃりーぱみゅぱみゅのcandycandyの振り付けをマネしてみたり、
不安な夜を過ごしました。
説明書きで、「あさ下剤座薬を2本突っ込んでください」という指示があり。
それが手術の2時間まえということで、10時半からの手術にあわせて、8時半にいれるというものでした。
でも、いえは8時に出発しなければなりません。
。。。ぼくは、なにかの計算間違いをしたような気がしました。
「そうだ、家を出てから下剤をのんだら、電車にのってるあいだに、くださないか?」という不安。
でも、もう手術当日になってしまったので、電車にのって新橋を目指すことに。
途中の駅で、座薬をつっこむ時間になってしまったので、1度駅を降りてつっこむことにしました。
西武線の西武新宿駅の一個前、高田馬場まで急行乗っていけば早いものを、
急行にのって、駅をとばしているあいだは、電車を降りることができず、
ぼくの方はといえば、その間「開けたくもない肛門のドア」というやつを開かねばなりません。
だから各駅停車にのって、一つずつ目的地に向かうのでした。
とちゅうの駅で「下剤を突っ込む時間」が来てしまい。つっこむことに。
下剤というのは、なかなか普段は突っ込まないもので、慣れてない人がやると、
肛門の入口でとまってしまいます。
そう、あれは、人差し指の第一関節まで、指をいれないと、簡単に、
「にょろっ」
とかいって、出てきてしまうのです。
まぁ、そこは肛門界のベテランのわたくしです。
「すっ」「すっ」っと、
流れるように、ごくナチュラルに、下剤をつっこむのでした。
その下剤は15分もすれば、もうもよおしてしまうので、そのままそのトイレにいすわり、
最初にくる便意ぶんの排便をしました。
つづく。
病のラッシュ
先日、肛門からカメラつっこむ「大腸内視鏡検査」というのがおこなわれ。
2こポリープがみっかって。
うちいっこわ 「初期大腸がん」でした。 ひいたw
そのばで、ロボットアームつっこんで、ポリープをぶちっ!!って 除去しまして、
そのひのうちに手術してきますた。
痛くていやな検査でしたが、神のタイミングで検査がおこなわれて、
「超早期発見で」
ともだちとケンカしたり、おっさんとからまれたり、
お財布落としたり。いろいろやな日わあるけど。
こんなとき、 「ああ、ツイてたな、自分は本当にラッキーだった」て思える。
自動の日
みなさんこんにちわ、一度覚えたことは、3歩あるいたらすっかり忘れる、
コケコッコーみみみです。ぽこっ(産卵
はい、そういうわけで、
日曜日は、数か月前からちょと計画してたカラオケ曜日でした、
自分は2人いる実行委員会の1人だったのだが、
召集かけた全員が開催まえに、ほぼ誰かしらと衝突して関係悪くなっているという状態でした、
開催1日前にして、女子サイドが3人欠席というアクシデントをむかえました。
緊急にネット上で、女子スタッフを増員しようと、いろいろ試みましたが、
やはり急なさそいわ、怪しいみたいで、なかなか対応してくれませんでした。
もうだめか、とおもっていたら、最後の最後でやさしい女性の方が、
「わたしいきますよ」と、いってくださいまして、
それから一人参戦をきっかけに、安心して2名追加されて、
増やしたかった、増員予定人数まで達することができました。
対応してくれた、女子参加者に感謝。
インフルエンザ開けだったので、のどが枯れてないか?とか、お腹に力は入るかな?
と、心配しておりましたが、8時間くらいのパックで、
やぱ、2時間くらいけいかしたら、だんだんのどと、おなかが慣れてきてうまく歌えるようになれました。
6人参加者で、途中2名の方が、仕事の都合でかえられたので、
17時ごろから「そうだ、飲み放題に切り替えよう」ということになって、
酒飲み放題のコースにきりかえました。
残り時間2時間しかなかったもので、ここぞとばかりにがばがばのんで、
最初の1時間で完全に「できあがり」ました。
とちゅうから、踊らずには居られなくなったり、話をするとへらへらがとまらなくなっていました。
飲み放題タイムがあっというまにおわり、お店をあとにしたら、
まだまだ時間が19じだったので、「のみたりねぇえぇぇぇl」とか、メンバー全員が言う始末、
場所は神田だったんですが、そのまま「秋葉原まであるこう」ということになりました。
ここまでは。よかったんですが。
なんか、途中からぼんやりしてきて、目の前の風景がぐるぐる回転してるし、
自分では黙ってるとおもっていても、口が勝手にしゃべっていたり、
地面はつねに、ゆりかごのようにゆらゆらゆれてる。
かあさん、そうです。
「泥酔です」
これはいかんとおもった時点でもう、手遅れのような気がしました、
コンビニに寄って、水をかおうとしたら、
「酒をかってしまい」
それを 「ほぼ一気」 で、飲み干すしまつ。
あとで、おもったのだが、この「コンビニで買った一缶」がとどめをさしました。
このあとは、昔好きだった人の話を始めるわ、足もまっすぐあるいてないわ、
信号変わってないのに渡ろうとするわで、さぁたいへん。
なんとか秋葉原駅に到着したのはいいけど、
立体交差の上にのぼって、「どっか、どっかベンチで休もう」と主張していたのですが、
なぜかビルの横で「ここだぁ~」とかいって、座り込んでしまいました。
座るだけならよいものの、「ちょっと、ちょちょちょっとねよう、とか、みたいな」とかいって、
そのままビルのところで寝てしまいました。
ついてきてくれた人が2名いたんですが、その人たちが、
「ここでねたら死んじゃうよ、かえろうよ」といってくれてたのだけ、覚えていました。
1時間ほど横になってたみたいですが、体は全然寒くはありません、
しかし気温は5度くらいで、朝まで寝かせてもらったら、確実に凍死してました、しょぼーん。
適切な判断をありがとうごあいました、と、思うのでした。
ゆっくりたちあがったのはいいけど、
「!?」
と、おもったのも、ておくれ。きれいな大きなびるのまえで、
「&%$#”!~~~~~~~~~~~~」
を、してしまいました。
久々でした。
それでも、介抱係りのおふたりは、「ゆっくりかえろう」といって、
駅まではこんでくれました。
女性のほうは、そのまま方面が違うので、かえりましたが、
秋葉原から、JR中央線の乗り換えがあったために、
男子のかたが、「これ乗っちゃえば、家までかえれる」という電車に、わたくしがのるまで、
つきそっていただきまして、これわこれわ、非常に感謝でした。
ここまでみなさまに助けていただいて。
からおけ、前日までわたくしが考えてたことは。
「おれはこの日の最高責任者なんだから、しっかりしなくちゃ」
っていうことでした。
どうおもいますか、こんな実行委員会、ひゃー。
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PS 。。。。。(プレイステーション)
このあと、3月から4月上旬にかけて、病院やら仕事やらが、交互にラッシュいたしますので、
遊びにいったよぉ、的なブログは、書けないと思います。
そんなときは、また適当な作文かくのよぉぉぉぉぉぉ。
またの、ふりふり
肛門二郎
みなさまこんにちは、財団法人 日本炭水化物を愛する会 会長の 粉水捏瑠(こなみず・こねる)です、
とうぞよろしく。ぺこっ
11月ごろ、イボ痔だと騒いでいたものが、じつは肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)という病気で、
「もし、同じところがまた腫れたら、それは細菌が入るところが出来たという証拠ですからね」
のようなことを言われていました。
そして、つい先週また同じところに痛みが走り、2日我慢したものの、3日目にはもう働くことができなくなりまして、また病院に行かなくてはということになりました。
病院に行く前日、前回町医者にいったときに、肛門に指をつっこむスピードは速いし、
麻酔なしで、切られることが、どうしてもこわくて、もう行くのがいやでした。
前日の晩5時間かけて、「最強の肛門外科決定戦」が行われました。
つまり
「あまり痛くしないやさしい病院を探しました」
そしたら、日本で2位の肛門外科「アナルの事なら俺に聞け」みたいな、病院が新橋にありました。
とりあえずそこに行くことに決定しましたが、そのまえに、
自分の病状ってなんだ?ということを、ウェブサイトで学習しました。
大腸の壁に、うんこが通りやすくするための、粘液を発射するノズルのようなものがあり、
そこに細菌がはいりこみ、大腸の外までトンネルを開けてしまうという動きが、
11月にあったわけですね。
んで、そこから2か月すると、その開通したとんねるから、どんどん大腸菌が入り込むという、
そういうシステムになってしまうことを「痔瘻(じろう」になった、といいます。
一瞬黄色い看板が頭をよぎりましたが。わかるひとだけ笑ってください。
そんでね、その大腸菌というのは、「うんこした後のふきが甘い」とか、
ぱんつを3日に一回しか取り替えないとか、そうやってできるのもではなく。
食べ物の中に仕方なくはいっている細菌だそうです。
これは、たとえばお茶碗を食器戸棚からだして、そのままご飯をついだらアウトですし、
ラーメン屋で、箸箱にささっているわりばしを、洗わないでそのまま使うだけでもアウトなんですね。
あとは、家のスプーンでプリンを食べるとか、外でサンドイッチをたべることも、同様、
パソコンのキーボードをさわったあとに、唇をさわっただけでも、菌は侵入し、
大腸にたどりつくころには、増殖するっていうしくみで。
大腸には常時100兆個の大腸菌が住んでいます。
それが、どこにも体外にもれないからいいものの、
どっかしらから、もれるとあっという間に、白血球がすっとんでいき、
そしてつつみこみ、膿み(うみ)の塊になって、腫れるのです。
と、説明しとかないと、
初めてケツが腫れたときは、「ホモにやられた」
2回目に腫れたときは、「あいつパンツ変えてないんじゃね?」という噂がちらほらたっているためで。
いいわけまがいのことを少しかかしていただきました。ぺこっ。
で、その痔瘻さん(じろうさん)が、そのまま滞在するとどうなるかというと、
菌が通るその通路が
最初は東名高速道路しかなかったものが、
5年くらいほっといたら、首都高をつくってしまったり、東京湾アクアラインを作ってしまったりするわけです。
枝分かれ、道幅が広くなる、とかですかね。
ときに、その管のなかで、塊ができて、そのまま腐ったりして、
ひどい場合は大腸がんに発展するそうです。
それをよんで、膿みと腫れが解消されたから、もういいやとほっといたらアカンと思いまして。
都心部の病院にいき「じつは、同じところが腫れました」と、正直にいいました。
先生は「うん、手術は確定だよ。程度により人工肛門、大腸がんも覚悟しといてね」といいました。
肛門の壁の中を、道がはしっていて、複雑だったら取りきれなくて、がん。
大きめに肛門を斬ってしまって、括約筋が甘くなると、うんこがだだもれ。
とうことで、なかなか高度な手術になりそうです。
これかんがえると、なおさら町医者にやらせたくないな、といったところです。
俳優の渡哲也さんが、人工肛門の暮らしをしているそうで、
自分ももし人工肛門になったら
「石原軍団になるのかな?」
なんてこと思いながら、眠るのでした。
寒くなると
新たな痔ができるし、筋肉痛になるし、手ががっさがさだし。
だから冬って嫌いだ、ぷいっ。
夏はいいぜ~ やっぱ。
赤道直下とかの国に住みたい、これしかないっと。
寒い国はきらいだい。
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会社のほうは、アホだから、「今年は増産体制で行く」とかいって、
たくさん製品作ったのはいいけど、置き場所がなくて、
プロジェクトが、いったん打ち切りになりました。
去年つくったものより、2000トン多く作ったみたいで、
職場が製品に囲まれて埋もれてるような状態になりました。
2000トンもの量の製品を置くところが、そうそう作れるわけない、
みたいなところに、ぴんときてくださいw
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作文も絵も、疲労でずっと停止しています。
いつ動き出すんだろとか、思いますが。
疲れて、できない、といういいわけより、
なんだかやる気が失せてるような気もする。
このままじじいになるのか、それとも向上していくのか、
それは、向上していったほうがいいに決まってるけど。
疲れた日は、何もしないで、思い切って寝る、ってことをしてる。
それで終わる人生だったら、自分はそこまでのひとだったということだ。
なんてね。
がんばるよ。
花火
数か月いちど、大きな花火が打ちあがる。
どかんと、大きな火が周りを照らしだし、
でもそれほど長くない時間でそれはきえ、
やがて闇があたりを包み込む。
その花火は、一発だけしかなくて、
また、人けのないところで、考えながら火薬のパターンをセットし、
次の祭りを待つ。
祭りがなければ、その花火はどんどん巨大化して、
それが打ちあがって、爆発したとき、
お客さんに大けがをさせながら、あたりを焼き払う。
そんなことがあると、もう祭りなんて廃止になって、
このさき永遠に花火はうちあがらず。
取り残された花火は、恐ろしいほどの巨大化をしたあと。
周りのひとに、緩やかに解体されて。
やがて、土に帰る。

