4:56 PM on Thu., Feb. 16, 2012

スターズのGM、Joe Nieuwendykは木曜日にドラフト指名権と交換にベテラン・ディフェンスのNicklas Grossmanをフィラデルフィアにトレードした。しかし、だからと言って彼のチームが2月27日のトレード期限に「売人(seller)」になる訳ではないと語った。

「そう言われるのは心外です。誰もがそれを話題にしたがっているのは解っています。」とNieuwendykが言った。「今日のトレードは特別なものです。このチームが積極的であることの現れです。私たちはこのホッケー・クラブをより良い方向に進めようとしています。これが良い結果に結びつくことを期待しています。」

Grossmanのトレードは予想されたことだった。27歳のディフェンスマンは7月1日に無制限のフリー・エージェントになる予定である。しかし、スターズとのその後の契約については進展がなかった。そこで、スターズは夏に見返りなしにGrossmanを失う代わりに、2012年ドラフトでの2巡目の指名権(元はロサンジェルスの権利)と2013年の3巡目の指名権(元はミネソタの権利)を選んだのだ。

Nieuwendykはそれらの指名権をドラフトで使うこともできるし、今後のトレードでの持ち駒として使うこともできる。

「今、チーム作りを進めています。今日、明日のことを考えるだけでなく、さらに大事なのは将来を見据えることです。」とNieuwendykは言う。「常に勝てるチームにしなくてはなりません。」

Grossman(2004年のスターズのドラフト第2ラウンド指名)はフライヤーズに適応できるだろう。この大型(6フィート4インチ、230ポンド)のディフェンスマンはスターズで333試合に出場し、41ポイント、プラス5の成績だった。最近は苦しんでいたが、今シーズンは1試合あたり平均18:59プレーし、5アシスト、プラスマイナス0の成績でいる。

「プロとして常に素晴らしい選手です。チームメイトとしても最高でした。それを失うのは辛いことです。」Nieuwendykは言う。「非常に優れた選手ですから、うまくやって行けるでしょう。」

Grossmanの今シーズンの年俸は175万ドル(約1.4億円)。スターズには2012-13年まで契約があるディフェンスが四人いる。Stephane Robidas、Alex Goligoski、Trevor Daley、Adam Pardyで、制限付きフリー・エージェントのPhilip LarsenとMark Fistricの二人もいる。

NieuwendykはLarsen、Pardy、FistricがGrossmanの抜けた穴をカバーできると言うさらに、Patrik Nemeth、Jamie Oleksiak、Brenden Dillon、Jordie Bennといった有望選手がレギュラーの座を争っている。

「今、ディフェンスには層の厚さがあります。これまでにはなかったことです。また、Mark Fistricに多くのチャンスを与えたり、Adam Pardyに活躍する場を与えるトレードをしたりもしました。」とNieuwendykは言う。

「来年は皆さんが新しい名前を聞くことになるでしょう。例えばドラフトで取ったPatrik NemethやOleksiak。ディフェンスはこのチームの強みです。」

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Ken Campbell
2012-02-10 12:32:00

Tim Thomas は政治的な発言に関して次のように考えている。「私個人の問題であってブルーインズやホッケーとは全く関係がない。何も答えたくない。」木曜日の練習後のインタビューの間にこの趣旨のことを5回も言ったほどこれは重要なことなのだ。

いつ、どのように自分の考えを述べるかについて私がThomasを弁護するのはこれで2回目だ。しかし、いやはや、彼はいつでも事を難しくしてくれる。何度かThomasと話す中で、私は二つの結論に達した。一つ、Thomasは中身がなく、空虚で、愚かな人間では決してない。二つ、自分が言うことに確固たる信念を持っているようだ。彼は、今、自分の祖国がとてもひどい状況にあると感じており、また、彼の意見の述べ方についてあれこれ言う人々こそ反米、反民主主義であって、自分はそうではないと確信しているようだ。

今回問題なのは、もし議論を仕掛けたいのなら、そうすべきだということだ。もし、自分が重要だと思うメッセージを発言するために自分の名声を利用するのなら、単純に個人とプロとしての自分を区別することはできず、どちらか一方だけということにはならないのだ。もし、私が思っている通り、Thomasが自分の発言について信念を持っているのなら、マイクロフォン突きつけられて説明を求められた時に、正々堂々と自分の見解について議論すべきではないだろうか。

ご存知かもしれないが、Thomasは先頃Facebookに次のようなコメントを書き込み、再び議論の火種を蒔いたのだ。それは、カトリックの慈善団体、病院、大学のものを含めて、女性の産児制限を健康保険で行えるようにすることを求めたBarack Obamaアメリカ大統領の政策に反対するために書かれたものと思われる。その書きこみは「私は宗教の自由のために戦うカトリック信者である。」というものだった。

勿論、この投稿は、スタンレー・カップ優勝を祝うためのボストン・ブルーインズのホワイトハウスへの訪問をThomasが無分別にもボイコットしたすぐ後になされたものだった。この二つの行為を通してThomasは反対意見を述べるという民主主義の権利を行使したに過ぎない。しかし、Thomasが認めなければならないのは、彼の行為について非難する人々もまた彼と同じようにその権利を行使しているということだ。

信じて欲しい。私は反対意見を持つことが時として困難を招くことを知っている。今週初めに、Sam Gagnerが8ポイントを挙げた試合について、彼が亡霊の助けを借りたのではないかとこのコラムに書いた時、このウェブサイトのコメント欄に返ってきた辛辣な批評はもはや私個人に対する領域を超えていた。私が乱闘や暴力を非難するコラムを書けば、このウェブサイトでの議論は本当に酷いものになる。

だから私はThomasに同情できるのだろう。しかし、もしThomasがこのままであれば、漫画のキャラクターになってしまうのではないかとも心配している。今シーズンまで、Thomasは敗者のチャンピオンとして知られてきた。惨めなスタートから這い上がり、フィンランドで誰にも知られることなく何年もプレーしながらNHLへの道をつかみ、NHLのスターになり、そしてスタンレー・カップを勝ち取った。それは彼の権利だ。しかし、彼はその財産を曇らせ始めている。

さらに、Thomasもそうは望んでいないように、これが彼のホッケー人生に悪影響を与えることがないかが心配だ。Thomasが自分のために何も答えなければ、チームの他の選手がそれを求められることになるだろう。Shawn Thorntonが、自分はフェースブックをやっておらず、関心もないと言いながら木曜日に答えた内容によれば、そろそろ我慢の限界に来ているようだ。万が一、Thomasがこの件をヴェジナ・トロフィーが取れない言い訳をするか、パックを止める能力とは全く関係なしにボストンを出なければならない事態になったらどうするのだろうか。

ソーシャル・メディアを通じて大胆な発言をし、その後、単に議論の場が変わったというだけで話すのを拒否するのではなく、自分を守り、自分の信条について説明することこそThomasがなすべきことだ。

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Tom Thompson
2012-02-04 10:50:00

Bo Jacksonがスポーツ界の話題を独占した時のことを覚えているスポーツ・ファンは多いだろう。彼はたちまちプロ・フットボールとプロ野球のオール・スターになったのだった。人々はJacksonがその気になればどんなスポーツでも直ぐにスターになれるだろうと思ったものだ。勿論、一つの種目を除いて。その頃、合言葉のように交わされた会話は「Bo Jacksonはホッケーができるだろうか。」ということだった。答えは明らかだ。「No.」だ。その数年後、Michael Jordanがプロ・バスケットボールから引退し、大リーグに挑戦しようとした時、多くのファンは彼が成功することに楽観的だった。そして再び、そのように素晴らしく、既に名声を得たスポーツ選手はどのスポーツにおいても一流になれるはずだと考えた。勿論、ホッケー以外は、だ。

確かことは、いずれの場合にもホッケーが例外とされた絶対的な理由は、ホッケー選手は高度のテクニックを駆使しながら世界一流レベルでスケートをしなくてはならないということだ。どんなに鍛えられ、名声があっても、ホッケー選手になろうと思えば誰でもスケートができなくてはならない。世界中にいるBo JacksonやMichael Jordanのような選手でさえもその例外となることはできない。

カナディアン・リーグのトップ・レベルの有望選手がブリティッシュ・コロンビア州のケローナ(Kelowana)でスキル・コンペティションや3人対3人の試合を行うのを見ていた時、私はそのことを考えていた。リンク上の速い動きはその日一日中衰えることはなかった。どの選手でもそうでもあるように、これらの選手には欠点や解決すべき課題があるものだ。しかしながら、彼等には共通する一つの特性がある。それはスケートができるということだ。

私が見るのはジュニア、カレッジ、そして高校レベルのホッケーがほとんどだ。勿論、他のプロ・スポーツと同様にNHLも見る。また、私の幼い息子がプレーするバンタム(*13歳~14歳のリーグ)の試合もよく見るが、それぞれのレベルで同じ感想を抱く。それは、どのリーグでもスケーティングの能力は以前より高くなっているということだ。

その理由はいくつかある。スケート靴そのものがその一つだ。靴の構造がより軽く、より安全になってきており、ブレードの進歩により氷の上での安定感が増している。そして、現代の選手の多くは若い頃からスケーティングのコーチから専門指導を受けている。ほとんどのスポーツ選手は以前に比べてより強く、より良い環境で育っている。

観客の立場ではスケーティングの質がこのゲームの最大の魅力であることに疑いはない。また、時として、この世界で働く私たちは選手がスケーティングをすることが当たり前だと思っている。スケーティング競争の決勝でリンクのコーナーを素早く回るCHLのスターに魅了されるファンでも、他のスポーツ選手がただコーナーを走って回るだけなら、それが楽しいとは思わないだろう。どんなトップ・ランナーもホッケー選手のスピードや勇気にはかなわないのだ。

スケーティングのスピードが増したことがいくつかの懸念を生んでもいる。2005-06年に取り入れられた新しいルールは確かにこのスポーツに新しい扉を開いた。選手の動きを遅くしないようにするルールとレッドラインの廃止はゲームのスピードを劇的に増加させた。新しいスケーティング環境で、以前より強く、より鍛えられた選手が何にも妨げられることなく、試合中のぶつかり合いが以前より遥かに速いスピードで当たり前のように繰り返されている。がっしりした選手のブレードは氷を削り取る。どのレベルのホッケーでもパックは弾み、柔らかい氷には直ぐに危険なワダチが残ってしまう。プレーの質によっては悪影響を及ぼすことがあり、危険要因を増加させることになる。

何時の時代でも人生というシーソーで完全なバランスを保つのは難しい。2005-06年シーズンの前にホッケー関係者はこのゲームの新しい扉を開き、スケーターが活躍できる方法を考え出した。その同じ関係者たちが今度は今日のスピードの早いゲームにつきものの危険を減らす手段を講じなくてはならなくなっている。一つの問題を解決すると新たな問題が生まれてしまうのはよくあることだ。ホッケーというゲームが人々の心に訴え、同時にこのスポーツを難しくしている要因は常にスケーティングとは無縁でいられないということだ。それがこのゲームを独特なものにしている。それを忘れてはならない。


【Cournoyerの所感】
スケーティングは確かにこのスポーツの特徴であり、それがために実際にプレーするのを難しくしています。誰かに「ホッケーをやってみない?」と声をかけても、異口同音に返って来る答えは「やってみたいけど、スケートが…」というものです。

力強く、スピードのあるスケーティングはそれを見ているだけでもワクワクします。
カナダ型の力強いスケーティング、ロシア系の美しいスケーティング。かつてははっきりと分かれていたスケーティング・スタイルも今ではあまり差がなくなってきているような気がします。

私が好きなスケーターは二人います。いずれも昔の選手ですが、一人はYvan Cournoyer。小さい体で誰よりも早く走るその姿に”Roadrunner”というニックネームが付けられていました。



そして、もう一人は同じくモントリオールのGuy Lafleur。この選手がリンクに登場するだけで、その名の通り「花(fleur)」が咲いたようにリンクが華やかになりました。その華やかなスケーティングに魅了されたファンは多いことでしょう。




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