結果は同じな選択肢 | スローライフ

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息子と娘と夫に囲まれてのんびり丁寧に暮らしています。

息子が1歳の時にアドラー心理学に出会い、紆余曲折あり、大阪に落ち着いて、パセージを学びました。

昨日の電気屋さんでの事。

私はおもちゃを買うためにレジに並んでいました。

レジの店員さんとのやり取りに夢中になり、子供たちのことは見ていませんでした。

夫が子供たちのそばについていてくれていました。


私が振り返ると、ちょうど息子が娘をグーで頭を叩いている場面でした。


私「おっと~…」

息子「…」

私「どうした?何がしたかったの?」

息子「…」


一体、何が起こったのか分かりませんでした。

電気屋さんのハガキを持っていたので、それの取りあいかな?と見当をつけました。

私「ハガキを取られそうになってイヤだったの?」

息子「…」

私「娘ちゃんにダメーと言ったら娘ちゃんはどうなると思う?」

息子「泣く」

私「グーで叩いたら娘ちゃんはどうなると思う?」

息子「泣く」

私「同じやん!」


勝手に話を作ってますね、私…。

子供に聴いたけど返って来なくて待てずにベラベラ(笑)

でもとりあえず答えてはくれています、息子。


私「同じ泣くやけど、我慢しなきゃいけなくて泣くのと、叩かれた!痛い!で泣くのとでは意味が違ってくるよ。ちゃんと言葉で断って我慢してもらって泣いてもらおうよ!娘ちゃんだって我慢することを学ばなきゃいけないしね。」

とかなんとか言った気がします。


息子に言いながら、ホンマや~、そうやわ~と自分が納得したのです(笑)

私は断る時にもやんわり断ったり、ニコニコして断ったり、丁重に断ったり、また我慢を強いられて泣く息子をニコニコして見守れたり、と言うのをとても鍛えられました。

息子もだんだん成長して代替案を私に提示してみたり、時間軸を理解したことであとで頼んでみるなどバリエーションが増えました。

しかし娘はまだまだ泣いて我慢する時期なんだな~と思うと、自然に訪れた我慢する機会をプレゼントしてあげたいなと思うのです。

(今我慢させなきゃ将来大変!とは全く思いませんよ。生きてたら我慢する機会は自然と訪れるからです)


娘は泣き声が大きくて、それをずっと聴くと私もうんざりしてきますが、そうやって改めて思うと泣いて我慢する娘がいとおしくなるものですね。

泣く行為には注目しませんが、我慢している姿には注目して、言葉で言える時を待つかな~。


息子にはまた日を改めて昨日の1件はどうだったのか聴いてみたいと思います。

私の選択肢もどう感じたか、気になるところです。