╲こんにちは/

いつもお付き合いいただきありがとうございます。

 

今日は読書の記録です📖

 

『野望の憑依者よりまし』伊東潤 徳間書店 2014年7月31日初版

 

面白い。

面白いけれど、これほどまでに共感できない主人公はなかったな…

それが素直な感想です。

最後の数ページで、「憑依者」の正体がわかります。

おおお~

 

 

さてまず帯の紹介文を引用させて頂きますと

 

悪に生き、悪に死す  

婆娑羅者ばさらもの・高師直、降臨

 

動乱の南北朝時代。悪は正義を凌駕し、抗争が抗争を生む。

野望に生きる者たちが戦いの果てに見たものは

 

伊東潤の新境地 歴史ピカレスク

 

愛など、犬にでも食わせてしまえ!

 

足利家の家宰・高師直は、鎌倉幕府より後醍醐帝追討の命を受け上洛の途に就く。しかし師直は思う。

「これは、主尊氏に天下を取らせる好機だ」

帝方に寝返った足利軍の活躍により、鎌倉幕府は崩壊。晴れて建武の新政を開始した後醍醐帝だったが、それは、敵味方相乱れる新たな抗争の始まりだった。

 

以前、足利尊氏、弟の直義、家宰の高師直の3人を描いた『極楽征夷大将軍』(垣根涼介 著)を読んだことがありました↓

 

 

そして先日は後醍醐帝、そして南朝方に組みして戦った楠木正成の嫡男正行が主人公の『人よ、花よ』(今村翔吾 著)を読みました↓

 

 

足利幕府の祖である尊氏が、メンタルブレブレで頼りない人物であったことは、上記2冊で知っていました。

弟直義は非常にまじめで、官僚としては抜群の能力を持っていながら、戦の才能がないこと、そして本人もそのことにコンプレックスを持っていたことも、知っていました。

高師直については、『極楽征夷大将軍』では大胆で戦上手、幼少期から共に過ごしてきた足利兄弟とは、対立することもあるものの、根っこのところでは思い合っているように描かれていましたが、『人よ、花よ』では悪魔のような野望のかたまりで、かつ極度の女好きとして描かれています。

 

そして、この本で描かれる高師直は、

「人は死ねば土に帰るだけ」、

「人にとって最も要らぬものこそ誇りです。」

「心などというものは、犬にでも食わせてしまえばよい」

と言ってはばからない、強い者がだけが生き残るのがこの世の習い、役に立たない人間は切り捨てる、そんな冷徹な人間として描かれます。

「極度の女好き」に関しては、そうでありつつも、少し揺らぐ部分もある、といった描かれ方をしています。

 

物語は鎌倉幕府の家臣である足利家が、後醍醐帝が起こした反乱を鎮圧すべく京都に派遣される、その途中で宮方に寝返る時点から始まります。

 

京都に入った師直は、あぶれ者に殺されそうになっていた商人佐平次を助け、近くに置くようになります。

この佐平次が、後々透破となって師直のブレーンとして頭角を現していきます。

 

この本の中で師直は、楠木正成に2度会います。

1度目は、後醍醐帝の公家重視の建武の新政が武家の反感を買い混乱しはじめていた頃、

尊氏邸に後醍醐帝の使者としてやってきた時です。

「ちんまりと」「にこやかな」それでいて「食えぬ男」という印象を抱いた師直は、返りかけの正成に言葉を投げ掛けます。

 

「先ほど『武門の者として、天下を欲する気持ちが、よう分かる』と仰せでしたな(中略)楠木殿も、それを欲しておりまするか」

   この世は、野心と欲心だけでできておる。この男もまた同じだ。

 しかし正成は、農家の老翁のような顔のまま言った。

「そんなものは烏にでも食われたのか、とんと持ち合わせておりませぬ」

「これは異なことを。ならばなぜ、帝の旗揚げに力を貸したのか。楠木殿は栄達を望み、いや、楠木殿こそ天下を牛耳るために起ったのではありませぬか」

「それは違いますな」

 突然、正成の眼光が焔を帯びた。

「それがしは民のため、この世を少しでもよきものにすべく起っただけにございます」

 そう言い残すと、軽く一礼し、正成は去っていった。

   なんという男だ。

 もしそれが本音なら、己とは全く違った存念(価値観)を持つ男に、師直は会ったことになる。

   民のためだと。ふざけるな。

 広縁を行くその小さな背を見つめつつ、師直は思った。

   この男とは、殺し合う運命にある。

 師直は正成に強い憎悪を抱いた。

 

2度目は湊川の戦の最中、数に劣る宮方が、何倍もの兵力を誇る足利軍の奥まで突き進み、それまで戦では負け知らずだった師直が焦り始めた時です。

 

   これはいかん。

 いつしか一族や馬廻衆ともはぐれ、馬を引き返そうとした時である。

「ご無沙汰しておりました!」

 土煙の中から大音声が聞こえると、人懐っこい笑みを浮かべて、あの男が馬を進めてきた。(中略)

「楠木殿か!」

「ご覚悟を」

 そう言うや、農家の老翁のような顔のまま、正成が馬を寄せてきた。

(中略)

「さすが高殿、なかなかの腕前ですな」

「うるさい!」

 互いに言葉を交わしつつ、二合、三合と槍を合せたが、その小柄な体のどこにそんな力が秘められているのか、正成の膂力は尋常ではない。

 しかし師直も、武芸では引けを取らない。

(中略)

「高殿、野心を抱く者は、やがて野心に滅ぼされますぞ」

「何だと」(中略)

「己のために生きるのも一生、人のために生きるのも一生。同じ一生なら、それがしは人のために生きたい」

「ほざけ!人とはな、皆、己のためだけに生きておるのだ。そなたのようなお人好しは滅びるだけだ」

「ははは、仰せの通りですな。ただし  (中略)お人好しも滅びれば、野心に囚われた者も、また滅びるだけ!」

 そう言うと正成は、師直を突き飛ばすように間合いを取った。(中略)

「高殿、それがしは、これから他用があるゆえ、これで失礼いたす」

「この場に及んで、いかなる用か!」

「自害いたすのでござるよ(中略)そう長く待たずとも、高殿も地獄に参られるはず。それゆえ、この続きは地獄でいたしましょう」

 そう言い残すと、正成は呵々大笑しながら去っていった。(中略)

 この後、正成は北方に落ちていき、適当な民家を見つけると、そこを買い取り、付き従ってきた一族郎党五十人余と共に自害して果てた。

 正成は、覚悟の上で孤立する可能性の高い会下山に登った。足利軍にあえて包囲させ、尊氏を引き寄せ、刺し違えようとしたのである。しかし尊氏本隊に突入する前に、高勢に横撃されたのが誤算となった。

 師直の戦場勘に狂いはなかった。

 後に湊川合戦と呼ばれるこの戦いは、足利軍の圧勝で終わった。

 しかし師直の心には、己と全く異なる存念を持って生きた男の残影が、くっきりと刻まれていた。

   楠木正成か。そなたを忘れはせぬ。

 

それから13年後、青年となった楠木正行とも、師直は戦火を交えることになります。

正行は父正成が乗り移ったかのように、師直軍を翻弄します。

この本でも、楠木親子はカッコイイ。

師直は正行とも一騎打ちとなりますが、そのような状況下では23歳である正行に対し、齢50の師直はどうしても劣勢。

辛くも命を長らえますが、最後まで師直は、「民のために戦う」と言った楠木親子を理解できませんでした。

とはいえ、師直も人間。

年齢と共に自分の中にも「人の心」や「情」といったものがあることに、気付き始めます。

ただそれは、師直にとって、というよりむしろ師直の周囲にいる人間にとって、不要なものだったのかもしれません。

彼もまた、「高師直」という、周囲から求められる人物像に、自分をはめ込んで生きていたのかもしれないなと、思いました。

 

 

それではまた!

 

 

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いつもお付き合いいただきありがとうございます。

 

今日は読書の記録です📖

 

『人よ、花よ』上・下 今村翔吾 朝日新聞出版 2025年4月30日第1刷発行

 

何と清清しい青年武将がいたものか…

彼がその命を散らさなければならなかった戦乱の世を恨めしく思う本でした。

 

まずは上巻の帯の紹介文を引用させて頂きますと、

 

誰かのために散ってよい命などない。

 

終わりなき南北朝の戦い。

その命運を握る楠木正行の「願い」は叶うのか  

朝日新聞連載の歴史巨編、待望の単行本化!

 

不忠と罵られようと、

お主はお主の道を行け。

「お主は英傑の子として

 世の中から父のごとき男に

 なってほしいとの期待を

 一身に集めることになる」

「そう…あれば良いのですね」

父の言いたいことを察し、

多聞丸は望むだろう答えを返した。

「その期待に添う必要はない」

  (本文より抜粋)

 

そして下巻の紹介文です。

 

この日ノ本に生きるすべての者の光に  

 

ついに開かれた北朝との和議への扉。

信じた道を突き進む楠木正行だが…。

朝日新聞連載の歴史巨編、堂々完成!

 

十度戦い、十度勝たねばなりません。

 

「お主の言う通り、

 道は切り拓くものなのだろう。

 しかし、それを成せるどころか、

 成そうとする者すらおらぬ中では…」

後村上帝は途中で語りを止めて固まった。

「私が。我ら楠木党がやってみましょう」

  (本文より抜粋)

 

読後直後、

どうして?

という気持ちが収まりきらない本でした。

 

とても素敵なシーンがあって、長い引用になっていますので、これから読まれる方はご注意ください😅

 

 

さて、本題です。

紹介文にある通り、主人公は後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府の倒幕と建武の新政の立役者である楠木正成亡き後、楠木党を継いだ嫡男楠木正行(多聞丸)です。

 

楠木正成と言えば、本来武士ではなく、河内の悪党として名を馳せ、後醍醐天皇に乞われて旗揚げし、悪党らしい奇抜な戦略で、足利の大軍勢を翻弄し、最期は天皇のために命を落とした忠義の臣として有名です。

江戸幕府が倒れ、明治の世に天皇中心の国政を築くため、急にスポットライトがあてられた、と聞いたことがあります。

 

父楠木正成は、多聞丸が11歳の時、湊川の戦で戦死します。

物語はそれから約10年後、青年となった多聞丸と母が、父の思い出や生き様について、お互いの記憶を補い確認するため、語りあう場面から始まります。

父がいかに戦ったか、父がいかに家族を愛し、治める河内の民を思っていたか、母と二人で、何日もかけて確認しあっていきます。

 

多聞丸の、父との最後の思い出は、11歳の時、父が初めて自分を連れて、最期の軍議をするため、朝廷へ参内した、その帰りのことです。

後醍醐天皇と足利家との対立は、終始劣勢でしたが、正成には勝算がありました。

しかし正成が提案した起死回生の作戦は、戦のいろはも知らぬ公家によって、「体面」を保つという理由で潰され、負けると分かっていながら、死地へと向かっていくことになります。

 

京を出る時、父は多聞丸に、新しい紫裾濃の鎧を自ら着せてくれます。

それは11歳の多聞丸にはまだ少し大きすぎるものでした。

 

強く頼もしい父が負けるはずがない。

そんな父と共に戦える、父の勇敢な戦いぶりを見ることが出来る、父の役に立つことができる。

はやる多聞丸に、父は「桜井の宿」で別れを告げます。

 

決して生きるのをあきらめたわけではないが、生きて帰るのは限りなく難しいだろう、だから、お主は帰れと。

 

正成は、追いすがる多聞丸に、自分が死んだあとのことを話し始めます。

 

「俺はきっと英傑にされてしまう」

「もうすでに皆がそう思っています。それにされてしまうとは…」

「今とは比べものにならぬ。英傑、英雄、そして忠臣だと祀り上げられるだろう」

(中略)

 誰かが意図して変えようとするわけではない。人から人の口を経る度に、時には付け加えられ、皆が望む「楠木正成」が作られていくことになるというのだ。

(中略)

「その時、お主は英傑の子として、忠臣の子として、世の中から父のごとき男になってほしいとの期待を一身に集めることになる」

(中略)

「そう…あれば良いのですね」

 父の言いたいことを察し、多聞丸は望むだろう答えを返した。

 やがて長じた時、帝の御為、朝廷に尽くし、足利家の野望を食い止めろ。そういう事だろうと思った。が、父の一言は全く予想もしないものであった。

「その期待に添う必要はない」

「え…それは…」

「そのままの意味よ。お主はお主の道をゆけばよいのだ」

 しばしの静寂の後、多聞丸は絞るように言った。

「私は…戦は止んでほしいと…」

「そうだな」

 父は穏やかな笑みを浮かべつつ頷く。

「何のための戦か…私には解らないのです」

「お主にはそう見えるだろう」

ずっと心に秘めてきたことを口にしても、父は否定することはなかった。父は少し考えた後、言葉を継いだ。

「戦を終わらせるためならば、足利家と和議する道もあるだろう」

「それも…」

「構わぬ。楠木が足利に降るという道もある」

 父の発言に肝を潰し、多聞丸は半ば唖然となって訊いた。

「真にそれでも良いのですか」

「先ほども申した通り、世は今の親子のことさえも勝手に創り上げるだろう。父が死ねば世は足利のものとなってしまう。そうならぬためにお主を帰すのだ。お主は生き残って、長じるまで文武に励んで雌伏の時を経て、帝に仕え、日ノ本のために働くのだ…そのようなところか」

 父は苦々しく、悪戯っぽく、そして哀し気な笑みを見せて続けた。

「だが、そのようなことは望んでいない。己の想うままに生きればよい。それでたとえ不忠と罵られようとも、臆病と嗤われようとも。それが父の真実だ」

 (中略)

「ならば…ならば、行かぬという道はないのですか」

多聞丸は思い切って口にした。(中略)

「俺も戦は早くに止めるべきだと思う。我らが足利に降れば、それに大いに近付くとも思う。だが…俺は自ら望んで行くのだ」

「朝命だからですか」(中略)

「違うな」(中略)

「帝のためですか」

「そうとも言えるかもしれぬ。が、正しいようで、正しくない」

「では、何故なのです」

「何故だろうなあ…それが人という生き物の妙なところよ」

 父は天を仰ぐと、風に溶かすように言葉を継いだ。

「答えに…なっていません」

父はゆっくりと視線を降ろすと、多聞丸をまっすぐに見つめた。

「いつかきっと、お主にも解る。そのような気がするのだ」

父は抜けるような笑みを見せ、多聞丸の肩に手をそっと置いた。(中略)

「美しいな」

葉が濡れて艶めき始めた桜の木を見上げ、父は言った。

「花は…咲いておりませぬ…」(中略)

「いや、咲いているさ」

 

それから十有余年、父が付けてくれた腹心の家臣たちに守り育てられ、仲間を増やし、また父が遺してくれた兵法書を学び、自らもそこから新たに考えを加えたりして、多聞丸は勇敢で賢く凛々しい青年に成長しました。

 

その頃は、吉野に逃れた後醍醐天皇が崩御した後も、南朝は後村上天皇を立てて存続しつづけ、北朝は足利氏に担がれ、その足利は尊氏の弟直義と家宰高師直との不仲で分裂気味、という混乱した世の中。

多聞丸は、父の予言通り、南朝からは忠臣正成の子として加勢を求め続けられ、北朝からは鬼神正成の子として目を付けられ続けながらも、できるだけ争いから距離を置いて力をためてきました。

 

戦を止めたいという父の遺言通り、正行は足利(北朝)側につこうとして機を見計らい、その手始めとして、後醍醐天皇の落し子と噂される弁の内侍(茅乃)との接触を図ります。

高師直の手の者に連れ去られようとした茅乃を、多聞丸は華麗に救い出します。

茅乃は南朝の存続のため、多聞丸を頼るようになります。

多聞丸は北朝につくという本心を隠したまま、茅乃への同情と、そして南朝と北朝が統合したのちの世の平和のために、南朝側について戦うようになります。

しかしその中で、戦う者の命を軽く見ている公家たちに対する反感も、強くなっていきました。

 

「我らの命運を分ける日になろう。誰にも見届ける道理がある」

 己たちはなんのために戦ってきたのか。何に父の、兄の、親しき者の命を捧げたのか。そして、これから何処へと向かうのか。楠木党の者は須らく見るべきである。

「皆を見せてやりたいという思いもある」

多聞丸は口元を綻ばせた。

 北朝を撃てと喚く公家にとって、兵というものは十だとか、百だとか、あるいは千だとか、ただの数でしかない。名さえも知らぬ、顔さえ知らぬ者を、帝の名のもとに戦場へ送ってきた。

 しかし、どの者にも一生があり、愛しき家族があり、誰もが泣き、また笑うのだ。些か粗野なれども陽気で、猛々しくとも優しい、そのような皆を、彼らが兵と呼ぶ皆を、公家たちに見せてやりたかった。

「共に行こう、吉野へ」

多聞丸は決然と言い放つと、ふっと微笑を口元に寄せた。

 

これまで修めてきた兵法を駆使し、様々に策を弄しながら、南朝方の後村上天皇を守るうち、多聞丸は後村上天皇と心の結びつきを感じるようになります。

 

「そうか…」

 多聞丸は小さく漏らした。

 何故、初めて逢った時から、不思議と通じ合うものを感じたのか。今、ようやく答えが解った気がする。

 己が英傑の子として戦うことが当然と思われていたように、後村上帝もまた先帝の遺志を継ぐと誰もが信じて疑わない。己たちは同じなのだ。(中略)

「主上は…如何にされたいのですか」

 そこまで考えた時、多聞丸は思わず尋ねてしまっていた。

「余のことはよい。皆が…」

「貴方に訊いているのです」

 廷臣たちがこの場にいれば、また不敬であると罵詈雑言が飛んできただろう。二人きりだからではない。この胸に渦巻く虚しさが、哀しみが、怒りが、何故かそのように呼ばせた。

「余は…」

「私は生きたい」

 多聞丸は亮然と言い切り、かみしめるように言葉を継いだ。

「罵られようとも蔑まれようとも構わない。母上や弟たち、大塚や新兵衛や楠木党の者、石掬丸ら郎党、東条の民たち…皆と生きたいのです」

 後村上帝はぎゅっと唇を結んだ。何か言葉が出そうになるのを懸命に止めるように。多聞丸は首を横に振ってなおも言った。

「言えばいい。俺だけは嗤わない」

どんどん口が粗暴になる。いや、これが近しい者に見せる本来の姿。己は今、眼前に在るのは万世一系の血を引く帝ではなく、ただ一個の人として見はじめている。

「それは…余は…」

 額に汗が滲み、唇は小刻みに震え、両の拳を固く握りしめる。明らかに揺らいでいる。まるで帝という殻の中で自身が暴れまわっているかのように。

 幼い頃、未だ見ぬこの人を憎んだ。この人の在るこの場所を恨んだ。南東の空に向けて怒り、足元の地に向けて哭いた。

 心の片隅に今も住んでいる。小さな背を丸めて膝を抱えている。その己に向け、もういいかいと、隠れ鬼のように尋ねた。ごしごしと腕で涙を拭い、こくんと頷いてくれた気がした。多聞丸は頷き返し、

「俺は許す」

 と、やわらかに言った。

 後村上帝ははっと息を呑み、やがて目から一筋の涙が零れて頬を伝った。

 帝に対して許すなどとは不遜。生まれてこの方、誰一人投げ掛けたことはないだろう。だからこそ、苦しんできたのだと今では解る。

 そして、後村上帝は理解している。自らの本心を吐露することだけではない。己が何を許すと決めたのかを。

「余も…生きたい」

 後村上帝は絞るように言うと、それで堰が切られたかのように勢いよく続けた。

「まだ見たことがないものを見たい。聴いたことのない音が聴きたい。嗅いだことがないもの、触れたことがないものにも…」

「旨いものはよいので?」

 多聞丸が悪戯っぽく眉を開くと、

「それもだ」

 と、後村上帝は口を綻ばせて頷いた。そこで一つ大きく息を吸い、更に言葉を継いだ。

「この日ノ本に生きる多くの人と逢ってみたい。何に喜び、何に哀しむのか、こうして語らってみたい」

「よいと思います」

 多聞丸は穏やかに微笑んだ。

「しかし…」 

 後村上帝の顔が再び諦めに変わろうとする刹那、多聞丸は言い放った。

「やってみましょう」

「それは…」

「和議を成し、その願いが叶うように」

「そのような道があるのか」

「今はありませぬ。故に作るのです。道なきところに道を」

 多聞丸は言い切った。

「如何にする」

 親房は楠木党の力を欲していたから今まで待っていただけ。楠木党が協力を断った今、(北畠)親房は今日にでも号令を発して軍を募り、玉砕への戦へと踏み出してもおかしくない。

「北朝を討ちます」

「何…それでは…」

 戦を止めて和議を結ぶために戦をする。後村上帝が矛盾していると思うのも無理はない。多聞丸は噛み砕いて説明を続けた。

「厳密には北朝の勢いを削ぐのです」

 南朝はかなりの劣勢である。数年のうちに戦力差はさらに広がり、いずれ滅びるのは明白である。この状況で北朝が和議を結ぼうとするはずはない。北朝が和議を結ばねばならぬように、結びたくなるような状況にせねばならない。

「戦になるのだな」

 後村上帝は苦悶の色を浮かべた。

「はい。しかし、北畠様の言うそれとは大きく違います」

 武士は詰まるところ自らが望んで戦おうとする者たちである。幾ら死んでも構わないとは言わぬが、地位を投げだして戦わぬこともできるのだ。

 親房が巻き込もうとしているのは、その選択さえ許されぬ者たち、日々をただ懸命に生きている者たち。

 各地の武士の勤王の心を奮い立たせるため、彼らを人身御供に使おうとするようなもの。武士たちの戦とは根本から違う。

「しかし…そのようなことが出来るのか」

 後村上帝は不安げに顔を曇らせた。

「まず戦えたとして二年まで」(中略)

「しかも十度戦い、十度勝たねばなりません」(中略)

それでようやく五分、とはいえ、そこまで押し返すことが出来れば、北朝にも厭戦の気分が流れ、必ずや和議の声が出てくると見ている。

 

多聞丸も後村上帝も、ふさわしい時が来るまで時を稼ぎ、力を蓄えるつもりでいました。

にもかかわらず、北畠親房は、勝手に後村上帝の名を使って戦端を切ってしまいました。

計画は破綻。

それでも一縷の望みをかけて戦いに出る多聞丸正行と弟次郎正時。

悲しい別れがやってきます。

 

多聞丸は寺に預けていたもう一人の弟を呼び戻し、自分亡き後の楠木家の当主に据えます。

これが、後に南北朝和平交渉に大きな役割を果たす楠木正儀です。

 

決死の戦に出かけようとする多聞丸に、後村上帝は自分にできる事は何かと考えます。

 

「数日…ほどしか稼げぬのではないか」

「はい。しかし、その数日で変わるのです」

 吉野も、東条も、多くの人々の全てが変わる。それは数十、数百、数千年を経て、さらに大きな変化となるはずである。

「他に何か…何か道があるはずだ…」

 後村上帝の声は憐れなほどか細かった。

「貴方のために行くのではない」

 何という言いざまだ。ましてや帝を貴方呼ばわり。しかし、不敬を咎める者はおらず、後村上帝はむしろ嬉しそうに、そして哀しそうに、唇を結んで身を震わせた。

「ああ、帝のために散ってよい命などは無い」

 後村上帝は弾むように頷き、視線をゆっくりと点に向けて続けた。

「ずっと考え続けてきた…帝とは何たるかを。父帝のように政を執らずともよい。むしろそれが戦を生むならばやるべきではないと」

(中略)

「この日ノ本に生きるすべての者の光に。たとえ見えずとも、たとえ逢えずとも、確かにある光。そのようなものになれればよいと思う」

「私もそう思います。容易いことではないかもしれません。しかし、主上がそう願っておられるならば、いつの世か必ずやそのような日が来ましょう」(中略)

「行って参ります」

 

多聞丸と茅乃にも別れの時が来ます。

 

吉野の山を見渡せる地。木々は寒天に眠っているが、あと幾月かもすれば微笑み始める。さぞかし美しく染まるだろう。

「何も…」

「すまない」

(中略)不思議である。一体、茅乃とどれほどの時を過ごしたか、言葉を交わしたか。それほど多くはないはずなのに、手に取るように解ってしまう。

「帰れますか」

「そのつもりだ」

 たとえ百のうち一つだとしても、千のうち一つだとしても、決して諦めている訳ではない。あの日の父がそうであったように。

「答えになっていません」

「すまない」

(中略))

「……行かないで」

 一筋の涙とともに発せられた、何の言い訳もなく、飾り気もない一言のせいで、己でも狼狽するほどに込み上げて来る。それは小さな嗚咽へと変わり、言葉から一切の偽りを剥ぎ取った。

「死にたく…ない」

「では、何故…」

「仕方ないのだ!」

叫びを上げたことも、涙が止めどなく零れることも、無様だと解っている。それでも今だけは、この人の前でだけは、どうしても抑えることが出来なかった。(中略)

「誰かがやらねばならぬ」

 これまでどれほどの者がその言葉を吐いてきたか。愚かで、仕様も無く、頼りない言葉である。ただそれでも、これからも口にする者はいるだろう。何かのために、誰かのために、それが人というものではないか。

「俺もまた…英傑にされてしまうかもしれぬな」(中略)

「私だけは真の貴方を知っています」(中略)

「春には」

 茅乃は小さく呟き、

「ああ」

 と、多聞丸は穏やかに応じた。いかなる意味かなどどうでもよい。ただ一つ、約束があればよい。

 

終戦間近、特攻隊として飛び立った若い航空兵たちの顔が思い浮かびました…

誰かがやらねばならない。

大切なものを守るため。

きっと彼らもたった一つの約束を胸に死の空へ向かったのでしょう…

 

多聞丸の茅乃も後村上帝も、この時まだ20代前半。

時代にもまれ、悲しい道を歩まざるを得ない状況でも、いえ、だからこそかもしれません。

青春の輝きを感じる本でした。

 

400ページ上下巻という大作ですが、2日で読んでしまいました。

人の心のドラマの描き方もとても素敵で、つい引用が長~くなってしまいましたが(すみません…)、このお話は、正行が学び実践した兵法の記述がとても詳しく、躍動的に描かれていて、その意味でもとても楽しめる本でした。

南北朝から室町初期のことを、もっと知りたくなりました。

吉野、行きたいなあ桜

 

さて今日のおやつは、色んな人から頂いた色んな町のお土産たち。

どれもおいしかったです😊

 

 

それではまた!

 

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5月21日は
二十四節気の四月の中≪小満(しょうまん)≫
そして
七十二候の第22候≪蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)≫(小満の初候)です。

 

先日二十四節気の≪小満(しょうまん)≫についてお話したので、

今日は七十二候の≪蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)≫についてお話しますねニコニコ

いつものように広辞苑第6版から見ていきましょう本

七十二候については広辞苑にはそのものが載っているわけではないので、
言葉や漢字から探っていきます。
(下線筆者)

 

かいこ【蚕】
(「飼い蚕」の意)チョウ目(鱗翅りんし類)カイコガの幼虫。(中略)通常4回の眠みんを経て、脱皮して成長し、絹糸を吐いて繭をつくり、中で脱皮して蛹さなぎとなる。羽化したカイコガは、繭を破って外に出て交尾・産卵し、のち死ぬ。繭から絹糸を取る。家蚕かさん。御蚕おこおしら。〈[季]春〉。

 

くわ【桑】
①クワ科の落葉高木クワ類の総称。ヤマグワおよびその栽培品種がもっとも普通(中略)。養蚕のために刈りとるから長大なものは少ない。(中略)春、淡黄緑色の単性花を穂状に綴る。雌雄異株、稀に同株。花後、小さい実を結び、熟すれば紫黒色を呈し、味は甘い。材は諸種の用に供し、特に自生樹は硬く、工芸用材として珍重。樹皮の繊維は製紙の原料。殊に葉は養蚕用として重要四木の一つ。〈[季]春〉。「桑の実」は〈[季]夏〉。

②(略)

 

芋づる式に調べて行きますと、

 

し‐ぼく【四木】
こうぞの総称。江戸時代、三草と共に重要植物として栽培された。しもく。「三草―」

 

さん‐そう【三草】
①実生活に有用な3種の草。紅花、また、麻・藍・木綿の称。

②(略)

 

なるほど。

桑の木って色々役に立つので昔から大切にされてきたんですね。

 

ちなみに、↓

 

くわ‐の‐はし【桑の箸】
桑の材で作った箸。これを常に食事に用いれば中風にかからないという。

 

ほほ~。

桑の木で作った箸で食事をとれば中風(脳血管疾患)にかからないと言われるんですね。

敬老の日のプレゼントに良いかもしれませんねおじいちゃんキラキラプレゼントキラキラおばあちゃん

 

 

さて、「養蚕」と言えば、2014年に世界遺産に登録された、群馬県の富岡製糸場です。

 

富岡市観光協会のホームページです↓

 

 

それから、以下は群馬県立世界遺産センターの富岡製糸場のページです。↓

 

 

上記のなかで、キッズページが楽しいですよニコニコ

 

 

 

「明治時代」「日本の近代化」「工場」とくれば、「女工哀史」のような劣悪な環境下で労働力を搾取されていたようなイメージが強いですよね。

でも、富岡製糸場の女工さん達、少なくとも創業当初の女工さん達の境遇は違いました。

士族の子女が主で、8時間労働(アメリカでの8時間労働を要求するストライキの6年後)や休日などの労働環境、寮や食堂(日本で最初の社食だそうです)などの福利厚生がきちんと整備され、昇給や教育システムまで整っていた、日本で最初の、技術的にも女性の労働環境的にも近代的な工場であったそうです。

まあ、富岡製糸場が成功したのを見て、全国にどんどんできた「製糸場」では、実際に「女工哀史」のように過酷な労働を強いられたようですし、富岡でも、民間に払い下げられた後はそれに近いものがあったようですが。

 

 

さて、農林水産省の養蚕のページです↓

 

 

この中の、BUZZMAFFっていう、YouTubeのチャンネルが面白いですほんわか

 

 

ほんと、農水省の若い広報担当さんは頑張っていらっしゃいますイヒ

 

 

それから、国立研究開発法人 農業食品産業技術総合研究機構(通称農研機構)の蚕のページです。↓

 

 

上記の、子ども(高学年以上かな?)向けの、「カイコってすごい虫!」というパンフレットです。↓

https://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/gmo/kaiko/kaikobio.pdf

 

農研機構も、動画集が役立ちそうなので、ご紹介しておきますねウインク

 

 

 

近藤、子どもたちが小さかった頃、お蚕さんを譲り受けて育てたことがあります。

その時は人工飼料をいただいてきましたが、近くに桑の木が植えられているのを知っていたので、

「桑の葉っぱを与えても良いですか?」と聞いたら、

「与えても良いですが、一回人工飼料を食べたお蚕さんは、生の桑の葉っぱはあまり食べなくなっちゃうんですよ。人工飼料の方がおいしいんでしょうかね😅。自然に近いものの方が良さそうな感じがするんですけどね😅」

ということでした。

意外~😅

 

その資料館では、昔は糸を取った後の、繭の中にいるお蚕さんの蛹を食べていたんだよ、というお話も聞きました。

子ども達のキョロキョロこんな顔が面白かったです😅

捨てるのであれば、そういう利用も、アリだと思います。

姿のままは、私はちょっと…ですが😅

 

ちなみに、「そら豆」って、「空豆」以外にも「蚕豆」とも書くようで、

広辞苑には「空豆」よりも先に「蚕豆」と表示してあります。

「蚕豆・空豆」の季語は夏だけれど、

「蚕豆の花」は春の季語、とのこと。

「蚕豆の花」の記述の中には「空豆」とは書かれていませんでした。

もしかしたら「空」の字は後世の当て字なのかもしれませんねニコニコ

 


最近では、お蚕さんは、ゲノム編集の研究にも役立てられていたり、あるいは最近流行りの「昆虫食」の原料として、またお蚕さんの食べる桑の葉っぱは、健康茶の「マルベリーティー」になったりして、注目を浴びています。

マルベリーティーを試したことがありますが、マイルドで美味しかったですよお茶

女性に良いお茶のようなので、試してみられても良いかもしれませんウインク

 

 

それではまた!

 

 

本日の浮世絵

勝川春章,北尾重政<北尾重政(1世 1739生)>//画『画本宝能縷』,前川六左衛門,天明6(1786)刊. 

国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286957 (参照 2024-05-15)

 

 

基本の暦ワードの説明はこちらをどうぞウインク

 

 

 

BUZZMAFFと農研機構の動画集は、以前にもご紹介しましたウインク

 

 

 

 

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╲こんにちは/

いつもお付き合いいただきありがとうございます。

 

5月21日は
二十四節気の四月の中≪小満(しょうまん)≫
そして
七十二候の第22候≪蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)≫(小満の初候)です。

 

今日は二十四節気≪小満(しょうまん)≫についてお話しましょうニコニコ

 

いつものように広辞苑から見ていきますね本

(下線筆者)

 

しょう‐まん【小満】
(草木が周囲に満ちはじめる意)二十四節気の一つ。太陽の黄経が60度の時で、4月の中ちゅう。太陽暦の5月21日頃に当たる。

 

国立天文台のウエブサイト内「こよみ用語解説」のページでは、

 

名称:小満 (しょうまん) 月:4月中 太陽黄経:60°
説明:すべてのものがしだいにのびて天地に満ち始める

 

とあります。

 

命の力に満ち溢れた、良い季節ですね!

大好きな季節ですクローバー

 

 

この、柿若葉の透き通ったグリーンが大好きです🍃

下草で花盛りなのは、マツバウンラン。

頼りなげな花がわわわわ~っと咲いているととてもきれいなんですが

環境省の侵略的外来種データベースに載っちゃってるんですよね~キョロキョロ

でもきれい、とてもきれい😅

 

さてこの時期に思い出すのは、

 

目には青葉山時鳥初松魚めにはあおばやまほととぎすはつがつお
山口素堂の俳句。自然と生活に即する季語を三つならべて、初夏の季節感を出す。

 

この句は、季語が「青葉」「ホトトギス」「初鰹」と、3つもあって、本当はルール違反なのだとか😅

 

でも、これだけ重ねたい気持ち、わかるな~照れ

 

せっかくですから、一つ一つ広辞苑を引いてみました。

 

あお‐ば【青葉】
①緑色の、木の葉。
②新たに芽ざした葉。若葉。また、若葉の茂ったもの。新緑。〈[季]夏〉。

 

はつ‐がつお【初鰹】
陰暦4月頃、一番早くとれる走りのカツオ。美味で、珍重される。初松魚。〈[季]夏〉。

 

ほととぎす【杜鵑・霍公鳥・郭公・時鳥・子規・杜宇・不如帰・沓手鳥・蜀魂】
(鳴き声による名か。スは鳥を表す接尾語)
カッコウ目カッコウ科の鳥。カッコウに似るが小形。山地の樹林にすみ、自らは巣を作らず、ウグイスなどの巣に産卵し、抱卵・育雛を委ねる。鳴き声は極めて顕著で「てっぺんかけたか」「ほっちょんかけたか」などと聞こえ、昼夜ともに鳴く。夏鳥。古来、日本の文学、特に和歌に現れ、あやなしどり・くつてどり・うづきどり・しでのたおさ・たまむかえどり・夕影鳥・夜直鳥よただどりなどの名がある。〈[季]夏〉。

②(略)

 

ホトトギスはカッコウ目カッコウ科の夏鳥(渡り鳥)なんですね。

しかも色々な呼び名や漢字がある。

「ウヅキドリ」は「卯月」の「鳥」ですね。

「タマムカエドリ」は「霊魂」「迎え」「鳥」かなあ。

昔から日本人の心に感じるものがある鳥だということでしょう。

 

ただ、「自らは巣を作らず、ウグイスなどの巣に産卵し、抱卵・育雛を委ねる」「托卵」の習性が嫌われることもあって😅

 

鶯の卵の中のほととぎすうぐいすのかいごのなかのほととぎす
(万葉9「鶯のかひごの中にほととぎす独り生れて己なが父に似ては鳴かず己が母に似ては鳴かず」から)ホトトギスは、自分で子を育てず、ウグイスの巣に卵を生み、かえさせることから、子であって子でないということ。

 

只取山のほととぎすただとりやまのほととぎす
「只取」をしゃれていう語。

 

ただ‐とり【只取】
(タダドリとも)ただで手に入れること。取って何の代償も与えないこと。

 

「只取り山のホトトギス」なんて、

NHK大河ドラマ「べらぼう」では結構頻繁に「ありがた山の寒ガラス」って出てきますが、

江戸っ子たちはきっと照れ屋さんだったんですねてへぺろ

 

ところで、近藤の生まれ育った岡山県の鳥は、

以前は「ホトトギス」だったのですが、

平成6年に「キジ」に変更になったそうで、

その理由がやっぱり「托卵の習性がずるがしこく見えるから」なのだそうです😅↓

 

 

 

人間の勝手なイメージで汚名を着せられて、ホトトギスとしてはいい迷惑だろうなあ😅

 

 

気象庁の生物季節観測累年表によりますと、「かっこうの初鳴き」の平年値が5月後半の地域が多いようです。↓

 

https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/pdf/099.pdf

 

近藤の実感としては、ゴールデンウイークあたりに「ああ、ホトトギスが鳴きはじめたなあ」と思う事が多いのですが、うん、今年はまだ聞かないなあ。

ここ数年聞かない気がして、気になっていますキョロキョロ

 

人間の勝手で汚名を着せられても、

私は好きですよ、あの鳴き声、夏らしくてウインク

 

 

それではまた!

 

本日の浮世絵

服部雪斎//画『華鳥譜』,写. 国立国会図書館デジタルコレクション

 https://dl.ndl.go.jp/pid/1286931 (参照 2024-05-15)

 

基本の暦ワードの説明はこちらをどうぞウインク

 

 

 

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╲こんにちは/

いつもお付き合いいただきありがとうございます。

 

今日は5月後半にある日本の記念日等を調べてみました。


いつものように、まとめサイトによらず、できるだけ公的機関のウェブサイトで探していきます。
地道に調べる途中で、その日をピックアップした理由や、人々の思いなど、これこそ知るべきだと思うような、とても興味深い情報に出会えるからです。

それでは今日も、調べて行きましょう。

まず一つ目は、

 

 

5月18日 ことばの日

 

 

なるほど、5=こ10=と8=ば、の日、ですねニコニコ

 

仕事でカウンセリングをするようになって、本当に思います。

ことばって、難しいえーん

 

意図した通りに伝わらないことも多々あって、会員さんのお気持ちを害してしまったりも、しますショボーン

そんなことのないように、心がけてはいますけれど、残念ながら赤ちゃん泣き

ブログを書いていても、思います泣くうさぎ

注意はしていますが、もし私の言葉でお気分を害された方がいらっしゃいましたら、この場をお借りして、お詫びいたします、ごめんなさい🙇

 

 

ということで、本題です😅

 

5月18日ことばの日です。

 

文部科学省とか、そういった所からできた記念日なのかなと思っていたら、ちょっと違うようで↓

 

 

↑こちらによりますと↓

 

ことばの日プロジェクトは、みなとみらい
BUKATSUDO連続講座「言葉の企画2019」
から生まれました。

「ことば」を大切に使い、「ことば」によって人と人とが通じ合えることに感謝し、「ことば」で暮らしをより豊かにすることが目的。漢字の「言葉の日」ではなく、ひらがなの「ことばの日」としたのには手話や点字など広い意味での「ことば」を知ってもらいたいとの思いが込められている

 

なのだそうです。

そうなんだ~ニコニコ

 

でもなんだか…公式YouTubeや公式Xを見ても、制定5年目あたりからあまり動いていない感じ…

そうなのか~ちょっと残念かな。

でも色々あるのでしょうし、しかたないか。

 

このサイトにぶつかるまで、さんざん公的機関のウェブサイトを探したので、悔しいのでここで少しだけご紹介させてください😅

 

 

文部科学省のウェブサイトです。↓

 

 

文部科学省では、平成16年(2004年)の文化審議会において

「これからの時代に求められる国語力について」という答申がなされ、

この中で「言葉の日」「言葉週間」を設定することに言及されています

その部分がこれです↓

 

言葉や国語に対する国民の関心や意識を高めるために,「言葉の日」や「言葉週間」などを設けて,それぞれの地域で言葉に関する取組のきっかけを作ること

 

「ことばの日」の「ことば」が漢字の「言葉」で、その後この「言葉の日」「言葉週間」がどうなったかはよくわからないのが残念😅

 

さてこちらは「ことば研究館」というサイト↓

 

 

でこちらは

「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館」の

ウェブサイトです↓

 

 

知らないだけで、色々な研究施設があるんですねニコニコ

 

 

さて次は

 

 

5月18日 国際博物館の日

 

 

「国際」と付くけれど、「国連が定めた国際デー」ではないようで↓

 

 

↑こちらによりますと↓

(下線筆者)

 

ICOM(国際博物館会議)では、5月18日を「国際博物館の日」とし、博物館が社会に果たす役割について広く市民にアピールしています。

(中略)

なぜ5月18日なのか?
1977年モスクワで開催されたICOMの第11回大会で、「国際博物館の日」を設ける決議が採択されました。
第11回大会は5月18日から29日まで開催されたことから、5月18日を「国際博物館の日」としたようです。

 

なるほど。

国際博物館の日は「国際博物館会議」が、博物館が社会に果たす役割について広く市民にアピールするために、1977年に定めたのですね。

 

ちなみにこちらはICOM(国際博物館会議)という「博物館に関する世界で唯一かつ最大の非政府組織」のウェブサイトです↓

 

 

この日に合わせて入館料を無料にしたり、来館者に記念品を渡したり、講演会を開くなど、記念行事を行う博物館が全国にあるようです。

週末のお出かけ先にいかがでしょうか立ち上がる

 

 

5月22日 国際生物多様性の日

 

 

この記念日については、以前国際デーを調べた時にも出てきました。

こちらです↓

 

 

↑こちらではご紹介しなかったのですが、こういうのもあります↓

 

 

↑こちらは、2011年から2020年までの「国連生物多様性の10年」は終わったけれど、引き続きの10年、要するに2030年までの期間、さらに取り組みを進めて行こうとする者のようです。

なるほど。

 

 

さて次は

 

 

5月23日 難病の日

 

 

厚生労働省からの文章です↓

 

厚生労働省健康局疾病対策課

難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)の施行について

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000077306.pdf

 

↑こちらのページによりますと↓

 

平成26年(2014年)5月23日に「難病の患者に対する医療等に関する法律」が成立したことを記念するため

日本難病・疾病協議会が5月23日を「難病の日」としたようです。

この法律の趣旨は

 

持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律に基づく措置として、難病の患者に対する医療費助成(注)に関して、法定化によりその費用に消費税の収入を充てることができるようにするなど、公平かつ安定的な制度を確立するほか、基本方針の策定、調査及び研究の推進、療養生活環境整備事業の実施等の措置を講ずる。

 

という事ですね。

 

難病を患っても、この社会で安心して生活し、生き生きと人生を全うできる社会であってほしいものです。

 

 

さて次は

 

 

5月25日 納本制度の日

 

国立国会図書館のウェブサイトにこんなページがありました↓

 

 

↑こちらによりますと↓

(下線筆者)

 

国立国会図書館は、昭和23年(1948)5月25日から納本の受付を開始しました。平成20年に、納本制度60周年を記念し、納本受付開始の日である5月25日を「納本制度の日」と定めました。

 

ということで、ちょうど15年くらいの比較的新しい記念日なんですねニコニコ

 

そもそも「納本制度」とは何でしょう?

 

 

↑こちらによりますと↓

 

Q 何のために納本しなければならないのですか?
A 国政審議に役立てるため、また、国民共有の文化的資産として保存し、広く利用に供し、日本国民の知的活動の記録として後世に伝えていくためです。(後略)

Q どんなものを納めなければならないのですか?
A 頒布の目的で相当程度の部数が作成された資料は、すべて納本の対象となります。図書、雑誌・新聞だけでなく、CD、DVD、ビデオ、レコード、楽譜、地図なども対象となります。(中略)

また、社史・団体史等の自費出版でも、相当の部数を作成し配布されているものは納本の対象となります。ただし、ホチキス留めなど簡易綴じのもの、広く一般に公開することに支障があるものなどは、納本の対象とはなりません。(後略)

Q オンライン資料とはどのようなものですか?
A オンライン資料とは、インターネット等で出版(公開)される電子情報で、図書または逐次刊行物に相当するものであり、電子書籍・電子雑誌等を指します。
納入の対象となるのは、私人がインターネット等で出版(公開)した電子書籍・電子雑誌等のうち、
特定のコード(ISBN、ISSN、DOI)が付与されたもの
特定のフォーマット(PDF、EPUB、DAISY)で作成されたもの
のいずれかに当てはまるものです。(後略)

Q 誰が納めるのですか?
A 出版物の発行者です。著作者ではありません。(後略)

 

なるほど。

最近は自費出版やネットで出版される人も多いですからね。

知っておいた方が良いかもしれませんニコニコ

 

 

さて次は

 

 

5月27~6月2日 個人情報を考える週間

 

 

このキャンペーンは、2025年までは5月だったのですが、2026年からは6月に変更になったようです。

なぜかは分からないのですが…

なので、改めて来月ご紹介しますね。

 

 

 

さて次は

 

 

5月31日~6月6日 禁煙週間

 

これについては、国際デーである5月31日世界禁煙デーの時に調べましたので、そちらをご覧になってください↓

 

 

たばこには依存症の危険もありますね。

次は

 

 

5月1日~6月30日 不正大麻・けし撲滅運動

 

 

厚生労働省のウェブサイトにこんなページがありました↓

 

 

↑こちらのページによりますと

まあ、読んで字の如しですが、目的は

 

1.目的
大麻・けしの不正栽培及び自生する大麻・けしを撲滅するため、これらの大麻・けしの発見及び除去を実施するとともに、広く一般に対して大麻・けしに関する正しい知識の普及を図ること

 

ですね。

なぜ5月6月の2カ月間かというと、明確には載っていないのですが、

 

大麻・けしの発育状況等の実情に応じて、実施期間の繰り上げ若しくは繰り下げ、又は延長をする場合があります。

 

とあるので、原料となる植物が成長する時期に、隠れて育てる人を取り締まろう、という事なのでしょう。

ダメですよ、育てたりしたら。

 

 

さて最後に

 

 

5月30日~6月30日 海洋環境保全推進月間

 

 

海上保安庁のウェブサイトにこんなページがありました↓

 

「海洋環境保全推進月間」における活動状況について

https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/post-832.html

 

↑こちらのページによりますと↓

(下線筆者)

 

 海上保安庁では、5月30日(日)から6月30日(水)までの期間を「海洋環境保全推進月間」として定め、「未来に残そう青い海」をスローガンに、海洋環境保全にかかる指導・啓発活動を全国で重点的に実施しました。
(中略)
※環境省及び公益財団法人日本財団の海洋ごみ対策に関する共同事業として、5月30日(ごみゼロの日)から6月5日(環境の日)を経て6月8日(世界海洋デー)前後の期間を「海ごみゼロウィーク」と定め、海洋ごみ削減に向けた全国一斉清掃活動を行い、その取組結果を世界へ発信していくもの。

 

なるほど。

5月30日「ごみゼロの日」から、

6月5日「世界環境デー」

6月8日「世界海洋デー」という

2つの国際デーを関連付けて「海ごみゼロウィーク」とし、

その期間を含む1か月間を「海洋環境保全推進月間」とした、

ということなのですね。

 

5月30日の「ごみゼロデー」には、沢山の都道府県でゴミ拾いのイベントなどがあるようです。

お出かけがてら、ゴミ拾いをしてみようかなと思います。

 

 

今日も盛りだくさんでしたニコニコ

それではまた!

 

 

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