南域結界☆ ジェルソミーナ -203ページ目

6-35 灰色の百鬼夜行


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(……儀式を急がねばならぬ)
 黒い壺を手に取ると、人影は薬指を中に入れた。
 粘り気のある山羊の血を、ひとしずく、床石の上へ垂らした後――
 ふるえる、奇妙な図形を描いていく。
(我が王は闇なるもの。ゆえに、灰色の闇も、邪な闇も、我が王を欲している……)
 ――灰色の闇どもめ。
 白くもなく、黒でもない。
 太古の昔よりこの地上の闇の側で、息づいてきた者ども。
 最後まで暗がりに潜んでおけばよいものを、分もわきまえず永久の平穏を求め、今、王を求めて進撃している。
(急げ……目覚めの儀式を……)
(時をあがなえ。いにしえの調べをとりもどす……)
 壇上には、無数の黒い炎。
 横たわる、二つの首をもった獅子。
 獅子の瞳は、未だ、閉ざされたままだ――
 灰色の闇は、全力で城へと向かっているだろう。
 みな、王を切望している。
 王の帰りを待ちわびているのだ。

6-34 灰色の百鬼夜行

(誘拐されたフリなんて、するんじゃなかった……っ!)
 彼の気を引きたいばかりに、私は――
 私は、結局、アーヴくんの心を、傷つけた――!
(なぜあんな愚かな真似をしてしまったんだろう! あんな計画に乗ったんだろう!!)
 すがりつくように、クロは寄宿舎の窓を押し開く。
 いつものように満天の星空を見上げ、心をなだめようと思ったのだ。
 しかし、少女は、銀色の瞳を、
「――!!!」
 目玉が転げ落ちそうなほど見開いていた。
 そして、人間のものとは思えない絶叫をあげる。
 夜空を埋め尽くす、蒼い影。
 あるいは跳ねながら、くねりながら突き進む、幽鬼たち。
 透明な、命無き者たち。
(……灰色の闇……っ……)
 少女がぎりぎり理性を保てたのは、狩り人としての最低限の知識のおかげだ。
 まるで一族の存亡をかけた、全力の総進撃――
 夜空は百鬼夜行で、埋め尽くされている。
 まるで空が、消え失せたかのように。

6-33 灰色の百鬼夜行


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 昨日のことばかり考えてしまい、クロはどうにも寝付けなかった。
 瓦礫の下から救い出されたアーヴは、まっさきにクロの姿を探し、クロの無事を知って、微笑んだ。
(なのに――私は逃げてしまった!!)
 話しかけようとするアーヴの目。
 クロを誘拐犯から取り戻し、勝利の喜びに満ち溢れている、明るい目を。
 クロは正面から見ることができなかった。
 心が痛んだのだ。
(アーヴくんはこんな私を、いったいどんなふうに思っただろう……!!)
 怪我をしてまで、助けてあげたのに。
 その女の子は、礼も言わず、彼の手を振りきって逃げてしまった――
(もう……だめ……)
 アーヴはクロのことを、礼儀を知らない、不遜な女だと思っただろう。
 助ける価値のない、嫌な女だと思っただろう。
 女の子を見る目が肥えているアーヴは、クロの評価を絶対に下げている。
(……くん……)
 アーヴはもう、二度と、クロに優しくしようなどとは思わないだろう。