ことむけやはす ( 言 向 矢 放 ) → ◎ -6ページ目

ことむけやはす ( 言 向 矢 放 ) → ◎

「ことむけやはす」というのは、日本の古い言葉です。

「ことむけ」というのは、言葉を向こうへ向けて出すということ。
その言葉を弓の矢にたとえて、放した矢が飛んでいく。

だから漢字をあてると
「言向矢放(ことむけやはす)」ということになります。

大倭(おおやまと)という言霊


倭(やまと)は、
親許(おやもと)の意味もある。


そして、宇宙創成の気は
万物一切の大親元(大倭)である。

この神ながらの原理は
万物一切に存在している。

大きくは大宇宙から
小さくは人間個人の中にもある。

人間の「おやもと」は
両性の陽物陰物(生殖器)にあるが、
この相対は間断なく一体的な働きがある。

そして、
相対の気が満ちて一体となるとき
神ながらの動きが生じて、
やがて陰性の胎内に新しき生命体が宿り
この世に生まれる。

自分の両親を親元(おやもと)といい、
両親の親元、親元と辿っていくと、
宇宙創成の根本神霊まで行きつく。

「大倭」(おおやまと)というのは
人間だけでなく天体からすべての
「大故郷」(おおおやもと)を意味する。

このところ
長曽根日子命について書いてきた。


日本を古くは
「やまと」ということには、
深い意味があるそうだ。

神武天皇(サヌノミコト)たち
九州勢は矢(や・男性性・陽)の働きで、
長曽根日子命たち倭(やまと)勢は
的(まと・女性性・陰)の働き。


「や」と「まと」を合わせると
「やまと」の言霊になる。


つまり、相反するものを
和してひとつにしていく働きを
この国は持っている。

これは、大きくは大宇宙から
小さくは微生物いたるまで、
自然界に通じている
神ながらの法則でもある。


いずれの日にか
やまとごころの
花が咲くことだろう。


その秋(とき)が来ることを
楽しみにしている。
「長曽根日子命」パート⑩


長曽根日子命は、
終始神意を伺いながら
行動をとった人のようだ。

時の流れに逆らわず、
機を見ては抱擁同化しながら
神ながらの大道をはずさず、
常に新しいものへと進めていく。

こうした転化は
長曽根日子命に限らず、
現在の日本人の血潮の中に
今までも、今も、そしてこれからも
脈々として生きている。

アジア大陸の
東のはずれに位置する日本列島。

何度も何度も
大陸からの襲来があっても
ゆるぎない日本という国。

様々な文化や宗教が来ても
いつの間にか取り入れて
昇華してしまう。

その長曽根日子命の心、
日本精神の源流に
母性のようなものを感じている。