僕はなぜ 遠くへ行こうとするのだろう
近くの場所もしらないのに
僕はなぜ 人に勝とうとするのだろう
自分にすらまけているのに
僕はなぜ 高価な服で着飾るのだろう
心は寂しさにゆれているのに
僕はなぜ 嘘をつくのだろう
僕はしっているのに
僕はしっているはずなのに
そこは涙の溢れだすところ
いつも乾いた涙でぬれているところ
僕はなぜ 遠くへ行こうとするのだろう
近くの場所もしらないのに
僕はなぜ 人に勝とうとするのだろう
自分にすらまけているのに
僕はなぜ 高価な服で着飾るのだろう
心は寂しさにゆれているのに
僕はなぜ 嘘をつくのだろう
僕はしっているのに
僕はしっているはずなのに
そこは涙の溢れだすところ
いつも乾いた涙でぬれているところ
少しだけ、幼年時代にタイムスリップして来ました。
今日は散歩と買い物のついでに、ふと思いたって、国分寺の殿ヶ谷戸庭園という所へ、ふらっと寄ってみたのです。
夕方4時、少し陽が傾きかけた頃。今日は暖かくて、風が穏やで心地よい日和でした。
藤棚の下って、花の色が陽に照らされて、甘い香りと相まって、空気が藤色になるんですね。
生まれて初めて知りました。
小さいころは、近くの公園や学校に藤棚があったのですが、その世界に、全く気がつかなかったです。
小学校のころは、藤の花をむしって投げて遊んでいたような記憶があります。
全く同じではないにしても、同じものを、同じ人間が触れているのに、その感じ方の違いに驚かされ「少しずつ歳をとっていくのもいいもんだ」なんて思ってしまいます。
---
なぜだかふしぎなことに、子供だったころには、わたしは大人に似せようと努めていたのだが、子供でなくなってからは、しばしば子供らしく見せたいと望んだものである。 /トルストイ『幼年時代』より抜粋