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智恵子の部屋

しばらくお休みします。

「集まれ仲間達」

第六章・明子さん

 「明日花、あや、起きて」
ミドリ園の201号で、明子はいつものように同室の二人を起こしにかかった。大島明子・小倉あや・北村明日花の三人は4月から同室になった。
「明子さん早いですねぇ」
最年少のあやは、4月に入って来たばかりだ。集団生活にはまだ慣れていないうえ、朝は苦手だ。
「なに言ってるの。もう7時だよ」
「明子さん!あやちゃんまだ入ったばかりなのよ。もっと優しくしなさい」
「明日花、あなた甘いね」
「なによ!」
「やめてくだざい!朝から!」
明子と明日花は唯一中が悪く、喧嘩ばかりしている。あやは二人の板挟みで、どちらの味方でもない。どちらかといぅと明日花の味方だ。
「じゃあ私、トイレに行ってくる」
「あっ私も」
 明日花とあやが出て行ってしばらく後、戸をノックする音がした。
「明子さん、起きてますか?」
夜勤の職員が様子を見に来たのだ。
「内田さんおはようございます」
「おはよう。よく眠れましたか?明日花ちゃんとあやちゃんは?」
「トイレ行きましたよ」
「そう。なにかお手伝いすることない?」
「いいえ大丈夫です」
明子は少しつっけんどんな言い方をした。
「じゃああとでね」

 ミドリ園の隣には作業所がある。平日の日中は施設で作業する人と、作業所へ移動する人に分かれる。明日花は作業所へ移動する。
 「おはよ。一緒に行こ」廊下で新聞を読んでいる有香に声をかけた。明日花と有香はいつも一緒だった。去年は施設でも同室で、喧嘩とは縁がない。
「うん、行こ」
有香は新聞をたたんで立ち上がった。
 玄関を入ると正面に作業室と食堂が並んでいる。作業室には壁に沿って机が並び、ミシンやハサミがおいてある。 明日花は雑巾を縫って、糸を切る作業をしている。隣では通所利用(自宅から通っている)大崎紀彦が布おり、袋入れをしている。
「明日花ちゃん、これよろしくね」
紀彦がきれいにたたんだ布を渡した。
「はーい、ありがと」
明日花はそれを縫って雑巾を作るため、青いカゴに入れた。
「ねえ明日花ちゃん、明子さんのことだけどさ」
明子は施設の清掃作業をしている。
「同じ部屋だろ?仲良くしてる?」
「出来る訳ないよー。あやちゃんにもひどいこと言うんだよ。毎日喧嘩」
「だよね。僕も一緒に仕事してた時、よく喧嘩した」
明日花がやっている仕事、以前は明子がやっていた。明子は作業が早い人だった。
「ちょっと!もっと早くやってよ!」
「そんなこと仕方ないやろが!」
と、よく喧嘩しながらやっていた。
「二人とも仲良く出来んの?」
困った職員は二人を引き離したが、結果は同じ。明子は誰とでも喧嘩した。作業が替わったのは、そのためでもあるのだろう?
「あーあ嫌だなー。今夜は明子さんと二人だもん」
「そっかー、今日金曜日だもんね」
金曜日になると比較的障害が軽い利用者は家に帰る。明日花は家族の事情でめったに帰れない。
 明子と二人の時、202号や203号で過ごしている。夕食後、
「由美ちゃんのところに行って来ます。明子さんも行きますか?」
明日花は明子に告げた。
「私はいい」
明子はそっけない。
「あっそう。じゃーね」


つづく....

「集まれ仲間達」

第五章・フクジュソウ

「おっはよー!」
元気な声が飛んできた。
「おっユウくん今日も元気だね」
「先生、クルミはどこ?」
「クルミちゃんまだだよ」
「えー遅いなー」
ここは(福寿草)という託児施設。朝7時30分出勤してきた北村彦太(職員)と、朝食のため出て来た島田優一(利用者)が話している。優一は昨日からこの施設に預けらている。
宿泊施設と共同施設とは、お庭を囲んで直角になっている。食堂へ行くにはいったん外にでなければならない。5月とはいえ小雨が降る肌寒い朝だ。ところが優一は半袖1枚だ。
「ユウくん寒くないか?」
「ううん平気!」
「そっか。さすが小学生。でも何か着た方がいいよ。濡れちゃうぞ」
「じゃーさー、食堂行けばいいじゃん」
と彦太の手を引っ張る。優一の手はひんやりしている。少し心配だが、仕方なく食堂へ向かった。

「あっ、ユウくんやないか!ここに泊まってるのか?」
朝食を済ませ外に出ると、上級生の茂が立っていた。ジャンバーを羽織っているが寒そうだ。
「そうだよ。茂くんも?」
「僕はちょっと寄っただけだよ。クルミちゃん一緒なんだろ?」
優一とクルミはいつも一緒の仲良し双子である。
「うん一緒だよ。荷物取りに行った」
「ユウくん今日は雨だぞ。寒くないか?」
「ほーらねお兄さんも心配してるよ。上着着な」
たまたま通りかかかった彦太が口を挟んだ。
「わかったよ。持ってくるよ」
優一は部屋へ走って行った。その後ろ姿が消えると、彦太は茂に向き直った。
「やあ茂くん元気か」
「はい元気です。ユウくんどうして止まってるんですか?」
ユウくんとクルミちゃんの両親は出張中なんだよ。昨日から泊まってる。ところで学校はどうだい?」
「楽しいです。卒業したくないくらい」
「そっか。もう6年生だもんな」
二人が話していると、クルミが戻って来た。
「あっ茂さん、北村先生、おはようございます。お兄ちゃんは?」
クルミは双子の優一より、大人っぽく見える。それなのにお兄ちゃんと呼んでいる。
「ユウくんは荷物取りに行ったよ」
「クルミちゃん大きくなったなー」
茂はじーっとクルミを見て、話しなど聴いていない。
「そうかなー。まだまだ子供よ。お留守番出来ないもんね」
「それでも大人だよ。ユウくんよりね」!
彦太は皮肉っぽくそう付け加えた。
「でもどうしてお兄ちゃんなの?双子でしょ?」
「小さい時からそう呼んでますから。理由はわかりません」
「そっか。あの子が呼ばせたんだろう?」
言ってからしまったと思った。優一が走って来たからだ。
「お待たせ!これならいいでしょ?」
半袖の上にジャンバーを羽織ってきた。
「じゃあ行こっか」
それぞれ傘を持ち出掛けて行った。


つづく....


「集まれ仲間達」

第四章・駅弁のおばちゃん


 ガッタンゴットン

A駅のホームに電車が入って来た。それを合図に駅弁コーナーで、店員の女性がお弁当を袋に入れた。
「そろそろあの人が来る頃だわ」
その5分後、スーツ姿の男性が入って来た。
「おはよう。そろそろだと思ってましたよ。はい、いつもの味噌カツ弁当」
「さすがおばちゃん、よくわかるね」
「そりゃあんた、馴染みの客ですから」
この男性は半年ほど前から8時10分着の電車で店に通っている。近くの工場で働いているらしい。まだ若い男性は、背が高く少し太っている。名前は斎藤正明という。
「でもあんた、毎日同じもの食べて飽きまへんか?」
「平気ですよ。好きですから」
「でもねぇ、よくないですよ」
客の体は心配だ。それでも売れるのは嬉しい。
「たまには別のも買ってくださいよ。美味しいんですから」
「そうですか。ではまた」
弁当を受け取り、去って行く正明を見送りながら、店員は思った。
「あの人ほどわかりやすいお客さんはいないわ」

 この店員は北村美花(みか)という。この物語に始めから登場している、春花の母親だ。花と子供が好きで、以前は児童福祉施設に務めていた。そこで知り合った夫、彦太と結婚した。結婚後、施設を退職し。長女を出産。続いて長男・次女・次男にも恵まれた。次女が2歳の時ここで働き始めた。いろんなタイプの客を見てきた。同じものばかり買う人もいれば、常に違うもんものを求める人もいる。仕事の昼食に買う人もいるし、旅行の途中で買いにくるひともいる。美花は店に来るた客に、必ず声をかけた。
 あるときは旅行途中の女性がやってきた。
「いらっしゃい。どこかお出かけですか?」
右手に旅行カバン、左手に買い物カゴを持った女性がビックリして振り向いた。「えっ! あのー 三重県のおばさんちまでーー行きます」
戸惑いながら答えた。
「三重県 遠くまで行くのね。1人で?」
「はい」
うちの娘や息子達と同じ年頃だろうか? しっかりした感じの娘だなと美花は思った。
「ところで何を買いますかね?」
「あの えーっと」
娘はまた口ごもった。どうやって答えたら良いかわからない様子だ。食べたいものがわからないのか、お店に何かあるかがわからないのか? なかなか答えないので、美花は心配になって聞いた。
「お嬢ちゃんは何がお好きですか?」
「あのー とろろとかそぼろ、ありますか?」
遠慮がちに聞いた。
「ごめんなさいね。とろろはないの。そぼろならありますよ」
「じゃあそれください」
「はい。2000円ね。気をつけて行ってらっしゃい」
袋を手渡しながらそう言って、客の背中を見送る。それが身についていた。

 またある時は、40代の女性がやってきた。仕事の帰りだろうか?通勤バックしか持っていない。
「いらっしゃい。お仕事の帰りですか?」
いつものように声をかけた。すると振り向いた女性は、怪訝な顔をしながらも立ち止まった。
「いいえ、今日はお休みです。これから友達と待ち合わせなのよ」
少し目つきがきつく、生意気な感じの女性だ。
「1年ぷりにね」
「へー、楽しみですね」
「まあね。2人でお弁当食べるの」
初対面から馴れ馴れしい。そういう性質なのか? 美花は一生懸命笑顔を保っていた。
「私、中華が好きなの。なにがいいかしら?」
「そーですねー。マーボー丼いかがですか?」
「あら、私辛いの苦手よ。」
「ではギョウザは?」
しかし女性はフンと鼻を鳴らし
「やーねー、これじやー足らないわ!」
と突き返す。
「ではお友達はなにがお好きですか?」
(この女自分のことばかり話して、相手のことはどうでもいいのか)そう思い、美花は訪ねた・・・
「あの子はバスタかしら。ソーダ!駅前のイタリアンにするわ」
というなり店を出て行く。
「あーそーでずか...お好きにどうぞ!!」
その背中に美花は思わず叫んだ。
「美花ちゃん、ちょっとおせっかいじゃありませんか?」
同僚が寄ってきて、なだめるように言った。
「そうですかね?」
「そうですよ。だからあーいう人に引っかかるんですよ」
確かにそうかもしれない。
しかしはるか年下の子に言われたくはない。
「あの人、友達とうまくいってんのかしら?」
「さーね。私帰るから、さきちゃんあとはよろしく」
「うん、また明日」
美花は子供の世話をするため、3時30分までの勤務だ。

 「お母さんおかえり」
家に着くと末息子の秋彦が祖父母の家から飛び出してきた。 仕事でどんなに辛いことがあっても、家に帰ればホッとする。家族っていいなー 美花はいつも思った。

つづく....