遠い国の泣き声は聴こえなくても

目の前で泣いている人を見かけたならば

いつもどこかで繰り返される争い

人事じゃないのに通り過ぎる街並み

 

私達は本日も

地球が産んだ酸素を吸わせて頂いていると

所謂 地球に生かされていると

解釈すると空気が淀む街並み

 

愛すると生じる争い

憎むと生じる争い

生命は争いから産まれると云っても過言ではないから

四季が巡る その事すらひとつの争い

 

 

 

 

 

5メートル先の糸でんわに

丁寧な口調で話してみたら

オウム返しばかり聴こえてきたよ

向こう岸飛び立つ鳥が声の主だったのかな

 

天まで届く糸でんわに

「神さまはいますか」と問いかけてみたら

亡くなった先祖の返事が聴こえてきたよ

いつもどこかで繋がってるってことなのかな

 

自分の胸にあてた糸でんわに

乱暴な言葉を投げかけてみたら

嵐のような音が鳴り響いていたよ

人の心の仕組みってこういうことなのかな

 

5センチ先の糸でんわに

感謝の気持ちを伝えてみたら

幸せと笑顔を垣間見ることができたよ

寂しさはこうして生まれるってことなのかな

 

 

 

 

 

世の中には知らない事の方がごまんとある

君についてだけ知りたい男がいる

 

パンよりお米が好きね

外で遊ぶのが好きね

山より海の方が好きね

勉強はちょっと苦手だね

魚よりお肉が好きね

大根は食べないんだね

 

ある日僕はブリ大根を作った

君は

(演技してるのかと思うほど)

嫌な顔をした

「なんで嫌いなの?」とは問わなかった

曖昧が人の心の魅力になるから

 

世の中には知らない方が良い事もあるから

君についてもそうありたいと願う

 

 

 

 

 

5月の風は少し浮かれるから

心に傷を負うのはよくあること

新たな環境に慣れが生じて

それが時に安心か自信になって

群れをなしてしまうようで

二段飛ばしで上がる旧友が

遠ざかって見えているのなら

今必要なことはおそらく巣籠り

初心にしがみつくことで

色眼鏡が壊れるから

その後に手にするのが望遠鏡だったとしても

正しい道を探し出せるはず

 

鳥たちは夏に巣立つんだって

その姿を自分の眼で見れればいいから

 

 

 

 

 

彼女の事について書こうと思うのだが

なぜか手が止まってしまうのは

カメラを向けた瞬間羽ばたく鳥のように

妙な警戒心がそこにあるからなのか

いつもは元気に見えるのに

言葉にすると泣いてしまいそうで

尚且つそれを十年後に読むとなると

湿った想いに干からびた手紙が余計に悲しくさせそうで

 

無数の心が漂う交差点で

君の手を離してしまったとして

連絡もしないでまた出会えたとしたら

この街の狭さに少し驚くか

きっと永遠について運命をこじつけて悩むのだろう

 

 

 

 

 

風が止まる

夢にはしゃぐ声が響く

私は日に日に夕陽に近づいていると

時の戯言で感じる事がある

 

例えば夕凪にパレットを持って

毎日絵を描いている人がいたら

生涯に一度だけ同じ景色を描く事になるだろう

平穏で特別な日々の中に

過去に戻れる日があるのであれば

その人はその日をどう思うのだろう

 

友はみんな

この海を渡りました

音を奏でるような漣はきっと

彼らの心の波紋を演じている

 

 

 

 

 

雪の少ない北国

暖かな冬の街

それでも着込むダウンコート

これが普通だと思えばいい

これでいいんだと思えばいい

 

蒲公英なしの20℃の春

雪解けと桜が早くなり

新緑のない暑い日差し

これが普通だと思えばいい

これでいいんだと思えばいい

 

君がいない景色

宙ぶらりんの右手

クラスが変わった時の焦りと孤独

これが普通だと思えばいい

これでいいんだと思えばいい

 

昭和 平成 令和 未来

元号が変われば生き方が変わる

生き方が変われば心の形も変わる

全て普通だと思えばいい

全ていいんだと思えばいい

 

 

 

 

 

「明日は日中、快晴の予報です」

外れました。

空には綿あめの雲が泳いでいました

「快晴の定義は雲の量が1割以下」

子供たちは外で元気に遊んでいて

私自身も楽しかったというのに。

 

「明日は夜から雨の予報です」

外れました。

服が濡れる程ではありませんでした

「雨の定義は降水量1ミリ以上」

たいしたことなくてよかったと

笑っている人もいるというのに。

 

「明日は一日中、曇りの予報です」

当たりました。

太陽と出会うことはありませんでした

「曇りの定義は雲の量が9割以上」

なのに人の気持ちはどこか沈んでいて

淋しそうに映るというのに。

 

人の心の予報士になってみたいと切に願いながら

今日も天気予報をしながら反省している私を

お天道様が見て空を動かしていると思うと

予報と反省は運命共同体であると定義出来るはずだ。

 

 

 

 

 

 

ひとつの屋根の下に

ふたつの日常がある

ひとつの鍋に向かって

ふたつの食器が並ぶ

床に僕より明るいカーペットが敷かれる

数年前の記憶が薄れ始める

 

四季の二回転目を迎えて

「あなた」と呼ぶ声が響く

カレンダーの海で漂流しかけては

日常の音に反応して我に返る

 

部屋の床が軋み始めたとき

ひとつの鍋に向かって

みっつの食器が並ぶ

転居の時期を探っているときに

初めて孤独の弱さを知る

 

 

 

 

 

ストーブを片付ける

お礼を告げる

少しだけ残った灯油タンクを物置にしまう

相変わらず冬は寒かったが

暖冬はやはり物足りない

窓を全開にすると

大晦日から生まれた埃が舞い踊る

カイロを思い出す春の陽射しに

鳶が高らかに唄を奏でる

出会いと別れが訪れ

子供は喪失感を覚え

大人は疾走感を抱く

 

土が顔を出した

花が咲き始める

夏の嵐が来る前に

歳の数ある記憶を正す