知財高判平成19年9月12日・平成19年(行ケ)第10007号審決取消請求事件
                        (燃料電池用シール材の形成方法)

                                       
2 相違点1の容易想到性についての審決の判断
   審決は相違点1と相違点2とはいずれも当業者が容易に想到することができると判断して本件訂正発明1の進歩性を否定しているが、審決が相違点1を容易想到と判断する理由は下記のとおりである。
     「本件訂正発明1の『セパレータ』の材料である『カーボングラファイト』が『グラファイト(黒鉛)』のみからなるものであるのか、グラファイトと樹脂との混合物であるのか明らかではない。本件訂正明細書の発明の詳細な説明には具体的な記載もない。発明の詳細な説明にその材料の具体例も記載されていないことからすれば、本件訂正発明1の『カーボングラファイト』は、燃料電池のセパレータ材として本件出願当時に燃料電池用セパレータとして周知慣用されていた『グラファイト(黒鉛)』のみからなるもの又は『グラファイト』と『樹脂』の混合物からなるものと認められる。
     なお、後者は、前者よりも割れにくいことが知られている。
     他方、引用発明のセパレータは金属製であるが、燃料電池のセパレータとして金属製のものも『カーボングラファイト』製のものも周知慣用のものであって、いずれの材料のものであっても電解質膜との間のガスの漏洩を防止する必要があるものであり、比較的肉厚の薄い薄膜のシール材として組み入れようとするときに、薄膜上にシワ、薄膜同志で密着し剥がしづらくなる等の作業性の問題が生じることも同じである。そのような問題を解決できる引用発明の成形一体化方法におけるセパレータとして金属製のものに代えて同様の課題を有する周知慣用の『カーボングラファイト』製セパレータのとすること、すなわち、相違点1に係る本件訂正発明1の発明特定事項とすることは、当該燃料電池の分野の周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想到することができたと認められる。」

3 相違点1は容易想到であるとの審決の判断に対する当事者の主張
  (1) 原告の主張
     原告が主張する相違点1が容易想到であるとの審決の判断が誤りである理由は、下記のとおりである。
      ① 引用発明は、射出成形を前提とするものである。
      ② グラファイトと樹脂の混合物とからなるセパレータ のほうがグラファイトからなるセパレータよりも破損しにくいとしても、グラファイトと樹脂の混合物とからなるグラファイトの強度は射出成形に十分耐えるものであるとはいえず、当業者がインサート可能であると認識していたとはいえない。
      ③ インサート射出成形方法では、高圧で射出される射出材料をキャビティに封入するため、射出圧を超える圧力でインサートを金型に挟み込んで型締め固定する。特に、引用発明では、インサートするセパレータ上にシールが形成される領域とシールが形成されない領域が混在するように射出成形する必要があるため、シールを形成する金型の端面をセパレータに直接押し当てて、その押し当て部位から高圧の射出材料が漏れ出さないように強く押さえつける必要がある。そこで、金型の端面を射出圧に負けないだけの強い力でセパレータに押し付けるとともに、シール形状の境界部から射出したゴム溶液が漏れ出さないようにシール形状の境界部に集中してその型締め力をセパレータに作用させる必要がある。このような引用発明の射出成形に、グラファイトと樹脂の混合物とからなるセパレータをインサート成形しても容易に破損する。
      ④ したがって、引用発明において、金属製セパレータに代えてカーボングラファイトセパレータを用いることには技術な阻害要因があるから、当業者であれば、引用発明においてカーボングラファイトセパレータを適用することは想到し得ない。
     上記のとおりの原告の主張は、金属製セパレータとカーボングラファイトセパレータとに課題の共通性があるから相違点1は容易想到であると結論づけた審決の判断が誤りであると主張するものではなく、両者に課題の共通性があるとする審決の判断を前提としたうえで引用発明にカーボングラファイトを適用することには阻害要因があるから相違点1は容易想到ではないとして、相違点1が容易想到であるとした審決の判断を争うものである。
  (2) 被告の主張
     被告が主張する相違点1が容易想到であることの理由は下記のとおりである。
      ① 燃料電池のセパレータ材してカーボングラファイトを使用することは、本件特許の出願時に周知慣用の技術である。
      ② カーボン系のセパレータに液状シリコーンゴムを射出成形し、セパレータに一体的にゴムパッキングすることは、本願特許出願以前に検討されていた発明である。
     上記のとおりの被告の主張は、引用発明にカーボングラファイトを適用することに阻害要因があるとの原告の主張に反論するものではなく、課題の共通性のために相違点1は容易想到であるとする審決と同一の立場とにたった主張である。