前回「少し厄介なケース」として、

 

Faltering R.A.F.-A.A.F. Offensives

 

という見出しを如何に訳すかと言う設問を発して、幾つかヒントを与えておいた(R.A.F.及びA.A.F.という略語が何を指すかについては、前回を参照のこと)

 

そして、「falterという動詞の現在分詞形を如何に訳すかが大きな問題である」として、見出しが包摂する部分の中からいくつか文章を抜粋しておいた。以下、その文と小生の訳を提示する:

 

. . . the American and British bomber forces conducted their separate wars even as common problems emerged to frustrate their different efforts.(英米の爆撃戦隊は各々の異なった爆撃方法に共通する問題が持ち上がってきても、個別に作戦を展開していたのである)

 

Compounding this problem for the Americans and British was the reality that neither had the strength to mount sustained operations that could inflict telling cumulative damage, while bad weather, over Britain or Germany, imposed its own restrictions upon the conduct of operations. Moreover, both the Americans and British were prevented from mounting successive follow-up attacks because of the need to switch targets in order to preserve tactical surprise.(英米が直面していたこのような問題に輪をかけていたのが、累積的被害を効果的に与えられるような作戦を持続できるだけの戦力を英米が共に保持していなかったという現実、そして、英国やドイツ上空での悪天候が作戦態様を掣肘していたことである。これに加えて、英米共々、戦術上の奇襲効果を挙げるために目標を変更し続けていたために、一度爆撃した目標を続け様に爆撃することができなくなっていたことが挙げられる。)

 

ここで、正解の候補として、小生の元の訳と監訳者の修正訳を掲げておく:

 

小生:英米両航空部隊による空襲作戦の蹉跌

 

監訳者:英空軍と米空軍の爆撃攻勢をめぐる逡巡

 

falteringの訳で大きな相違が生じたのが見て取れるであろう。

 

結論を言うと、いつもの如く小生の訳の方が内容を的確に反映していると判断する。前回、最後の方で「くれぐれも辞書の冒頭に出てくる訳語を軽卒に使用したりしないように」と警告しておいたが、これがポイントである。

 

確かに、動詞falterを英和辞典で引くと「ためらう」といった訳語がまず出てくる。どうやら、監訳者はこれをそのまま使用して訳したようである。だが、見出しに続く内容を読んでみれば、上記抜粋部分を見ても分かるように、英米空軍が何等かの「逡巡」をしたような記述は見当たらない。むしろ、そこに見られるのは、英米が一定の方針の下に(逡巡することなく)空爆作戦を進めたものの巧く進まなかった(faltering)経過・経緯である。

 

ここには、以前にも指摘したような(balanceという単語をめぐる記事recastの用法に関する投稿を参照)二重の誤り(過ち)による誤訳が見られる。即ち、

 

①文脈・内容を無視していること、そして、

 

②辞書で最初に出てくる訳語に飛びつくという、出来の悪い中高生レベルの誤り

 

である。

 

因みに、今ではネット上で簡単に使用できる英英辞典で検索してみれば、falterには“to move waveringly or hesitantly”という「逡巡」の意味も無論あるものの、他には “to walk unsteadily,” “to lose drive or effectiveness”といった説明もある。「監訳」というプロフェッショナルな仕事をなす以上、英英辞典ぐらい使いこなす力量を有するのは当然と思われるのだが・・・。