いつもお付き合いいただきありがとうございます。
明日から6月、≪水無月≫です。
いつものように広辞苑第6版から見ていきましょう
(下線筆者)
み‐な‐づき【水無月・六月】
(古くは清音。「水の月」で、水を田に注ぎ入れる月の意)陰暦6月の異称。〈[季]夏〉。
へえ~、今は「みなづき」が正しいけれど、
昔は「みなつき」だったんですね
国立国会図書館のウェブサイトでは、
旧暦の月:6月
和風月名:水無月(みなづき、みなつき)
由来と解説:水の月(「無」は「の」を意味する)で、田に水を引く月の意と言われる。
とあります。
「無」は「の」を意味するんですね~
田に水を引く月、という意味だったんだ。
ずっと謎だったんです、
「雨が多く降って、田んぼにも水が張ってある季節なのに、水が無い月、なんだろう」
って。
アラフィフになって初めて知るなんて、いやいやお恥ずかしい😅
さて、6月、「水無月」に関する言葉を芋づる式に調べて行きました
ひむろ‐の‐せっく【氷室の節句】
江戸時代、旧暦6月1日に、旧臘きゅうろうの雪水で製した折餅へぎもちまたは氷餅などを祝って食した行事。
へぎ‐もち【折餅・分餅】
(→)欠餅かきもち2に同じ。
かき‐もち【欠餅】
①正月11日に取り下げた鏡餅を、刃物で切ることを忌み、手で欠いて小さくしたもの。
②餅を薄く切って乾燥したもの。あぶり焼いて食す。
③あられもち。
こおり‐もち【凍り餅・氷餅】
寒中にさらして凍らせた餅。多く、信州・東北地方で作る。〈[季]冬〉
ひ‐むろ【氷室】
氷を夏まで貯蔵しておくため特別に装置した室または山かげの穴。〈[季]夏〉。
氷室の節句って、初めて聞くので、ちょっと調べてみました。
すると、奈良県の石上神宮という神社でこのようなサイトを見つけました↓
このページによりますと、↓
蒸し暑いこの頃は冷たいものが欲しい時でもあります。
古代の人も夏には冷たいものが大好物であったようで、珍重していた様子を伺い知ることができます。
『日本書紀』の仁徳天皇62年条に、氷室(ひむろ)と言って地面を掘って茅(かや)などを敷いた上に氷を置いて草で覆い、暑くなった頃に水酒にひたして使うとあります。
『枕草子』にも「あて(貴重・上品)なるもの」として、かき氷に甘葛を入れて、いただいたことが記されています。(中略)
江戸時代には氷室の節句と称し、陰暦6月1日に宮中では臣下が氷室の氷を賜り、それにならって民間では保存して置いたお正月の鏡餅を氷餅と称していただいていました。(後略)
なるほど
奈良には、もっと「氷」に縁のある神社がありますよね😉↓
このページによりますと、
氷室神社には「献氷祭」という行事があるようで、
(前略)
奈良時代、この春日野に氷池(新公会堂のあたり)や氷室(荒池・鷺池を望む浅茅ヶ原一帯を推定)を設け、氷室の守り神を祀り、春迎えの祭りを行い、順調な気候の推移と豊作を祈願する重要な祭祀が営まれたようです。
また、氷の朔日ということがあり、古来より旧暦6月1日に、宮中では氷の節会・氷室の節会があり、また民間ではこの日、歯固めと称して寒餅、凍餅を焼き、神仏に供えて食べるなどの風習があります。
寒餅とは小寒から節分までのおよそ30日の間に作られ、冷凍乾燥した餅のことで、寒さが厳しい年ほど保存度が良いといわれます。(後略)
なるほどね~
で、5月1日の「献氷祭」では、「全国各地から製氷・販売業者が参列し今年の業績成就を祈願する」のだそうです
うろ覚えなのですが、
先日井上靖の『額田女王(ぬかたのおおきみ)』を読んでいて、
中臣鎌足が天智天皇のために莫大な費用を出して氷室を作り、氷を献上していたと書いてあったように記憶しています。
色んな所で中臣鎌足と氷室の関係は見かけるのですが、それが「最初の氷室」というわけでもなさそうで、こんな論文を見つけました↓
日本における氷室・雪室の歴史文化とその現状
竹井巖
北陸大学紀要 第52号(2022年3月)抜刷
ISSN 2186 − 3989
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こちらによりますと、
日本における氷室の歴史は、先ほどの
「仁徳天皇六十二年条の闘鶏(ツゲ:都祁)氷室説話」が有名で、これが実話だとすると、
仁徳天皇の在位が313~399年なので、ざっくりと4世紀半ばですね。
この時に狩りに出かけた「額田大中彦皇子」(額田っ😆)が野原に小屋を見つけ、聞いてみるとそれが「氷室」であったので、氷を分けてもらって仁徳天皇に献上した、それが、朝廷による氷室利用の起源であろう、ということになります。
しかしこの説には異論があるようで、その後の「氷」の字を名前に含む氏族や役職が出てくることを考えると、遅くとも大化の改新(645年)の頃には朝廷の氷室利用が進んでいたと考えられるそうです。
うん、大化の改新、中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足(藤原氏の祖)が起こしたクーデターですものね。
先ほどの『額田女王』の話とも合致します
ただ「狩りに出かけた先で見かけた」のではなく、当時の朝鮮半島の戦乱から百済人が同盟国である日本に大勢逃げてきたことによって技術が伝えられたのではないか、と考えられているようですね。
それが、奈良時代に「氷室の節会」等と称して、6月1日に天皇から貴族たちへ氷のおすそ分けが行われるようになり、鎌倉幕府ではそれを真似て6月1日に富士山の雪を家臣に頒賜されるようになり、家康もそれを行い、やがて江戸時代半ばには、「氷餅」「氷砂糖」を氷の代用として庶民にも浸透していったようです。
この6月1日の風習は、他の地域ではこんな感じに変化しているみたいです↓
やき-もち-ぜっく【焼餅節供】
中国地方で、6月1日あるいは15日に、小麦粉で焼餅を作る行事。
むけ-せっく【剥節供】
東日本で、6月1日をいう。歯固め餅や麺類を食べる風習がある。蛇が皮を脱ぐ日だから桑畑に行ってはならぬなどという。
面白いですね
随分と遠回りしてしまいました。
お話を「水無月」に戻しましょう。
旧暦6月の異称として、以下のようなものも載っていました。
あお‐みなづき【青水無月】
(青葉の茂る頃だからいう)陰暦6月の異称。
せみのは‐づき【蝉の羽月】
(薄い着物を着るからいう)陰暦6月の称。
なごし‐の‐つき【夏越の月】
(夏越の祓の行われる月の意)陰暦6月の異称。
すずくれ-づき【涼暮月】
陰暦6月の異称。
すずくれ-ぐさ【涼暮草】
松の雅称。
本格的な夏の到来と、夏の暑さを少しでもしのごうと思う気持ち感じさせることばの数々です
その他にも
さん-か【三夏】
夏季の三カ月。すなわち孟夏・仲夏・季夏の称。
き-か【季夏】
①夏の末。晩夏。〈〔季〕夏〉
②陰暦6月の称。
ばん-か【晩夏】
①夏の末。
②陰暦6月の称。〈〔季〕夏〉
ちょう-か【長夏】
①日の長い頃の夏。
②陰暦6月の異称。
6月はもう、夏の終わりなんですね
それではまた!
今日の浮世絵
喜斎立祥『東都浅草花やしき紫陽花』. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1308755 (参照 2024-05-31)
基本の暦ワードの説明はこちらをどうぞ↓
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楽しい育児クラブで子育てカウンセリングをして10年になります。
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