近鉄ハイキング「奈良公園から奈良町 歴史と文化コース」その1「興福寺」 | cotsplaceのブログ

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2020年11月15日 日曜日

昨日の朝、弥富を出発し、長谷寺、樫原神宮、吉野山散策を経て、奈良駅前で一泊しました。

今日の予定は、近鉄ハイキングを楽しみましょう。

 

近鉄あみま倶楽部のホームページからマップをダウンロードして、

スマホのアプリでチェックポイントでデジタルスタンプをもらいます。

 

 

奈良観光の玄関口、近鉄奈良駅がスタート地点です。

駅前にある噴水の真ん中に「お坊さん」が立っています。

 

 

東大寺の「四聖」の一人として有名な、奈良時代の僧侶「行基」の像なのだそうです。

 

 

行基像は穏やかな表情を浮かべ、足元には仏花が供えられています。

地元の人の待ち合わせ場所にもなっていて、「行基さんの前で会おうね」と約束するのだとか。

 

 

近鉄奈良駅前からは奈良公園はすぐ近くですね、第一チェックポイントの興福寺に向けて歩きます。

 

 

歩道の両脇に焼き物の塔が立っていました。

 

 

こちらは「いずる月」

 

 

そして、こちらが「さくらうらら」でした。

 

 

2007(平成19)年に建てられた瓦幡で「国際ソロプチミスト奈良-平城」という団体が寄贈したようですね。

 

 

歩道の紅葉もいい感じに染まっています。

 

 

道の向こうに鹿を発見!! あっ、鹿さんだ~

と喜んでいたら・・・・・

 

 

あはは・・・・知らない間に、私のすぐ近くまで来ていましたよ。

 

 

興福寺に到着したので、スマホを開いてデジタルスタンプをば・・・・まだ、エリア外でした。

境内の中じゃないと駄目なのかな。

 

 

参道を進みましょう。

 

 

さっきから視線を感じているのですが、モテ期到来でしょうか・・・・・

やっぱり、鹿にじっと見つめられています。

 

 

きっと、朝食タイムなのでしょうね、餌を持っている人を探しているのだと思います。

 

 

平成30年(2018)に復元された中金堂(ちゅうこんどう)です。

 

 

中金堂は興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物で、創建者は、当時の日本の律令制度をまとめ、藤原氏の栄光の基礎を築いた藤原不比等(ふひと)なのだそうです。

 

 

創建より6回の焼失・再建を繰り返し、享保2年(1717)に焼失した後は財政的な問題により、およそ100年経過した後に町屋の寄進により規模を縮小した「仮堂」を文政2年(1819)に再建したそうです。

 

 

「仮堂」は、長期使用を想定しておらず、急速に老朽化が進んだので、平成12年(2000)に解体されます。

その後、発掘調査を経て、平成22年(2010)の立柱式、平成26年(2014)の上棟式を経て、平成30年(2018)に再建復元されたのです。

 

 

「西国三十三所」の第九番札所として人々の参拝が多い南円堂です。

この堂は弘仁4年(813)藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父の内麻呂(うちまろ)追善のために建立したのだとか。

 

 

古都奈良を象徴する興福寺の五重塔が見えていますね。

 

 

逆光なのでうまく撮ることが出来ませんでした。

 

ここで、近鉄あみま倶楽部のデジタルスタンプをゲットしました。

 

 

境内のいたるところに鹿がいて・・・・

 

 

近づいても驚かないばかりか・・・・

 

 

近くによってきたりします。

 

 

ごめんね!!、鹿せんべいがもう無いのよ~

 

 

もっと買ってあげればよかったかな。

 

 

餌くれ視線が半端ない・・・・・

 

 

鹿に見つめられて、のぼせ上り、紅葉を写すのを忘れてました。

 

 

なので、一枚だけなのよ~

 

これから「浮見堂」へ向けて歩きます。

 

つづく