ことむけやはす ( 言 向 矢 放 ) → ◎ -7ページ目

ことむけやはす ( 言 向 矢 放 ) → ◎

「ことむけやはす」というのは、日本の古い言葉です。

「ことむけ」というのは、言葉を向こうへ向けて出すということ。
その言葉を弓の矢にたとえて、放した矢が飛んでいく。

だから漢字をあてると
「言向矢放(ことむけやはす)」ということになります。

「長曽根日子命」パート⑨


皇紀二千六百年記念祭(昭和15年)の
国家的行事の一つに、神武天皇聖蹟決定
というものが含まれていて、
かなり重要な位置を占めていたそうだ。

当時の常識としては、
神武天皇を高く評価する意味において
神武以前の「おおやまと」(大倭)の
「すめらみこと」(大君)を
足髄(あしすね)の長いやまと土着の
蛮賊の首長と考えて、
学校の国史でも教育してきたそうである。

この大君「長曽根日子命」のことを
古事記では「登美能那賀須泥毘古」
(とみのながすねひこ)
または「登美毘古」(とみひこ)、
日本書紀では
「長髄彦」(ながすねひこ)
の名称で伝えている。


「東に良き国あり」と
九州の王家に伝わっていたということは、
すでに素晴らしい国があったということ。

そこに住んでいた
先住の皆さんの気持ちに
寄り添ってみると
また違った歴史の見方が
出来るようになるのだろう。


「長曽根日子命」パート⑧


(転載つづき)

神ながらに、
時の流れにさからわず、
争うことなく
次の新しい時代を創った
ナガソネヒコという大王さんが、
遠いむかし、
いたはったそうや。





「長曽根日子命」パート⑦


(転載つづき)

遠いむかし、
日本人はあらゆる自然のものに
いのちの源を感じてきた。

月の満ち欠けには生と死を。

太陽はあらゆる生命を産み出す
宇宙の「おや」と考えたんや。

実りの季(とき)、
人は神に感謝の踊りをささげ、
よろこびを神と分かち合ったんや。

豊かで大らかな
世界がそこにあったんや。





(つづく)