戦争が始まる前に必ず見られる兆候があります。

それは、

 

個人を弾圧する全体主義の蔓延

 

です。

 

反体制分子を封じ込めることにより、国家は国民を「団結」させ、「挙国一致」の戦争へとなだれ込んでいくのです。

太平洋戦争下の日本がまさにそう。
ちょっとでも異を唱える者は「非国民」と称し、片っ端に検挙・収監していきました。

 

逆に、個人がバラバラでまとまらなければ、国がいくら煽ろうとも、とても戦争なんかできません。


つまり、戦争を避ける最良の手段は

 

個人が自由であること

 

なのです。

 

今、善人ぶって「戦争止めてくる」とほざいている人たちは、ほんの数年前に、自分たちこそが「同調圧力」を振りかざし「全体主義」の蔓延に加担したことを(都合よく)お忘れなのでしょうか。

 

そんなことはない、とお思いなら、上の例の「非国民」を「反マスク」「反ワクチン」に置き換えてごらんなさい。
あなたたちの行いは、戦時中の国防婦人会とそっくりでです。

 

とにかく

 

お上に従え!

ルールはルール!

 

の一本槍。

恐ろしいことに、そうした輩は、いまだに日本中にあふれています。

相変わらず、「専門家」を自称する連中がネットを含めた各種メディアで「挙国一致」を煽り続けています。
連中の本当の狙いは、「私腹を肥やす」ことにあります。

 

本気で武力衝突を避けたいのなら、

 

・マスク非着用
・ワクチン非接種

 

を貫き、

 

我々は黙って国家には従わない

 

意思表示をすればよかったのです。
いや、自分は従ったとしても、従わない人間を放っておけばよかったのです。

 

「同調圧力」で「戦争への道筋」をせっせと地ならししておきながら、今さら

 

戦争止めてくる

 

なんて、どの口が言うのか。

厚顔無恥にも程があります。

 

 

けっきょくのところ

 

戦争反対者こそが戦争を引き起こす張本人

 

であるということです。

 

 

科学的・合理的根拠がないコトを信じ込むのは

 

 (広義の)宗教

 

です。

 

花粉シーズンのせいもあり、街中には気持ち悪いマスク姿があふれていますが、大半は花粉とは関係なく、

 

 マスク教

 

の信者の方々でしょう。ご苦労さまです。

 

だって、ずっと素顔のまま歩いていたおじさんが、店舗に入る寸前にポケットからシワッシワのマスクを引っ張り出し(それ、いつの?)無精ひげを覆う様子を何度も目にしていますからね。

 

マスクがいかに馬鹿げているか、きちんと「科学的に」説明しようとすると、話も聞かずにキレたり、さもなくば、哀れむようにこちらを見返す様子は、明らかに

 

 狂信者

 

そのもの。

自分の信じる「神」を冒涜されて憤慨しているのです。

 

 マスク原理主義

 

あなたたち、よく今まで過激派を笑っていられましたね。やってることはまったく同じなのに。

 

 

……正直、もうどうでもいいと思っています。

彼らがどうなろうと、私の知ったこっちゃない。

こちらに「布教」してこない限り。

 

 

政治もそう。

高市を祭り上げようと、引きずり下ろそうと、私一人の力では時勢に抗うことはできません。

どっちに進んでも、この国はじきに終わるでしょう。

 

私が理想とする世界は、まったく違う方角にあるのですが、残念ながら理解してくれる仲間がいない。

まあ、左の皆さんも、右の皆さんも、やりたいようにやってください。

 

 

というわけで、世間に対する興味をすっかり失い、内面的な自己研鑽にいそしむ毎日です。

 

苦手なジャンルをカバーするために、最近、118ある元素をすべて覚え、白紙の状態から周期表を書けるようになりました。

8000m級の14座を高い順に覚え、徳川15代将軍を覚え、現存12天守(国宝5城・重要文化財7城)を覚え、米国の47代45人の大統領を覚え、島国を除く中南米の国と首都を覚え、新幹線の全路線を覚えてみました。

 

なぜかって?

ただ単に、

 

覚えたらおもしろいかな

 

と思っただけです。なので、何の役にも立たず、お勧めしません。

強いて言うなら、本を読んでいるときに、いちいちネット検索しないで済む、くらいです。ネットで調べるのも結構手間がかかり、面倒くさいですもんね。

 

 

幸福や充実は自分の外にはなく、きっと自分の中にあるのでしょう。

 

寝る前の読書が最も満ち足りた時間です。

最近読んだのは、

 

『エンデュランス号漂流』

『北氷洋』

『夜明けまでに誰かが』(←イッキ読み)

 

 

長蛇の列だというので「大絶滅展」を見に行けなかったのは残念ですが、もうじき公開される映画

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

『オデッセイア

 

の2本を楽しみにしています。

ギリシア神話(特にトロイア戦争のくだり)は、そこそこ詳しいもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今や世界中のどこの国でも、選挙の後に

 

不正選挙では?

 

の声が上がります。

 

敗れた側は投票者数や得票数の中に矛盾を見つけ出し、勝者の側では「ファクトチェック」を自称するうさん臭い連中がそれを「陰謀論」と否定する。

 

私は、不正選挙が行われかどうかは知りません。

もっと言うなら、本当に不正があったかかどうかは二の次。

ここには、はるかに根源的で重大な問題があると考えます。

 

それは、「選挙に対する不信」です。

 

選挙は、集団に属する人々が自己の考えを表明する「民主主義の根幹を成すもの」だとされています。

そして、選挙制度は、そんな人々の「信頼」の上に築かれています。

つまり、不信感を抱く人々が増えれば、

 

選挙制度ひいては民主主義自体が瓦解

 

してしまう。

不正選挙が事実かどうかに関係なく、

 

そう思われること自体が民主主義の危機である

 

ということです。

 

したがって、選挙の結果は公明正大、どんなに猜疑心の強い人が調べても(たとえ渋々でも)納得せざるを得ない形でなければいけない。

 

投票用紙のすべてを一定期間しっかり補完し、疑いを持った有権者の請求に応じて公開・再チェックできるシステムにしなければいけないのです。

 

どれほど手間と経費がかかろうと、それは民主主義国家なら支払わなければならない必要コストです。

だって、この「信頼感」こそが、民主主義を民主主義たり得るものにしているのですから。

 

 

投票率の問題もあります。

 

投票義務化の案もあるようですが、本来、自由意思の表明である選挙に「義務化」は、やはりそぐわない(投票しないという自由もある)。

 

ならば、最低でも4分の3(75%)に満たない投票率の選挙はすべて無効・やり直しにするのはどうでしょう。

 

ここでも多額の税金が使われることになりますが、これもまた民主主義の必要コストであり、よけいな税金を払いたくなければ、有権者・納税者がせっせと投票に赴いて、自分たちで投票率を上げるしかありません。

 

また、投票率を議員の給与に連動させる、というのも効果がありそうです。

50%の投票率の選挙で当選した議員には、給与の50%しか支給しないようにするのです。

そうすれば、金の亡者どもは、死に物狂いで投票率を上げようとするでしょう。

これは、田舎議会でしばしば起こる「無投票当選」の抑止にもなります(「無投票当選」は民主主義の対極にある)。

 

 

米国の初代大統領(とされる※)ジョージ・ワシントンは、2期目を務めた後、引き続き3期目の就任を請われたましたが、それを固辞しました。

 

「長い間権力の座にいると必ず腐敗するから」

 

というのが理由です。

以来、アメリカ大統領は2期までしか務められないという慣習が生まれました。

 

さる極東の島国では、

 

多選は信頼と実績のあかし

 

と考える人がいるようですが、ワシントンが何を考えていたかをよーく勉強してほしい。

 

私は「議員定年制」より「有限任期制」を採用すべきだと思っています。

 

※余談。

米国連邦政府の前身である大陸会議の議長だったジョン・ハンソンを「初代大統領」とする説もあります。