今、NHLはプレーオフの真っ最中です。

公式戦を終えて、各ディビジョンの上位4チームがプレーオフに進出します。

(厳密には「上位4チーム」ではありませんが、今日は省略します)

第1ラウンドではそれぞれの4チームが1位対4位、2位対3位が7回戦制で対戦します。

先に4勝したほうが第2ラウンドに進みます。

日本時間の昨日で1ラウンドが終わり、今朝から2回戦が始まりました。

 

昨日はSt.Louis Blues対Winnipeg Jetsの試合がありました。

3勝ずつで迎えた昨日の試合。

場所はWinnipeg。

 

あ、一つ日本と違うことがあります。

試合の対戦チームを示すとき、日本では、例えば「巨人対阪神」と書くと東京ドームでの試合ですね。

これに対して北米では、ホッケーに限りませんが、St.Louis Blues対Winnipeg Jetsと書いた場合はWinnipegでの試合という意味です。

St.Louis at Winnipegということですね。

 

さて、その試合ですが、それはそれは大変な試合でした。

St.Louisが3対1とリードして第3ピリオドももう間もなく終了。

ここでホッケーに関心のある方でしたらお分かりの通り、Winnipegが「6人攻撃」を仕掛けました。

 

ホッケーに馴染みのない方のために「6人攻撃」について書きますね。

ホッケーはフォワード3人、ディフェンス2人、キーパー1人の計6人がリンクに出ます。

ただ、この6人の内訳についての制限はありません。

全員がフォワードでも構いません。

場面によってこの内訳を変えるのも戦術の一つで、そこもホッケーの面白いところです。

 

そのうちの一つが、試合終了が近づいたときにリードされているチームがとる6人攻撃です。

残り試合時間が2、3分になったところで、キーパーをベンチに戻し、代わりにフォワードを出します。

ゴールはガラ空きになりますが、すでにリードされているのですから、あと1点取られたところで負けは負け。

そこで、攻撃できる選手を一人増やして得点を狙う「賭け」に出るのです。

昨日の試合でも、Winnipegが6人攻撃を仕掛け、残り2分というところで1点とりました。

それでもまだ1点差。

Jetsは6人攻撃を続け、残り2秒で同点に追いついたのでした。

その後、サドンデス(どちらかが点を取ったらそこでおしまい)の延長線となりました。

最初の20分では決着がつかず、2回目の延長戦でWinnipegがゴールを決めて2回戦への進出を決めたのでした。

 

NHL史上に残る試合と言っても良いのではないかと思います。

 

最後に延長戦について書いておきます。

NHLの延長戦は何度もその方式が変わっています。

試合を早く終わらせるために3人対3人にしたり、時間を短くしたり、1回で決着がつかなかったらシュートアウト(サッカーでいうPK戦)にしたり。

今年のプレーオフでは(キーパーを除く)5人対5人で20分間、どちらかが点を取るまで何度でも続きます。

過去には日付をまたいでようやく終わったなんてこともありました。

NHLのシーズンが始まりました。

様々な注目点がある中で、シカゴがこの夏のドラフトで1位指名したConnor Bedard(コナー・ベダー)がどんな活躍を見せるかもその一つでしょう。

Bedardはさっそく開幕試合に先発出場し、試合開始のフェイスオフを任されました。

その今季最初のフェイスオフで、レフェリーがパックを落とす前に「Welcome to NHL」と声をかけるという粋な計らい。

 

さて、このドラフトですが、選手が希望球団を指名する「逆指名」とか、1巡目で複数球団が同じ選手を指名して抽選をおこなうという仕組みはいかにも「優しい」日本らしいと思います。

しかし、そもそもドラフトとは何かを考えたときに、「選手の希望」を考慮する必要があるのだろうかと疑問に思います。

人気があったり、資金があったりするチームに有望選手が偏るのを防ぐために設けられたのがドラフト制度のはずです。

そこに温情を入れてしまっては元も子もない。

選手はある意味「商品」であって、入団先を決めるに際しての「人権」はないと私は思っています。

 

では、NHLのドラフト制度はどうなっているでしょう。

まず、大前提として、ここには選手の意向や希望はまったく考慮されません。

これはおそらく北米の四大スポーツに共通していることだと思います。

指名されたチームに入りたくなければ、それはプロになれないことを意味します。

冷たく感じるかもしれませんが、そもそもそれがドラフト制度のはずです。

だからこそ、このドラフトを活用することで弱かったチームが強くなったり、その逆が起こったりすることで、その競技全体が面白くなり、発展につながるのだと思います。

 

一方、ヨーロッパのサッカーは異なる考え方をしているようです。

それは、ヨーロッパ・サッカーの場合はNHLやMLBといったように一つの組織にまとまっておらず、多くの国がそれぞれ独自のサッカー協会を持っており、また選手も国を超えて入団、移籍をするので統一したドラフトやトレード制度を持てないという事情もあるのでしょう。

 

NHLの最初のドラフトがおこなわれたのは1963年、今から60年前のことです。

日本のプロ野球のドラフトが始まったのが1965年といいますからほぼ同時期ですね。

当初のNHLのドラフトの仕組みはいたって簡単でした。

公式戦の結果の下位から順番に1巡目の指名権が決められていました。

例えば、全部で10チームあったとすれば、成績が最下位のチームが1位指名権、9位が2位指名権を得る、といったように。

その後、様々な変遷を経て、現在の仕組みはかなり複雑になっています。

大雑把に書くと、

1.プレーオフに出場できなかった16チームが抽選で1位から16位の指名権を得る

2.プレーオフに出場したが、勝てなかったチームによる抽選

以下、プレーオフでの成績に応じた抽選によって指名権順位が決められ、スタンレーカップを獲得したチームが、現在でいえば、32番目の指名権を得ることになります。

 

このようにして決められる指名権ですが、これがトレードの対象にもなります。

例えば、今年(2023年)の第1巡では、アリゾナ・コヨーテズが6位と12位で指名権を持っていました。

6位はコヨーテズ自身の成績によるもので、12位は選手とのトレードでオタワから得たものです。

ドラフト指名権のトレードはその年や1巡での指名権だけではなく、将来のドラフトでの指名権や2巡目、3巡目もその対象になります。

 

成績が振るわなかったチームとしては、ドラフトの上位指名で有望選手を獲得してチーム強化を図りたいところです。

しかし、上位指名された選手が必ずしもNHLで活躍するとは限りません。

また、活躍するまでに時間がかかることもあるでしょう。

そこで、そのチームとしては、他チームですでに実績がある選手を獲得することで即戦力とすることができます。

一方、強いチームの中には、今はスター選手でも先が見えていると判断すれば、その選手を放出して、代わりに有望な若手を獲得することで、チームの若返りを図りたいと考えることもあるでしょう。

 

このようにドラフト指名権やトレードをうまく使うことで、チームの強化を図る。

それがGM(Gneral Manager)の腕の見せどころというわけです。

選手とドラフト指名権を含めたトレードで、すべてのホッケーファン、関係者に衝撃を与えたのが1988年8月9日のWayne Gretzky(エドモントン)のトレードでした。

1987-88年シーズンのグレツキーの成績は40得点109アシストで149ポイント、Mario Lemieuxに次いで第2位でした。

2シーズン前の215ポイント(52得点、163アシスト)には及ばないものの、ルミューと並んでまだまだNHLの大スターだったと言って良いでしょう。

このグレツキーを、他の2選手とともにロサンゼルス・キングスに出し、代わりにエドモントンがロサンゼルスから得たものは、選手1人、その年にロサンゼルスがドラフト1位で獲得した選手、1989年、1991年、1993年のロサンゼルスの1巡目の指名権、そして、15億円(1ドル=100円換算)でした。

 

では、ドラフトで1位指名された選手は実際のところどのような成績なのでしょう。

ここ5年間の1位指名選手の昨シーズンの成績を見てみます。

2022年:Juraj Slafkovsky(モントリオール)フォワード

39試合4得点6アシスト10ポイント

Juraj Slafkovskyはスロバキア出身者で1位指名は初

怪我で1月以降欠場

 

2021年:Owen Power(バッファロー)ディフェンス

79試合4ゴール31アシスト35ポイント

 

2020年:Alexis Lafrenière(NYレインジャース)フォワード

81試合16ゴール23アシスト39ポイント

 

2019年:Jack Hughes(ニュージャージー)フォワード

61試合7ゴール14アシスト21ポイント

 

2018年:Rasmus Dahlin(バッファロー)ディフェンス

78試合15ゴール58アシスト73ポイント

 

ポイントは少ないものの、出場試合数を見ると、怪我で欠場した2022年のJuraj Slafkovsky以外はほとんどの試合に出場しており、チームの戦力とされていると考えて良いのではないでしょうか。

 

 

また、昨シーズンのポイント上位5人を見てみると、

Connor McDavid(エドモントン)

82-64-89-153

2015年の1位指名

 

Leon Draisaitl(エドモントン)

80-52-76-128

2014年3位指名

 

David Pastrnak(ボストン)

82-61-52-113

2014年25位指名、チェコ

 

Nikita Kucherov(タンパベイ)

82-30-83-113

2011年58位指名、ロシア

 

Nathan MacKinnon(コロラド)

71-42-69-111

2013年1位指名

 

5人中3人がそれぞれの年で3位以内の指名、また、David Pastrnakは25位とはいえ1巡目の指名ですから、上位指名。

 

こうして見ると、ドラフトの上位指名選手はプロでも活躍していると考えて良さそうです。

今年の1位指名、Connor Bedardはどのような活躍を見せてくれるでしょう。

楽しみです。

1972年といえば、札幌オリンピックが開かれた年です。

日本で初めての冬のオリンピックということもあり、様々な競技がテレビで放映されました。

そんな中で、私は初めてホッケーを知りましたが、そのときはただなんとなく「面白いスポーツだな」と思っただけでした。

しかし、その年に開かれたもう一つのホッケー大会を偶然テレビで見て、大きな衝撃を受けたのでした。

それが、通称「サミット・シリーズ (Summit Series)」とされているカナダのプロ選抜とソビエト・ナショナルチームとの対戦でした。

 

そのころ、オリンピックにも世界選手権にもプロ選手は出場できませんでした。

一方で、共産国家であるソビエトには「プロ」という概念は存在せず、すべてのスポーツ選手は国が養成する「ステート・アマ」(State Amateur) というものでした。

そのため、オリンピックを始めとする国際大会に出場できたのです。

そのソ連がホッケーの国際大会に初めて参加したのは1954年、そして1956年にイタリアで開催されたオリンピックで初の金メダルを獲得しました。

その後、1962年からはオリンピックと世界選手権の9大会で連続優勝するという強さ誇ったのでした。

 

おもしろくないのはホッケーを国技とするカナダです。

ホッケー関係者も国民も「カナダが世界一強い」と確信しているのに、オリンピックにも世界選手権にも最強チームを送れないのですから。

方や、ソビエトはどうかというと、ホッケーに限りませんが、ソビエトの選手のほとんどは陸軍に属しており、国の管理のもとで養成されます。

その競技で報酬を得ることがないので「プロ」ではありませんが、金銭や物質面での生活も社会的地位もすべて保障されています。

その代わり、人権無視ともいえる過酷な訓練を強要されます。

そのような点ではプロ以上の「プロ」といっても良いでしょう。

そのソビエトは国際大会に参加できるのに、カナダのプロ選手が参加できないのはおかしいと思うのは当然です。

「だったら、オリンピックでも世界選手権でもない場で世界一を決めようではないか」ということで開催されたのが「サミット・シリーズ」、文字通り「頂上決戦」だったのです。

 

カナダの4都市とモスクワで4試合、合計8試合の決戦は1972年9月2日にモントリオールで幕を開けました。

プロのスター選手をずらりとそろえた夢のチーム。

カナダ中の誰もがカナダが楽々と8戦全勝すると信じて疑いませんでした。

この決戦にそなえた合宿でも余裕しゃくしゃくでリラックスムード。

初戦前のロッカールームでも笑顔の選手たち。

 

そして、試合開始。

カナダが早々に2点先取し、「ほら見たことか」と思ったのも束の間、その後ソビエトが2点を連取し第1ピリオドを2対2で終えました。

第2ピリオド以降もソ連が次々と得点を重ね、結局3対7でカナダの惨敗。

 

続くトロントでの第2戦。

モントリオールとは打って変わって、試合前のロッカールームでは口数も少なく、こわばった表情の選手たち。

試合は4対1で快勝し、ホッと胸をなでおろしたのも束の間。

 

ウィニペグでの第3戦は4対4で引き分け、そして、カナダでの最終戦となったバンクーバーでは3対5で負け。

この第4戦では焦りもあったのでしょう、チームはバラバラ、苛立って荒ぽいプレーをする選手に対して客席から大ブーイングが浴びせられました。

カナダでは誰も予想しなかった1勝2敗1分という結果にファンは失望し、怒り狂ったのでした。

 

舞台をモスクワに移し、その初戦。

第3ピリオドの初めまでカナダが4対1でリードしていましたが、次々と点を取られ、4対5でまたもや負け。

これで1勝3敗1分。

もう後がありません。

残り3試合をすべて勝たなくては負け越してしまいます。

 

第6戦は3対2で辛くも勝ち、第7戦は残り試合時間2分でカナダが決勝点をあげて5対4で2連勝。

これで3勝3敗1分。

 

そして迎えた最終戦。

第1ピリオドを2対2で終え、第2ピリオドにはカナダが1点、ソ連が2点を取ってカナダは3対5で、第3ピリオドへ。

ピリオド中盤までにカナダが2点を取って5対5。

このまま引き分けて、8試合での勝敗も3勝3敗2分と引き分けになるものの、8試合での総得点はソビエトが1点上回っているので、ソ連がこのシリーズの勝者ということになる、と思われました。

 

しかし、残り試合時間34秒。

 

カナダが劇的な得点を挙げ6対5でこの試合を制し、4勝3敗1分でこの決戦を制したのでした。

 

1972年9月28日のことでした。