まだ二十代そこそこのころ、私は事故で親友だった男を亡くした。
私は葬儀に向かう途中で、行きつけの喫茶店「ラファエル」に入った。どうしてもまっすぐ式場に向かう気分には
なれなかったからだ。
「いらっしゃい」
ドアを開けると、マスターの上村さんはいつもの少しはにかんだような笑顔で迎えてくれた。私がいつもどおり、
カウンター席に腰かけると上村さんが言う。
「あいつ、死んだんだってな。今から葬式行くのか?」
「はい。でもなんかよくわかんなくなって。どうしたらいいのか」
上村さんは私たちと同じ中学の二つ上の先輩で、もちろん親友のことも知っていた。むしろ、この店を紹介して
くれたのもその親友だった。
「だろうな。気持ちがわかる、なんて軽々しく言えないけどさ」
そう言うと上村さんは、私がいつも飲むブレンドを作り始めた。ラファエルのコーヒーは三つ穴式のペーパードリ
ップで抽出する。上村さんいわく、「効率と、クオリティを配慮した、最善の妥協点」だそうだ。彼はドリッパーに濾
紙をセットすると丁寧に湯通しし、豆を入れ、その上に置くように優しく最初のお湯を注いだ。
豆が徐々に膨らんでいき、膨らみきったところで二回目の注湯に入る。ゆっくり、じっくりと「の」の字を描きなが
ら抽出を続ける様をぼんやりと見つめながら、私は親友のことを思い出していた。
昔から無茶ばかりして、周囲の人に散々迷惑をかけた。私だってその一人だ。彼が何か問題を起こすたびに、
仲裁に入ったり、その後の彼の心のケアみたいなものもしなければならなかった。
高校を卒業したあたりからは本当に手をつけられなくなり、私もだんだんと疎遠になりつつあったのだけど、ひ
ょんなタイミングで再会したりして、かろうじて関係がつながっていた。
最後に会った日もそうだった。
街で偶然会って、一緒に酒を飲んだ。彼は最近自分の身の回りに起こった出来事を、詳細に教えてくれた。
父親が再婚相手と離婚したこと、仕事をクビになったこと、付き合っている女にフラれたこと。よくもまあ、そんな
に悪いことが続くなと思ったが、彼の人生においてはそれが普通だった。
泥酔した彼は帰りの道中で、見知らぬ女に声をかけたかと思うと、不意にその女にラリアートをくらわせてその
場を立ち去ってしまった。
翌朝、彼が飲酒運転の末、事故を起こし、帰らぬ人になったという知らせを聞いた。ショックである反面、まあ仕
方ないなという思いもあった。
上村さんがブレンドを抽出し終えて、私の前に出してくれる。私はそれを飲みながら店内に流れるBGMに耳を
傾けた。カーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」が流れていた。
中学の時、ドラマの主題歌になってカーペンターズがちょっとしたブームになったとき、よく彼と二人で聞いた曲
だ。電話しながらどっちがうまく歌えるか競い合って、受話器越しに二人で歌ったりしたこともある。今から考える
とおかしな光景だ。
考えてみると、彼は少しもあの頃と変わっていなかった。自分のやりたいことして、自分が思ったことをすべて
私にさらけ出し、気に入らないことがあると暴れて無茶をして、結局二十代そこそこで死んでしまった。バカなや
つだ、本当に。でもいくらバカでもまだ死ぬような年齢じゃないだろう。
上村さんは空になった私のコーヒーカップを下げて、新しいコーヒーを私の前に出した。
「飲めよ。これは俺のおごりだから」
「ありがとうございます」と言って私はそれを一口すすった。とても苦いコーヒーだった。でもだからといって飲み
にくいわけではなく、しっかりとうまみを持った苦さだった。
「苦いだろ」と上村さんが言った。「エルサルバドルのコーヒーなんだ。とびっきり苦いけどとびっきりうまい」
「苦いですね」と私は言った。そしてもう一口すすってもう一度「苦い」と言った。
「悲しいときには苦いコーヒーを飲め」
ふいに上村さんがつぶやくようにそう言った。その言葉は私に発せられたようでもあり、独り言のようでもあり、
しばらく店内を佇んでふっと消えた。それからはお互いに何も話さず、私はじっとその苦いコーヒーを飲んでい
た。
私は彼の葬儀に参列することにした。うまく説明できないが、上村さんの出してくれた苦いコーヒーがその気に
させてくれたような気がした。
帰り際、僕が二杯分の料金を払おうとすると、上村さんは「いいよ。二杯目は俺のおごりだって言ったろ?」と言
っておつりをくれた。そして「それが俺の役目だからな」と言った。
「それは重要な役目ですね」と言って私は店を出て、親友の葬儀場へ向かった。
これが私が喫茶店を始めるきっかけとなった。いつかあの日の私と同じように、何かに迷ったり、悩んでいると
きに、ぽんと背中を押してあげられるような、そんなコーヒーを出したいと思って「ミカエル珈琲」をオープンした。
今から話すのは、私の店に来たお客様の話だ。上村さんみたいにうまくはやれないかもしれないが、もし私の
コーヒーが誰かの背中を押してあげられることができたなら、とても幸せなことである。