*警告:この記事はピーマン好きの方、及びピーマン関係者(って誰?)の方は読まないで下さい。警告したからには、苦情その他はいっさい認めませんよ。

いや、まじで、読まないで下さいね。かなり理不尽なこと書きますから。









 ピーマン…ピーマンだよ。ピーマン、ピーマンねぇピーマンでしょ?ピーマンですよ。ピーマン…ここまで書くとピーマンって言葉がゲシュタルト崩壊してくるけど…なんだよピーマンて。

 俺はピーマンが(大人のくせに)大嫌いだ!

 ピーマン。何?ピーマンて?
 まず、ネーミングが変だよ。ピーにマンだぜ?お前は正義のヒーローか何かなのか?特撮か?
「ピー」「マン」って、逆にしたら、マンピーだぜ?マン『ピー』って、どう考えても、放送禁止用語言いかけて「ピー」入れてるって感じで、卑猥だよ。どんだけ下品な奴なんだ!
 もっとも、マンピーなんて呼ぶ奴はいないけど。

 名前も変だが、形状もおかしい。中途半端な形しやがって!可愛いとでも思ってんのか?
 だいたい、表面積に対して、質量が無さ過ぎすんだよ。なんで側だけなの?なんで、中身が無いの?
 あの形であの大きさなら、そこそこの重量感を期待するだろ?なのに、軽いって、詐欺だろ!そんな食い物、他にあるか?
 今じゃ使われないけど、頭の中に脳みそが入って無さそうなぐらい馬鹿な奴の事を「ピーマン頭」と言っていた時代もあったんだよ。
 いわば、ピーマンは差別用語の一つと言って良い。


 そして、味な。何だあの味?苦いだろうが!ってか、苦いだけだろピーマンってさ。あんなモン食うなんて、完全にマゾヒストだよ。
 そして、他人に苦さという苦痛を与える喜びに陶酔しているピーマンはドSだよ。変態だよ!狂ってるよ!助けて~!逃げて~!ここは俺が食い止めてるから、お前は先に逃げろ!って言いたくなっちゃうよ!

 基本、人間の味覚の「苦い」って奴は、体に危険だから吐き出せって言う、舌が発する危険信号なんだぜ?なのに、苦い食い物って何?
 人類で一番最初にピーマン食った奴って、絶対に死刑囚だったに違いない。普通、初めてあんな味に出会ったら、完全に毒だと思うよ。


 しかも、あの自己主張の強さ。野菜炒めに少しだけ入っていても、ピーマン野郎が居るなって分かる程、前に前に出ようとする味。何だお前は?若手のお笑い芸人か?どんだけ前に出たいんだよ?

 ピーマンの肉詰めに関しては、万死に値するね。
 あの、肉詰め部分のハンバーグ的な所までピーマンスメルで侵しやがって、放射能並みの汚染物質だよお前は。鉛の壁で囲いたくなるって。ネオ東京のオリンピック予定地の地下深くに、恥も外聞も捨てて覆い隠したくなるよ!

 俺の好きな、ハンバーグ的な部分を台無しにしやがってさぁ、何様だよ!
 何か?緑の自分の中に肉が入っていて、可愛いとでも思ってんのか?ふざけんな!
 可愛くねぇよ!むしろキモイよ!すっかり残念だよ!きっぱりといらねぇよ!ハンバーグ的な部分はハンバーグとして食わせろ!

 それに、ピーマンのくせに、緑だの赤だの黄色だのって、お前はアクマイザー3か?(あれは黒だけど)戦隊物か?名前といい、色といい、完全にヒーロー物を意識してんじゃねぇか?あと、青とピンクが入れば完全にゴレンジャーじゃねぇか!東映に怒られろ!


 もう、本当にピーマンっていらねぇよ。どう考えもいらねぇ。
 よく、世間のおかーさんが「ピーマン食べないと大きくなれないわよ」とか言ってるけど、俺はピーマン食わなくても大きくなったよ!緑野菜なら、ほうれん草とかキュウリとか食べたし、そっちの方が数万倍美味しいよ!むしろ、ほうれん草のなんか、好んで食ったってーの!

 だからさ、ピーマンさんよぉ、消えてくれないかな?この世から消滅してくれよ。
 きっと、お前がこの地球上から消えても、誰も悲しまないよ。むしろ、喜ぶ子供が大勢いるって。
 どうか、子供達の明るい食生活のために、地球から消えてくれよ。もっとも、子供の明るい食生活なんざ、知ったこっちゃぁ無いけど…

ピーマン逝ってよし!

 さて、この記事の中で「ピーマン」ってワードは何回出て来たでしょう?
 きっと、アメブロの中でも3本の指に入るぐらい「ピーマン」って書いていると思う。
 今年も一枚の年賀状が来た。女性からだ。
 俺は十年程前から年賀状を書く事を止めたのだが、彼女は毎年、年賀状をくれる。

 彼女とは高校時代のクラスメートだった。

 俺は中学を卒業して高校に入学し、ゴールデンウィーク開けに退学した。そして翌年、通信制の高校に入学した。通信制高校と言っても、全く学校に行かない訳ではない。週に一度、日曜日に学校に行く。

 そこには上は50代、下は現役入学のクラスメートがいる。

 そこで俺には1コ下と8コ上と10コ上の友達が出来た。もちろん、全員男だ。
 仮に1コ下の友達がO、8コ上の友達がTさん、10コ上の友達がK君としておく。

 なぜ、8コ上の友達だけ「さん」付けなのかというと、彼は元ボクサーで友達でなければ関わりたくないような外見をしていたからだ。
 今で言うイケメンで気さくな人なのだが、醸し出すオーラが怖かったし、昔の写真を見せてもらったら、完全にその筋の人だった。本人は頑として否定していたが、俺は今でも信じていない。なので、Tさんだけは友達でありながらも基本敬語を使っていた。もっとも、ツッコミを入れる時にはタメ口だったが…

 そんな愉快な仲間が、日曜日に学校で集まると、月曜の夜まで一人暮らしだったTさんの部屋で飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げていた。
 馬鹿みたいに楽しかった。男4人だったが、それ故、誰に気兼ねする事無くしょ~もない下ネタやエロビデオをを見たり、昼間は近くの公園や商店街に散歩に行ったりと、全員金が無いくせに、金が無いからこそ、楽しかった。
 楽しすぎてバイトをサボり続けてをクビになった時には1週間遊んでいた事もあった。

 で、そんな愉快な仲間たちと共に高校生活を送っていたのだが、クラスにメチャクチャ可愛い女の子がいた。クラスメートと言っても、彼女は年齢では俺の1コ下である。仮にMちゃんとしよう。

 基本、当時の俺は地元の友達よりも上記の3人とツルむ事が多かった。それ故、俺がMちゃんの事を好きなのは3人とも知っていた。そして、Mちゃんは俺達4人とも仲が良かった。

 そんなある日、Tさんの彼女の車でMちゃんを原宿駅まで送って行く事となった。
 当然、車中の友人3人とTさんの彼女は俺の想いを知っているので、道中車内は俺に取って微妙な空気になっていた。

 当時、クソ童貞でウブだった俺は、今にも吐きそうなくらい緊張し挙動不審だった。
 そして、友人3人プラスTさんの彼女はそんな俺を見て楽しんでいた。もちろん、これが逆の立場だったら、これ以上面白い図はなく、俺だって楽しんでいたに違いない。つくづく、俺達4人は底意地の悪い仲間だった。

 そんな道中の事は今では覚えていないのだが、車は日曜の夕方の原宿駅前に到着した。
「ありがとう」と言ってMちゃんは車を降りる。
 バタンと車のドアが閉まるとともに、OとTさんが俺をどつき回しながら「告白しろよ!」と言う。

「言える訳ねぇだろ!」と拒否する俺だったが、Mちゃんの姿が遠ざかるのを見たTさんが俺の胸ぐらをつかみ
「言わないと、マジで殴る」と脅迫めいた、いや完全に脅迫された。
 Tさんは本当にいい人なのだが、俺達は全員度が過ぎた悪ふざけ集団だったので、悪ふざけの中ではマジで殴る事もある、という訳の分からない信頼関係があった。

 ここでMちゃんに告白しないと、マジで殴られると確信した俺は、車のウィンドウを開け、原宿駅前の人混みに消えそうなMちゃんに大声で『Mちゃん」と呼びかけた。
 俺の声に気付いたMちゃんが振り返る。困惑する俺にOとTさんは「好きだって言っちゃえ」と凄む。

 プツンと俺の中で何かが切れた。それは羞恥心だった。そして
「Mちゃん!好きだぁ!」
 と俺は、原宿駅前の人混みをバックに、こちらを見ているMちゃんに大声で叫んでいた。

 それを聞いたMちゃんは微笑んで人混みの中に消えて行く。
 車はその場から逃げるように走り出し、車内は大爆笑。俺は茫然自失だった。

「あ~恥ずかしかった。まさか本当に言うとは思わなかった」と腹を抱えてTさんが言う。
「誰が言わせたんだよ!俺の方が数万倍恥ずかしいよ!」と怒る俺であったが、夕飯を奢るというので、OKとした俺も俺だった。

 翌週の登校日、俺はMちゃんに
「先週はごめん。マジでごめん」と謝った。
 俺達は、恥ずかしい事を言って車でその場から逃げたが、Mちゃんはそれを聞いていた他人が大勢いる中、一人残されたのだ。Mちゃんは俺よりも恥ずかしかっただろう。だから謝った。

 しかし、女とは強い。
「いや、嬉しかったよ」と言ってくれた。

 漫画やアニメなどでは、これで目出たく恋人になるのだろうが、現実は違う。

 俺は「好きだ」とは言ったが「付き合ってくれ」とは言っていない。
 だから、俺の告白は「嬉しかった」の一言で終わっていた。

 だが、俺はそれで満足だった。嫌われていない、それだけでオールOKだったし、嬉しかったと言われた事が、俺にとっても嬉しかったし、実際に彼女と付き合うよりは、それまで通り、友達でいるほうが良かった。重要なのは、自分の気持ちを最低な状況下のもとであっても伝えられた事だったからだ。

 なんだか、綺麗事のようだが、それは違う。当時から「面白ければOK」だった俺は、満足だったし、さらに言えば、万が一にでもMちゃんと付き合っていたら、3人の愉快な仲間が俺を玩具にするに違いなかった。結果論として、付き合わなくて正解だったのだ。
 当然ながら、これが逆の立場だったら、俺だって玩具にして楽しんでいただろう。

 返す返すも、俺達4人はど~しょうもなく底意地の悪い集団だった。
 事実、他のクラスの若い女の子達には敬遠されていた。悪ふざけの度合いが有名すぎたのだ。


 その後もMちゃんとは友人であり付き合う事も無かったのだが、その友人関係は今でも続いていて、今年も彼女からの年賀状が来た。


と、まぁ何だか美しい青春の1ページ風に書いたが、結局この事件は単に、ウブな童貞野郎だった俺が、愉快な仲間の悪ふざけのに玩具にされて、辱めを受けたってひどい話なんだよ!美しい思い出なんかじゃなく、今だから笑える恥ずかしい思い出なんだよ!
 こういう書き方をすると、間違ってこのブログを読んだ人の反感を買ってしまうかもしれないが、俺は妹属性、つまりは妹萌え、それも、恐らくは街一番の妹萌えの人だ。妹萌えに関しては、誰にも負ける気がしない。俺の前に妹萌え無しってぐらいだ!まいったか!

 どのくらい妹萌えかというと、うちは俺が長男で、兄弟は下に弟がいるのだが、以前、両親に「出来たら離婚して、どちらかが若い娘がいる相手と再婚してくれないか?」と、まじめに話した事があるほどだ。因に、親父に殴られたが…
 さらにだ、Mac使いにも関わらず、エミュレーターを「同級生2」をプレイする…いやさ、唯を攻略するためだけに購入した程だ。

 ど~だ!凄い(バカ)だろ!はっはっはっはっは!

 で、その後、弟が結婚した。当然ながら弟の嫁は俺に取っては義妹となる。彼女は俺を「お兄さん」と呼んでくれている。
 だが、だが!全く萌えない!っていうか女性として見る事が出来ない。はっきり言って、人見知りの激しい俺に取って、弟の嫁なんざ妹でもなんでもなく、全くの他人であり、ウザイ、気軽に話しかけてくるな!的な感じである。
 決して弟の嫁さんが不細工とかではなく、傍目からすると綺麗な女性の部類に入るのだ。
 にも関わらず、俺は萌えない。一ミリも俺の中には彼女に対して萌えない。ピクリともしないのだ!

 これは、自分でも意外な事実だった。

 よくよく考えれば、それは当然の事だった。
 俺は妹萌え…正しく書くならば「血のつながらない妹萌え」だったのだ!

 これを読んだ人の中には「義妹だって、いや義妹こそ血のつながらない妹じゃん」とおっしゃる方もいるだろう。
 だが、それは違う。断じて違うのだ!

 俺は、血のつながらない「妹」には萌えるが、「義妹」には萌えないのだ。

 そう、義妹は妹ではない!やはり、妹萌えは

1.離婚した両親のどちらかが再婚し、その再婚相手が連れ子として妹を連れてくる。

2.何らかの理由で、天涯孤独となってしまった女の子を、俺の両親が引き取って、俺の妹にする。

 この2つの方法しか無いのだ。

 義妹は義妹であり、決して妹ではない。俺が欲しいのは義妹でなく、血のつながらない妹が欲しいのだ。

 そして、その妹に、寝坊した朝「お兄ちゃん、早く起きないと遅刻しちゃうよ!」(CV:田村ゆかり)と言って起こして欲しい。さらに、その妹と暮らすうち、互いの中に互いに対する恋愛感情が芽生えるのだ。
 これが理想の妹ライフなのだ!
 あぁ、俺の頭はポンコツさ!

 でも、弟の嫁は血のつながらない妹なのに、なんで萌えないのかを考えたら、こう考えるしか無かった。

 義妹はあくまでも義理の妹、血のつながらない妹は戸籍上の妹だが、本当に妹なのだ。
「義」妹と「妹」。この似て非なるものの違いが分かってこそ、本当の「妹萌え」と言えるのではないかと結論づける!
 分からない奴は出て行け!

っていうか、俺ってほんとに馬鹿な!アニメ脳だよな!あぁ、笑いたければ笑うが良いさ!

そーいえば、歯痛だが、結局歯医者には行っていない。
なぜなら、痛みは疼き程度になったからである。

 出来る事なら、このまま痛みが消えて欲しい。

 だって、歯医者ってこわいじゃん!
 ふと思ったのだが、厄年が終わっていた。後厄からも脱出して、晴れて綺麗な体になった。

 とは言うものの、別に厄年などという非科学的なものを、完全胃信じていた訳ではないが、前厄に入った途端に職を奪われたり、本厄の年には、母親が癌で入院したり、厄年を否定するには余りある災いが、俺を襲った。

 科学的ではないかもしれんが、専念単位ので信じられて来た慣例ってのは、信じるとまではいかなくとも、気にしておく程度の事はあると思う。


 ところで、災いが起こる厄年ってのはあるけど、なんでそれとは反対に幸福になる年、福年(仮称)ってのは無いのだろう?

 やっぱ、日本民族自体がネガティヴなのか?

 ともあれ、このブログで自分の年を完全に晒したな…自爆!
前出で書いた通り、歯が痛いので、歯医者に行こうと思う。

俺の通っている…といっても、ここ3ヶ月程さぼっているのだが…歯医者は、結構大きな所で、カルテはもちろんレントゲン画像までも全てコンピューターで一括管理。

ずらりと並ぶ10席近い治療用のシート全てに、サーバーに繋がったタッチ式液晶モニターが装備されており、レントゲンやカルテ、使用した薬品などがに表示される仕組みで、治療の際にはレントゲンを一緒に見ながら「ここを直します」とかできるハイテクなのだ。もちろん、医者側には同様のモニターとキーボードがあり、その光景はさながら80年代の近未来SF映画に出てくる病院そのもの。

さらに、頭上には椅子を倒したときに気を紛らわす用の映画やテレビが見られる液晶モニターがあり、シート横には、視聴可能な番組・映画の一覧とヘッドフォンがある。至れり尽くせりなのだ。

だがしかし、何故か「痛いときは左手を上げて下さい」システムなのだ。なんでそこだけアナログ?どアナログなんだ?!

挙げ句、痛いから左手を上げても視野の視界から外れて気づかない事もある。

これって、LEDランプと簡単な警告音がなる装置に、入院したりする病院の病室にある、ナースコールみたいなケーブルの先に押しボタンスイッチをつなげた装置を作って、患者にスイッチを握らせて、LED部分は小さいので医者の手首にでも装着しておけば完璧だと思うんだけど?
これはこれでアナログな装置だけど、左手を上げるよりは良いと思うぞ。

さらには、口の中にドリルやバキューム入れられた状態で「ここ、痛いですか?」とか訊かれても、口では「はがぁ、はがぁ」としか言えないし、ドリルを口に入れられている状況で、首を動かして頷くのは怖いし…

で、これも、さっきの「痛いですマシーン(仮称)」に、あと2つ色違いのLEDをつけて、スイッチも増設して。そのスイッチで訊かれた質問に対してYen/Noを答えるようにした「患者の気持ちを伝えるマシーン(仮称)」を作れば簡単に、コストも1台3千円前後で作れると思うだが…

病気の情報管理にはハイテクをつかうのに、患者の治療時の状況はあくまでも昔ながらの、どアナログってのが不釣り合いすぎだと思う。

本当に何とかしくれ。たった3っつのLEDランプを光らせる装置で良いんだからさ。

まぁ、治療時の患者の状態を軽視しているとは思いたくないが、勘ぐってしまう。それとも、馬鹿なのか?

それと、治療時の麻酔はガンガン使ってくれよ。
歯茎に細い注射針さされるのなんか我慢するから、治療時の脳天へ走る激痛を抑えてくれ!

以前、アニメ銀魂でもやっていたが、大人になっても歯医者は痛いんだよ!
こえぇんだよぉ!
突然、突然…奥歯が痛くなった!

まるで、歯の神経に直接針を突き刺したかのような痛み。

とりあえず、ボルタレンを2錠飲むが…1時間後まだ痛い。さらに2錠追加…1時間後、まだ痛い…そんなことを繰り返し、最終的には8錠…どうにか疼く程度になった。

きっと後で胃が痛くなるのだろう。

全く、なあに一つ良い事なんてねぇな

 俺は「エコ」という言葉が大嫌いだ。貧乏なので、出来るだけ無駄をなくそうという意味で、節約の意味で使う「エコノミー」の略で使う「エコ」は嫌いではないが、「エコロジー」などと、地球に対して上から目線の「エコ」は大嫌いだ。

 地球は、人間が簡単に破壊できる程度の小さなものではない。そして、その地球環境も然りだ。

 人間に地球環境が破壊できるとすれば、人間が生存出来うる環境を破壊する、例えれば蟻の巣を埋めてしまう程度の事だ。前記した核を使えばそれ以上の破壊も可能だが。


 に、しても、地球環境という大きな環境を守る事なんか出来はしない。


 科学を知った頃からだろうと思うが、人間は「自分は地球と対等である」と無意識に奢っている。

 地球レベルでいえば、過去、約6500万年前に一度大規模な環境変化を起こして、それまでの生物を駆逐している。もっとも、6500万年前の事に関しては諸説あるが…

 とどのつまり、現在声高に叫ばれている「地球環境を守ろう」というのは、人間の住める環境を守ろうという事であって、地球は環境が変わったところで存在し続ける。

 エコなどと言っているが、それは結局エゴなのだ。(うまいこと言った!)

 人類が地球の主だと勘違いできるからこそのエゴなのだ。
 にも関わらず、地球に対して上から目線で「地球を守ろう」とか「地球環境を守ろう」などとほざいている。
 全くもって滑稽だ。

 もっと卑屈に…いや謙虚に「このままじゃ人間の生存できる環境がなくなっちゃうからなんとかしないとね」とか言えば良いのに、生物界の頂点にいるかのごとく振る舞う恥ずかしさや滑稽さを感じて欲しい。

 もっとも、俺個人としては、人間なんか滅亡しても構わないと思っているし、むしろ地球が意図的に人間の生存できる環境を破壊する事によって、地球上から人類を駆逐しようとしているように感じる。

 使い古された、陳腐な言葉で言えば「人間は地球にっとはがん細胞でしかない」のである。
だから、地球は人類を排除しようとしているのかもしれない。

 それ故、人間がそれにあらがう事は、人間が生存し続ける環境を力づくで守ろうとする事は、本来の意味での地球環境にとって良い事なのかをもう一度考えるべきである。

 当然、数百年、数千年先に人類が滅亡する事を、受け入れる勇気を持ってだ。

なぁんて事を、何かの本で読んだ気がするな。
 環境破壊なんて言っている奴がいる。っていうか、ほとんどの人間やマスコミが環境破壊から地球を守ろう、なんて妄言を吐いてやがる。


どんだけ上から目線なんだよ!


 と言いたくなる。
 たかだか人間風情が、地球なんて宇宙的規模の存在を破壊できるのか?
 可能不可能で言えば、核ミサイルを使って地球そのものをぶっ壊すことや、核を使ってポールシフトを起こす事は可能だろうが、逆を言えば、人類の持つ最終兵器を使用しない限り、本当の意味での環境は破壊できないと思う。


 大多数の人間が勘違いしている。自分たちが地球を守れると。
 お前らは宇宙戦艦ヤマトの乗組員か?デスラーと戦うのか?


 人間は地球環境を破壊する事も、地球を守る事も出来っこ無いのだ。
 だって、人間だって地球からしてみれば、単なる一生物でしかなのだ。


 昔から歌があるように、ミミズだって蛙だってアメンボだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ。
 そう、人類だってミミズや蛙やアメンボと何ら変わらない、地球環境の一部なのだ。
 個体の数で言えば、昆虫以下の存在だ。
 その程度の生命体が、地球を守るなんてちゃんちゃらおかしい


 もう少し、人間は地球上での自らの立ち位置をしっかりと、謙虚に見つめるべきではないだろうか?

って、誰かが言ってたような気がする。
 ここ数年点いや、ここ十数年で知り合いと呼べる程度の人間関係を次々に整理した。
 いや、もしかしたら整理されたのかもしれない。まあ、どっちにしろ、結果としては同じ事なのだろうけれども。

 残った友人関係は、本当に20年以上付き合いのある、親友と呼べる人間関係だけだ。

 その数は、両手で数えても余る程に少ない。
 さらに言えば、その少ない友人たちにさえ、数ヶ月に一度メールをするかしないか程度の最低限の関係を残したにすぎない。
 もっとも、親友というのはその程度の関係性を保っていれば何時でも合えるし、合えばすぐに以前のように友人のまま、コンタクトを取っていない空白の時間が無かったかのように付き合える間柄だと考えているので、それで良いと思う。
 それ故、そのような友人は数が限られてくる。だから両手で数えても指が余る。

 ニヒリズムを気取った言い方をすれば「雑多な人間関係で煩わされるより、孤独を選ぶ」と、言ったところだ。

 それでも、と、考える。

 仮に明日、俺が死んだ場合、俺の葬式に参列巣のが親戚を除くと友人が10名以下という、両親や兄弟にはとても恥ずかしい思いをさせてしまうのでは?という負い目を感じる。

 だが、それが俺の人生だったのだから、と、両親や兄弟には納得してもらうしかない。
 俺はそのとき死んでいるのだから、惨めでも寂しくも恥ずかしくもない。
 草葉の陰から胸を張って「これが俺の生き方だったんだよ」と言える。

 一般に友達がいないなんて可哀想だ、などと考える方が多いだろう事は薄々知っている。
 でも、俺にしてみれば、雑多な友人や知り合いとの人間関係を保ち続けるなんて、どれだけ自分の時間と精神力を無駄遣いしているのだろう、と思ってしまう。

 基本、俺は人間が嫌いだ。自分自身を含めて、死滅しても構わないと思う。
 なぜ、そう思うかはいずれこのブログに書き残すとして…

 知り合いや友人が多いというのは、それだけで疲れる。
 もちろん、知り合いが多ければメリットもあるだろう。それは分かっている。

 でも、それでもなお、知り合い程度の付き合いを整理した(された可能性もあるが、俺の主観では整理したで間違いない)のは、メリットだけで人間関係を続けるにはあまりにもデメリットが多いからだ。

 友人間家にメリットでメリットは求めない。
 その友人といて楽しいか楽しくないか。
 楽しい奴だけが友人だ。阿吽の呼吸で会話や行動ができる。互いに互いの踏み込んでいいエリアを知っている。そしてそのエリアに踏み込んで来ても許せたり、ひく事ができる奴こそ親友なのだ。

 だからこそ、親友は少ない。むしろそんな親友が20人もいる方が不自然だろう。

 そんな考えで生きている…行きたくて生きている訳じゃないのだが…俺の葬式に友人が一桁しか来ないのは当然であるが、そんな友人が零でなかったら、俺の人生は幸せだろうな、と考える。

 あとは、ネットの所々に、俺が存在した証が誰にもみられる事無く残り続けるだけだろう。

 だから、両親よ、兄弟よ、それだけで我慢してくれたたまへ。