「集まれ仲間達」
第四章・駅弁のおばちゃん
ガッタンゴットン
A駅のホームに電車が入って来た。それを合図に駅弁コーナーで、店員の女性がお弁当を袋に入れた。
「そろそろあの人が来る頃だわ」
その5分後、スーツ姿の男性が入って来た。
「おはよう。そろそろだと思ってましたよ。はい、いつもの味噌カツ弁当」
「さすがおばちゃん、よくわかるね」
「そりゃあんた、馴染みの客ですから」
この男性は半年ほど前から8時10分着の電車で店に通っている。近くの工場で働いているらしい。まだ若い男性は、背が高く少し太っている。名前は斎藤正明という。
「でもあんた、毎日同じもの食べて飽きまへんか?」
「平気ですよ。好きですから」
「でもねぇ、よくないですよ」
客の体は心配だ。それでも売れるのは嬉しい。
「たまには別のも買ってくださいよ。美味しいんですから」
「そうですか。ではまた」
弁当を受け取り、去って行く正明を見送りながら、店員は思った。
「あの人ほどわかりやすいお客さんはいないわ」
この店員は北村美花(みか)という。この物語に始めから登場している、春花の母親だ。花と子供が好きで、以前は児童福祉施設に務めていた。そこで知り合った夫、彦太と結婚した。結婚後、施設を退職し。長女を出産。続いて長男・次女・次男にも恵まれた。次女が2歳の時ここで働き始めた。いろんなタイプの客を見てきた。同じものばかり買う人もいれば、常に違うもんものを求める人もいる。仕事の昼食に買う人もいるし、旅行の途中で買いにくるひともいる。美花は店に来るた客に、必ず声をかけた。
あるときは旅行途中の女性がやってきた。
「いらっしゃい。どこかお出かけですか?」
右手に旅行カバン、左手に買い物カゴを持った女性がビックリして振り向いた。「えっ! あのー 三重県のおばさんちまでーー行きます」
戸惑いながら答えた。
「三重県 遠くまで行くのね。1人で?」
「はい」
うちの娘や息子達と同じ年頃だろうか? しっかりした感じの娘だなと美花は思った。
「ところで何を買いますかね?」
「あの えーっと」
娘はまた口ごもった。どうやって答えたら良いかわからない様子だ。食べたいものがわからないのか、お店に何かあるかがわからないのか? なかなか答えないので、美花は心配になって聞いた。
「お嬢ちゃんは何がお好きですか?」
「あのー とろろとかそぼろ、ありますか?」
遠慮がちに聞いた。
「ごめんなさいね。とろろはないの。そぼろならありますよ」
「じゃあそれください」
「はい。2000円ね。気をつけて行ってらっしゃい」
袋を手渡しながらそう言って、客の背中を見送る。それが身についていた。
またある時は、40代の女性がやってきた。仕事の帰りだろうか?通勤バックしか持っていない。
「いらっしゃい。お仕事の帰りですか?」
いつものように声をかけた。すると振り向いた女性は、怪訝な顔をしながらも立ち止まった。
「いいえ、今日はお休みです。これから友達と待ち合わせなのよ」
少し目つきがきつく、生意気な感じの女性だ。
「1年ぷりにね」
「へー、楽しみですね」
「まあね。2人でお弁当食べるの」
初対面から馴れ馴れしい。そういう性質なのか? 美花は一生懸命笑顔を保っていた。
「私、中華が好きなの。なにがいいかしら?」
「そーですねー。マーボー丼いかがですか?」
「あら、私辛いの苦手よ。」
「ではギョウザは?」
しかし女性はフンと鼻を鳴らし
「やーねー、これじやー足らないわ!」
と突き返す。
「ではお友達はなにがお好きですか?」
(この女自分のことばかり話して、相手のことはどうでもいいのか)そう思い、美花は訪ねた・・・
「あの子はバスタかしら。ソーダ!駅前のイタリアンにするわ」
というなり店を出て行く。
「あーそーでずか...お好きにどうぞ!!」
その背中に美花は思わず叫んだ。
「美花ちゃん、ちょっとおせっかいじゃありませんか?」
同僚が寄ってきて、なだめるように言った。
「そうですかね?」
「そうですよ。だからあーいう人に引っかかるんですよ」
確かにそうかもしれない。
しかしはるか年下の子に言われたくはない。
「あの人、友達とうまくいってんのかしら?」
「さーね。私帰るから、さきちゃんあとはよろしく」
「うん、また明日」
美花は子供の世話をするため、3時30分までの勤務だ。
「お母さんおかえり」
家に着くと末息子の秋彦が祖父母の家から飛び出してきた。 仕事でどんなに辛いことがあっても、家に帰ればホッとする。家族っていいなー 美花はいつも思った。
つづく....