毎日暑い!! 渋谷物件調査・東急古本市へ!! | 東京リーシングと土地活用戦記

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ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

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先日、渋谷物件調査にいき、

ついでに、最終日、東急東横店の古本市に、!!

細木数子のもと彼氏、安岡正篤を、2冊見つけテーー・・購入・・

やっぱり、安岡正篤はいい!!

後輩に、会った。

毎日、暑いーーー・・!!!!

古巣は、109の向こうですーー

109は、剣道部のボスが、つくったのです。

あれからーー、25年以上もたってしまいました・・

子供の頃からの町、やっぱり渋谷はいいねーー

そして、丸の内の三菱村ヘーー

行ってきましたーー



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安岡正篤プロフィール

昭和の名宰相とされる佐藤栄作首相から、中曽根康弘首相に至るまで、昭和歴代首相の指南役を務め、さらには三菱グループ、東京電力、住友グループ、近鉄グループ等々、昭和を代表する多くの財界人に師と仰がれた安岡正篤(1898年~1983年)。

安岡正篤氏は、その東洋学に裏打ちされた該博な知識と人物としての魅力によって、日本のトップ・リーダーたちに、わが国の進むべき道を、常に指し示してこられました。

平成」の元号の考案者
安岡正篤氏は昭和20年8月15日、昭和天皇によるいわゆる「玉音放送」で発せられた「終戦の詔勅」の草案作成にもかかわり、また「平成」の元号の考案者でもありました。まさに日本の歴史をつくられた大碩学でありました。
しかし安岡正篤氏の本当のすごさは、その人格が慕われ、没後23年たった今日にしてなお、安岡氏の人徳、人柄を慕い、私淑する人が多いということです。
今日的な言葉でいえば、その「人間力」が、死してなお、多くの人たちに深い感化の力を持ち、影響を及ぼしているということです。



六然(りくぜん) 安岡 正篤

①自處超然(じしょちょうぜん)

自分については、いっこう物にとらわれないようにする。

②處人藹然(しょにんあいぜん)

人に接するときには常に和やかに好意をもって接し、相手を楽しませ心地よくさせる。

③有事斬然(ゆうじざんぜん)

事が起こったときは、グズグズせずにテキパキと片付ける。

④無事澄然(ぶじちょうぜん)

事なきときは、水のように澄み切った気でいる。

⑤得意澹然(とくいたんぜん)

得意なときは淡々と、 あっさりとしている。

⑥失意泰然(しついたいぜん)

失意のときはバタバタせずにゆったりと落ち着いている。



中国・明代の崔後渠(さいこうきょ)の言葉


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