宮崎駿を父に持つ宮崎吾朗が初めて監督をした作品『ゲド戦記』。

作品のテーマは森羅万象のバランス。

これが崩れた世界に住む人々には生気が感じられず、目的もない。

そんな世界を旅する大賢人ゲドとある国の王子アレン。

この作品が描く世界はまさに今の世界を反映している。

本来ならば、なくなってしまうからこそ、価値のあるもの、

限りがあるから大事なもの、それがあるからこそ存在するもの・・・

それらを独り占めしようとする、あるいは一極集中させようとする者。

持っている力を暴力に変え、他者を苦しめながら、自分の欲しいものを独占しようとする者。

現在もある一国がそういった世界を望んでいるように見える。

奇しくも原作の小説の作者はその国の生まれ。

I hope all the people living with smile,and NO WAR.


「ことばは沈黙に

 光は闇に

 生は死の中にこそ

 あるものなれ

 飛翔せるタカの

 虚空にこそ

 輝ける如くに」  『エアの創造』

日本の夏の風物詩と言えば、そうめん、風鈴、夏祭りetcいっぱいあるけど、

やっぱり花火でしょ!ってことでオレも16日の神宮の花火大会に行ってきました。

神宮の花火大会は、国立競技場、神宮球場、秩父宮ラグビー場、軟式球場と会場が分かれていて、各会場ごとにイベントの内容が異なる。

チケット制になっててオレはBoAがライブを行なう国立競技場の前売り券を買っておいた。

ところが!!

チケットを置いておいたはずの場所にチケットが見当たらず・・・

当日まで何日かあったので、しかたなくもう一度買うことに(泣)

でも、もう国立の分は残ってなくて軟式球場のチケットを購入。

当日、軟式球場の司会をしたのはあんまり有名じゃなさそうな落語家さん。

ライブをしたのもデビューしたての知らない歌手ばっかり・・・

と思っているとサプライズでマツケンが!

マツケンサンバで盛り上がった後、いよいよ花火の始まり。

実はオレ、花火大会って行ったことなくてこれが初!

やっぱり近い位置で見るとキレイやね~。

沖縄に花火。。。

夏を大満喫したところで仕事もがんばんなきゃ!


「あなたの大切な人は誰ですか?

 大切な人を大切に」

8月3日から二泊三日で沖縄に行ってきました。

初めて彼女との旅行、初めての沖縄に大興奮!!

やっぱちゅら海最高でした!

旅行での楽しみは名物を食べること、見所を見て回ることに加えて

現地の人とのふれあい。

おみやげを買いに入ったお店でのこと。

話しかけてきたのは沖縄で言うおばぁって感じの人。

「シーサーのオスは口が開いてるほうか、開いてないほうどっち?」なんてきかれて

開いてるほうと答え、見事正解☆

「じゃあなんで口を開いてるか来年までの宿題さ~」と宿題を出されてしまった。

「来年またくるさ~」とおばぁと握手をして別れた。

ちゅら海、おいしい食べ物、一緒に行った彼女、旅ならではの現地の人とのふれあい。

すべてがたのしい旅行だった☆

イタリアの優勝で幕を閉じたワールドカップ。

決勝のイタリアの相手・フランスのキャプテン・ジダンはワールドカップ前から

引退を決めていた。

その”ラストダンス”に世界中が注目した。

事件が起こったのは1-1で迎えた延長後半・・・

残り10分ぐらいに突然ジダンはマテラッツィに頭突きをし、一発退場となった。

シャツをひっぱたりしあっているうちに、マテラッツィがジダンに侮辱的な発言をしたという。

以前からジダンはその手のことを言われるとキレやすい性格で、何度か退場になったこともある。

それを知っていたマテラッツィがわざとふっかけたようにも見え、それもヨーロッパのサッカーのずる賢さでもある。

それにまんまとジダンがひっかけられたということになる。

「神に愛された男」も人間だったということを見せたシーンであった。

話題のダ・ヴィンチ・コードを読んだ。

オレが感じた主なテーマは「聖杯」とはなにか、「聖杯」はどこにあるのか。

本を読んでも、映画を見ても「聖杯」については作者の推測の域を出ない。

結局は、キリスト教の聖書などに関してもそうだが、本当にある、本当に起こった事と思うよりは、個人の気持ちの中で想像すること、信じることが信仰なんだと思う。

これはバルセロナにあるガウディのサグラダ・ファミリアの考え方と似ている。

サグラダ・ファミリアは建設開始から100年ほど経っていて、完成までにあと100年かかると言われているが、「聖家族教会」の名のとおり、父から子へと代々受け継いで完成に近づけるというのが根本らしい。

建設中に以前作った部分は壊れたり劣化するかもしれない。

そういったものを含めて「完全形」を代々受けつぎながら、追い求めて行く姿は「聖杯伝説」と似ているような気がする。

特定の宗教を持たない日本人にはない感覚かもしれない。


「Thank you, for loving me」

「あなたは1年間を何で数えますか?」今、公開中の映画「RENT」の中で、歌われる フレーズ。

もともと「RENT」は昔、ブロードウェイでミュージカルとしてヒットした作品の映画版。

1年間は60分×24時間×365日=525,600分になるらしい。

これを何で数えますか、というのがこの映画の中で頻繁に歌われている。

「流した涙の数?」

「友達の数?」

「キスの数?」

「楽しかった思い出の数?」

アメリカ映画だから、当時のアメリカの風景が良く見れる映画だと思うし、歌声に乗せて、自分の青春を思い出すかも☆

「あなたは1年を何で数えますか?」

Tooth fairlyっていうのはそのまま「歯の妖精 」。

イギリスでは子どもが、抜けた乳歯を枕の下に入れておくと、「歯の妖精」がコインに変えてくれるという言い伝えがあるらしい。

日本でも上の歯は屋根に向かって投げるとか、下の歯は縁の下に、とかいうよね?

あれに近い感覚なんだと思う。

でも、イギリスって「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」、今度始まる「ナルニア国物語」の作者の母国だけあって、なんかメルヘンな感じを受けちゃった。

こういう言い伝えがいろんな発想を生んで、新しい物語につながるのかなとも思った1コマでした。


「パンが見つかればその場所に座ろう。

 チーズが見つかればそこで働こう。」-アルメニア語のことわざ

日本時間の2月11日にトリノオリンピックが開幕した。

その中のフィギュアスケート・ペアでのこと。

中国のペアが、男性が女性を投げて、女性は回転しながら着氷するという演技をしたとき、

女性のほうが着氷に失敗し、膝を打ってしまい、競技続行は不可能のように思われ、音楽もストップし、

観客も静まり返ってしまった。

しかし、この女性選手は競技続行を訴え、その後見事な演技を見せ、その姿勢が観客やジャッジの心を打ち、銀メダルに輝いた。

フィギュアスケートには医療的な問題が起きたときに限り、中断2分間以内なら認められているらしく、

今回はそのルールにも助けられたとも言える。

しかし、テレビのニュースでは「北朝鮮の選手が・・・」といったような政治的な意味で色眼鏡で見たような報道が多い中、選手自身の演技や姿勢が際立った今回の中国のペアには心から「おめでとう」と言いたいし、

これが本来のオリンピックのあるべき姿だと思う。


「自分で選択した、という過程には大きな意味がある」-古田敦也

世界各地でデンマークの新聞がムハンマドを風刺した絵を掲載したことに対してのデモが起きてる。この件だけでなく、普段からイスラム「原理主義」=「過激派」と見られがちだよね。一部の過激派が物を燃やしたり、過激な行動に出たりしてるけど、それはホントにごく一部だと思う。

だってイスラム教の熱心な信者の人たちにとっては自分達が信じる対象をバカにされてるんだから、怒るのも無理はないと思う。

言論の自由を声高に言う人はいるけど、自由」に責任はつき物だと思う。

それは何を言ってもいいということじゃなくて、踏み込んじゃいけないsanctuaryがあるっていうこと。

もちろんそれは、政治家がもみ消してとか言う意味の踏み込んじゃいけない、ではなく、人の思想とか信条とかっていう意味で☆

逆にキリスト教だって原理主義があるじゃない?

その原理主義団体をバックに持つブッシュ大統領は何をした?

イラク戦争を起こしたよね?

オレは何の宗教も信じないけど、信じることは悪いことじゃないと思う。

むしろ信じる対象があるっていうことはいいことだと思う。

その一方で、宗教によって報道のされ方が違ったりするのは悲しいこと。

それは言論の自由を言う人たちの取るべき姿勢ではない。


Imagine,all the people living life in peace.

前回は日本が戦争に負けたところまで書いた。

大東亜戦争中、中国国内では、毛沢東率いる共産党と蒋介石率いる国民党が覇権を争っていた。

結果、国民党は共産党に敗れ、台湾に逃げてきた。

以後、台湾は国民党の支配化となり、台湾人は日本の統治下にあったときよりも厳しい現実にさらされた。

1947年2月27日、 当時禁止されていた闇タバコを売っていた中年の女性が憲兵に暴行を受けたのをきっかけに市民が立ち上がった。

台湾人は日本統治時代にラジオ局(だったと思う)として使っていた所のスピーカーで日本語で呼びかけた。

「台湾人よ、立ち上がれ!」

これが有名な2.28事件である。

その後、1987年に蒋介石の子・蒋経国が死去するまで蒋一家の独裁は続いた。

その背景には蒋介石の妻で、経国の母・宋美麗の影響があった。

1988年には李登輝が総統に昇格し、1996年には初めての総統選挙が行なわれ、李登輝は2000年まで12年間総統を務めた。

2000年の選挙で李登輝が引退を決め、選挙では野党・民進党の陳水偏が当選した。

ここに台湾民主化が達成された。

台湾では今年2006年に中国からの独立を含む憲法改正を果たし、2008年に独立すると考えられていたが、中国の武力行使が予想され、他国の(特にアメリカ)協力が得られそうにもないので、この規定路線は変えざるを得ないだろう。