Doug Watkinsが目指したジャズを聴いてみよう | 続・公爵備忘録

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ジャズ・オリジナル盤の音質追及とエリントンの研究。

夭折したベース奏者、Doug Watkins。

彼が活動した期間は10年に満たず、リーダー盤はたった2枚しかない。

その2枚は内容が大きく異なっていて、どっちがDoug Watkinsの本質に近いのか、戸惑ってしまう。



Watkins At Large  1956年12月録音 


弦のしなりが見えるようなビビッドな音。Transitionレーベルの創始者・Tom Wilsonが重視したライブ感。素晴らしい出来のレコードで、Doug Watkinsの傑作にして、Transitionレーベルの最高傑作でもある。

 

 

本盤はブルーノートのオリジナル判定本で有名な、フレデリック・コーエンさんのオークションで入手した。コレクターさんならご存じの通り、コーエンさんがオークション出品するオリジナル盤は、望みうる最高レベルの盤質なので、相場よりずっと高くなる。本盤の落札価格も、ちょっと書くのが憚られる。

どうして超高額になることが分かっている盤を落とそうと思ったかというと、店頭ではニアミントの盤を見つけられなかったから。

Transitionのオリジナルは異様に軽く、中味がスカスカのビニールが使われている。傷みやすいビニールなのに、人気盤は繰り返し再生されるから、ほとんどの盤は傷んでしまっている。

一般のジャズファンには再発盤が無難です。Transitionのオリジナルを志向する人は、ダメなら買い替えるくらいの資金的余裕が必要でしょう。


Soulnik  1960年5月録音  


ハードバップ・ジャズとしては理解しにくいレコード。

ベースはHerman Whightに任せ、Doug Watkinsはチェロを使ってソロをとっている。チェロの音は人間の声域に近く、弓弾きだと心に響く音がする。それをジャズで使おうとするチャレンジは否定しないけれど、ピチカートで弾くと魅力度が下がると思うけど、、、

 

 

本盤を入手したのはオリジナル盤に興味を持ち始めた20代の頃。安かったから入手しただけで、ほとんど聴かなかった。

Watkins At Largeとの差はあまりに大きく、Doug Watkinsの狙いはどこにあったのか?その点に関心がある。



幸いにも彼はいろんなセッションに呼ばれて、ひっぱりだこ状態だったので、サイドメンとして参加したレコードはたくさんあり、その中には歴史的な名盤も多くある。それらを聴きながら、Doug Watkinsが目指したジャズを振り返ってみよう。

1955年11月 Jazz Messengers At the Cafe Bohemia Vol.1, Vol.2



コレクター的な話を最初にすると、Vol.1はLexingtonのセンターラベルで、ミゾも耳マークもあるけどNY時代のプレス。Vol.2は47/63のセンターラベルで、ミゾ・耳あり。これは47/63時代のプレス。

これはリムの形状とビニールの材質感で判断できる。Lexington時代の盤はリムが切り落としで、もっとガチガチに硬い。

ブルーノートの場合、住所はオリジナル判定の目安ではあるけど、決め手にはならない。Alfred Lionさんは絶え間なくレコードを供給することを重視していたので、常に材料を在庫して、住所が変わっても使い回した。

完オリ蒐集よりも音質重視の筆者としては、盤の刻印がオリジナルと同じかどうかが大事。耳ありならオリジナルと同じマザーディスクからのプレスで、オリジナルと同じ音が期待できるから。

ただし、Lexingtonに関してはビニールの材質が違うので、所有盤と完オリでは微妙に質感が違う音になっているハズ。

Doug Watkinsはウォーキング・ベースに徹して、低い音を響かせる。ただ55年のRVGだし、ライブ録音だから、あまりベースはクリアでないのは仕方ないところ。


1955年12月  Byrds Eye View


Jazz Messengersの録音セッションなのに、Donald Byrdのリーダー盤として発売されたレコード。

RVG録音だし、基本的には上掲のCafe Bohemiaと同じだけど、ベースの躍動感はずっと良い。ピアノとドラムスが引っ込んで、ベースがぐんと全面に出てきた。弦のしなりまで見えるようで、RVG録音とは思えないようなナマナマしさ。

 


RVGの音はレーベルによって、録音によって全部違う。それがRVGの魅力で、RVGの盤は全部聴いてみたくなる。

ずっと疑問なのは本盤の刻印。A面は手書きRVGがあるのに、B面にはRVGがないこと。

付属のブックレットには、録音エンジニアとしてArnie Ginsburg、マスタリングはRudy Van Gelderとなっているので、A面にRVGを書き込んだあと『オレの録音じゃなかった』と気付いて、B面にはRVG刻印を入れなかったのか?あるいはRVGが入れ忘れただけなのか?

ひとつ付け加えると、フォノイコをRIAAで再生すると、ややショボい感じ。本盤のEQカーブはAESが相応しいと思う。お試しあれ。


1956年5月  Byrd Blows on Beacon Hill


Transitionというレーベルが重視した、ジャズのライブ感が良く出た作品。楽器のバランスも良く、Donald Byrdの3枚の中では一番良い出来だと思う。ただ筆者はByrd's Eye Viewの方が好きだけどね。音が魅力的だから。 

Doug Watkinsは低音域を中心にウォーキング・ベース。彼の演奏は重厚感が魅力だ。

 


ちなみに、本盤のブックレットには『RIAAでの再生をお薦めする』と記載されている。聴感でもRIAAだと思う。

Transitionのオリジナルでは、写真のように波打ったセンターラベルを散見する。これは剥がれてしまったセンターラベルを、澱粉のりで貼り付けると起きる。

化学糊ならこうはならないけど、ビニールに悪影響があるかもしれないと不安で、ついつい澱粉糊を使ってしまう。波打ったものを見たら、剥がれてしまったセンターラベルだな、と見当がつく。

とはいえ、センターラベルさえあれば、価値は下がらない。センターラベルが紛失してしまった盤は大幅に価値が下がる。気を付けてください。


1956年6月  Pairing Off


Doug Watkinsはウォーキング・ベースに徹している。数少ないベースのソロ・パートでも、メロディックに、ゆったりと弦を弾いている。

 


ただ、PrestigeでのRVGは管楽器にフォーカスした音作りをしているのに加えて、本盤の音は素晴らしい仕上がりで、どうしても耳がPhil Woodsにいってしまう。

そうでなくても当時のPhil Woodsは素晴らしく、本盤は全作品の中でも5指に入る傑作。


1956年6月  Saxophone Colossus


説明不要の大名盤。演奏が良いことは言うまでもないけど、何と言っても音が素晴らしい。楽器の生々しさ、バランスの良さ。RVGの最高傑作と言っても過言でない。

どの楽器も魅力的な音で、ベースの音がダメなRVGにしては、例外的にベースが素晴しく、本盤の音質的な魅力を高めている。正直言って聴き飽きているけど、このベースの音が聴きたくて、たまにターンテーブルに乗せる。

図太い低音を響かせるDoug Watkinsの素晴らしさ。RVGはDoug Watkinsの魅力を最大限に引き出した、と言えるのではないか。

 


所有盤はNJアドレスのセカンド。オリジナルと同じマザーディスクから作られているけど、お値段は5分の1。オリジナルは昔から高額で、買えなかった。でもやっぱり無理してでもオリジナルにするべきだったかな?と思う時があるけど、コレクターだった頃でも、その覚悟ができたかどうか、自信はない。

Prestigeのロリンズは1枚1枚音質が違っていて、詳細に聴き較べた。音質に関しては本盤が最も良いと思う。次点はSonny BoyとTour De Force。内容的には差があるけど。


1956年12月  Mad Thad


Thad Jonesがベイシー楽団にいた頃の演奏で、モダンジャズというよりスイングジャズ。ベイシーの流れを汲んでいる。ベイシーがお好きな人には良いレコードだと思うけど、近年ではモダンジャズのファンに人気が高くなっているのが不思議だ。

Doug Wakinsが参加した演奏は半分以下で、ベースの音が貧弱。Doug Watkinsを聴く、という点ではオススメできない。


1957年1月  Kenny Burrell


Kenny Burrellはブルーノート作品の方が迫力があって、出来が良いと思う。もしKenny Burrellを1枚か2枚なら、迷わずブルーノートから選べば間違いない。

でも本作はPrestigeとしてはバランスの良い音で、寛いだ雰囲気の演奏が楽しめて、Doug Watkinsのウォーキングも堪能できる。


1957年1月  Hank Mobley All Stars


Kenny Dorhamの代わりにMilt Jacksonが加わったJazz Messengersの演奏。

ブルーノートのモブレーでは最も人気薄で、比較的安価だった本盤も、近年ではとても買えないお値段になっている。若いコレクターさんは大変だね。

Lexington時代の名残を感じる音質で、ブルーノートならではの硬い音。ただ、Doug WatkinsはRVGの関心がなかったのか、ぼんやりとしている。Doug Wakinsを聴くにはあまり向いていない。

EQカーブは恐らくAES。オリジナルをRIAAで再生するなら、低域を補正してお聴きになってください。もちろん日本盤なら補正済なので、RIAAでいいです。


1957年2月  Olio


ベースの音は極端にボヤけていて、管の音がやたら目立つ。RVGのやりたい放題。音と演奏を現場に任せたPrestigeならではの極端さで、ブルーノートだったらこんな音作りは許されなかったハズ。

それがPrestigeというレーベルの特徴で、音質はRVG次第。傑作録音がある一方で、出来損ないもある。そこが堪らない魅力でもあるので、個人的には許せてしまう。

人間だって完全無欠より、多少の欠点があっても、抜きんでた才能を持っている人物が魅力的なように、Prestigeレーベルに愛着を感じてしまうのは筆者だけではないはず。


1957年3月  Hank Mobley Quintet


モブレーのリーダー盤でも、実質はJazz Messengersの演奏。

Prestigeと比べると、同じRVGでもブルーノートの音はバランスがとれている。ベースの音はあまりクリアではないけど、全体としては音にまとまりがあって、さすがはブルーノートという感じ。

管が演奏の中心に据えられていても、Doug Watkinsのベースラインはしっかり聴こえる。スイングジャーナル誌で紹介されていたRVGのインタビューで、『ブルーノートの音は自分の音ではなく、アルフレッド・ライオンの音だ』と言っていた意味がわかる。

特にDoug Watkinsの個性が良く出ているのがB面最後のスローなブルース曲。

 


彼くらいの実力があれば、もっと技巧を凝らした演奏も出来たはずだけど、低音域を使ったウォーキングで、実にシンプル。これがジャズ・ベースだという主張が聞こえてくるようだ。


1958年3月  Mainstream 1958


Blue NoteやPrestigeの音と比べると、なんともまとまりのない音。SavoyにはBlues-Etteみたいな凄いレコードもあるけど、なんかイマイチな音質のレコードが多くて、好きになれない。

ただ、Doug Watkinsに関しては、しっかり録音されていて低域は魅力がある。Doug Watkinsのウォーキング・ベースを堪能できる。世間ではコルトレーン参加盤として認知されているけど、個人的にはDoug Watkinsを聴くレコード。


1959年10月  Fuego


ミゾなし・耳なしで、セカンド以降のプレス。どうしてそんな盤を買ったかというと、安かったから。3千円だった。

筆者がブルーノートを買っていた頃は、4000番台のほとんどは、一部の例外を除いて3千円~5千円が相場。そのイメージが残っていて、それ以上のお金は出す気になれない。

近年ブルーノートはどれも出世してしまって、どれも高額になっている中で、金欠だった筆者にとって、ニアミントで3千円が魅力だった。RVG刻印はあるとはいえ、耳なしだから音質的にはオリジナルと同じとは思えない。

筆者はJackie McLeanが苦手なので、あまりターンテーブルに載せることはないけど、60年代のジャズとして魅力は放っていると感じる。

肝心のDoug Watkinsは、ハードバップが新しい時代を迎えても、ゆったりとしてウォーキング・ベースを貫いている。これがDoug Watkinsが考えるベースの在り方だったのかな?

 

 



そう考えると、冒頭に挙げたSoulnikの異常さが際立ってくる。あれは一体何だったのか。

Doug Watkinsの気まぐれ?そうだとしたら、そんなのを許したPrestigeは凄い度量だ。

あるいはPrestigeがチャレンジを後押ししたのか?そうだとしたら、Prestigeの先進性を評価したい。いずれにしてもPrestige New Jazzは時代を先取りしたレーベルだったと思う。