6-35 灰色の百鬼夜行
>
(……儀式を急がねばならぬ)
黒い壺を手に取ると、人影は薬指を中に入れた。
粘り気のある山羊の血を、ひとしずく、床石の上へ垂らした後――
ふるえる、奇妙な図形を描いていく。
(我が王は闇なるもの。ゆえに、灰色の闇も、邪な闇も、我が王を欲している……)
――灰色の闇どもめ。
白くもなく、黒でもない。
太古の昔よりこの地上の闇の側で、息づいてきた者ども。
最後まで暗がりに潜んでおけばよいものを、分もわきまえず永久の平穏を求め、今、王を求めて進撃している。
(急げ……目覚めの儀式を……)
(時をあがなえ。いにしえの調べをとりもどす……)
壇上には、無数の黒い炎。
横たわる、二つの首をもった獅子。
獅子の瞳は、未だ、閉ざされたままだ――
灰色の闇は、全力で城へと向かっているだろう。
みな、王を切望している。
王の帰りを待ちわびているのだ。
6-34 灰色の百鬼夜行
(誘拐されたフリなんて、するんじゃなかった……っ!)
彼の気を引きたいばかりに、私は――
私は、結局、アーヴくんの心を、傷つけた――!
(なぜあんな愚かな真似をしてしまったんだろう! あんな計画に乗ったんだろう!!)
すがりつくように、クロは寄宿舎の窓を押し開く。
いつものように満天の星空を見上げ、心をなだめようと思ったのだ。
しかし、少女は、銀色の瞳を、
「――!!!」
目玉が転げ落ちそうなほど見開いていた。
そして、人間のものとは思えない絶叫をあげる。
夜空を埋め尽くす、蒼い影。
あるいは跳ねながら、くねりながら突き進む、幽鬼たち。
透明な、命無き者たち。
(……灰色の闇……っ……)
少女がぎりぎり理性を保てたのは、狩り人としての最低限の知識のおかげだ。
まるで一族の存亡をかけた、全力の総進撃――
夜空は百鬼夜行で、埋め尽くされている。
まるで空が、消え失せたかのように。
彼の気を引きたいばかりに、私は――
私は、結局、アーヴくんの心を、傷つけた――!
(なぜあんな愚かな真似をしてしまったんだろう! あんな計画に乗ったんだろう!!)
すがりつくように、クロは寄宿舎の窓を押し開く。
いつものように満天の星空を見上げ、心をなだめようと思ったのだ。
しかし、少女は、銀色の瞳を、
「――!!!」
目玉が転げ落ちそうなほど見開いていた。
そして、人間のものとは思えない絶叫をあげる。
夜空を埋め尽くす、蒼い影。
あるいは跳ねながら、くねりながら突き進む、幽鬼たち。
透明な、命無き者たち。
(……灰色の闇……っ……)
少女がぎりぎり理性を保てたのは、狩り人としての最低限の知識のおかげだ。
まるで一族の存亡をかけた、全力の総進撃――
夜空は百鬼夜行で、埋め尽くされている。
まるで空が、消え失せたかのように。
6-33 灰色の百鬼夜行
>
昨日のことばかり考えてしまい、クロはどうにも寝付けなかった。
瓦礫の下から救い出されたアーヴは、まっさきにクロの姿を探し、クロの無事を知って、微笑んだ。
(なのに――私は逃げてしまった!!)
話しかけようとするアーヴの目。
クロを誘拐犯から取り戻し、勝利の喜びに満ち溢れている、明るい目を。
クロは正面から見ることができなかった。
心が痛んだのだ。
(アーヴくんはこんな私を、いったいどんなふうに思っただろう……!!)
怪我をしてまで、助けてあげたのに。
その女の子は、礼も言わず、彼の手を振りきって逃げてしまった――
(もう……だめ……)
アーヴはクロのことを、礼儀を知らない、不遜な女だと思っただろう。
助ける価値のない、嫌な女だと思っただろう。
女の子を見る目が肥えているアーヴは、クロの評価を絶対に下げている。
(……くん……)
アーヴはもう、二度と、クロに優しくしようなどとは思わないだろう。