日本には「憲法第9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の新三要件」があり、それは次の三つです。
1.わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
2.これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

台湾有事の際に中国から直接日本が攻撃を受けた場合は当然個別的自衛権があり、日本の武力行使は可能です。
先島諸島への中国地上軍の上陸・侵攻、日本の艦船などへの攻撃、沖縄米軍基地への空爆・ミサイル攻撃などがそれに当たります。

しかし日本が直接中国から武力行使を受けていない場合はどうでしょう。「武力の行使」の新三要件の「1.わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」がそれにあたり、「密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が有った場合は中国に対し武力行使ができるとあります。いわゆる集団的自衛権ですね。

「密接な関係にある他国」とは米国を想定している訳ですが、果たして台湾はそれにあたるのか?その辺はいまでも曖昧のままになっています。では台湾有事の際、米軍の軍事介入無しに日本は中国に対して軍事行動が出来るのか?

これに関してAIに聞いてみると次のような答えが返って来ました。

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結論から申し上げますと、アメリカが軍事介入しない場合、日本が中国に対して武力行使(軍事行動)を行うことは、法的に極めて困難であり、現実的にも可能性はほぼゼロに近いと考えられます。その理由は、日本の安全保障法制(平和安全法制)の仕組みと、自衛隊の能力・運用実態の両面にあります。

1. 法的なハードル:なぜ「単独介入」はできないのか自衛隊が武力を行使できるのは、以下の**「武力行使の三要件」**(新三要件)をすべて満たす場合に限られます。日本の存立が脅かされる明白な危険があること(存立危機事態など)他に適当な手段がないこと必要最小限度の実力行使にとどまることアメリカが介入しない場合、この要件をクリアするのが非常に難しくなります。
① 「密接な関係にある他国」の壁 「存立危機事態」(集団的自衛権の行使)は、**「我が国と密接な関係にある他国」**に対する武力攻撃が発生し、それにより日本の存立が脅かされることが条件です。通常想定: この「他国」は主にアメリカを指します。米軍が攻撃され、日本の存立が危うくなる場合に、自衛隊が米軍を守るために戦うシナリオです。米軍不在の場合: アメリカが参戦しない場合、日本は**「台湾」を「密接な関係にある他国」と認定しなければなりません。しかし、日本は台湾と正式な国交がなく、中国の一部とみなす立場(日中共同声明)との整合性が問われるため、台湾への攻撃のみ**をもって集団的自衛権を発動するのは法解釈上、極めてハードルが高いとされています。
② 「日本の存立危機」の認定 仮に台湾を対象国としたとしても、**「アメリカが介入しない(=アメリカにとって死活的利益ではない)戦争」において、日本が「台湾の防衛失敗=日本の国家存亡の危機」**であると認定し、単独で中国と戦端を開くことは、国際政治的にも説明がつかない可能性が高いです。

2. 現実的なハードル:自衛隊の能力  法的な問題を抜きにしても、軍事的な現実として日本単独での介入は不可能です。打撃力の欠如: 自衛隊は「専守防衛」の下で整備されており、敵基地を大規模に叩く攻撃的兵器(爆撃機、長距離巡航ミサイルなど)の保有は限定的またはこれからの整備段階です。米軍の「矛(攻撃)」なしに、自衛隊の「盾(防御)」だけで中国軍と全面衝突することは軍事合理性を欠きます。情報・兵站の依存: 現代戦において不可欠な衛星情報やターゲティング情報は米軍に大きく依存しています。

3. 日本が武力行使を行う「唯一の例外」アメリカが介入しない状況で、日本が中国に対して軍事行動を行う唯一のケースは、**日本自体が攻撃された場合(個別的自衛権)**です。

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11月7日の衆院予算委員会で、「安全保障関連法の下でどういう場合に「存立危機事態」になり得るのか」という岡田克也氏の質問に対し、高市首相は、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると考える」、さらに「実際に発生した事態の個別具体的な状況に応じて、政府が全ての情報を総合して判断する」「実に武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態に当たる可能性が高い」と答えました。

しかしその前にこうも言っています。
「いかなる事態が存立危機事態に該当するかっていうのは、実際に発生した事態の、個別具体的な状況に即して、全ての情報を総合して判断しなければならないと考えております。」

原則は無いのですね。その当時の政府及び官僚組織が考え判断して決めるというものです。政府・官僚組織の責任は重大になります。こんな重責に耐えられる人材が日本の政界・官僚にいるのでしょうか。

日本の支配層にある最も大きな問題は、そんな決断ができる器量の人材が政界・官界にいないのにも関わらず、原則を作らず、その時期の支配層の人間に判断を委ねるという国民的体質です。


高市答弁は、米軍の軍事介入無くとも、日本が独自に中国に対して軍事行動を取る場合があると中国に解釈される恐れが大いにあるでしょう。

しかしAIの答えにあるように、台湾が 「密接な関係にある他国」であるとの整合性(日本は台湾と正式な国交がなく、台湾を中国の一部とみなす立場)や自衛隊の能力から、アメリカの介入なしに日本単独での中国への武力行使は考えられないのではないでしょうか。日本の国益を考えれば相当な無理があり、高市首相はこれを行えば日本を破滅に導いてしまします。どう考えてもアメリカの軍事介入がなければ、日本単独の軍事行動などできる訳がありません。

しかし「自衛隊の能力」に関しては、自衛隊に打撃力が無くとも、ロシアのウクライナ侵攻で証明されたように、防御戦力だけでなんとか凌げる場合もあるので何とも言えません。

ではなぜこのような答弁をしたのでしょうか。その理由は二つ考えられます。

一つは、台湾への武力侵攻に対する中国への牽制です。中国は台湾問題に対して外国の関与を最も恐れます。最も恐れている外国はアメリカですが、次いで日本、フィリピン、韓国、オーストラリアでしょう。台湾への武力侵攻について大きな利害関係を有しています。日本が台湾有事に関して単独で関与する姿勢を見せたことで、日本がアメリカのしっぽについて行くだけではなく、独自の行動を取る可能性が出てきて危機感を持ったのです。トランプ大統領が習近平に言った「台湾に武力侵攻したら北京にミサイルをぶち込む」発言と似たようなものです。

もう一つは日本の国内向けのポーズです。日本国内の高市支持者向けのリップサービスでしょう。こんなメッセージで喜ぶ国民が居ること自体非常に不思議なのですが。

中国が台湾を併合するには、武力行使が最も割の悪いやり方で、軍事的・経済的・人的損失が大きく、またロシアのように世界から孤立する恐れがあります。それは最終的な手段であり、その前に取るべき手段はいくつかあります。

最も好ましい方法は香港方式でしょう。
簡単に言うと、台湾の国民党に人材と金を送り込み、総統選で勝利するとともに、議会を握り、民進党が選挙に出られないような法案を可決させ、台湾の政権を握り自由に操れば併合はできます。

次いでシリア方式で、台湾国内に内乱を起こさせ、その平定を理由にし、軍事侵攻する方法です。内乱平定が理由ですから周りから非難される危険性は低くなります。ロシアはアラブの春の一環にあるシリア内戦に乗じ、反政府軍に対して空爆、軍事指導を行い、地中海に空海の拠点を作りました。

この二つの方法で何とかなるのです。

それでもダメな場合はアメリカ・日本に対しては一切軍事行動をせず、ひたすら台湾に対してだけ軍事行動を行うというやり方です。沖縄の米軍、グアムの米軍、日本の先島諸島には手を出さず、台湾に対してだけ軍事行動を行うのです。台湾のウクライナ版です。地上軍を海上から台湾に輸送しなければなりません。制海権と制空権が必須になります。台湾もかなりの軍事力を持っていますから、抵抗し、ウクライナのように長期戦になる可能性が大いにあります。アメリカ・日本は経済・軍事支援と世界的な広報作戦を行うでしょう。経済制裁は相手が中国ですからなかなか難しいかもしれません。
アメリカ・日本を敵に回した台湾軍事侵攻は、中国からしてみればほとんどあり得ない最後の手段と言う事になります。

なので高市答弁は実際にはあり得ないケースについての、自身が対中国強硬派であることの国内外への広報の意味しかないものです。この辺に高市総理の考え方の薄っぺらさが見えてきます。

 

 

現在イスラエルとイランとの間でミサイル攻撃(ドローンも含め)合戦になっていますが、これが今後どのように展開するのか考えて見ましょう。


まず軍事力からです。


1.イスラエルもイランもたいした海軍力を持っていないのがポイント。

よって地上軍を相手の国に展開することは出来ないのです。陸軍は持っているが、運べない。

地上軍が無ければ相手の国を占領・支配出来ない。


2.イスラエルは核戦力を持っているが、これを使う気はない。世界が許さないし、アメリカが許さない。

と言う事で双方ミサイルとドローンを打ち合い、空爆をするしかないのです。

民間人に多少犠牲は出ますが、包囲も出来ないのでガザの様な悲惨な状況にはならない。

双方防空システムを持っているので、たいていは撃ち落される。

ミサイル打ち合いと空爆を行ってスタミナ(空軍戦力とミサイルとドローン)が切れた方が負けになる。インテリジェンス能力を使って、相手の人的中枢(政治・宗教・軍)を排除することは行うかもしれない。

 

現在イスラエルは石油施設やエネルギー関連施設へ攻撃を行っていますが、イランのスタミナを減らしにかかっています。

イラク戦争の様にアメリカが地上軍を使って、政権崩壊を行うことはイスラエルには出来ません。地中海からスエズ運河を通り、ペルシャ湾に地上軍を送るのは相当難しいし、第一海上輸送が出来ない。

しかしアメリカは出来るので、アメリカが参戦をしたら出来る。その時はロシアも出てくるでしょう。こうなると大変です。

原油の問題は起こりますが、戦争の拡大と悲惨さと言う点では、ウクライナ、パレスチナに比べてそんなに怖くないのです。

昨日の朝からムカついて、腹がたってしょうがない。原因はあのアメリカのジジィだ。

 

馬脚を現したと言うか本性の卑しさが出てしまったと言うか。

 

あの大統領執務室でマスコミを前にゼレンスキーは侮辱されたと言って、トランプに決闘を申し込めば良かったと思う。

 

勇敢さをアピールするトランプは断れないし、単なる殴り合いなら死ぬ事もない。

その場でやる。体力に勝るゼレンスキーが負けることはないだろう。

勇気も見せかけだけのトランプには及びもつかない。

 

大統領執務室の床に倒れたトランプが全米に放送され、たんなるヨボヨボだと分かればアメリカ国民も考え直す。

 

あの様な勘違いと卑劣な我田引水を行うトランプの心性は理解しがたい。

トランプを大統領に選んだアメリカ国民にも腹が立つ。

 

アメリカ国民よ!何とかしてくれ。

高齢者は現在の日本の人口構成の29.3%になります(総務省統計局)。

 

少子高齢化により年金、医療費などの負担が現役世代の家計を圧迫し、これが今回の衆議院議員選挙の国民民主党の躍進の一因にもなりました。

 

成田悠輔による2021年の「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」との発言も物議を呼びました。

 

高齢者は現役世代の税・社会保険料をただ食いするだけで、日本の国に対し何の役にも立っていないのでしょうか。

 

以下のデータを確認してみてください。

 

単にSNSで人気だから、声が大きいから、イェール大学アシスタント・プロフェッサーだからで鵜呑みにしてはいけません。

 

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これは日本経済新聞2023年8月12日の記事の一部です。

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年金世帯の消費シェア倍増、4割に デフレ脱却を左右

【この記事のポイント】
・国内の消費支出は65歳以上の世帯が4割
・年金暮らし世帯がGDPの15%を左右
・高齢者の消費活性化がデフレ脱却と連動

賃上げが30年ぶりの高水準となり、消費の押し上げ効果への期待が高まるなか、高齢化社会ならではの課題が浮かび上がってきた。国内の消費支出は65歳以上世帯が4割を占め、年金暮らしの世帯が国内総生産(GDP)の15%に影響する。

 

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日本の2020年GDPの内52%が個人消費です。半分以上が国民の消費から成り立っている訳です。そして65歳以上の世帯が4割を占める。

そして年金暮らしの世帯が国内総生産(GDP)の15%に影響するのです。

 

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次に固定資産税です。

高齢者は持ち家が多く、固定資産税を払っています。

この固定資産税は市町村税の4割を占めているのです。

つまり市町村にとっては相当大きな税収源になるわけです。

 

以下は総務省の固定資産税に関するWEBサイトです。

これによると市町村税に占める固定資産税の割合は4割です。町村では5割にもなります。

 

市町村税に占める固定資産税の割合

 市町村税全体に占める固定資産税の割合は、約4割です。特に町村においては、固定資産税の税収が全体の約5割を占めます(図1「市町村税収全体に占める固定資産税収の割合(令和4年度決算額)」)。このように、固定資産税は市町村の運営に欠かせない財源といえます。

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次いで消費税です。

国税庁によると2022年の国の税収(租税及び印紙収入)65.2兆円の内21.6兆円、33.1%が消費税です。日本の国家歳入(107.6兆円)のうち税収以外は公債(国債など)です。

税収の内最も大きいのは消費税なのです。法人税、所得税を超えています。

 

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国内の消費支出は65歳以上世帯が4割ですから、消費税も65歳以上世帯が概ね4割払っていることになります。

 

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つまり

・GDPの約4分の1が高齢者の消費によって成り立っている事実

・国税の33%うち4割が高齢者の消費で成り立っている事実

・消費税市町村税の4割を占める固定資産税の内の多くを高齢者が担っている事実

 

高齢者は税も社会保険料も払わず、便益だけ受けていると言う理解は一面的でしょう。

 

高齢者が集団自決してしまえばGDPの15%が消失し、税収(消費税)も減り、市町村税の4割を占める固定資産税も相当減ると言う事になります(基本相続者が収めるが、空き家になれば経済的に圧迫)。

 

それ以外にも日本と言う国に大きな損失が予測されます。

それはあらゆる国の人口構成において若年人口が多いと暴動、混乱、戦争などの混乱要因が大きくなると言う事です。

 

一概には言えませんがパレスチナは年少人口(0~14歳): 33.7%、生産年齢人口(15~24歳): 21.7%で0~24歳で55%以上です。イスラエルは0~14歳が27.9%もあり、パレスチナと似ています。

 

日本も団塊世代が若くボリュームゾーンだった頃には安保闘争や学生運動が盛んでした。

 

社会が安定し、競争が緩やかになり、拡張性が減少していくためには高齢者の貢献は欠かせません。また日本の市民運動、福祉活動の中心になっているのも時間に余裕がある高齢者です。

 

かつての70年代のように、団塊世代がまだ20代で、お互いの競争が激しく、学生運動も盛んで、世の中を中心になって引っ張っていった時代は活気がありましたが、日本の今後の出生率と人口構成推移を見ると、出産可能年齢女性人口は減るばかりで、女性一人が4人以上生まないと、この様な時代は今後来ないと見た方が良いでしょう。

 

成田氏が言う様に高齢者が集団自決をすれば日本人口は8751万人になり、30%減になってしまいます。この様な国になりたいのでしょうか

 

日本は、今後人口動態の上で、活動的で闘争的で拡張的な国と言うより、安定的で緩やかで非競争的な国になるのはある意味確定的です。成長より進歩より生活の質と満足感を重視する社会に高齢者は欠かせません。

 

どう思います?

ホモサピエンスは当時多く存在したホモ属の中でも、その集団の大きさとその集団間のコミュニケーションの活発さで他のホモ属を駆逐していった。ホモ属の誕生は750万年前と言われる。ホモサピエンスは約30万年前である。

 

90万年前から10万年間程度(80万年前くらいまで)、ホモ属の人口は地球の寒冷化で1000人程度に減少した事が遺伝子の解析で分かってきた。その苦境を脱するきっかけとなったのは火の発見だ。火を使えるようになって初めて寒冷化を乗り越え、人口は再度増えていく。この火の発見を集団間に普遍化したのは集団内コミュニケーションである。

 

ホモ属の中の一つ、ネアンデルタール人がごく少ない家族程度の人数の集団で生き延びていったのに対して、ホモサピエンスは親族を基本単位に、複数の血縁集団を集め、100人を超える集団に発展していったようだ。ネアンデルタール人が数人~十数人規模だったのに対して、ホモサピエンスはなぜ100人以上の規模の集団になりえたのか。また100人以上規模の集団であることがなぜサバイバル上の大きな優位性になって行ったのか。

 

それは集団の個々の構成員間に緻密なコミュニケーションがあって集団の結束が強かったからだ。集団全体で狩りや闘争が行えた。ネアンデルタール人が十数人の集団だったのに対して、ホモサピエンスは何十人何百人の規模で戦った、あるいは食糧を獲得した。集団間のコミュニケーションが周辺環境、食料獲得、外敵からの防御などに関する様々な発見や情報の交換を可能にし、ある個人がもたらしたアイデアの集団内の普及に大きな役割を果たした。

 

また火打石、槍、投槍器、弓矢、針、石斧などの発明、加工法も時間をかけることなく普及した。

 

針の発明が寒冷地への移住を可能にした。針によって毛皮で服が作れるようになった。針は動物の骨を石器で細く削ることで作れる。また古代台湾から日本人の祖先が与那国島まで渡れたのは、石斧によって作れた丸木舟によってである。

 

言語を持てば集団内のコミュニケーションは可能だと思うかもしれない。しかし集団規模が更に拡大し、分散していくと、すぐそばに暮らし、肌身の関係内の相互理解だけではコミュニケーションが成り立たない。分散した集団間のコミュニケーションが必要となるが、そのためには言葉だけでは成立しないのだ。言葉の裏には意味世界がぴったりと張り付いている。

 

意味世界とは物理的世界とは別のもう一つの世界で、人間の脳が作り出した意味と価値の統合体である。生きているこの世の解釈と理解、言わば世界観である。ホモサピエンスの集団的妄想の集合体と言っても良い。

 

これを集団間に共有化させないと、コミュニケーションは成り立たない。何かをしゃべったとしても、地面に絵を描いて示したとしても、そこに共通の世界観が基盤として双方に無いと通じない。つまり地面に棒で線を一本書き、その隣に線を二本書いたとして、二本の方が一本より多いと言う共通した解釈が成り立たないと、取引が出来ないし、会話もできない。同じ世界観を持った相手としか会話は成立しないのだ。

  

最も初期の集団的妄想は数かもしれない。2は1よりも多い、1を4個集めると4になる、2が2個あると4になる、などの共通認識が出来れば食料や道具の貸し借りや贈与、取引が可能になる。そして取引の可能性を発展させると「貨幣」になって行く。この貨幣が資本主義経済の起点になって行く。

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よく考えてみると1と言う記号が指し示す対象は物理的世界に無い。例えば「リンゴがある」と言ったとき、物理的世界にはリンゴ等と言うものはなく、このリンゴと、あそこにあるリンゴは物理的組成からすると別物である。人間の脳が勝手に作り上げた、このリンゴもあのリンゴもあっちのリンゴも同じリンゴだと言う、抽象的思考から生み出されたのが「リンゴ」という言葉である。リンゴの一個でも、リンゴの粒子は莫大な数あり、分子も膨大な数で決して1ではない。果肉と皮と種では細胞組成が異なり、言われたリンゴからしてみると、果肉、皮、種の何に関して何を一つと言っているのですか?と反論されてしまう。1も自然界には無い。あるまとまった単位を抽象して初めて1が出現する。リンゴも1も人間の脳が作り出した抽象概念、集団的妄想である。

 

例えば「私」や「あなた」と言う概念も物理的世界にそのようなモノはなく、人間が生み出した抽象的概念だ。

 

抽象概念を人間の脳が取り扱えるようになって初めて、言葉が成立し、様々な抽象概念を有機的に構成して集団的妄想である「意味世界」が物理的世界に対応して出来た。

 

物理的世界と意味世界の両方を表と裏の様に張り合わせて世界を認識するのが人間である。

 

人間が生きるに際して、物理的世界は重力や引力、物体の硬さや、火の熱さ、栄養素など生命にかかわる重大なものが多いが、あまりに当たり前のものになりすぎてあまり意識はしない。反面意味世界は、それを構成する集団的妄想(神、貨幣、国、国民、社会、家族、民族、神話、死、天国、イデオロギー、ジェンダーなど)の方が逆に多く人間を縛っている。特に人間関係はほとんど意味世界で出来ている。

 

基底的な人間の感覚である視覚を取ってみても、光を眼の網膜が感じて、それを脳が解釈する物理的反応だと思うかもしれないが、物理的反応だけだと、色の着いた点が一面にばらまかれているのが見えるだけで、そこに何があるのかは分からない。例えば犬を見ていたとして、犬の映像の抽象的概念がないとそれが犬だとは理解できない。今目の前に居るこの犬とあそこの犬とアメリカに居る犬とが同じだと言う抽象と共通性理解がないと犬だとは理解できないし、言葉の「犬」と言うものに置換できない。何か見えていたとしてもそれが「犬」ですと言えるには、映像を抽象して、抽象概念である「犬」と言う言葉に置き換えることが必要なのだ。

 

映像は全て抽象化されて脳に記憶され、その記憶された抽象化された映像に照らし合わされて何であるかが解る事になる。よって感覚も理解し、言語化するにはそこに意味世界がべったりと張り付いている。

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次にホモサピエンスにとって大きな重みをもっている宗教についてである。

 

集団が大きくなり、あちこちに同じようなホモサピエンスの集団が分散して存在するようになると「神」の存在が必要になってくる。ホモサピエンスを取り巻く自然環境(太陽、昼夜、気候、季節、地形、食料、動物や植物など)を理解し、対応しなければならない。集団が小さければ場当たり的対応で良いかもしれないが、集団が大きくなると、この理解・対応を集団全体で共有化し、集団で対応する必要が出てくる。

この世界観の共通化のために必要だったのが、ホモサピエンスの偉大な集団的妄想である「宗教」である。宗教はこの世界の解釈であり、分析であり、対処ノウハウであり、人間に共通させる基本的ルールであった。

 

また集団内部の秩序を維持するには基礎的な「おきて」の様なものが必要になる。他人のものは盗んではいけない、他人を傷つけたり、殺してはいけない等のルールが集団内で決められるが、これに対して「なんでそんな事を守らなければいけないのか」と言うメンバーの異議が必ず生じる。この異議を解決するには「神」を持ち出すのが最も良い。また「我々人間とはいったい何なんだ」と言うアイデンティティに関する根源的疑問も解決できる。

 

必然的に「神」と「宗教」は作られた。人間の脳が勝手に生み出したものだ。最初はアニミズムのような原始的な宗教で、神は山にも太陽にも月にも女性にも木にも岩にも宿った。多神教である。

 

この多神教が世界で唯一ユダヤ人によって一神教に更新された。

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ユダヤ人は歴史上常に迫害され、追放され、離散させられてきた、悲惨な民族である。最初トルコ南部に住んでいたらしいと言う説があり、迫害され南下、エジプトに異民族として包摂されたが、ここでも迫害を受け、有名な出エジプトでモーセに率いられてシナイ半島に行きつく(旧約聖書より)、紀元前1300年頃ここでユダ王国とイスラエル王国の二つの国を作るが、イスラエル王国はアッシリアに敗れ崩壊、ユダ王国は残った。そこにバビロニアと言う巨大国家が侵入し、ユダヤ人の指導者、聖職者、官僚がバビロニアの首都バビロン(現在のバクダット)に捕囚され、アケメネス朝ペルシャの侵攻で捕囚がやっと解かれ、シナイに戻った。その後アケメネス朝ペルシャを破ったアレキサンダーのマケドニアの支配下になり、その後ローマの統治下に置かれた。

 

詳しい経緯は省くが、古代ユダヤは敗戦、迫害、流浪の繰り返しの様な歴史を持っている。この様な民族がどのように多神教を一神教に発展させていったのだろうか。それはいじめられ迫害されつくした民族が、そのいじめられた理由と運命を苦悩の上に解釈し、民族のアイデンティティーをどのように建てつけるかを考え抜いたものだった。

 

それはユダヤ人を迫害した多くの民族(トルコ、エジプト、バビロニア、ペルシャ等)と自分たちの神を共通化し一つとした。ヤハウエである。この神は地球上の全ての民族の唯一の神であり、全ての民族はヤハウエの命に従い敬わなければならないと言うものだ。他民族からしたら大きなお世話であるし、勝手に俺たちの神を作るなと言う噴飯ものの考え方である。それぞれが神と宗教を持ち、それに従って生きているわけだからだ。

 

なんと迫害した民族と自分たちの神を同じ神とし(その頃迫害した民族は多神教だったが)、その共通の神がユダヤ人を特に選んで苦難の運命を与えたという解釈を考え出した。この選民思想とヤハウエに特に選ばれて与えられた苦難と言う考え方は独特のものである。他者から見ると進んで苦難を受け入れるような態度にも見えてしまう。現在のパレスチナの問題でも、普通に双方が共存しそれぞれの国をも持ち平穏に住めば問題はないのに、敢えて苦難を呼び寄せるような行動をとる。このあるこの意味幾重にもひね曲がっているようなアイデンティティーがどうも周りの民族から嫌われ迫害される原因になっている様に見える。

 

しかし一神教の誕生により、今までそれぞれの民族固有の宗教であったものが、複数の民族をまたいで成立する普遍性を持った。それによってユダヤ教は後にイエス・キリストによりキリスト教にバーションアップされ、ローマの国教となり、西ヨーロッパのカトリックから正教のギリシャ、ロシアまで広がることができた。キリスト教をもとにイスラム教も誕生し、現在その一神教であるユダヤ、キリスト、イスラム教の信者の範囲は地球の多くの範囲をカバーしている。

 

つまりこの地球のほとんどをカバーする一神教は最もメジャーなホモサピエンスの世界認識方法であり、人々の価値の体系でもあった。この一神教によってホモサピエンスは大きな地球規模の集団の結束力を得、コミュニケーションを高速化した。技術やノウハウや思想の伝播にも役立った。

 

これによってホモサピエンスは世界に共通する大きな「意味世界」の一部である「世界認識」の基盤を持つことになり、これが近代の訪れまで続くのである。「意味世界」は前述の通りホモサピエンスの脳が勝手に造り上げた様々な集団的妄想から有機的に構成されている。

 

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近代はなぜ起きたのであろう。ヨーロッパから始まった。フランス革命が起きたからでもない。産業革命が起きたからでもない。E・H・カーによると「人が変わったから」である。近代以前以後とでは人が大きく変わった。近代以前では人は宗教にほとんどを縛られていた。

 

近代以前では人間(これからはホモサピエンスを人間と表現する)は宗教を基盤として世界を認識し、それは世界の広域に渡る世界認識だった。キリスト教を考えると、ヨーロッパのほとんどがキリスト教的世界認識だった。

 

それがルネサンスの時期、コペルニクス、ガリレオによる地動説、デカルトによる理性、ニュートンによる力学の発見などにより、キリスト教による世界認識から、理性、科学的認識によって世界を見る動きが生まれ、ホッブス、ロック、ルソー等による啓蒙主義によって、当時のヨーロッパ世界の知的階層の人々の世界認識が変わっていった。

 

E・H・カーの「人が変わった」、これは「ヨーロッパの人々の世界認識が変わった」事を表している。近代は産業革命によって起こったのではなく、フランス革命による共和制の出現によって起こったのでもなく、人々の世界認識が変わった事によって成立した。

 

しかしヨーロッパ世界以外では近代以前のままの人々が存在した。江戸時代の日本では幕藩体制にあり、貨幣経済や市場経済の萌芽はあったが、人々の世界認識はまだ近代以前の闇の中にあった。

 

しかしご存じのように日本も明治維新によって近代国家の一員となり、富国強兵へと走り、国民国家とへと変貌していった。現在では中国も朝鮮半島もインドも東南アジアも近代国家へと発展している。未だに宗教的な世界認識に縛られているのはイスラム世界の一部と南部アフリカ、辺境的地域国家を残すのみとなっている。

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そして現在であるが、この近代と言う世界認識に再度の転換が訪れようとしている。それは従来言われているポストモダンと言う様なものではなく、もっと泥臭く、生活に根差した、身近な世界認識の更新である。

 

フランスの「ライシテ」をご存じだろうか。宗教的な制約を排した政治運営を世俗主義と言うが、例えばトルコが有名である。トルコはイスラムスンニ派の国であるが、第一次大戦での敗戦後、ケマル・アタチュルクによって政治分野ではイスラム教の制約を排し、世俗主義を掲げている。

 

イスラム教はキリスト教とは異なり、イスラム法があり、生活の仕方、服装、ジェンダー、食生活、休み、金融、経済までイスラム法によって細かに定められている。キリスト教国ではキリスト教とは別に法体系を定めることが出来、近代の法治国家が成立した。しかしイスラム教国では基本自由に政府が立法することが難しい。イランにおけるある女性のベール(種類と呼び名は様々なある)の着用の仕方によって、警察に殺害された疑いでデモが起きているのは有名である。アフガニスタンではタリバンによって女性の高等教育が妨げられている。

 

ライシテは積極的世俗主義というべきか、公共部分では徹底した宗教排除を行う。学校、公共施設での女性のベールは禁止、宗教的アピール行為も禁止である。宗教はあくまで個人のものであり、啓蒙思想とフランス革命によって「個人」を尊重し、考え方や思想は個人に帰属すると言う考え方を徹底している。イギリス・ドイツはそこまでの徹底ぶりはない。

 

そしてそのせいか、フランスにおける無宗教の人の比率は現在大きく拡大し、50%を超えると言う(正確な調査はない)。 フランスはキリスト教の国だと誰もが思っているが、ここまで無宗教が増えているのである。近代による脱宗教が今は無宗教へと動いているかのようだ。

 

グローバリズムにより世界が一つの国の様に動く時代が来ている。反グローバリズムの動きも激しくはなっているが、グローバリズムの流れは長期的には止めようがない。グローバリズムによる世界の均一化に科学技術の発展が加わり、AI、ロボット、遺伝子工学、地球温暖化、将来的な世界人口爆縮、これらによって近代と言う世界認識が転換期に差し掛かっている。

 

これからの人間に起きることを想像すると、地球のフロンティアの喪失、男女の中性化(テストステロンの分布曲線は男女の差が縮小)、ジェンダーの融合、婚姻動機の減少による結婚・生殖の縮減、リアルとサイバーの融合、マンマシン融合体の出現、リアリティの変容(人間におけるリアリティにおけるリアルとサイバー逆転)、気候変動による人間の生活様式の変化、温暖化による人類居住域の北南進あるいは地下化、世界人口の爆縮と絶滅、遺伝子操作されたホモサピエンスの出現、進化的歴史観の衰退と人類の悲観的未来観(人間の未来は悲観と憂鬱が覆う)等により人間の世界認識は近代とは全く違うものになって行く。

 

最も大きな影響要因はサイバー空間の圧倒的な力だろう。人間のリアリティは従来のニュートンの力学的物理的世界からサイバーの電脳空間へウエイトが移動する。人間を縛る圧倒的なリアリティはサイバーに移るだろう。

 

この世界認識の転換がアメリカの民主党と共和党の支持者の分断として表れているのではないかと思う。政治的な立場の分断でだけはなく、世界認識の分断だと考えなければいけない。アメリカ人はそれぞれの世界認識をかけて二つに分かれ戦っている。

 

それは古い家族の価値の尊重、男女のジェンダー維持(男性のマッチョ志向)、反グローバリズム(移民制限)、と言う所に如実に現れている。これが共和党(トランプ)支持者であり、民主党支持者は逆にグローバリズム、科学技術、金融経済、ジェンダーの発展的解消、女性の出産の自由を重視する姿勢である。

 

ある意味共和党支持者は、妊娠中絶反対など、女性を古い家族の制約の中に押しとどめように見える。古い世界認識とこれからの世界認識との戦いだと言える。

アメリカ連邦最高裁が7月1日、大統領経験者は刑事責任を免れ得ると宣言。「公的な行為」に関しては免責されるが、「公的ではない行為」に関しては免責されないとのことだが、このような範疇分けは現職大統領であればいくらでも動かせる。

トランプが大統領になればどのようにも解釈し、最高裁がそれを認めるだろう。

ドイツワイマール共和国末期のナチス党のヒトラーがそうだった。

ドイツが第一次世界大戦で敗戦し、その後初めて出来た民主主義国家ワイマール共和国(その前は帝政だった)がいとも簡単に独裁へと変わっしまったのはご存じだろう。


あまりマスコミや世間は騒がないが大変なことが起きている。

この原因はアメリカ国民にある。国民の劣化がかつての大英帝国の崩壊につながったが、国民の劣化はこのアメリカさえも崩壊に導く。
プーチンはほくそ笑んでいるだろう、習近平はむしろいらだっているかもしれない。

アメリカにナチスが生まれるかもしれない。なんとも皮肉な流れだろうか。

分かっていてもここまでくると止められない。

日本も国民の劣化が甚だしい。

注視が必要です。

ドジャースの大谷翔平選手が結婚しました。

この結婚は日本に新しい結婚の形を広げるかもしれません。

 

お二人にその意図は全く無いと思いますが、それは自然と浮かび上がるものです。

言わば遺伝子の相乗効果を感じさせる配偶です。

 

大谷選手が相手に「芸能人」や「女子アナ」を選ばなかったのは、ご両親の考え方もあるのかもしれませんが、

 

背が高いこと。

気持ちの良い人。

チャラチャラしていないこと。

 

そして大谷選手の相手ですから、当然美しいこと。

フィジカルも美しいこと。スレンダーで頭が小さく、手足が長い、と言う事になります。

 

大谷選手に見合う背の高い女性はなかなかいません。アスリートかモデルと言う事になるでしょう。

 

その中でバスケット選手で日本人の女性を選びました。

アスリート同士の結婚となりました。それも外見が美しく、人格も大谷選手と同様にシンプルかつ純真、素直。

 

アスリートなので運動神経は良く、体力もある。

 

この二人の遺伝子の合体はなにかワクワクする未来を予想させてくれます。

未来になにかワクワクする日本人が誕生しそうなこと、そしてまた我々を夢中にさせてくれそうなこと。

 

美男・美女のカップルは多くいますが、美男・美女でアスリートでフィジカルも美しいカップルはあまり居ません。

 

カップルが存在する姿にワクワクするとともに、未来もワクワクさせてくれる新しい形の結婚です。

 

国民国家を造り上げていない民族・地域はいかに弱いものかが、パレスチナとユダヤ人国家(イスラエル)の間に見える。第一次大戦後、オスマントルコによる緩い統一がなくなった。イギリスがこの現在のエジプトからシナイ半島、イラン、イラクまで統治下においた。この時期パレスチナにはアラブ人による国家を成立させるべきだったが、国家を成立させるリーダー集団もおらず、住民にも国民国家と言う概念すらなかった。明治維新当時の日本の一般市民と同じだと言える。


よってユダヤ人国家の必要性を必死に求めていたシオニストには歯が立たなかった。アラブ諸国はパレスチナ国家成立に力を貸すべきだったが、パレスチナに国家を求める集団やリーダーが居なかったため、国家を造ったとしても、アラブ諸国の傀儡政権になってしまう恐れがあり、その傀儡政権に対する反抗さえ生まれる可能性もあったと思う。

国家、国民国家を造るのはいかに大変な事なのか。土地があり、人が居て、生産があり、人民を導くリーダー層が居ても成らない。統合できる、人々をまとめ上げるイデオロギーが必要なのだ。

これを考えると日本を統合するイデオロギーは何か、アメリカを統合するイデオロギーは何か、中国を統合するイデオロギーは何か、ロシアを統合するイデオロギーは何か、パレスチナを統合するイデオロギーは何かを考えると面白い。パレスチナの場合あるとすると、今までイスラエルから受けた数々の殺戮・被害の歴史(ナラティブの集積)になるのかもしれない。するとパレスチナ国家成立が成立するにはイスラエルとの融和はあり得なくなる。

現在のハマスとイスラエルの戦闘を終わらせるには、イスラエルと同居するパレスチナ国家を成立させる事しかないと思われるが、パレスチナ、イスラエルともども双方の戦争・紛争による被害と憎しみを国家結束のイデオロギーに組み込んでいることから、成立したとしても憎しみあい、戦争・紛争を起こす潜在的動機は潜んだままだ。

今回の様なハマスによるイスラエル攻撃がまた起きる可能性と、イスラエルによる隠れたパレスチナに対する工作・圧力が始まるだろう。

そこに国連が関与し、イスラエルを中心に世界から支援を募り、パレスチナ人が経済駅に豊かになり、人々が幸せを得られれば、何とか戦争・紛争を抑えられるかもしれないが、根本的な問題は解決しない。

中国はかつて、人々の所得が増え、外国からの安全保障上の問題も無くなれば、平和を希求する民主国家になると世界(特にアメリカ)が予想していたが、実際は成らなかった。アフガニスタンもかつてソ連・アメリカが関与したが成らなかった。

それぞれの民族固有に、統治されるためのイデオロギーや概念や仕組みは異なり、その中で民主主義は単なる一つの選択肢でしかない。

あるいは、パレスチナ・イスラエルを抱合する新しい国家イデオロギーを作り上げるか、太古のユダヤ教、イスラム教が成立する前の、パレスチナにともに暮らしていた民族としてのイデオロギーを再発掘するかだが、そんなこと無理だと言われれば反論出来ない。

パレスチナ、イスラエルの問題はそんなに簡単に解決できる問題ではない。様々な安易な発言が世界に飛び交う、しかし世界で発言が途絶えれば放置される。

あらゆる人が、間違ったとしても、たとえパレスチナ人がイスラエル人が激高したとしても、発言し、意見し、アイデアを出すべきだ。

現在のハマスとイスラエルの間で行われているのは、それぞれのナラティブの正当性を全世界に発信していること。ナラティブの正当性は、それを信じる人がどれだけいるかによって成立します。よって世界に発信している訳です。ウクライナ、ロシアと同じ構造です。ナラティブはある意味同じ出来事に対して複数あり(今回の場合はハマス側とイスラエル側)、その複数のナラティブが淘汰され、残ったナラティブが存続します。

 

「古事記」も「日本書紀」も日本の古代ナラティブを7世紀の政権が編集したものでしょう。なので本居宣長は国学の祖というより日本ナラティブの祖でしょうか。

 

よって歴史も、淘汰の末残ったナラティブを時の権力者が編集したものです。そして現在の歴史は極端に欧米に偏っています。よってこの偏った歴史を再編集しようと言う動きが中国やトルコやイスラム世界で起こっているわけです。

ところで宗教も壮大なナラティブではないですか。新約・旧約聖書もコーランも膨大なナラティブの集積です。


宗教は人間が作り出した、世界把握のための、世界に意味を付与するための、偉大な妄想です。この妄想には他に、「貨幣」も「国家」も「民族」も「家族」もあります。つまり物的世界には無い、それぞれ人間が創り出した抽象的概念による「意味世界」の一部を構成するものです。

 

人間は物的世界(重力とか物質とか温度とか食料とか)に縛られながらも、意味世界を生み出したおかげで、物的世界を乗り越えることが出来たのです。

ある意味人間は物的世界と意味世界の混じりあった世界を作り上げ、生きているわけです。

なぜガザの市民はイスラエルに攻撃され、子供や女性を殺され、傷つけられた、にも関わらずハマスを支持するのでしょうか。ガザ市民のハマス支持は今でも高いようです。

 

ここが一番の疑問です。イスラエルをハマスが挑発すれば、その反撃がガザ市民に及ぶことは解っているはず(この種の報復は一般市民を標的にしないと意味がない)です。これはウクライナでも同じことが言えます。

なのにイスラエルを挑発・攻撃などどいう、合理性から言ったら意味不明な行為を行ったハマスを支持するのでしょうか。

 

これはこう考えないと理解できません。つまりガザ市民は自分達(子供や女性)の命よりもハマスのあるいはガザのイデオロギーの方が大事であると。イデオロギー、つまり自分たちがガザで生きている意味です。これに比べたら自分たちの命などどうってことない。

ここで男は、生きる意味が存在・命になく、むしろ行為・何をするか、にあるので、ガザイデオロギーのために戦って死ぬのは当然のことでむしろ喜ばしいでしょう。よっていくらガザの男を殺してもその男の名誉になってしまうので、イスラエル側にとっては逆効果です。だから女・子供殺すことが報復の最も効果的な方法になるのです。これはウクライナでもロシアによって行われていますね。

よってある意味ガザの市民がいくら殺されても、封鎖されても、武力で脅されても、逆にガザが解放され、同じイスラエル市民となったとしても、この問題は解決されないでしょう。


解決策はただ一つ、ガザイデオロギーを叶えさせることしかない。

このガザイデオロギーの目的や意味はハマスやガザの人々に聞いてみないと分からないのですが、イスラエルはたぶん知っているでしょう。

人間はナラティブによって世界を創りました。そして、それによって進化した、それによってネアンデルタール人に勝った。なのでナラティブは人間と言う種の根源的な力であり、世界であり、当然人間の命よりも重いのです。

 

ホモサピエンスは集団を作ることにより、その集団のコミュニケーション手段を生みだすことにより、集団の団結を固めることにより、数々の敵や困難に打ち勝ってきました。


そして人間の個々の小さな集団も、それぞれのナラティブによって集団の団結と統制を達成したのでしょう。宗教は人間の集団の団結と統制の土台です。ガザイデオロギーを失うことは、ガザで市民が単独で生きる事であり、個人がすべてバラバラになることです。これでは人間とは言えません。当然ユダヤ教徒も同じです。さらに強烈なナラティブを持っているのがユダヤ人です。

これを考えると一神教の根源的問題が浮かび上がります。カトリック・プロテスタント・イスラム・ユダヤ、全ての一神教はこの人間をがんじがらめに縛る過去からの壮大なナラティブの上に成り立っている。

 

その意味で多神教の八百万の神を思う日本人は扱いやすいでしょう。占領下のアメリカ人が一番よく知っているかもしれない。

そしてある意味これからの世界で生き抜ける民族かもしれない。

私は高校時代全寮制男子校に3年間在学しそして住んでいたのですが、そこでは普通の人には経験できないもようがありました。

 

寮は学年別に3棟あり、3階建て、各部屋はそれぞれ8人、2部屋が向かい合ってその間にトイレと洗面所と階段がありました。寮から廊下を歩いて3分ほどで校舎です。

 

敷地は広く、運動場は2つあり、その他に寮の前に毎朝点呼が行われる広場、教師のための宿舎も敷地内にありました。

 

立地は都心から遠く離れ、近くの駅にはラーメン屋と本屋くらいしかありませんでした。

 

その上高校と寮の敷地から出られるのは月2回だけ。つまり、ラーメン屋でもやしそばを食べ、小さな本屋で本をあさるのも月2回のみ。それも舎監の先生に外出許可申請書を出し、OKの印が押された紙きれを持って出かけ、帰校した際には舎監室に報告と同時に許可証を再提出と言った厳格さです。言わば学校監獄の様でした。外泊は月1回だけでこれも申請書に親の印鑑をもらって帰る体裁でした。

 

まあこの辺の話は本題ではなく、問題は、この高校は学びも生活も全て周りは男だらけ、女性は食堂で朝・昼・晩の食事の調理をしてくれているおばちゃんだけ、という点です。

 

そうすると生徒の中に何人か自然と女っぽくなってくる奴が出てくるのです。最も分かりやすいのはしぐさと表情です。話すときに眼を相手(当然男です)に対して正面から見ることはせず斜めから見てそして正面に流す、そして相手に対して顔を引く、つまり首を曲げて相手の顔から自分の顔を離すのです。

 

そして歩く時は甲を上にして、腕を八の字に開く。良く小学生の女の子が歩いたり走ったりする動きです。男は普通手の甲は外側を向け、まっすぐ前後に振ります。

 

つまりこれは相手に対して「受ける」表情や動作と言って良いでしょう。眼を流す、顔を離す、これは相手を引く、言わば暗黙にこっちに来てと言っているようなアンバーバルアピールです。

 

これは女性の場合良く現れる表情・動作で、日本舞踊や歌舞伎の女形ではこの様な表情・動作で女性を表現しています。

 

女は男に対していつも引いているのです。気を引く、目を引く、顔を引く。というように一般化されている。これがジェンダーです。

 

この様な男が全寮制高校でなぜ現れるかは判りませんが、1つは男が男である証明の問題です。男の子は幼いころから周りの男の子に常に男の証明を見せろと暗黙の圧力がかかっています。

 

遊ぶとき、スポーツをするとき、群れるとき、常に男ごっこが繰り広げられます。

 

私が小学校時代良くやったのは、幅1.5メートルくらいの小川を飛び越える遊び。遊んでいる仲間全員が飛びます。飛んで向こうの岸に着地出来なかったら川に沈没です。浅いので溺れはしませんが全身ずぶぬれでしょう。

しかしここで飛ばなかったらどうなるでしょう。ああこいつはダメな奴だな、と言う烙印が仲間全員の頭の中に刻み込まれます。

飛んで水没する方がよっぽどましなのです。

 

もう一つは、高さが子供の頭くらいある鉄製フェンスのてっぺんの、幅5センチくらいしかない鉄製レールの上に乗ってバランスを取りながらより長い距離歩く。簡単な綱渡りのようなものです。高さが自分の身長くらいありますから、落ちたら結構危ない。

 

このフェンス渡りをどのくらい長く歩けるかを競うのです。バランス感覚によって子供でも歩ける距離は違い、すごい奴でフェンス全て(30メートルくらい)歩いた子もいました。

ここでもダメなのは怖くてフェンスの上に登れない奴です。小川飛びと同じく、ダメな奴だという烙印が押されてしまいます。

 

また急坂の上から自転車をブレーキを使わないで走り下りると言うのもありました。

坂を下り終わったらブレーキをかけて良い。

要は度胸試しですね。

 

こんなことを常にやっていたのです。男の子であり続けるのは大変なんです。

 

こんなことが出来ても真に男らしい男ではないと言われそうですが、その通り。

しかしこんな事さえ出来なければ、更に男気が必要な時に立ち向かえるでしょうか。

 

さて全寮制高校の場合ですが、学校だけでなく生活も常に一緒ですから、高校から家庭に戻り、家庭の暖かさの中で、あるいは親にその男として裂けた自負をいやしてもらう方法もありません。

 

学校の体育の時間で傷ついた男が、寮に帰ってもまた傷つけられます。この繰り返しの日々が、男であることから逃避し、安全な場所に逃げ込むための手段が「女っぽくなること」なのかもしれません。

 

あるいは魚の一種のように周りがオスばかりだと、オスの中にメスに変性してしまう個体が出てくるケースなのかもしれません。

 

ともかく今の時代は、以前のように常に男を試されながら育つ男の子が少ないのでしょう。以前は大人になってからも、集団の中でも会社の中でも団体の中でも常に男は試されていました。男としてダメな奴と烙印が押された奴は伸びていかない、リーダーとして推されない時代でした。

 

もうこのジェンダーフリー時代は男としての使命や義務と言ったものを押し付けてはいけなくなったのかもしれません。

 

ではいったいだれがこの使命や義務を担うの?それは男でも女でも強い個体、強さに自信があり、言わば弱い個体を助けなければいけないと言う使命を持つ人、と言うしかないでしょう。

 

女性でも強ければ弱いものを助けないといけないのです。女性の中でも強い人がたくさんいます。男でも弱ければ強い女性の助けを求めて良いのです。

 

しかし本音を言うと、いやだなあこんな時代。