タイトルは全くちがいますが、
先日の怖いフェイスブックの続きです。
↑ではただフェイスブックが怖いよ怖いよー!と書いたのですが、
なぜに怖かったのか考えてみました。
ネット上でのプライバシーの拡散、もし冤罪だったら、、という単純に怖い問題もあるのですが、
ゾッとして鳥肌が立った理由はこれじゃないかと。
王蟲!!怒りに我を忘れているんだわ。
拡散を始めた女性は
Stand up against racism と誇らしげにフェイスブックに書いています(私でも見れてしまうところがまた怖い)。
確かに勇気のいる行動だと思うし、間違いなく彼女はいい人なんだろうと思う。
私たちのような外国人の友達になってくれるような人は、人種差別発言をする女性ではなく、この正義感ある女性でしょう。
拡散をした人たちも、正義感のある良い人たちなんでしょう。
だから余計怖い。
人種差別発言はダメだとしても、彼女の受けた罰は罪の重さに見合っていますか?
拡散した人は人一人の人生を壊した責任とれますか?
職を失った(と仮定しています)彼女が銃を手にすることは簡単なアメリカ社会。
失うものがなくなった人間ほど怖いものはありません。
拡散を始めた人、ビデオの黒人男性、次々に素性をネット上に暴露していった人、彼らの名前も同じようにフェイスブックにさらされています。
この人たちは身の危険を感じないのかな。。
私だったら怖い。
だから勇気のある行動といえば行動です。
でも、拡散した人達の目的が人種間の和解(相互理解の促進?)だとしたら、今回の結果は逆効果じゃないかな。
今回の出来事で差別発言の彼女は黒人を憎むことをやめるかな?
私は、より憎むようになったと思います。人種差別反対を唱える社会のことも。
思うのは、人種差別を含むあらゆる差別をなくすには、
結局はお互いの理解を深めるしかない、ってこと。
「人種差別だ!○○差別だ!」ってレッテルをはって、発言の口を塞いでしまうのは、
「人種差別発言」の撤廃には寄与するかもしれないが、「人種差別」の撤廃にはならない。
むしろ、「人種差別主義者」とレッテルを貼られることを恐れたマジョリティの中で、静かな怒りが、より深い差別感情が燃え続けるだけだと思う。
マジョリティは「触らぬ神に祟りなし」とマイノリティを疎むでしょう。そうなるとまた悪循環。
「人種差別発言だ!racistだ!許せない!!」
と走り始めた善意の集団は、
王蟲の子どもを跳ね飛ばして走り続ける。
本来の目的を忘れて走る。
最終的に、怒れる王蟲を止められるのは、全てを焼き尽くす巨神兵ではなく、
身を投げ出して王蟲の子どもに寄り添おうとしたナウシカだけ、という。。
日本も似てきている気がしますが、
最近のアメリカの人種差別を含む、political correctness を旗印に発言を封じ、一言でも間違えた人達を社会的に抹殺しようとするような雰囲気は、
ナウシカの世界でいう、
腐海が広がる、
ような印象を受けます。
王蟲が暴走し、更に腐海が広がる、
人はマスクなしでは腐海では生きられない。。
腐海は世界を浄化するためにあるのだけれど。。
Political correctness を旗印にした人達を一蹴してきたトランプが当選した理由がわかるような気がしてきました。
果たしてトランプは
巨神兵かナウシカか。。
例えとしてどうかはわかりませんが。。
いや、宮崎駿はすごいですね。
ナウシカ、ぜひ原作を読んでみてください。
映画よりももっと深い世界が広がっています。
ちなみに、トトロ、こちらでも人気です。
図書館のイチ押し図書になってました