実際はそうではない人に限って、

 

他人に○○○と見られたい

 

と考えるものです。

 

酔っ払いは「自分は酔ってない」と言いますし、知性と教養に自信がない人ほど、学歴を振りかざしてマウントを取ろうとします。

 

同様に、本性が差別主義者であればあるほど(表面的には)博愛主義ぶって、他人をレイシスト呼ばわりするのです。

 

なので、「平等、平等」を声高に連呼する人間こそ、疑ってかかるべき。

 

 

我が国が「移民受け入れ」を進める理由は、決して平等主義でも博愛心でもありません。

 

(低賃金の)労働力確保

 

この一点に尽きます。

つまり、人を人として見ず、「ただの数字」としか考えていないのです。

 

経済界から「低賃金の労働力を与えよ」と強い圧力があるため、献金を受ける政治家どもは、こぞって「移民歓迎」を唱えます。

でも、「しょせんは金目当て」の正体を看破されるのがイヤなので、うわべは「平等、平等」を唱え、批判的な人間を「差別主義者だ!」と攻撃する。

 

心理学的に解釈すると、あのヒステリックなまでの怒り方は、まさしくそこに「汚れた自身の姿」を見ているからです。

 

外国人をただの数字としか見ていない連中の、どこが「平等主義者」だというのか。

 

 

何度も言うように、私は外国人の受け入れに全面的に反対しているのではありません。

同国人だけの「鎖国状態」では、思考が固定化し、いずれ息詰まるのは確実。他者から新しい視点や考え方を与えてもらうことは、集団が進歩・発展するうえで必要不可欠です。

 

ただし、「一度に大量」というのが最もまずいやり方なのです。

受け入れる土壌をつくるには、「ゆっくり少しずつ」が大事。

 

そして、受け入れる外国人を単なる労働力とみなすのではなく、きちんと人間として扱い、互いの文化や価値観に敬意を払い合える関係を築かないといけません。

 

彼らが我々の文化を学ぶにも、我々が彼らの価値観を学ぶにも、相応の時間がかかります。

だから、「ゆっくり少しずつ」なのです。

 

経済界は、人を数字としか考えない、正真正銘の「差別主義者」の集まりです。

同胞からも平然と搾取するケダモノたち。当然、外国人に対する扱いなんて言わずもがな。低賃金で使えなければ、ちゅうちょなく解雇するでしょう。

 

その結果、食うに困った外国人が非行や犯罪に走ってしまう。無理もありません。実際、日本人同士ですら、金に困って互いに奪い合いを始めているくらいですから。

 

そうなれば、日本人と外国人の対立が激化し、「移民に制限を」どころでは済まない、本当の虐殺が始まります。

他人を「差別主義者」呼ばわりし、博愛主義者面した連中こそが、将来の人種間対立の火をせっせと焚きつけているのが現実なのです。

 

 

私が理想とする世界は、

 

独り勝ちを許さない

 

世界です。

それは、決して共産主義のような単純なものではありません。

 

今の資本主義は、独り勝ちを許すどころか、むしろ奨励しています。その結果、「勝ち組」の連中が富を独占し、同胞であれ外国人であれ、人と人とも思わず、好き勝手に暴虐の限りを尽くしているのです。

 

でも、私の望む世界を創るには、人類がもっと賢くならなければいけません。

残念ながら、今のヒトの時代には到達することはなさそう。

そうなるには、あと数百年、いや数千年かかるでしょう。

 

 

 

現在の混沌(カオス)状況を見ると、

 

明日はどう転ぶか、まるで予想のつかない世界ですが、

 

唯一確かなのは

 

『最初にいんちきパンデミックを追及した国こそが新時代の覇者となる』

 

ということです。

 

その「新興勢力」が、さんざん悪事の限りを尽くした「旧勢力」を一掃することになるからです。

 

現時点では、ケネディ長官を擁する米国がわずかにリードしているようですが、なかなか捗らない模様。

 

 

最初に真実に切り込み、頭ひとつ抜け出すのがどの国か、じっくり見守りたいと思います。

 

それが従来型の生ワクチン・不活化ワクチンであれ、最新のmRNAワクチンであれ、ワクチンはウィルスにとっての「淘汰圧」となり、変異を加速させます。

 

いったん収束したかに見えた感染症は、遅かれ早かれ、いずれ必ず戻ってきます。免疫をかいぐぐる変異を得て。

言い換えれば、「時代遅れの抗体」では捕捉できないからこそ、再流行するわけです。

 

自然感染した場合、広範な抗体を持つことで、最初の波を生き延びた個体は長期にわたって安全が守られます。

100年前、スペイン風邪が流行した際、多くの高齢者が犠牲にならなかったのは、ずっと以前にはやったウィルスの交差免疫を保持していたからだとされています。

 

毎冬、インフルエンザワクチンを打つ人がいます。

打ちたいのなら止めません。

ですが、これだけは覚えておいてください。

 

①今話題の制御性T細胞でもわかるように、同種のワクチンを毎年打っていると、体はその病原体を「(しょっちゅう入ってくるから)脅威ではない」と認識し、いざ本当に感染したときにもスルーするようになります。

 

②免疫は決して無限ではありません。特に胸腺が委縮した成人は、新たな抗体を作らず、古い抗体の使い回しをするしかないのです。限りある資源を使い果たせば、どんな未来が待っているかは、ご想像にお任せします。

 

 

みなさま、来年こそはよいお年をお迎えくださいね。