ヘンリーフォードミュージアムを訪ねて/デトロイト
フォード・モーターは『A型』と名付けた車から製造販売をおこない1908年のS型に至った。S型に続き1908年から製造販売された『T型フォード』は大量生産時代の自動車製造スタイルおよびそれに付随する全米規模でのアフターサービス体制を形作った最初の車となり、現代の自動車産業の原点としての意味で名車といわれている。
フォード開業当時のモデルはデトロイト市内のマック・アベニューにある貸工場で生産され、部品を自動車へ組み上げる作業を1台当たり2・3人の工員が数日かけて行っていたが、フォードではそれまでばらつきのあった部品をマイクロゲージを基準とした規格化によって均質化し、部品互換性を確保することに成功していた。T型フォードは初めての自社工場であるピケットロード工場を利用し、フル生産開始の1909年には1年間で1万8千台もの台数を生産した。廉価なT型への需要が急増すると、フォードはさらに大型のハイランドパーク工場を建設し、1911年の稼働時には年7万台の生産を可能とした。フォード社は流れ作業システムや大量生産に必要な技術・管理方式を開発し、1913年には世界初のベルトコンベア式組み立てラインを導入した。部品の簡素化・内製化、流れ作業による工員の間での分業化により、たとえば車体1台の組み立て時間は12時間半からわずか2時間40分に短縮され、年生産台数は25万台を超え、1920年までに100万台を突破した。
エジソンと仲の良かったフォード「左端フォード、左より2番目エジソン」
フォード名言―「奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える」
「ほかの要因はさておき、我々の売上は、ある程度賃金に依存しているのだ。より高い賃金を出せば、その金はどこかで使われ、ほかの分野の商店主や卸売り業者や製造業者、それに労働者の繁栄につながり、 それがまた我々の売上に反映される。全国規模の高賃金は全国規模の繁栄をもたらす」
フォードの自伝には、今日に通用する発展と経営のヒントがあるとおもいます・・・
『藁のハンドル』
ヘンリー・フォード著 竹村健一訳 中公文庫 2002年
「誰も、未来について予言することはできない。未来を思いわずらう必要は
ない。未来の到来を妨げようとして、どんなに善意の努力をしても、未来は
つねに自分で方向を決めてきた。私たちが、今日、最善を尽くして仕事をす
ること、それが私たちにできるすべてなのである。」

◆ 自社の従業員は、自社の最良の顧客である
わが社の真の発展は、1914年、最低賃金を一日2ドル余りから、5ドルに引き上げてときに始まる。
その結果、自社の従業員の購買力を高め、彼らがまた、その他の人々の購買力を高めていった。
◆ 資源の浪費よりも、人生や労働の浪費をなくせ
浪費についての私の理論は、物はそれ自体から、物を生産する労働へとさかのぼる。労働の対価に対して充分な支払いができるようにするために、労働の対価を完全に引き出したいというのが私たちの希望である。
◆ 経営者は人間の喜びに無神経であってはならぬ
◆ なぜ、人間に余暇が必要か
◆ 企業の正否は、理念・労働・経営で決まる



