景気の悪化を受け、財政再建路線を棚上げし、積極財政へ事実上、転換した麻生太郎首相。しかし、首相自身はこれを決して認めようとしない。財政か景気かの議論は歴代政権を悩ませ続け、橋本政権では命取りになった。
国民に十分な説明のないまま、政策転換を図る麻生首相は橋本政権と同じ道をたどりかねない。 (吉田昌平)
首相の方針は、歳出削減枠は守りながら、別枠で社会保障や公共事業を上積みするやり方。首相は「景気対策と財政再建は、別に両立しないわけでも何でもありませんから」と自信を示す。
首相の発言は橋本龍太郎首相を思い出させる。政権末期の一九九八年一月、橋本首相は「経済や金融情勢に応じ、必要な手を打つことは当然。これは財政構造改革に反するとは考えていない」と発言。前年に発生した金融危機に対応するため、財政構造改革のトーンを弱め、景気と財政を両立させる考えを表明した。
橋本首相は、財政構造改革法で個別歳出ごとに上限を設定する一方、景気対策で二兆円規模の特別減税なども実施。ただ、政策転換は認めず、当時は「アナウンスなき政策転換」と指摘された。
結局、同年夏の参院選直前、一時は否定的だった恒久減税の導入を明言。政策的ブレが国民の批判を浴び、参院選で惨敗し、退陣した。
その後の小渕政権は初閣議で「財政構造改革法は当面凍結する」との首相談話を決定し、積極財政へ。そして、支持率も上向いていった。しかし、この結果、財政赤字は急増。三十七兆円を超える一九九九年度の国債発行額は今も史上最高だ。
麻生首相が政策転換を明言しないのは、小渕政権以降に膨れあがった財政赤字に原因がある。二〇〇二年度予算で小泉純一郎首相が「従来型の景気回復策は取らない」として、財政健全化路線を徹底したが、国債残高は結局増えた。こうした状況の中、麻生首相としては積極財政への政策転換を宣言することに自信が持ちきれないでいる。
しかも、税収だけ考えれば、〇八年度は〇二年度よりはましなため、このタイミングで積極財政に向かうことは、理解されにくい面もある。
党内には構造改革の堅持を主張する声はなお強く、こうした党内情勢も首相の立場を危うくすることになっている。(肩書は当時)
(東京新聞 2008年12月11日)
まさに、そこらじゅうのマスコミから、袋だたきですね・・
