浜岡原発を一時全面停止2011年 05月 6日 ロイター
浜岡原発の停止を中部電力に要請、東海地震への対策講じるまで=菅首相浜岡原発、全原子炉の運転停止を中部電力に要請=菅首相
東北3県、津波被害車23万台超
菅首相は6日、定期検査中の中部電力
浜岡原発(静岡県)3号機の運転再開を当面認めない意向を表明した。稼働中の4、5号機もいったん休止するよう中部電力に要請。中部電力も受け入れる見通し。老朽化した1、2号機は運転を終えており、浜岡原発はすべての原子炉が一時停止する。首相は東京電力福島第1原発事故を踏まえ、東海地震の震源域に入っている浜岡原発は、地震や津波への備えが現状では不十分と判断。新たな防潮堤など巨大地震や津波を想定した中長期対策が実行されるまで、運転を止める考えを示した。経産省原子力安全・保安院は、浜岡原発の停止期間は2年程度とみている。首相が浜岡原発に厳しい姿勢で臨んだことは、他の電力会社の災害対策にも影響を与えそうだ。首相は文科省の想定を引用し、
30年以内にマグニチュード8・0程度の東海地震が発生する可能性は87%と極めて高いと指摘。「国民の安全、安心を考えた結果の判断だ」とした。
[東京 6日 ロイター] 菅直人首相は6日夕、緊急の記者会見を開き、静岡県にある浜岡原子力発電所について、すべての原子炉の運転を停止するよう、中部電力(9502.T: 株価, ニュース, レポート)に要請したことを明らかにした。
停止期間は、防潮堤の建設など想定されている東海地震に耐えられる中長期的な対策が講じられるまで。これに伴う中部電力管内の電力供給不足については、国民の理解を得られれば、
十分に対応が可能とした。続いて会見した
海江田万里経済産業相によると、火力発電や揚水発電の活用とともに、なお不足する場合は関西電力(9503.T: 株価, ニュース, レポート)から援助を仰ぐ計画という。
【東日本大地震】Google、被災地の衛星写真を公開 - MSN自動車| ニュース東京・東海M8.0級大地震に備えよいつ来てもおかしくない2011年04月29日(金) 週刊現代
経済の死角
連日、テレビから流れてくる緊急地震速報の
チャイム音を、聞き流してはいけない。地震は慣れてしまうのが一番恐い。備えあれば憂いなし。近くあなたの街を巨大地震が襲うかもしれないのだ。
余震は100年以上続く 京葉コンビナートや京浜コンビナートがある東京湾沿岸の埋め立て地には、600基もの浮き屋根式タンクが稼動し、東京電力の火力発電所も11ヵ所、立ち並んでいる。もし首都圏を襲う直下地震が起きたら、大きな震動や液状化現象によって、タンクや発電所から重油や原油、LNG(液化天然ガス)といった貯蔵物が東京湾に流れ出す---。こんな大惨事を危惧する研究者がいる。社団法人土木学会の元会長で、早稲田大学創造理工学部教授の濱田政則氏だ。
「首都圏で大地震が起きた場合、東京湾沿岸にある川崎市の東扇島東公園が、基幹的広域防災拠点になります。国内外から船で搬入される水や食料、医薬品などの集積、荷捌き、分配作業等がここで行われる予定です。
しかし、貯蔵タンク自体が炎上するだけでなく、漏れ出した貯蔵物にも引火すれば、東京湾は輸送経路として使い物にならない。まさに『火の海』と化すのです。高速道路や鉄道網の近くで、崖崩れや構造物の倒壊などが起これば、陸路からの輸送経路も断たれ、東京は孤立してしまう。救援物資や救援隊が遅れれば、首都圏の復旧や復興に大きな支障をきたすことになります」
いま、東日本全体では連日のように余震が起こっている。「
3・11」に本震が襲い掛かってきてから1ヵ月以上経過したのに、余震は減るどころか、むしろ増えている印象が強い。
気象庁の発表によれば、4月12日17時までに発生した震度4以上の余震は、早くも111回に達した。昨年1年間では37回しか起きていないから、たった1ヵ月で昨年の3倍もの地震を私たちは経験した計算になる。
過去、日本の海域で発生した大地震と比較しても、余震の回数は際立っている。'94年の北海道東方沖地震(M8・2)直後の1ヵ月間で起きた
余震(M5・0以上)は113回だったが、今回は408回にものぼる。
頻発する余震は何を意味するのか。もしかしたら、明日にでも、大地震が起きるんじゃないか---誰もがこう危機感を抱くほど、余震は多発しているのだ。
今回の本震と同じプレート境界型地震として知られるスマトラ島沖地震('04年12月/M9・1)では、3ヵ月後にM8・6の大きな余震が発生しているが、その大きさや回数は、本震の規模によって決まるという。
北海道大学理学研究院附属地震火山研究観測センター准教授の勝俣啓氏が解説する。
「
余震は、岩盤の『割れ残り』です。本震で一度、その多くは破壊されたのですが、割れずに残っている箇所がある。いまも宮城沖などで起きているのは、それらが時間をおいて次々と壊れている余震です。
今回の本震で放出されたエネルギーというのがケタ違いに大きく、
阪神大震災の約1000倍でした。その分、本震の影響が広範囲におよんだので、割れ残りも多く存在する。それがなくなるまで余震はずっと続くわけです」
勝俣氏は少なくとも
半年は余震に対する警戒が必要だと指摘するが、今後何年も続くという専門家もいる。東京大学地震研究所応用地震学研究室教授の纐纈一起氏だ。
「普通の規模の地震なら、余震は1~2ヵ月程度で済むと考えられていますが、今回はこれだけ巨大な地震が起きたのですから、最低でもあと数ヵ月、長ければ年単位で続く可能性もあります」
ちなみに、
1891年、M8・0を記録し、「日本史上最大の直下型地震」とされる濃尾地震の場合、発生から120年の歳月が経過したが、
「いまだに有感、無感(震度計には記録されるものの、人体には感じない地震)の、余震と思われるものが続いている」(京都大学大学院理学研究科教授の平原和朗氏)
という。余震とは地震につきものの現象なので、相当長期にわたって起こりうると覚悟したほうがいい。
大きく歪んでいる日本列島
その一方で、
秋田県内陸北部(4月1日/M5・0)や茨城県南部(2日/M5・0)、福島県浜通り(11日/M7・0)や長野県北部(12日/M5・6)などのように、震源域から離れた地点では、誘発地震が頻繁に起こっている。
「本震が起こる前に比べて、宮城県石巻市の牡鹿半島が東南東に5・3m移動し、1・2m沈下するほど地殻は変動しました。まさに、日本列島全体を揺るがすような大きな歪みが生じたわけです。したがって、隣の断層や距離が離れている断層に影響が飛び火し、誘発地震が起こっても、けっして不思議ではありません」(京都大学防災研究所地震予知研究センター准教授の片尾浩氏)
では、東京を含む首都圏に誘発地震が飛び火する可能性はあるのか。前出の平原氏に問うと、次のように答えた。
「たびたび地震が起きてエネルギーが発散されると、大きな地震は起きない---そんな
これまでの常識を、今後は変えなければいけません。過去に房総沖では1667年にM8・0クラスと思われる津波地震が起きているので、さすがにM9・0はないにしても、M8・0クラスならば可能性はあります。
房総沖で起これば津波は銚子を含む房総半島のみならず、三浦半島にまで及ぶと思います」
日本地震学会元会長で東北大学名誉教授の大竹政和氏も、
房総沖での巨大な誘発地震の可能性を危惧している。
東日本大震災の本震では、東北地方の陸側のプレート(北米プレート)に太平洋プレートが沈み込む境目で、断層の破壊(岩盤のズレ)が起きた。この断層破壊は、三陸沖から茨城沖までの南北500km・東西200kmにおよぶ(3ページの地図参照)。
「しかしながら、太平洋プレートと北米プレートの境目のすべてにおいて、断層破壊があったかというと、そうではありません。境目の南端は房総半島の先あたりのはずなのに、その途中の
銚子の沖合で、破壊は止まってしまっている。つまり、まだ破壊されていない、大地震が起こりうる銚子から先の境目は、まだ150kmもあるのです」
ここで、見過ごすことのできない、重大な事実がある。地球の表面はいくつかのプレートに覆われており、海のプレートが沈み込む地域では、巨大地震が起こりやすいことが知られている。
実は、
房総沖の近くでは、プレートの三重会合点が待ち構えている。そこは、「トリプルジャンクション」と呼ばれる、世界でも非常に稀で、なおかつ地震が非常に発生しやすい、危険地点とされているのだ。大竹氏が続ける。
「太平洋プレートが北米プレートとフィリピン海プレートの下に沈み込んで、3つのプレートが重なり合っているのです。
もし、
この一帯で断層破壊が一挙に起これば、M8・0級の巨大地震が発生し、東京をはじめとする首都圏は大きな揺れに見舞われてもおかしくない。当然、地震とともに九十九里などの海岸線を、巨大な津波が襲うことになるでしょう」
東海地震は早まる
現に
1677年、この地点ではM8・0の「延宝房総沖地震」が発生し、銚子には8mを越える津波が襲来した。
加えて、この房総沖の巨大地震はその後、東京直下地震までも引き起こす危険性があるという。
「
トリプルジャンクションの一帯が壊れると、今度は余震が頻発するだけでなく、首都圏の周辺で誘発地震も起きます。そして最終的には、東京を直下地震が襲う。その規模はM7・0クラスを想定しています」(大竹氏)
歴史を紐解いてみても、太平洋沿岸を震源とする巨大地震の発生後、内陸部で大きな揺れを誘発したケースは多い。 東日本大震災と対比される明治三陸地震(1896年/M8・2)の2ヵ月半後、内陸部で大きな陸羽地震(M7・2)が起きている。また、東南海地震(1944年/M7・9)の場合、わずか1ヵ月強のうちに三河地震(M6・8)が発生した。「
今回の本震後にも、福島県浜通りや長野県北部で大きな地震が起きているように、海底を震源とする巨大地震の発生後は、わずか1~2ヵ月の間に内陸で大きな地震が誘発されるリスクがきわめて高いといえるのです」(大竹氏)
大地震が危惧されているのは、東京だけではない。最も危険視されているのは、かねてから将来に「必ず起こる」といわれてきた東海地震だ。
次の特集で詳しく報じているが、
浜岡原発は東海地震の震源域に位置する。もしここで大地震が起きたら、「第2のフクシマ」になりかねないと、いま、世界的にも注目を集めている。
しかも、
869年、三陸沖を震源と見られるM8・3程度の貞観地震が起きた約20年後、東海地震が発生している。それだけに警戒しなければならないのだが、その時期が早まるかもしれないという。前出の平原氏が話す。
「今回の本震によって地震の規模が大きくなることはないと見ています。M7~8です。ただし、ここまで日本各地の地震活動が活発化し、あまり想定していなかった地域でも地震が発生している現状を鑑みると、
東海地震が当初の想定より早まることはあります。東南海・南海の各地震と連動して起きる可能性も否定できない。起きることを大前提とした上で、注意深く見ていかなければならないと考えています」
東海地震が単独で30年以内に起きる確率は87%とされていた。東海・東南海・南海の「三連動地震」が起きると、死者は2万5000人に上り、建物の全壊件数は94万棟と推定されている。
早ければ東日本大震災の誘発地震として近いうちに東京直下地震が、遅くとも30年以内には東海地震が起こりうるだけに、できるだけ早く対策を再点検する必要があるわけだ。
またしても過小評価 ところが、日本の危機管理対策といえば、えてして被害を過小評価する傾向が強い。それは、「絶対に大丈夫」と安全性を強調していた福島原発で、「レベル7」という最悪の原発事故が起きてしまった点からも明らかだろう。
東京都の場合、数年ごとに「首都直下地震による東京の被害想定報告書」を作成しており、1991年に9363人だった死者の数が、'97年には7159人、'06年には5638人と、想定を重ねるごとに、地震による死者は減少している。
なぜこのような事態が起こるのか。'97年までの報告書の作成に携わっていた、東京工業大学都市地震工学センター特任教授の梶秀樹氏が解説する。
「確かに東京都による防災対策が進み、見直しのたびに試算の方法が変わるという点も影響していますが、行政側の原因も大きい。たとえば、以前の報告書より最新の報告書のほうが死者の数が大きくなると、『その間、東京都は何をやっていたんだ』という話になってしまう。そういうことを都はものすごく気にしている。特に問題なのは、少なく見積もった被災者の数に基づいて、仮設住宅の数やトイレの数を計算し、葬送の準備も進めている点です。もし、5638人よりも多い死者が出た場合、誰が責任を取るのか。それこそ、今回のように『想定外の災害が起きたから対応できません』では済まされないのですから、やはり最悪の事態を見据えた対策を考えるべきなのです」
現に、計画している避難所の数が少ないという意見もある。内閣府中央防災会議が作成した「首都直下地震の被害想定」によれば、1万1000人が死亡し、85万棟の建物が全壊・火災焼失すると予測されている。
「
東日本大震災では津波などによって全壊・全焼した世帯数は20万~25万世帯と言われています。
これに対し、
首都直下地震によって全壊・全焼が予測されている85万棟には、アパートなど集合住宅も含まれるので、これを世帯数に換算すると170万~200万世帯が自宅を失うことになる。東京全体の世帯数は612万世帯ですから、大変な数字です。
特に、23区の東側の区部では避難所が足りなくなることは明白なので、一刻も早く対策を考える必要があります」(明治大学特任教授の中林一樹氏)
東京直下地震と東海地震は、地震学者が指摘する「本命」。その被害をお役所の面子で甘く見積もっていては、東京電力と同じ過ちを犯すことになる。

東海地震最高権威 元地震予知連会長が怒りの告発 「サンデー毎日」2004年2月29日号
テーマ:ブログ global7oceanの投稿 2011-03-19 14:09:17
From:
http://www.stop-hamaoka.com/news/sunday.html
東海地震最高権威 元地震予知連会長が怒りの告発 「サンデー毎日」2004年2月29日号掲載 日本の地震学界を代表する重鎮が「国策」である原子力発電に「NO」を突きつけた。巨大地震の恐ろしさや科学技術の不確実性を知り尽くしているだけに、危険エリアで原子炉を動かし続ける電力会社や認可した国への批判は痛烈を極める。これは"事件"だ。
『浜岡原発は即刻停止せよ』「これは、世界のどの国家も試みたことのない壮大な人体実験です。唯一の被爆国であり、原子力の恐ろしさを身に染みて知っているはずの日本人が、なぜそんな愚挙に手をそめねばならないのでしょうか・・・。
茂木清夫氏……74歳。東京大学名誉教授にして地震学の権威。
東大地震研究所所長、地震予知連絡会会長を歴任するとともに、東海地震の発生の可能性を判断する国の地震防災対策強化地域判定会(略して東海地震判定会)の会長を1991年から5年間務めた。
東海地震とは、1854年の安政東海地震以来、150年間も地下でひずみをため続ける駿河湾・遠州灘付近を震源に「いつ起きてもおかしくない」とされるマグニチュード8級の大地震を指す(別図あり)。
その想定震源域のほぼ中央に、茂木氏が「愚挙」と呼ぶ巨大施設がある。この瞬間もうなりを上げて稼動している中部電力浜岡原子力発電所(静岡県浜岡町)である。
「原発の数や発電量でいえば、日本は米国、フランスに次いで世界第3位、続いてロシア、ドイツの順です。が、日本以外の国は地震のない安定した大陸に位置している。実際、過去100年間に起きたM7以上の震源の浅い、すなわち都市に大被害を与える地震の分布図と重ね合わせると、地震マークで埋め尽くされるほど不安定な地盤にありながら、なおかつこんなに原発が集中している国は世界で唯一、日本だけです。
しかも、
よりによって巨大地震の発生が最も懸念されているところに原発を設置するなんて、世界の常識からすれば異常と言うほかありません。『米国でも地震は起きているだろう』という声もあるが、それは西部の話。ほとんどの原発は安定した中部、東部にあり、西部でも慎重に断層を避けている」
ここで我々の脳裏をよぎるのは、1979年米国でのスリーマイル島原発事故や86年、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故だ。とはいえ、日本の技術力は世界に冠たるレベルのはず――そんな幻想を茂木氏は打ち砕く。

「立地だけでなく、原発そのものの耐震性にも疑問があります。例えば、原子力施設の耐震設計審査指針は、上下方向の地震力を水平方向の2分の1として設計するよう求めていますが、阪神大震災などいくつもの地震で、震源に近い地表の直径数十センチもある石が宙に跳ね上がったことが確認されています。石が飛ぶということは上下方向に約1000ガル以上(1ガルは毎秒1センチの加速度で、阪神大震災では818ガルを観測)の加速度があったことを意味し、2分の1どころか、水平方向の地震力にも匹敵する大きな振動もありうることが分かってきた。
しかし、初期の設計である1号機と2号機は、この上下方向の耐震性については十分に検討されていないはずです。このように、これまで測定器の不備などで見えなかった地震の性質が次々と明らかになっている。
また、中部電力は大型実験装置で安全性を確認していると説明しますが、原発は精密装置の複合体であり、耐震性の評価は難しい。現代人には未知の地震を、現在とは微妙に異なる条件で再現しても、安全証明にはなりえないのです。
日本では、大地震のたびに予想外に大きな被害が出て、耐震基準の見直しを迫られるという歴史をたどってきたことは、防災や地震に携わる者なら誰でも知っています。
そもそも事態が想定通りに起きてくれるなら、そして日本の技術力が欧米諸国より優れているなら、阪神大震災で高速道路が倒れることも、95年の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ火災事故も、度重なるロケット打ち上げ失敗もなかったでしょう。
まだしも道路や家屋なら耐震基準を見直して「次」に備えるのは意味があるが、原発震災に「次」はない。チェルノブイリのような事態が起きれば、日本の主要都市は高濃度の放射性物質に汚染され、取り返しがつかない。「想定外でした」では済まない以上、最悪のケースを前提に事を決するべきです。」 意見を聞こうとしない電力会社
実際、浜岡でも01年11月、1号機で世界的にも例のない配管爆発・破断などの深刻な事故が相次ぎ、その後の定期点検でもひび割れなどが見つかったため、同機は現在も停止したままだ。
一方、東海地域では地殻が通常とは逆方向で滑るスロースリップ現象が4年前から続いており、東海地震の前兆か――と緊張が高まっている。
「いったいなぜ、こんな場所に原発を造ったのか。
『当時は東海地震の危険性が知られていなかった』という弁明は通りません。なぜなら、私が東大地震研究所の月例談話会で「東海地方でM8級の大地震の可能性がある」と日本で最初に指摘し、それが地震予知連絡会経由で発表され、全国紙の『毎日』や『朝日』、NHKや民放各局、週刊誌などで大きく報じられたのは、中部電力が浜岡原発1号機の設置を申請する6ヶ月も前、1969年11月のことだったからです。
それだけではありません。地震予知連は翌70年2月、M8級地震の発生をにらんで東海地方を「特定観測地域」に指定。4年後には、さらに切迫度の高い「観測強化地域」に格上げし、ついに78年、大規模地震対策特別措置法の施行とともに、国として東海地震の予知・災害軽減対策に取り組むことになったのです。
にもかかわらず、浜岡原発1号機は、70年5月の設置申請からわずか7ヶ月後に国の設置許可が下り、2号機も72年9月に申請、8ヶ月後には許可されるという拙速ぶりです。こんな短期間では、おそらく地盤の調査さえ満足に行われていないのではないか。」
その後も浜岡原発は、87年に3号機、93年に4号機が運転開始と"順調"に規模を拡大。建設中の5号機もまもなく完成する。まるで東海地震の恐れなどない、と主張するかのように――
「東海地震の可能性を最初に指摘し、地震予知連で東海・首都圏を担当する強化地域部会長を務め、さらに東海地震判定会会長という職にもあったこの30年間、原発をあの場所に立地していいのか、そもそも東海地震とは何か――などについて中部電力や行政側から相談を受けたことはただの一度もありません。
ようやく接触してきたのが、3年前の浜岡1号機・配管爆発事故の直後でした。新聞紙上で問題点を厳しく批判していた私のところに、部長級の社員ら2人がやってきて事故の報告をした。そのとき「なぜ一度も私の意見を求めなかったのか」と聞くと、「昔のことは分からないが、察するに茂木さんに会えば『あそこには原発はダメだ』と叱られるに決まっていたからではないか」と言う。
こんな現実逃避の姿勢で何が「安全」ですか。あまりにも不まじめ、不勉強です。国の原発政策の有り様としてもおかしい。」
8年前、東海地震の警報のあり方をめぐり、行政の腰の重さにしびれを切らして判定会会長を辞任した硬骨漢。その茂木氏が求めていた「注意情報」は今年、やっと実現した。時間は切迫しているが、「浜岡」についても発言し続けるしかないと覚悟しているようだ。
「繰り返しますが、原発がM8級の巨大地震に直撃されたことは、世界的にも一度もない。M7級でさえもありません。そして、仮定を積み重ねたシミュレーション通りに地震が起きる保証もありはしないのです。
大災害を確実に回避するためには、浜岡原発を即刻止めるしかありません。それが実現するまで、私は訴え続けますよ。」
構成/本誌・平野幸治
(文字の色づけ、ポイントの加工は当ホームページ運営者山内によるもの)
■
中部電力の見解
『安全性は確保している』
「 まず申し上げたいのは、浜岡原子力発電所が、国の中央防災会議が想定する東海地震に十分耐えられる設計になっているということです。想定東海地震はM8.0とされていますが、浜岡原発はさらに余裕を持たせて、あの地域では限界的なM8.5の地震に対しても安全性を確保しています。
1号機、2号機が古いのは事実です。だからこそ、のちに設けられた耐震設計審査指針などにも合致しているかをチェックし、その結果「妥当である」との評価を国からいただいております。上下方向の耐震性についても同様です。
立地に関しては、岩盤などの条件を詳細に調査するなどの手順は、しっかりと踏んでおります。当初、東海地震の問題が分かっていたかどうかについては議論があるようです。しかし、帰するところは、施設の地震対策が十分であるか否か、ではないでしょうか。
想定外の事態も起こり得るという茂木先生のご見解ですが、中央防災会議が想定する東海地震も、この分野に精通された方々によって算出されたものです。過去のデータに基づいて得られた現時点での知見をもとに、最大限の考慮をする。そういう姿勢で臨んでいます。(広報部・大澤滋久氏)」
前地震予知連絡会会長、茂木 清夫さんの主張
http://www.stop-hamaoka.com/koe/mogi.html
茂木清夫著「とらわれずに考えよう-地震・火山・岩石破壊」(古今書院発行)のご案内
2009/01/30
岩の力学連合会11代理事長,熊本大学副学長 菅原勝彦 ■目次: 1. 山形の頃,2. 大学と会社,3. 地震研究所に入る,4. 火山の噴火,
5. 実験地震学のはじまり,6. ソ連のネルセソフ博士との出会い,
7. 高圧下の岩石破壊実験,8. 地震の音をとらえる,9. 地震群,
10. 地震の時空間分布,11. 地震災害を軽減するために,
12. いくつかの主な地震の予知問題,13. 活断層と地震予知
14. 想定されている東海地震の問題,15. 地震と原子力発電所
■編著者:
茂木清夫 著■出版社: 古今書院
■ISBN-10: 4772252274, ISBN-13: 978-4772252270
■体裁: A5判,196ページ
■発売日: 2008/12
■税込定価: ¥3,150
推薦の辞:
ISRM会員であり、地震研究者として高名な茂木清夫先生は、今年傘寿を迎えられ、東京大学理学部地球物理学科昭和25年入学以来の長い研究生活を振り返って、先生のモットー「これまでのやり方にとらわれず、自分で考える」、言い換えると「とらわれない」発想を我々に伝えるために、この度、財団法人震災予防協会の会誌「震災予防」に連載した「私の研究人生」に手を加えられて、全195ページの体験記を著わされました。その概要は下記のようであり、岩の力学連合会の会員各位にとり興味ある貴重な体験談が満載されています。是非、ご購読されますように、ご推薦します。
全15章で構成された本書の概要:
まず、第1章の「山形の頃」では、NHK大河ドラマ「天地人」の主人公:直江兼続が奮戦した山形盆地の北西部にある谷地町(現在は河北町)における先生の生誕から、幼少時、小学校、戦時下の中学校、旧制山形高校の思い出が簡潔にまとめられています。
つぎに、第2章の「大学と会社」では、後に深田地質研究所理事等を勤めた松沢武雄東大名誉教授から申し渡された卒論題目「水の表面波の回折を測定すること」や、三菱鉱業への入社、長崎県高島炭鉱での経験、「軍艦島」での実習などが語られています。
つぎの第3章の「地震研究所に入る」では、昭和29年に、火山物理学の第一人者であり、浅間山の噴火予知に関する業績で高名な水上武教授の助手として赴任し、恩師松沢武雄教授の勧めもあって取り組んだ英文処女論文執筆のことなどに触れられている。
第4章の「火山の噴火」では、地震研究所で赴任早々に命じられた「桜島の爆発的噴火の調査」、マグマ溜りを球状力源とする地盤弾性応答により大爆発前後の桜島周辺の地盤変動を説明する「茂木モデル」、平成12年三宅島火山噴火の研究等が述べられている。
第5章の「実験地震学のはじまり」では、先生の学位論文「不均質媒質の破壊に伴うElastic Shocks(弾性衝撃波)の発生及びそれに関連した地震現象の二、三の問題の研究」が紹介されている。今日岩の力学で一般的なAEに係る先駆的研究成果です。
第6章の「ソ連のネルセソフ博士との出会い」では、昭和40年に地震研究所の助教授に昇任し、昭和46年の国際地球物理学連合総会(IUGG)における出会いや、国賓待遇でのソ連訪問、ネルセソフ博士の来日など、友人との交流が語られている。
第7章の「高圧下の岩石破壊実験」では、早稲田大学の設備を用いた高圧実験、MITのブレース教授の研究室での高温・高圧実験を振り返り、真の三軸圧縮実験法の開発、中間主応力の効果の測定、茂木—クーロンの破壊条件式の提案に至る秘話が語られている。
第8章の「地震の音をとらえる」では、昭和55年、海洋科学技術センターの潜水調査船「しんかい2000」に搭乗して、川奈崎沖でハイドロフォンによる高周波地震動の海中観測に成功したことや、海洋潮汐と地震活動の関係などの研究が述べられている。
第9章の「地震群」では、地震が時間・空間的に集中して発生するもの(地震群)には3タイプ(本震—余震型、前震—本震—余震型、群発地震型)があること、応力場に加えて、大地震に伴う余震の拡散が地下構造に関係することなどに言及している。
第10章の「地震の時空間分布」では、トルコ大地震の規則的西向き移動、関東大地震に続く浅い地震の北北東方向への段階的移動等の事例を示して、プレート境界の地震帯における活動期と静穏期、その周期的繰り返しに関する研究をまとめている。
第11章の「地震災害を軽減するために」では、地震予知研究の歩み、とくに学会での取組み、地震予知連絡会、地震防災対策強化地域判定会、文部省測地審議会、国際会議等を総括するとともに、地震空白域、大地震前の前兆的静穏化等の重要性を指摘している。
第12章の「いくつかの主な地震の予知問題」では、1983年日本海中部地震、1995年兵庫県南部地震(神戸地震)、2003年十勝沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震等を分析して、地震活動の時間・空間的分布の究明等が重要であると指摘している。
第13章の「活断層と地震予知」では、活断層に基づく「強い地震が期待される確率の分布図」を示しつつ、地震の発生を予知できるとの印象を社会に与えないように、活断層からわかることは地震が起こるかも知れない凡その場所と大きさであると注意している。
第14章の「想定されている東海地震の問題」では、「東海地震の可能性は茂木(1970)によって指摘された」(宇津徳治著「地震活動総説」東京大学出版会)の背景に加えて、昭和53年制定「大規模自身対策特別措置法」に係る注意報問題等に言及している。
最後の第15章「地震と原子力発電所」では、
柏崎刈羽原発と中越沖地震の問題を取り上げ、同地震以前の地震データ、並びに本震—余震の震源拡散を分析して、地震空白域の重要性に触れ、さらに緊急課題として浜岡原発と東海地震の関係に言及している。
なぜ浜岡原発はあんな危険な場所に建てられたのでしょうか?
yuknow_yさん
なぜ浜岡原発はあんな危険な場所に建てられたのでしょうか?
東海大地震は昔から恐れられている大地震の一つですよね。絶対来ると分かってる。
なのになぜあんな危険な場所に建てられたのでしょうか?
自分は静岡県民なんですが心配です。
東北地震を見て防波堤を高くすると言っていましたがそれが何になるんでしょうか…。
とても心配です。
いろいろ調べたら浜岡原発は日本で1番危険な原発だとか…
来るか分からない地震ならまだしもずーっと前から言われてたのに…
署名運動したところで廃炉にしてくれるのでしょうか?
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質問日時:2011/4/15 22:15:29
解決日時:2011/4/30 11:44:37
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moriaogaelさん
eroeroさんがおっしゃるように、浜岡原発が御前崎市の雇用をつくりだし、財政を成り立たせていることはわかります。そして原発が東海地震で崩壊したとき、御前崎市住民は、ふるさとを失い命を失い、子々孫々放射能障害を背負わせることも覚悟しているというのでしょうか。しかし、たとえそうであっても、浜岡原発が破綻したときには、だれが迷惑するのですか。浜岡原発が破綻したばあい、放射能雲は偏西風に運ばれて静岡ばかりか、関東圏、東北、山梨県、長野県の一部にまで被害を及ぼします。山河は汚され、水は飲むことができず、農地は奪われ、東京は破綻して、日本国全体がこわれてしまいます。
浜岡原発は、直下にM8.4という巨大地震の震源がありますから、直下型巨大地震というものです。前回1854年12月23日の安政地震のときは2メートルの断層を残しました。津波が来る前に、浜岡原発は、直下から突き上げる強烈な揺れにひとたまりもありません。まず制御棒が入らないから、稼動中加熱状態のまま暴走しメルトダウンします。敷地はがたがたになって、電気系統がずたずたになり、配管が破断して水が噴出しますので、冷却できません。使用済み核燃料のプールからは水がすべて飛び出し、暴走してこれも爆発します。
「防波堤を高くしても何になるんでしょうか」というのは、正解だと思います。福島では沖合いはるか130kmに震源があって、揺れは小さく津波でやられましたが、浜岡原発は真下が震源ですから、防波堤があってもむだでしょうね。浜岡の地盤はぼろぼろですから、コストをけちっていい加減な防波堤を造ると防波堤が原発や人を下敷きにするでしょう。
なぜ浜岡に建てたのか?という質問ですが、あの場所が東海地震の震源域であるということは、すでに知られていたことでした。
サンデー毎日2004年2月29日号に、地震予知連絡会会長茂木清夫氏東京大学名誉教授の記事があります。http://www.stop-hamaoka.com/news/sunday.html
「
いったいなぜ、こんな場所に原発を造ったのか。『当時は東海地震の危険性が知られていなかった』という弁明は通りません。なぜなら、私が東大地震研究所の月例談話会で「東海地方でM8級の大地震の可能性がある」と日本で最初に指摘し、それが地震予知連絡会経由で発表され、全国紙の『毎日』や『朝日』、NHKや民放各局、週刊誌などで大きく報じられたのは、中部電力が浜岡原発1号機の設置を申請する6ヶ月も前、1969年11月のことだったからです。それだけではありません。
地震予知連は翌70年2月、M8級地震の発生をにらんで東海地方を「特定観測地域」に指定。4年後には、さらに切迫度の高い「観測強化地域」に格上げし、ついに78年、大規模地震対策特別措置法の施行とともに、国として東海地震の予知・災害軽減対策に取り組むことになったのです。にもかかわらず、
浜岡原発1号機は、70年5月の設置申請からわずか7ヶ月後に国の設置許可が下り、2号機も72年9月に申請、8ヶ月後には許可されるという拙速ぶりです。こんな短期間では、おそらく地盤の調査さえ満足に行われていないのではないか。」その後も浜岡原発は、87年に3号機、93年に4号機が運転開始と"順調"に規模を拡大。建設中の5号機もまもなく完成する。まるで東海地震の恐れなどない、と主張するかのように――
「東海地震の可能性を最初に指摘し、地震予知連で東海・首都圏を担当する強化地域部会長を務め、さらに東海地震判定会会長という職にもあったこの30年間、原発をあの場所に立地していいのか、そもそも東海地震とは何か――などについて中部電力や行政側から相談を受けたことはただの一度もありません。
ようやく接触してきたのが、3年前の浜岡1号機・配管爆発事故の直後でした。新聞紙上で問題点を厳しく批判していた私のところに、部長級の社員ら2人がやってきて事故の報告をした。そのとき「なぜ一度も私の意見を求めなかったのか」と聞くと、「昔のことは分からないが、察するに茂木さんに会えば『あそこには原発はダメだ』と叱られるに決まっていたからではないか」と言う。
こんな
現実逃避の姿勢で何が「安全」ですか。あまりにも不まじめ、不勉強です。国の原発政策の有り様としてもおかしい。」
中部電力も、行政も要するに莫大な利権を生む原発を建てたかった。そしたら、経済的に困窮している浜岡が手を挙げた。だから、そこが東海地震の震源域だと知っていたけれども、建ててしまったのです。ちなみに、中部電力の総電力量に対する浜岡原発の占める割合はわずか14パーセントにすぎませんから、有り余って休ませている火力発電所を動かせば、浜岡原発は無用なのです。
ヤフー知恵蔵
やっと・・・気づいたのか・・
しかし、評価したいとおもう。
でも、今、一番話しを聞きたい・・
前地震予知連絡会会長、茂木 清夫さんは、
どこにいっちゃったんだろーか??