「別に名称なんてほぼ同じなんだからいいんじゃないの?」
「大丈夫じゃない。問題だ」
前述したとおり法解釈に私情は挟めないというのはこのことです。改正後と改正前の比較には旧名称を用いることがありますので、少しややこしいですがご勘弁ください(私も理解しようと必死で頭がパンクハザードしてます

第1章 総則(第1条~第5条)
さて、第1条はこの法律の目的が書いてあります。「どんな法律を学ぶ場合でも、まずは第1条を見よ」とはまさにその通りでして、この法律が誰のために、どのような目的で作られたのかが記載されております。そして精神保健福祉法では以下のように書かれています。
(この法律の目的)
第1条 この法律は、精神障害者(※1)の医療及び保護(※2)を行い、障害者自立支援法(※3)
(平成17年法律第123号)と相まつてその社会復帰の促進(※4)及びその自立と社会経済活動への参加の促進(※5)のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健(※6)の向上を図ることを目的とする。
解釈を必要とする部分には、便宜的に※印をつけてみました。特に別の条文や法律との関連があるものには赤字で、言葉の意味合いを深めるものには青字に色分けを施しています。実際の条文には※印はついていませんのでご注意を。。。
(※1)精神障害者…この後に出てくる第5条の「定義」に絡んできます。精神保健福祉法において精神障害者を定義しているのは第5条のみ、就中、精神障害者を定義しているのはこの法律のみです。
(※2)医療及び保護…精神保健福祉法は昭和25年制定の精神衛生法が根幹であり、この言葉は精神衛生法から引き継いだものです。歴史の方でも触れましたが、当時の精神障害者に対する風潮は「精神科病院に入院させる」ことです。意味としては「入院」で合っていますが、後に続く言葉と相まって使用されなければなりません。
(※3)障害者自立支援法…平成17年に制定された法律で、「障害者基本法の基本的理念に基づき、障害者や障害児がその持っている能力と適正に応じ、自立した日常生活、社会生活を営むことができるよう必要な障害福祉サービスの給付などの支援を行うことにより、障害者等の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず人々がお互いに人格と個性を尊重し、安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする」(同法第1条関係)ものです。同法と密接に関連していることを規定したものです。
(※4)社会復帰の促進…昭和62年改正の精神保健法に規定されたもので、ここでは「退院して社会の中で暮らすようになること」を意味しますが、これだけでは言葉足らずです。条文には続きがあるので、さらに解釈を加えていきましょう。
(※5)自立と社会経済活動への参加の促進…一言でいえば、W.ヴォルフェンスベルガーがバンク-ミケルセンやニィリエらの「ノーマライゼーション理論」を、アメリカで独自に体系化した新たな中核理論である「ソーシャルロールバロリゼーション(社会的役割の実践)」のことです。要するに「障害者だから可哀そう。なんとかしてあげる」という考え方ではなく、障害者にも社会の中で役割がある──いわゆる障害者の“価値下げ”を無くし、一人の価値ある人間として社会の中に加わっていくことに貢献していく──単に医療及び保護、社会復帰を目指すのだけではなく、自立と社会参加を図っていくことが、精神障害者についても規定されることになりました。
⇒なぜ“精神障害者にも”なのか。昭和56年には国連により「国際障害者年」が、昭和58年には「国連・障害者の10年」が設定されました。これにおいて障害者は、その社会の生活と発展に全面的に参加し、他の市民と同様の生活条件を享受し、生活条件向上の成果を等しく受ける権利を持つというスローガンを掲げます(完全参加と平等)。日本で精神障害者が身体や知的障害者と同じラインに位置付けられたのは前述したとおり平成5年になってからです。1980年代に障害者施策全般の進展がみられる中で、精神障害においてもその対象に含むべきだと認識され始め、1997年にようやくこの法律の中で規定されることになったのです。
(※6)精神保健…これ以前に用いられていた精神衛生(mental hygiene)は、精神障害の予防と治療を主な目的として、発生予防、早期発見、再発予防、リハビリテーションを含むものとされています。昭和62年に代わって登場した精神保健(mental health)は、精神衛生の諸目的を内包しつつ、一般健常人の精神的健康の保持・向上を含むものであり、「精神衛生」よりも概念的に広義の意味として用いられるようになっています。
さて、ここまでが第1条の解説になるわけですが、如何せん打ち込んでいる私のメンタルヘルスが脅かされつつあるという(笑)
ちなみにここまでまとめ上げる(文書校正なども含む)までに8時間を要しました。なかなか集中力のいる作業です。では…次にいきますか。
(定義)
第5条 この法律で「精神障害者(※1)」とは、統合失調症(※2)、精神作用物質による急性中毒(※3)又はその依存症、知的障害(※4)、精神病質(※5)その他の精神疾患(※6)を有する者をいう。
すみません、いきなり第5条まで飛びましたが、1000頁を数時間で一気読みするほど私のメンタルは優れていないので、まずは要所要所を捉えておくことにします(HTMLが許容を超えない範囲で逐次つぎ足します)。
(※1)精神障害者…この定義では、精神障害者とは、「精神疾患を有する者をいう」という医学的概念で規定されています。そもそも「精神疾患」という言葉自体が医学上で、精神上、心理上及び行動上の異常や機能障害によって、生活を送る上での能力が相当程度影響を受けている状態を包括的に表す用語として、定着しています。
(※2)統合失調症…平成17年改正時に「精神分裂病」という名称から「統合失調症」へ改められました。
(※3)精神作用物質による急性中毒…精神科医療の対象となる疾病を指すものであり、アルコール性中毒のように内科的治療の対象となるものは該当しません。これは国際疾病分類(ICD-10)の診断基準に合わせています。
(※4)知的障害…「知的障害」については、昭和25年の精神衛生法制定当初から、本法の精神障害者の定義に含められています。知的障害者は、知能の障害により周囲との意思疎通や感情表現等の障害が見られ、中には、突発的な衝動行動等の為に精神医療を受けることが必要になる者もあるため、当初から精神衛生法の対象として規定されてきました。
知的障害者に対する福祉施策については、昭和35年に精神薄弱者福祉法(現・知的障害者福祉法)が制定され、精神衛生法は、医学上の見地から医療及び保護を行うものとされました。現在は本法の一部の条文(手帳制度など)について、知的障害者は対象外となっているものもあります。
厚生労働省が平成12年に発表した「知的障害者(児)基礎調査」において「知的障害」とは、
①知的機能の障害がおおむね18歳までにあらわれる
②知能指数(IQ)が70以下
③同年齢の他者より日常生活能力が低い
とされましたが、未だ法的な位置付けはされていません。
(※5)精神病質…近年の医学上は「人格障害」という用語が用いられていますが、同一文化の中の平均的な人間の思考、感情、人と接する態度等のパターンからの極端な乖離が、一定のパターンで根深く存在しているもので、幼児期から青年期に出現し、成人期になっても持続するもので、このために自ら悩んだり、社会が悩まされたりする精神疾患です。
国際疾病分類(ICD-10)においても「成人の人格及び行動の障害」が掲げられているため、精神保健福祉法の対象としています。
(※6)疾患と障害の違い…本法による精神障害者の定義は、精神疾患を有する者(mentally disordered)という医学的概念で捉えているとは前述したとおりです。一方、障害者基本法第2条では「障害者」を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」とし、この意味での精神障害者(mentally disabled)は、生活能力の障害やハンディキャップに着目して援助を行う福祉施策におけるとらえ方です。
この二つの概念はどちらも「精神障害」と同じ意味でつかわれるため、精神障害者の「医療」と「福祉」の関係を明確に整理しておく必要がありました。ただし一つの法律で、一つの用語に二つの定義を置くことはできないものであり、精神疾患に着目した概念の方が、対象者を広い範囲でカバーできるので、法律上では「精神障害を有する者」ではなく「精神疾患を有する者」としています。