PLOMB-1

世界で最初のコンビレンチ

戦前&戦中編(1933年~1945年)

 

【2022年11月6日追記】

久し振りにPLOMBを手に入れました。

戦時中のNAF/海軍航空工廠向けです。

詳しくは、こちらにて。

PLOMBの一般市販品はほとんど揃っていますが、戦時モデルの納入先名入りはまだまだありますので、先は長そうです。

なお、PLOMBを詳しく解説している必見のサイト"The History of PLOMB Tools"の和訳を巻末に追加しました。

 

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1933年に登場した世界で最初のコンビレンチに始まり、1957年のPROTO by PLOMBまで、戦前から戦中、戦後に渡る"PLOMB"24年間の全てを解説します

1949年にブランドがPLOMBからPROTOに完全変更され、さらに1957年には会社名からもPLOMBが無くなりました。

ブランド名だけでなく会社名としてもPLOMBという名前が終了するまでを追いかけます。

『"世界の最初"を完全解説しないとコンビレンチ・コレクターの名に恥じる』との強い思いで書いています。

 

1.世代分類

※4)~6)は、戦後編/PLOMB-2にて。

 

2.商品紹介

★コンビレンチ登場前のPLOMBスパナとメガネ

PLOMBは、1930年には現代と同じデザインの両口スパナと両口メガネを既に販売していました。

使いやすさを考慮してスパナとメガネ共に15度にオフセットされています。

締めと緩めの作業を1本のレンチで行うために両者を合体させたのがコンビレンチです。

PLOMBの1930年スパナと、同じく1929年メガネです。

*写真:Alloy Arttifactより

 

 1) 初代フラットパネル(1933年~42年) 

世界で最初のコンビレンチです。

 

 ①-1 "3C"⇒1933年(最初の最初/オリジナル4) 

・1933年に世界で初めてのコンビレンチが発売されました。  

・ スパナとメガネ共に15度のオフセットが与えられ、この形状は現在までコンビレンチの主流として引き継がれています。(JIS規格の形状要件はPLOMBそのものです)   

・ メガネ部のオフセットはプレス曲げでは無く、鍛造設定になっています。

・ 手打ちでの鍛造(Hand-Forging)です。(詳細は5項にて)

・ 製造記号として数字&アルファベットの2文字が刻印されています。

・ 数字は193xまたは194x年を表していて、戦争が始まる年の1942年まで継続しています。

・ アルファベットはA~Fが確認出来ていますが、何を示しているのかマニアの間で議論になっていて、明確な結論は出ておらず、製造工程などの管理番号と言われています。

・ ロゴが翌年の1934年からPLOMB⇒PLVMBに変わっていますので、コンビレンチでロゴがPLOMBなのはこの年だけになります。(Round "O" PLOMBと俗に呼ばれています)

したがい、ロゴを見るだけで、最初の1933年製かどうかの識別が簡単に可能です。

・ 一番古く、かつ1年間だけの販売ですので、PLOMBコンビレンチの中で一番の貴重品です。

・発売時にサイズ4種類が設定されていて、"オリジナル4"と呼ばれています。(品番1214、1216、1218、1220)

 

 ①-2 "3A"⇒1933年 /No.1222 

・同じ1933年製の"3A"です。

・1933年製の証であるPLOMBになっています。

・サイズ11/16"(品番1222)は、1933年と1936年のカタログで飛び番号になっていて、存在しないことになっています。

しかしながら、上の"3A"写真から分かるように実際には品番1222があり、1933年製の設定は全6種類だったことになります。

 

・"3D"も見つかっています。

 

★発売時のパンフレット(発行日:1933年4月25日)

『何故これを思いつかなかったのか/Why didin't they thinkof it before?』という問いと共に、『そうです、全く新しいレンチです/Yes-Something New in Wrenches』と大きな見出しになっています。

『(レンチを握った)こぶしのえぐり防止/Eliminates "S.K." *Skinned Knuckles』という謳い文句が面白いです。

最初のサイズ設定は4種類になっています。(俗に"オリジナル4"と呼びます)

 

・カリフォリニアの工具博物館にオリジナル4として展示されています。

・ただし、写真を良く見ると、世界で最初だった1933年では無く、1936年以降のモデルが使われています。("PLOMB"では無く"PLVMB"であり、さらにスパナ向き&ロゴ刻印面より1936年以降のモデルと分かります)

 

 ②-1 "4C"⇒1934年 

・コンビレンチ発売翌年のモデルです。

・ロゴが"PLOMB"から"PLVMB"に変わっています。

・"O"を分銅形状にデザイン化して"V"になったと理解しています。

・カタログ等に頻繁に登場していますが、分銅が企業のアイデンティティーになっています。

・初年度モデルと同じで、スパナを左にして、お辞儀した状態にした時の表側面にロゴが刻印されています。

 

 ②-2 "6A" & "6F"⇒1936年 

・1936年の最中にモデルチェンジが行われます。

・前半は1934年("4x")と同一デザインですが、後半は『サイズ表示が右端へ移動』し、さらに『刻印面の表裏が変更』されます。

・上写真が前半版、下写真が後半版です。

・今のPROTOにも引き継がれている独特の刻印面の向きは、この年から始まっています。

 

・1936年の途中で、スパナを左、刻印面を上にした時に、スパナが首を上げる向きにモデルチェンジされています。

・以降は、全て首を上げる向きがPLOMBだけでなくPROTOも含めた標準になります。

・スパナ形状より如何にも手打ち鍛造製と分かります。

 

 ②-3 "7C"⇒1937年 

・生産工場と本社工場の場所を示す"LA"が"LOS ANGELES"に変わっています。

・裏面スパナ部にサイズが刻印されています。

・この年からスパナ形状がかっちりしてきていて、機械による落とし鍛造に変わったようにも見えますが、カタログによると1939年までは手打ち鍛造で、1940年から機械鍛造となっています。(詳細は後述)

 

 ②-4 "9A"⇒1939年 

・②-3と同様に裏面スパナ部にサイズが刻印されています。

 

 ②-5 "0D"⇒1940年 

・生産地表示(ロサンゼルス)から国名表示(USA)に変わりました。

・USA表示は1939年の途中から開始されたとのことです。

・俗にUSAモデルと言われています。(この年の前はLAモデル)

・MADE IN USAは、"MADE IN"が2列表示で、"U.S.A."になっています。

 

 ②-6 "1B"⇒1941年 

・この年の途中で"U.S.A."から"U・S・A・"に切り替わります。

・この"U・S・A・"は戦争が終わる1945年まで継続されます。

 

あまり程度は良くありませんが、上の"1B"とは別に同じ1941年製の"1A"、"1B"、"1C"が入手出来ています。

今からちょうど80年前の製品です。

 

"MADE IN"が縦2列になっていることから1940年または1941年の製造と言うことになりますが、何故か"0x"または"1x"の製造年打刻が入っていません。

恐らく打刻忘れと思います。

*入手済みで、写真差し替え予定

 

 

 ②-7 "2A"⇒1942年 

・生産年月記号として数字+アルファベットが入っている最後の年です。

・"2A"がとても小さく刻印されています。

・MADE INが縦2列から横一列に変更されています。

・この年になる直前の1941年12月に真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まり、自動的にアメリカはドイツ、イタリアにも宣戦布告する形となり、アメリカは第2次世界大戦に参戦します。

そのため、PLOMBを初めとする工具業界も戦時体制となり、ハンドツールも戦時モデルへと移行していきます。

したがい、この2A(1942年)モデルは、戦時モデルへ移行する直前の1942年ごく初頭の生産と推測しています。

 

・1933年~42年までの10年間で毎年の生産が確認されています。(出典*1.The History of PLOMB Toolsより)

【メモ】 4、5、8:物色中

 

 2) 戦時モデル(1942年~45年)

・戦時モデルへの移行と共に製造記号が変わり、アルファベット2文字になっています。

諸説ありますが、アルファベットの1文字目は1942年の月を表しているようです。

AC~KCの写真を下に載せていますが、ちょうど1942年1月~12月までの生産となります。

・戦争が始まり、世界中の戦地に供給するため、活発に工具が生産されたと理解しています。

・この戦時モデル生産でPLOMBは利益をあげ、企業として成長します。

 

 ③-1 "AC"⇒1942年1月製 

 

 ③-2 "BB"⇒1942年2月製 

 

 ③-3 "CB"⇒1942年3月製 

 

 ③-4 "DB"⇒1942年4月製 

 

 ③-5 "EC"⇒1942年5月製 

 

 ③-6 "FC"⇒1942年6月製 

 

 ③-7 "GB"⇒1942年7月製 

 

 ③-8 "HC"⇒1942年8月製 

 

 ③-9 "KC"⇒1942年11月製 

・メッキ等の表面仕上げが廃止され、金属地肌のままになりました。

・12ヶ月(A~K)の内、"I"/9月と"J"/10月、"L"12月の製造が見つかっていませんので、物色中です。

 

 ③-10 "MC"?⇒1943年1月製? 

・アルファベット2文字は"MC"と読めますので、順番から行くと1943年1月の生産になるかと思います。

・しかしながら、"MADE IN USA"の"MADE"と"IN"が上下2列になっていて、これは1939年後期ならびに1940年、1941年だけの特徴です。

・ただし、アルファベット2文字は"9x"、"0x"、1xとは読めません。

・結局、このモデルは何年製なのか不明です。

 

 ④ ”War Finish"仕様 

・スパナ部に"War Finish"と刻印された戦時モデルがあります。

・軍隊向けでは無く、民間向けの商品で、『戦争中なので材料が確保できず通常の精度や強度は確保できていません』という意味で"War Finish"(戦争仕上げ)と刻印されています。

・④-1~3は"War Finish"刻印方法の差、④-4~6は製造記号アルファベットの差(F、G、H)。

 

 ④-1 /War Finish 小サイズ(2列刻印) "CC"⇒1942年3月製 

・小サイズはスパナ部に2列文字で"War Finish"。

 

  ④-2 /War Finish 中サイズ(1列刻印) "BC"⇒1942年2月製 

・中サイズはスパナ部に1列文字。

 

  ④-3 /War Finish 大サイズ(裏面刻印) "BC"⇒1942年2月製 

・大サイズでは裏面中央に"War Finish"。

 

・3通りの"War Finish"表示。

 

 ④-4 /War Finish "FC"⇒1942年6月製 

 

 ④-5 /War Finish "GC"⇒1942年7月製 

 

 ④-6 /War Finish "HC"⇒1942年8月製 

 

 ⑤ 納入名刻印モデル 

 ⑤-1 RANGER A.T. 158 

・航空機製造会社であるフェアチャイルド社のRangerエンジン部門向け専用に納められた戦時モデルです。

・"A.T."は、"Aircraft"+"Troops(部隊)"あたりの略だと思います。

・"158"が何を示すか不明ですが、Rangerエンジン自体の軍管理番号か、またはRanger航空機エンジン部門の中の部署番号などを示しているのだと思います。

 

 ⑤-2 RANGER A-T-158- (刻印バリエーション) 

・刻印が"A.T. 158"ではなく、"-AT-158-"というバリエーションも見つかっています。

 

・さらに、Ranger-AT-158-で、スパナ部にWar Finishと刻印されたモデルもあります。

 

・戦時中のRanger L-440エンジンと、それを搭載したフェアチャイルド社のPT-19練習機。

 

 ⑤-3 NAF/海軍航空工廠向け 

NAF/Naval Aircraft Factoryは、1917年にペンシルバニア州フィラデルフィアに創設された海軍の航空機工廠(軍需工場)で、第2次世界大戦中も海軍が自ら練習機飛行艇などを製造していました。

そのNAFに戦時モデルとして納入されたコンビレンチです。

William製のNAF向けも"1147"というコードが刻印されていますので、"1147"はNAF内の工場名または部署名かと思います。

"13"はサイズを示していて、13/16インチは"13"、7/8(14/16)インチは"14"となります。

"USN"は、U.S. NAVY/海軍を示しています。

⇒ NAF wiki(英文)は、こちら

 

 

 

納入先名称入りは、まだまだあります。

私が手に入れているのは"RangerAT"、"USN/NAF"と後述の"WF"の3種類だけですので、PLOMBコレクション完結までの道のりは長そうです。

 

 ⑥-1 生産記号無し-1 /表面処理:カドミウム・メッキ 

・戦時モデルの中に"カドミウム"メッキ品があります。

・材料不足でクロームメッキが出来なくなっためと思います。

・カドミウムは危険金属ですので、ビニール袋に密封させて保管しています。

・入手する時に『ワイヤブラシで削る時は必ずマスクしろ、危険!』と言われました。

 

 ⑥-2 生産記号無し-2 /金属地肌+表面研磨モデル 

・金属地肌が剥き出しになっていますが、表面は平らになっていますので、鍛造後の表面研磨は実施されているようです。

 

・⑥-2/表面研磨のみ仕上げの5本セット(品番1212~1220)。

 

 ⑥-3 生産記号無し-3 /鍛造地肌のまま(表面処理は一切無し) 

・表面研磨も廃止され、鍛造して刻印しただけの状態で出荷されたモデルです。

 

・USAとサイズ(1/2")間の"・"に2つ(・・)と3つ(・・・)の差があります。

・この差についてGarage Journalフォーラムに投稿質問しましたが、複数の工場で生産されていたこともあり、"・"の数差については不明とのことでした。

・一方、表面処理と材質の変遷に対する回答も一緒に貰い、以下と推察されているとのこと。

* 1942年4月初旬までは、クロームメッキのグレードは低下したが、クロームメッキ自体は残存

* 1943年1月までにはメッキが廃止され、Chrome Vanadium鋼の材質もグレードダウン

* 1943年4月までにChrome Vanadiumを含まない普通の炭素鋼に変更

 

・戦時中1944年12月に航空雑誌Aviationに掲載された広告です。

・戦時中にも関わらず一般消費者向けに戦争には全く触れていない普通の広告が出されていることに驚いてしまいます。(個人的にはカルチャーショックを感じます)

・このページだけオリジナルを手に入れました。

 

★War Timeの"WF"と"War Finish"

・PLOMBの戦時工具に"WF-xx"と刻印されたスパナやメガネレンチがあります。(残念ながらコンビレンチはありません)

・この"WF"は"War Finish"では無く、"Wright Field"の略で、空軍(WW2までは陸軍)のライト・パターソン基地を指します。

・今は巨大な空軍博物館が併設されています。

2010年に訪問し、飛行機大好き少年だった私は興奮しきりでした。

写真でしか見たことが無かった機体がどでかい格納庫に所狭しと展示されています。

実機を見られるとは思ってもいなかったB47、B1、B2、F89、C133、SR71、U2が写っています。

・この基地は、ライト兄弟が初飛行した野原(フィールド)に作られたため、俗にライト・フィールド/Wright Field⇒WFと呼ばれています。

・戦時中の全ての軍事物資の納入窓口はこの基地であったため、PLOMBの場合は"WF-xx"(例えばWF-79はメガネレンチ 3/8-5/16インチ)と工具種類別に"WF"と共にxx番号が割り振られていました。

・つまり、頭文字"WF"は同じですが、"WF-xx"は軍隊向け、前述の通り"War Finish"は民間向けとなります。

 

↑WF-79…メガネレンチ 3/8-5/16インチ

↓WF-103a…イグニッションレンチ 1/2インチ

PLOMB両サイドにある分銅マークの内、右側の上下が逆になっています。

他の商品は全て両方とも下向きですので、非常に珍しいと思います。

 

 

 3)製造過程品 

 ⑦ 鍛造直後 (1940年~1945年) 

・鍛造直後でボックス部とメガネ部を切り出す前の製造過程品です。

・PLOMBは1940年に手打ち鍛造から機械プレス鍛造に変更していますが、これは機械プレス品に見えますので、1940年~1945年の製品となります。

・表面仕上げはせず、この状態からボックス部とメガネ部を切り出しただけのものが戦時モデル⑥-3になります。

 

・鍛造直後と完成品(戦時モデルの1226)の比較です。

・機械鍛造を始めた1940年からモデル生産終了(終戦)1945年までの製造過程品であることが分かります。

 

・1962年Protoカタログにコンビレンチ製造過程の説明が載っています。

・手に入れたのは工程3の"FLASH TRIM"です。

 

 ★1インチ・コレクション(戦前編)

・全長が30センチを超えますので、他のブランドでは入手を控えていますが、PLOMBは特別ですので、戦前編として基本モデル3種の1インチを揃えています。(戦後編は4種、PLOMB-2にて)

・上からモデル①("0C"⇒1940年製)、モデル③("BC"⇒1942年2月製)、モデル③("HC"⇒1942年8月製)

 

7)関連商品 

 ⑬ A.PLOMB (なんだ、これ?) 

・California Tool Company(旧社名A. Plomb Tool Company)という会社の1933年~40年頃の商品です。

・ebayで見つけ、まがいものかと思いながらもPLOMBと刻印されているので手に入れました。

・調べていくと、ルーツはPLOMBであることが分かりました。

・1907年にPLOMBが3人で創業された時のメンバーの一人がAlphonse Plombさんで、この人の苗字が会社の名前になりましたが、Plombさんは10年後の1917年に会社を離れ、A. Plomb Tool Companyという別の会社を設立。

・しかし、1927年に彼は引退し、その会社も売却されて、1931年にCalifornia Tool Companyという名前に変更され、"CALIF-TOOL"という刻印で工具を販売。

 

商売が好調なPLOMBにあやかろうとしたのだと思いますが、旧社名と旧社長名であるA. PLOMBという刻印を本家PLOMBが発売した1933年の直後に数年間だけ使用。

・それが、kこれです。

*情報源:Garage Journalに私が質問投稿したスレッド『こんなのを見つけたけど、これ何?

California Tool(&工具博物館)訪問記 by Factory Gear

 

 ⑭ P&C 

・P&Cは100年以上前の1914年にPeterrson氏とCharles氏が興した鍛治屋に端を発していますが、1941年に成長著しいPLOMBが買収しています。

・P&Cの工場をPLOMBが活用する一方で、P&Cブランドの工具は継続して販売されました。

・ただし、商品はPLOMBに同化し、PLOMBと同じようなラインアップになっています。

・1964年までP&Cブランドで生産されていたとのことです。

*情報源:Alloy Artifact P&C

 ⑭-1 /PLOMBグループ化後のP & C 1stモデル 

・PLOMBの初代フラットモデル(1933年~45年/①、②)と同一形状です。

・1941年にPLOMBグループ入りしていますので、それ以降にPLOMBモデルと併売されたものと思います。(P & Cの工場でPLOMBを生産し、その一部にP & Cを刻印したと推定)

・PLOMB向けは、⑥-3の"・"の数で工場が分かるのかもしれません。

・このPLOMBグループ化後の初期モデルは戦前の販売と思いますので、PLOMB戦前編に入れます。

↓PLOMB②との比較

 

3.PLOMBの歴史

 会社名:Plomb Tool Manufacturing Company

・1907年にロサンゼルスの鍛冶屋としてスタート

創業者は、Charles Williamsn、Jacob Weninger、Alphone Plombの3名で、3人目の Plombさんの苗字が会社名に(ただし、Plombさんは1917年に会社を離脱)

・1920年代に自動車ツール市場に進出し、1930年代に急成長

・1933年にコンビレンチを発表

・1934年から商品に刻印するロゴPLOMBの"O"を分銅デザインの"V"に変更し、PLVMBに

・1937年にPendeltonさんが社長に就任(在任:1936年~1968年)

後の1957年の社名変更時には彼の名前が社名になります。

・1941年にミルウォーキー (オレゴン州ポートランド) の P & C Hand Forged Tool Company を買収することにより、さらに企業拡大。

・1946年にハンマーを製造するFayette R. Plumb, Inc.に商標権侵害で訴えられ、結果としてブランド名をPROTO(Professional Toolsの略)に変更

・1948年よりPROTOを使い始め、1949年にはPLOMBの使用は中止となり、以降は現在に至るまで全ての商品がブランド名PROTOに

・1957年には会社名もPlomb ToolからPendleton Tool Industriesに変更

・現在はStanley & Black Decker社でProto Industrial Tools部門としてPROTOを運営

 

4.PLOMBの商標権トラブル

1920代には既に商標を登録していたハンマー製造業のPLUMBは、PLOMBを商標権を侵害していると1946年に訴えました。

交渉の結果、PLOMBの広告での使用は1948年3月24日まで、さらに商標PLOMB自体の使用は1950年3月24日までとすることで和解となりました。

これにより、新しいブランド名PROTO(Professional+Tool)を1948年2月から使い始め、同年7月には商標として登録しています。

しかしながら、PLOMBは商権に関する認識が甘かったようで、1948年にPROTOとPLOMBのダブルブランドのモデル⑧、⑨を世に出してしまいます。

推測として、『ブランド名はPROTOながら、会社名としてならPLOMBも刻印しても良いだろう』と軽く考えたのではないかと思います。

これに対し、『PLOMBは使用しない』という合意に反するとしてPLUMBの怒りを買い、和解契約違反として15万ドル     の違約金を支払うことになります。

さらに、前述のダブルブランドモデルは販売中止となり、同じモデルの裏面にPROTOとだけ刻印したモデル⑩に切り換りました。

これがPROTOの1stモデルになります。

ちなみに、1957年には会社名からもPLOMBが無くなっています。

 

↓PLUMBの商標を登録

 

5.鍛造方法(手打ちか機械プレスか?)

閲覧できる一番古いカタログ(1926年)の時から"PLOMB Hand-Forged"(手打ち鍛造)と書かれていますので、近代のDrop-Forged(機械による落とし鍛造)では無く、ハンマーで1本1本手打ちで鍛造から始まったものと思います。

1933年の最初のコンビレンチは、手打ちと落とし鍛造のどちらなのかと思ったのですが、1936年カタログのコンビレンチ頁にはっきりと"hand-forged"(手打ち鍛造)と明記してありました。

 

コンビレンチのページでの鍛造方法説明は1936年だけですが、カタログ裏表紙には1939年まで"PLVMB Hand-Forged TOOL"と表示された縦長の四角い会社ロゴが載っています。

一方で、翌年1940年の裏表紙の同じ会社ロゴから"PLVMB Hand-Forged TOOL"という表示が消えています。

さらに、同年の表紙には"Hand-Forged Tool"(手打ち鍛造ツール)ではなく、"Forged・Hand Tools"(鍛造ハンドツール)に変更になっています。

"Forged"と"Hand"の順番が入れ替わっただけですが、全く別の意味になります。

したがい、この1940年頃に手打ち鍛造から落とし鍛造に切り替わったものと推測します。

↑1939年…Hand-Forged Tools(手打ち鍛造ツール)

↓1940年…Forged・Hand Tools(鍛造ハンドツール)

 

6.最初のコンビレンチよりも前

PLOMBを世界で最初のコンビレンチと紹介してきましたが、正しくは世界で最初の"現代"コンビレンチ("Modern" Combinatin Wrench)となります。

現代/Modernの根拠は、スパナとメガネ共に15度のオフセットが付いていることです。

この両サイド共に15度オフセットのデザインは、現在でもコンビレンチの標準になっています。

一方で、オフセットが付いていないスパナ&メガネのレンチは1900年頃から存在していました。

それが"Old" Combination Wrenchです。

別ブログのこちらで紹介しています。

 

7.出典 

*1. The History of PLOMB Tools(アメリカPLOMBマニアによる必見の解説サイト)⇒ 和訳を【巻末】に
*2. Alloy Artifact-1 & -2(アメリカ工具のまとめサイト、PLOMBのブランド解説とコンビレンチのページ)

*3. Garage Journal(アメリカ工具マニアフォーラム、アルファベット2文字の製造記号に関して質問した私のスレッド)

*4. Catalog/Internet Archive(カタログ保存サイトのPLOMBページ)

このブログは、私のPLOMBコレクションと、上記4つのWeb情報に基づいています。

現在のProtoホームページによる『PlombとProtoの歴史』はこちら

 

戦後編/PLOMB-2カタログ編/PLOMB-3は別ページに移しました。

 

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【巻末】

"The History of PLOMB Tools"の和訳(Google翻訳)

一部に翻訳抜けがあったり、訳しきれていない部分があったので、修正しました。

なるべく和訳のオリジナルを維持するようにしていますが、一部は意訳に変更済み。

※印文章は、私個人の注釈。

 

・セクション 1 - はじめに
 このページを初めてご覧になる方のために、特定の工具メーカーに関する歴史的な情報を確認するための継続的なプログラムになることを願って、いくつかの想いと簡単な伝記から始めさせて下さい。20世紀前半に多くの人から「トップ オブ ザ ライン」と見なされたハンドツールのブランド、1907年から1947年までの PLOMBツールの40年間です。
 私の名前は Ed Boudinot です。私の PLOMBツールへの関心は、1941年に父が新しい PLOMBソケットとレンチのセットを購入した時に始まりました。カリフォルニア州サンルイス・オビスポのカル・ポリに住み始めた最初の年に使用するためでした。当時、大学は男子のみで、航空工学の学位を取得するための「実践的な」カリキュラムを提供していました。30年間の兵役(3回の戦争を含む)とその後に引退するまでの間、私はこれらの道具を保管していました。 数年前のノスタルジックな瞬間に、1941年には約20本だけだった私のPLOMBを多く揃えることにしました(※意訳)。そして、この Web ページの基礎として使用する無数の情報源を得ることに成功しました。
 この Web ページが PLOMBツールに関する参照および情報のソースとなるように、読者が親切にも修正や提案を行い、さらに最も重要なこととして事実に基づくデータを提供してくれることを願っています。すべての適切な資料は大歓迎です。この Web ページに組み込むことができるように、私の電子メール アドレス Gemlake@jps.net に送信してください。 Web アドレス (URL) は、PLOMBツールのコレクターやその他のツール愛好家として特定された個人に配布されます。ここで入手できる情報は、商業目的で使用されることはありません。

 

・セクション 2 - PLOMBツールの簡単な歴史
 1907年、Alphonse Plomb 氏、Jacob Weninger 氏、Charles R. Williams 氏がロサンゼルスに会社を設立しました。3 人でささやかな鍛冶屋として、ハンドハンマーを使って金床でノミとパンチを作り、ハンド ベローズ コークス炉で鋼を加熱しました。
 1917年にJohn L. Pendleton 氏がパートナーとして入社しました。会社のダイナミックな成長の多くは、1918年にカレッジ (ペパーダイン) の学期の合間に鍛造ヘルパーとして働き始めた息子のMorris B. Pendleton 氏のリーダーシップの下にもたらされました。彼は 1922年にゼネラル マネージャーおよびパートナーとして会社に永久に入社し、1936年に後に Pendleton Tool Industries, Inc. として知られる会社の社長になりました。Pemdleton 氏は、1968年まで社長を務め、1969年まで取締役会長を務めました。
 1921年頃、同社は自動車整備用工具の製造を非常に小規模な方法で開始しました。経営陣はさまざまな段階を経てこれを開発し、1927年に Automotive Jobber を顧客として設立しました。
 1922年には、わずかながらレンチラインが拡張されました。当時製造されていた少数のレンチは、会社の目的に適したサイズと材質の T型フォード車軸で作られていました。

 1928年、カリフォルニア州ロングビーチの Paschall Tool Co. を初めて買収しました。この会社は、以前は競合他社であり、同じ製品を数多く生産していました。 Paschall のスタンプが付いた Paschallブランドのハンマーは、PLOMBの生産が終了するまで、Plomb Tool Company によって製造された唯一のハンマーでした。これは、Plumb Tool Co. (主に打撃工具のメーカー) が製造する同種の工具に PLOMBのロゴを使用しないという合意の下で行われました。この名前の類似性は、次のセクションで説明する大きな問題になることでした。
 Cragin Tool Company の資産を購入して、1940年にシカゴに分工場を設立しました。
 1941年初頭、ミルウォーキー (オレゴン州ポートランド) の P & C Hand Forged Tool Company を買収することにより、さらなる拡大が行われました。John Peterson 氏と Charles Carlborg 氏は 1920年に P&C を設立しました。施設は契約生産を増やし、1964年頃まで P&C ツールの生産を続けました。
 1942年、第二次世界大戦中の大規模なライトフィールド契約(軍への納入)のための材料を生産するPLOMBの能力を高め、Pnens Corporation の買収によりロサンゼルスで「契約会社」が設立されました。 

 1947年、Penens 社はシラーパーク (シカゴ) に移転し、そこでツールの生産を続け、Fleet と Challenger の2つのブランドを発表しました。
 第二次世界大戦中に大きな利益が得られました。同社は、軍隊向けの生産と契約、および本格的な出荷に向けて準備を整えました。"E"賞(陸海軍生産賞)を 5 度獲得し、業界のリーダーになりました。 

 1945年と 1946年には、同社は南米諸国に進出し、海外への輸出を再開しました。
 1947年に多種多様なプライヤー タイプの工具を含む手工具の別の製造業者、J. P. Danielson Company (Jamestown, NY)を買収しました。
 Plomb Tools of Canada, LTDが、急速に拡大するカナダ市場に対応するために1952年5 月に設立されました。
 Protomex, S.A. は、1963年にメキシコのハリスコ州グアダラハラに関連会社として設立されました。
 1957年1 月に社名が Plomb Tool Company から Pendleton Tool Industries Inc に変更され、1962年にニューヨーク証券取引所と太平洋沿岸証券取引所に上場されました。1964年に Ingersoll-Rand Company は Pendleton Tool Industries Inc を完全子会社にします。そして、(Pendleton Tool は)Proto Tool Divisionの名の元に Ingersoll-Rand Company の一部門として運営されました。 製造工場は、ロサンゼルスならびにニューヨーク州ジェームスタウン、イリノイ州シラーパーク、オレゴン州ポートランド、さらにカナダのロンドンとオンタリオにあり、またメキシコのグアダラハラに関連会社であるProtomex, S.A.もありました。 配送センターは、オハイオ州コロンバスとアリゾナ州ツーソンにありました。
 Ingersoll-Rand 社の Proto Division は、1984年5 月に スタンレー社/Stanley Works に売却されました。この記事の執筆時点では、スタンレー社の Proto Industrial Tool Division はコネチカット州ニューブリテンに本部を置いています。
 脚注 : 上記の簡単な歴史は、Tom Burnes 氏から送られてきたパンフレットの一部です。Burnes 氏は、Plomb の時代に遡る Proto Tools の従業員でした。Burnes 氏とは数年間連絡を取り直すことができていません。この歴史志向のパンフレットは、私が発見できた数少ないものの 1つであり、主に会社の発展と変化の出発点と全体像を確立するために含まれています。Plomb Tool Company は1957年までは社名を変更していませんが、このレポートは主に1907年から1947年までの期間に焦点を当てています。

 

・セクション 3 - PLOMB から PROTO へ
 Plombツールにとって最も致命的はストーリーは、パンフレットには書かれていませんでした。訴訟は 1946 年に Plumb Tool Co. の所有者である Philadelphia の Fayette R. Plumb 氏によって開始されました。Plumb 氏は、PLOMBツールが商標を侵害していると主張しました。 明らかに、Plomb 氏はむしろ自由な精神であり、商標登録などのありふれた事柄には関心がありませんでした。その結果、1947 年に係争中の訴訟の結果、Morris Pendleton 氏は、1948 年3月24日までに商標"PLOMB"の広告での使用を中止し、1950年3月24日までに商標”PLOMB"そのもの使用を中止することに同意しました。しかしながら、PLOMBツールは、同意したはずの1948年に"PROTO -Mfg. by Plomb Tool Co."と刻印した製品を出してしまいます。このため、Plumb 氏は Plombツールに対して侮辱訴訟を起こしました。1949年に和解に達し、1950年3月25 日まで、PLOMBツールは製品に"PLOMB"という言葉を付け、"PROTOツール、以前は PLOMBツール"と宣伝することを許可しました。しかしながら、その代わりに"PLOMB"と表示された工具の販売による利益より税金控除の対象となる無利子手形で250,000ドルを支払うこととなり、PLOMBツールは当時の税法に基づいて 155,000 ドルの純損失を被ることになりました。なお、Plumb Tools は現在も Cooper Tool Inc. の一部門として主に打撃ツールを製造しています。

・セクション 4 - Alphonse Plomb と California Tools
 この社史におけるもう 1 つの非常に興味深く重要な要素は、Alphonse Plomb 氏の行動でした。彼の名字は、最初からブランド名として使用されていました。Plomb 氏は、1916年か17年に、John L. Pendleton 氏がパートナーとして参加した頃に、他の2人のパートナーとの関係を断ち切ったようです。特にPendleton 氏の参加とほぼ同時に彼がことを起こしたことの原因について推測することは興味深いことです。Plomb 氏は、2番目の会社を設立し、"A. Plomb"というブランド名で自動車業界向けの機械工具の製造を開始しました。 S.C. Miller 氏が、その A. Plomb Tool Co. を買収した1927年まで、彼はPLOMBツールのマイナーな競争相手として事業を続けました。その後、Plomb 氏は工具事業から完全に引退しました。 (Miller 氏は)California Tool Company (CTC) という会社を1931年に登録していますが、"Calif Tools" に加えて、一部のツールに"A. Plomb" のロゴを使用していました。

※⑬に入手できた"A.PLOMB"の現物写真を掲載。
 Miller 氏の息子 Carl が1956 年頃に CTC の経営を引き継ぎ、1999年に彼の息子 S.C. Miller III (Steve) が3代目の社長に就任しました。名前がプロトに変更される前後の何年もの間、CTC 自らの販売と共に、PLOMBツールの主要な販売店でした。PLOMBツールの歴史への主要な貢献として、S.C. Miller Jr. (Carl) 氏の指揮の下、CTC が、数千の PLOMB商品と関連文献の私立博物館を作っています。Dale More 氏は、この取り組みにおいて Carl Miller 氏を支援し、この Web ページにも主要な情報を提供してくれました。

 

・セクション 5 - War FinishとWF/Wright Fieldと

 PLOMBツールに刻印されている"WF"と"War Finish"という言葉は何を意味しているのでしょうか?

これは、初心者から継続的に尋ねられる質問です。私たちは次の事実を知っています:
(1) "WF" は、第二次世界大戦中に軍隊によって使用された数十万のPLOMBツールの識別番号の前に使用されました。これらの番号は、PLOMB のカタログ番号とは一致しませんでした。
(2) "War Finish"という言葉は、第二次世界大戦中に民間市場向けに製造されたいくつかのPLOMBツールにスタンプされ、標準のPLOMBカタログ番号が表示されていました。
(3) ライトグレーのダスティ仕上げは、事実上すべての "WF" 番号付きツールと、第二次世界大戦中に民生用に製造された一部のツールに使用されました。これはしばしばカドミウム仕上げと呼ばれます。注意事項: マスク無しでコーティングにワイヤー ブラシをかけないで下さい。有毒です。
(4) オハイオ州デイトン近くのライト飛行場 (現在はライトパターソン空軍基地) は、第二次世界大戦前および第二次世界大戦中に、主要な陸軍省契約組織の基地でした。この組織は、民間産業との主要な契約を締結し、ライトフィールドで商品を受け取り、世界中の軍隊に配布しました。※ライトフィールド …ライト兄弟が初飛行した野原を俗にWright Field/WFと呼んでいます。
(5) Plomb Tool Company は、契約したツールに契約機関の名前または略称を数多く刻印しています。 
(6) Plomb Tool Company が発行した利用可能な出版物では、WF シリーズツールを Wright Field Tools と呼んでいます。
 大戦争中に政府との契約の下で生産されたツールが、生涯のサービスを考えて設計または製造されていなかったことは間違いありません。それらは、特定の政府仕様を満たすことを除いて保証されていませんでした。したがって、他の考慮事項に加えて、メーカーは、生涯保証を意味する標準のカタログ番号を使用したくなかったでしょう.
 戦争努力の予想される要件を満たすのに十分な量の重要な材料を継続的に利用できるようにするために、民間市場向けのすべての製造に制限が課されました。これを念頭に置いて、民間の道具に刻印された”War Finish"(戦時仕上げ)は、これらの道具が、豊富な物資へのアクセスがあった平時に会社によって設定された材料基準に必ずしも達していないことを示していると仮定するのが合理的です。"War Finish" という言葉が外装の質感や外観だけを指している訳ではありません。
 "Wright Field" の "WF" は、購入契約先であり、完成した商品を軍向けに配布するため納入先でもありました。したがって、標準の品番と共に "WF" を付けることは優れた表示でした。政府の契約代理店は、Plomb の標準カタログを使用して簡単に注文することができ、会社はこれらの数字を適切に翻訳することができました。なお、"WF"シリーズツールのリストや説明を含む既知のカタログはありません。
 このセクションを要約すると、"WF" と "War Finish" は通常のツールの色と質感を示していなかったと言うことになります。"WF" とは、政府が契約したツールであるライトフィールド/Wright Field の契約元と宛先を意味していました。民間市場向けのツールや戦時モデルの"War Finish"製品は、戦時中の物資不足のために、製造に使用される材料の品質が低下した可能性があることを示していました。

 

・セクション 6 - 製造年
 PLOMBツールに何らかの方法で製造年が記されているという書面による証拠文書は残されていません。また、さまざまな文字、逆下げられた重錘、またはその他の刻印の特異性がツールに配置された理由についての説明も残っていません。残念ながら、当時の製造プロセスを管理していた人物は、もう私たちのそばにはもういません。ただし、以前は、「生涯」ではなく一定期間の保証が提供されていました。したがって、頻繁な設計変更がない限り、製造年の表示が必要でした。これを念頭に置いて、残りのPLOMBツールのいくつかを実際に年代測定したいというコレクターの自然な欲求と相まって、ロサンゼルスの John Baldwin 氏は何千ものPLOMBツールを調査しました。彼は、1927 年から 1942 年の間に製造された工具には、実際には製造年が刻印されているという結論に達しました。また、おそらく個々の生産部門が原因で、このスケジュールからの逸脱が頻繁に発生していることを発見しました。特に 1930 年代の恐慌時代には、経営陣はまだ生産的なプレス機械へ変更することに消極的でした。Baldwin 氏の調査結果は次のとおりです。
1927-1933 … これらのツールには、Plomb という単語に丸みを帯びた「o」があり、製造場所はロサンゼルスであり、通常は刻印された番号の後に文字が続きます。数字は製造年を表します。つまり、7は1927年を表します。数字は 7,8,9,0,1,2,3 になります。
1934 - 1939 … これらのツールには、Plomb の「o」の代わりに「下向き」の三角形が表示されます。 4から9までの数字は製造年を表しています。
1939 - 1942 … これらの年に製造されたツールは、ロサンゼルスではなく USA とマークされ、本体に9,0,1または2の番号が刻印されます。
1934年と1939年は1月1日に切り替えが行われなかったため、これらの特定の年に製造されたツールにはいずれかのマークが付けられています。年号は統一されていませんでしたが、1つの数字だけがその年を特定する手がかりとなっています。他の文字やマーキングの配置は、製造年を開示していません。各年の表示は、Wayne 氏による一覧表で説明されています。(※前半の②-7の下に掲載)

 

 この製造年セクション6を離れる前に、PLOMBツールの最後の数年間にPLOMB製品で大部分を構成したペブルスタイル(玉砂利)のデザインに関して、いくつかの説明が必要でしょう。このデザインは、第二次世界大戦前の 30 年代後半から 40 年代前半にかけて、プライヤータイプのツールのハンドルに初めて登場しました。これらのツールは、実際には他のメーカーによって Plomb 用に製造されたものであり、おそらく滑り止めのハンドルグリップが目的でした。これがPLOMBのエンジニアによるデザインなのか他社のデザインなのかは不明ですが、1945年頃(※戦争終了と同時/意訳)にPLOMBラインの大部分に採用されました。このデザインは、PLOMBツールが PROTOロゴへの変更を要求されるまで続けられました。 実際、新しいデザインのいくつかのサンプルが、PLOMBのロゴが付いた状態で非常にまれに発見されています。

 

・セクション 7 - コンビネーションレンチ
 Plomb Tool Company による工具業界への多くの革新と貢献の中で、おそらく最も重要で永続的なものは、現代のコンビネーション レンチの開発でした。コンビネーション レンチは、産業革命の初期から多くの個人によって製造されていましたが、1933 年までレンチが洗練されて、1つのデザインが "Theコンビネーションレンチ"として受け入れられるまでには至りませんでした。18 世紀の「バギー レンチ」から始まり、コンビネーションレンチはさまざまな角度とオフセットで作られ、多くの場合、特定の用途に対応するために複数の開口部がありました。PLOMBツールはさまざまなデザインの実験を開始し、最終的にオープン エンドの角度を15度、ボックスエンドのオフセットを15度にしました。ボックスの端のオフセットは、難しいボルトやナットを緩めたり締めたりするのに必要な圧力を加えるときに、ナックルの皮をむく可能性を減らすと考えられていました。開放端の角度は、限られたスペースでのレンチの操作性を高めるように設計されています。
 1933年4月、Plombツールは、新時代のコンビネーションレンチについて説明し、4本セットを販売用にリストしたBulletin を発行しました。このデザインはすぐに他のツール メーカーによってコピーされ、業界の標準になりました。コンビネーションレンチのPLOMBデザインは、Plomb Tool Co. が PLOMBブランドを製造していた残りの数年間、わずかな表面変更が加えられただけでした。


・セクション 8 - 参照

★カタログ

 カタログがいつ発行されたかについては規則が無いように見えたので、その決定はランダムに行われたか、価格の変化によって決定されたことは間違いありません。 新しいツールが開発、製造されると、現在のカタログの挿入物として「速報」が発行されました。 後年、「発効日」を含む個別の価格表が発行され、現在のカタログに適用されました。
 非常に初期のカタログが eBay で購入されましたが、日付も番号もありませんでした。(※下の一覧表の一番上)

カタログに貼り付けられていたメモには、カタログに表示されているメカニックツールが記載されている価格とカタログ番号では入手できなくなったと書かれていました。このことは、近々に新しいカタログが利用可能になることを示しています。次に発行されたカタログが1926年であることから、この初期のカタログは1925年頃に発行されたものであり、現在知られている中で最も古いものであることが明らかです。

 

★"WF"一覧表

ツールの説明を含む "WF"シリーズ ツール リストは、PLOMBコレクターにとって貴重で興味深いリファレンスを提供します。 これらのツールのリストは、一般公開された資料にはありません。

※一覧表は、当ブログの本文内⑥-3の下に掲載。

 

★納入先名入り(Contract Stampings)

これは、別の会社または活動との契約に基づいて製造されたことを示す刻印のある Plomb ツールのリストです。 最も一般的なのは"WF"スタンプです。実際の契約書は入手できないため、ここでの刻印の解釈は 100% 正確であると見なすべきではありません。間違いなくもっと多くの例があります。

※最後の一文の意味が分かりません。

The contract stamping normally presede the Plomb Logo whereas the letters after the Logo are assumed to be factory initiated with a meaning not recorded.

直訳 ⇒ 契約の刻印は通常Plomb ロゴの前に付けられますが、ロゴの後の文字は記録されていない意味を示している工場と想定されます。

納入先名称入りモデルの契約先は文章通りにPlombロゴの前に表示されていますが、『Plombロゴの後』に文字が入ったものは見たことが無く、また文章の意味も分からず、何のことを言っているのか不明です。

※一覧表は、当ブログの本文内⑤-3の下に掲載。

 

この回、終わり