スマートフォンというのは便利なものである。最初はほとんど空っぽの状態で電話なのかパソコンなのかわか
らないものを渡され、自分が必要な機能を、インターネットや携帯電話会社が運営するマーケットからアプリケー
ションをダウンロードすると、自分好みの便利ツールに変身する。
千紗も、今日スマートフォンを買ってきたばかりだ。
まわりの友人のなかで、いまだにスマートフォンを持っていないのは千紗だけだったので、前の携帯電話の二
年契約が完了すると、すぐさま買い換えた。これで、みんなと同じだ。
とはいえ、買ってきたばかりのスマートフォンはただの電話の昨日ぐらいしか使えない。自分流にカスタムしな
ければならないのだ。千紗はまず、音楽プレイヤーのアプリケーションをダウンロードした。それからソーシャル
ネットワークのアプリに、ゲーム、着うたなど、思いつくものは片っ端からダウンロードし、他の友達が持っている
アプリケーションはほとんど揃った。
「これでこそスマートフォンだわ」千紗は満足げだ。
さあ、あとは自分の好みのアプリケーションでも探してみようかな、と千紗はまたマーケットを覗いた。これでス
マートフォンをいじりだして六時間ほど経過した。
いくつかのくだらないアプリケーションをダウンロードし、今日はこれぐらいにしておこうかな、というところで、千
紗は気になるアプリケーションを見つけた。
『未来予報アプリ』と書いてある。製作者は「GOD」と書いてある。
説明を見るとどうやら占いのようなもので、その日、自分に起こることを天気予報のような形でお知らせしてくれ
るらしい。プレビューのところには「今日、あなたが好みの異性に出会う確率60%」などと書いてある。
「面白そうじゃん。でもGODなんて罰当たりな」
千紗は未来予報アプリをダウンロードして、その日はスマートフォンをいじるのをやめた。
翌朝、千紗は目を覚ますと、すぐにスマートフォンを手に取った。念願かなった自分だけの愛機だ。愛おしくて
たまらない。
愛機はメールを二件受信していた。
一件は友達の菜月からで、「スマートフォンの調子はどう?」といった内容のメールだった。
そしてもう一件。未来予報アプリからだった。
『今日のあなたの一日。晴れのちくもり
何らかのトラブルに巻き込まれる確率、70%。出血する確率、
30%』
「何よこれ。何らかのトラブルって。縁起でもない。しかも出血まで……」
千紗が予報してほしいのはこんな不吉なものなどではなかった。もっと「彼氏ができる確率」とか、せめて「友
達とけんかする確率」ぐらいにしてほしいものだ。
千紗は不安に駆られながらも支度をして家を出て大学に向かった。
未来予報アプリは見事に的中した。
通学にしようする電車が途中で事故を起こし、ダイヤは大きく狂って、駅は通勤通学できない乗客たちでごった
返した。
「もう最悪」と言って千紗がふてくされていると、ぽんと肩を叩かれた。
「よう。千紗もここで待ちぼうけか」
高志だった。彼は千紗と同じ研究室の仲間で、千紗がひそかに思いを寄せている相手だ。
高志は千紗の座っているベンチの横に腰かけ、千紗は「ラッキー」と心の中でつぶやいて彼との時間を過ごし
た。そしてスマートフォンに買い換えたことを彼に告げると、彼が「じゃあ友達リクエストしておくよ」と言って、ソー
シャルネットワークでのつながりを持つことができた。
その夜。千紗はうきうきしながら料理を作っていた。
「今日の料理の写真をアップしてかわいい女をアピールしよう」などと考えながらにやついていると、包丁で人差
し指を軽く切ってしまった。指先から真っ赤な血が流れる。
「出血する確率30%」と千紗はつぶやいて、ぶるっと身震いした。「何なのこれ。当たりすぎじゃない?」
千紗は気味が悪くなって、未来予報アプリをスマートフォンから削除しようとした。
すると「エラー。インターネット起動中はアプリケーションを削除できません」と表示され、削除できない。何度も
いろんな方法を試してみたが、どうしても削除することができなかった。
「何よこれ。まあまだスマホにして二日しか経ってないし、使いこなせるようになったらすぐに削除しよ」
千紗はとりあえず未来予報アプリのことは忘れて、高志とソーシャルネットワーク上でチャットで盛り上がり、夜
を更かした。
翌朝、眠い目をこすりながら千紗はスマートフォンに手をのばす。メール受信が1件。
『今日のあなたの一日。雨ところにより、大雨が降り、洪水になる恐れがあるでしょう。嫌な人に嫌なことを言
われる確率100%。大けがをする確率80%」
つづく。