シカゴ – 開始から終了まで非常に楽だった。ジョナサン・テイヴス (Jonathan Toews) とパトリック・ケイン (Patrick Kane) はシカゴに留まりたいと思い、ブラックホークスは高得点を挙げるフォワード二人がこれまでに着たことのある唯一のNHLのユニフォームを着せたままにしておきたかった。

残されていたのはこのフランチャイズ史上最大の二つの契約金額を算出することだけだった。

ブラックホークスは2010年と2013年のスタンレー・カップ・タイトルを含めて、長期間にわたり好成績を挙げ続けている。チームはそれに貢献した有力選手の二人と8年間の契約延長に合意したことを水曜日(9日)に発表した。テイヴスとケインは今シーズン、ウェスタン・カンファレンス決勝にシカゴを導いたが、最終的にNHLチャンピオンとなったロサンゼルス・キングスに破れた。

この契約延長がオフシーズンの最優先事項だということはゼネラル・マネージャーのスタン・ボウマン (Stan Bowman) が当初から言っていたことだ。そして、二人の選手の代理人であるパット・ブリッソン (Pat Brisson) との合意に達するまでには大して時間はかからなかったという。テイヴスとケインはそれぞれ2009年12月からの5年間の延長契約があと1年残っており、7月1日が新たな契約を結べる初日だった。

チームが契約金額を発表しなかったため、匿名を条件にAP通信に語った情報筋によれば、それぞれの契約は平均年俸1,050万ドル(約10.6億円)、総額8,400万ドル(約85億円)である。

ロサンゼルスとのゲーム7に破れた直後にテイヴスとケインはチームに残りたいとの希望を明らかにした。ブラックホークスは二人との契約についてツイッターで#8MoreYearsというツイートをした。

「ファン思いや選手たちの功績をこれほど気にかける組織はどのスポーツ界にもありません。」テイヴスはチームが発表した声明の中で述べた。「地球上で最高のホッケー・ファンのためにスタンレー・カップを獲得し続けること。選手としてこれ以上望むものは何もありません。」

テイヴスは2006年のドラフトで3位指名を受けた。そして、2008年7月にチーム史上34番目のキャプテンになった時はわずか20歳だった。攻守両方に優れた選手としてはNHL随一とされており、2013年には最優秀守備的フォワードに与えられるセルケ・トロフィーを獲得した。

ケインは2007年のドラフトで総合1位指名を受けた。これまでの経歴の前半ではこのダイナミックなウィンガーの成熟度に対して疑問符が投げかけられていたが、今ではNHLで最もピンチに強い選手の一人へと成長した。2010年のフィラデルフィアでのスタンレー・カップ決勝の第6戦では優勝を決めるゴールを挙げた。昨シーズンはプレーオフのMVPとしてコン・スマイス・トロフィを獲得した。

25歳のケインは今年のプレーオフでも印象的な活躍をし、シカゴがロサンゼルスに対して1勝3敗から逆転するまでもう一息だった。キングスとのシリーズの最後の4試合で2ゴール8アシストを挙げた。

テイヴスとケインとの契約延長に要する1.68億ドル(約170億円)には、ブラックホークスがチームの核となる選手の多くを2016-17年シーズンまで確保できるという価値がある。ボウマンは今後数年間のうちにサラリー・キャップという厄介な問題に直面することになるが、彼のチームは暫くの間、スタンレー・カップ候補であり続けるに違いない。

「ジョナサンとパトリックとサインしたことは、このフランチャイズの歴史の中でとても重要な出来事と言えます。」とブラックホークスの社長兼最高経営責任者 (CEO) のジョン・マクドノー (John McDonough) は言う。「このチームは常に勝つことを求められています。そのためにも今日は大きく前進することができました。」

26歳のテイヴスは7年間で毎年少なくとも23ゴール25アシストを挙げている。2010-11年シーズンには自己最高の32ゴール44アシストを記録した。ケインの年間平均は25ゴール45アシストで、自己最高は2009-10年の30ゴール58アシストである。

シカゴにとって更に重要なのは、この二人はポスト・シーズンに最高潮にあることだ。ケインはプレーオフで通算37ゴールを挙げており、これはチームの歴代5位である。また、通算54アシストは歴代第6位である。テイヴス(29ゴール、52アシスト)もそれぞれのカテゴリーでトップ10に入っている。

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スプリングフィールド、マサチューセッツ州 – 延長戦と乱闘に関する変更がマイナー・リーグで試行され、NHLにも適用されるかもしれない。

アメリカン・ホッケー・リーグが木曜日(10日)に発表したところによれば、AHLは来シーズン、公式戦での延長戦を7分間とし、3分を越えた最初のホイッスル以降は3人対3人にすることを試す。つまり、3人対3人の延長戦が最長4分間あることになる。

これがシュートアウトを減らす結果につながれば、このルールがNHLでも適用されることになるかもしれない。AHLは二つの小さな変更も試すことになった。延長戦の前にサイド・チェンジをすることと整氷をすることだ。

もう一つのルール変更は、1試合で2回の乱闘をした選手は自動的にゲーム・ミスコンダクトが科せられるということだ。また、内容に関わらず3回のメジャー・ペナルティを受けた者もゲーム・ミスコンダクトとなる。

1度の乱闘で退場となる国際ルールにはまだ近付いていないが、乱闘を減らすために1歩前進したことになる。

また、ヘルメットを落とした選手はプレーを継続することができない。すぐにベンチに入るか、顎紐をかけて後頭部までヘルメットをかぶらなければ、マイナー・ペナルティとなる。

AHLの社長兼CEOのデヴィッド・アンドリュース (David Andrews) によれば、これらの変更は「ゲームの向上と選手の安全性を考慮し」、競技委員会と選手育成委員会の支持を得て理事会で承認された。

昨シーズン、NHLは新人でNHLでの試合経験が25以下の選手にはヘルメットへのバイザーの取り付けを義務化した。

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カナディアンズの元キャプテン、ブライアン・ジオンタ (Bryan Gionta) は苦々しさを感じていない。少しも。

35歳、3年間で12.75百万ドル(約13億円)の契約。自分の故郷から車で1時間のところでプレーを続けられる。両親を含めて、自分を愛してくれる一番のファンがいて、毎晩のように試合を見に来てくれる。苦々しさなど感じる訳はないだろう。

それでもやはり、ほろ苦さが...

「こんなに情熱的なファンがいる立派な組織でプレーできて幸せでした。」ジオンタは火曜日(1日)に、ニューヨーク州ロチェスター近くの夏の別荘でカナディアンズについてそう語った。「素晴らしかった。何事にも代えられません。」

「モントリオールを離れるのは辛いです。交渉は難しかったです。しかし、もう将来のことを考えるべきだし、それについてはわくわくしています。モントリオールでの最後の5年間は忘れることができません。とても幸運なことだったし、そんな経験ができたことに感謝しています。」

ジオンタは2009年の夏にまとめて入団したフリーエージェントの一人だ。契約金額は5年間で25百万ドル(約25億円)。ジオンタと共に入団した制限なしのフリーエージェントだったマイケル・カマレリ (Michael Cammalleri) 、ハル・ギル (Hal Gill) 、ヤロスラフ・スパチェク (Jaroslav Spacek) 、トラビス・モーエン (Travis Moen) はいずれも評判が高かった。

この中で現在もチームに残っているのはモーエンだけで、ジオンタは火曜日にセイバーズと有利な条件で契約した。

2010-11年シーズンが始まる前に、ジオンタがこのフランチャイズの歴史の中で28人目のキャプテンに任命されて栄誉あるCマークを身につけるまで、2009-10年シーズン中、その地位は空席のままだった。

これといったスター選手がいないチームの中にあって、ライオンのような心を持つリーダーとして、毎試合、毎シフトごとに自ら手本となり、その後の4シーズン、立派にその役目を果たした。ごく稀な例外を除いて、全ての試合の後、リンクの外での義務であるロッカールームでのマスコミ対応にあたった。キャプテンとしての模範的な姿勢は今後語り継がれてゆくことだろう。

(メディアに対してロッカールームでジオンタがキャプテンとして紹介された時のことは忘れられないものだった。カメラに写り易くなるように小さなベニヤ板でできた箱がジオンタの前に置かれた。遊び心のある6フィート7インチ(約2m)のギルはジオンタが来る前にこっそりやってきて、5フィート7インチ(約1.7m)のキャプテンのために箱をもう一つ積み重ねたのだった。)

実際のところ、ジオンタが今週「元カナディアンズ」になるかどうか確実ではなかった。フリーエージェントが解禁になる1日(火)の正午直前まで、ジオンタの代理人はHabsの GM、マルク・ベルジュヴァン (Mark Bergevin) と話し合いをしていた。

「フリー・エージェンシーの解禁まであと1時間というところまで、私たちの気持ちと心は絶えずモントリオールにありました。それが基本的な姿勢でした。何とか合意に達しようと努力しました。」とジオンタは言った。「残念ながら、それが上手く行かなかったということです。」

最終的に両者が克服できなかったのは契約条項という障害だった。ジオンタによれば、それは交渉の始めから行き詰まっていた点だった。ジオンタは複数年契約という安定を求めていたが、カナディアンズの提案は1年契約でしかなかった。

ジオンタによれば、間をとって2年契約で譲歩するつもりだったという。しかし、カナディアンズが提示した金額がジオンタの要求に合わなかった。

一方で、セイバーズはジオンタが希望する五つの移籍希望先の一つだった。「彼らは真っ先に交渉に来ました。」セイバーズは先週フリーエージェント候補との交渉が解禁になってからジオンタに接触した。

最終的にジオンタとその家族が勝ち取ったのはバッファローの魅力的な提案とそれに関連する多くの条件だった。ジオンタには妻のハーベストと、間もなく9歳になるアダム、6歳のリア、2歳のジェームズの3人の子供がいる。

「私のこの歳では契約に依存していることがたくさんあります。契約はこれで最後にしたいのです。もう契約交渉はしたくありません。」とジオンタは言う。「バッファローは私たちの故郷に近く、家族にとってこれまでのどこよりも馴染みやすい場所です。この決心には多くのことが絡んでいます。」

「先週は何度もベルジュヴァンと交渉しました。火曜日(1日)の午前中には何度か合意点を見つけ出そうとさえしました。今はもうわだかまりやしこりはありません。(チーム・オーナーの)ジェフ・モルソン (Geoff Molson) やマルクや(コーチの)ミシェル・テリアン (Michel Therrien) 、そして、このチームの全ての人たちを尊敬しています。 」

「チームにとって、これはビジネスです。それは理解しています。利益を守らなくてはなりません。しかし、同時に私も自分自身と家族の利益を守る必要があります。」

バッファローでは親友でありHabsでのチームメイトであったジョシュ・ゴージュス (Josh Gorges) と一緒になる。ゴージュスはジオンタの移籍が発表されるわずか数分前にセイバーズへのトレードを受け入れた。二人は午前中に連絡を取り合い、二人ともバッファローへ行くことになるかもしれないことを知っていた。

ドラフトが行われた週末にゴージュスはカナディアンズが自分をトレードに出そうとしていることを代理人から聞いた。それ以降、ジオンタはゴージュスとたびたび連絡をし合っていた。

「ジョシュにとっては辛いことです。なんとか助けになりたいと思いました。」ジオンタは言った。「ジョシュは、セイバーズが数少ない私の移籍希望先だということを知っていたし、また一緒になれるのは嬉しいことです。」

「ジョシュとはとても仲が良いし、妻同士もそうです。そういう仲間がいるのは心強いです。ジョシュは私たちの新しいチームを再建する上で大きな役割を果たすでしょう。リンクの中でも外でも彼がどんなキャラクターかは皆さんが知っている通りです。」

ゴージュスの状況を間近で見ていたジオンタによれば、ビジネスはこのゲームの最も難しい部分なのだ。

「人間を扱っているのです。金銭や契約や住む場所だけではありません。誰もが感情を持っているし、人間なのです。」とジオンタは言った。

「ゴージーのように身も心もチームに捧げてくれば、チームに守られたいと思うのは当然です。それなのにこういうことが起こりました。そのことにジョシュは傷ついていると思います。」

ジオンタは自分自身のトレードが決まった火曜日のことを「家族にとって辛い一日」と言った。

「この先にあるチャレンジを考えるとわくわくします。セイバーズがこれから進んでゆく方向を見ると、このチームの方向転換に不可欠な部分になれるのは差し引きゼロと言えます。その一員になれるのは嬉しいことです。」

「しかし同時に、その日は子供たちを慰めなくてはならない一日でした。新しい友達を作る前に今の友人を失うのですから。いつでもそれは子供たちには辛いことです。早く新しい環境に馴染ませてやりたいです。」

ジオンタは、自分に代わってカナディアンズのキャプテンとなるのはベテランのセンター、トーマス・プレカネッツ (Tomas Plekanec) がうってつけだと思っている。

「プレカネッツはその経験と存在感でチーム内の信望を集めています。」とジオンタは言う。「キャプテンをベテランにするのなら、それこそ彼です。彼を信頼している若手選手がたくさんいます。彼らが自分たちの責任を認識しているかどうか分かりませんが、すぐに理解するでしょう。」

ジオンタは、サウス・ショアの自宅を閉じて引っ越すためにモントリオールに戻るが、その前に暫く夏の別荘で家族と一緒の時を過ごす。来シーズン、セイバーズが最初にモントリオールで試合をする11月29日には、ベル・センターのリンクに立つことは誰に言われなくても知っている。

「歓迎してもらえるといいのですが。」とその日のことを言った。大騒ぎになるのは確実である。「ファンのみなさんが理解してくれることを願っています。私たちはモントリオールにいたかったし、そこにいることを愛していました。この組織、ファン、そしてこれまでにもらったサポートをありがたく思っています。」

「ほろ苦い気持ちであることは確かです。」

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