「明日は日中、快晴の予報です」
外れました。
空には綿あめの雲が泳いでいました
「快晴の定義は雲の量が1割以下」
子供たちは外で元気に遊んでいて
私自身も楽しかったというのに。
「明日は夜から雨の予報です」
外れました。
服が濡れる程ではありませんでした
「雨の定義は降水量1ミリ以上」
たいしたことなくてよかったと
笑っている人もいるというのに。
「明日は一日中、曇りの予報です」
当たりました。
太陽と出会うことはありませんでした
「曇りの定義は雲の量が9割以上」
なのに人の気持ちはどこか沈んでいて
淋しそうに映るというのに。
人の心の予報士になってみたいと切に願いながら
今日も天気予報をしながら反省している私を
お天道様が見て空を動かしていると思うと
予報と反省は運命共同体であると定義出来るはずだ。



















