Vinogradova Elena

 

絶対に忘れちゃいけないこと。クライアントの希望よ。




いよいよCPAの一次試験が近付いてきた今日この頃。

毎日、朝の強迫観念がやばいです。



先日、かわいがっていただいているIT系の社長さんに連れられて、

身内パーティーに行ってきた。



合計20名ほどのその会には、各界著名人というか、

各方面で一流の仕事をされている人がたくさん。

お互いが仲良ししか参加できないそのパーティーに参加させていただいたわけです。



そこでまた、とても多くのことを学んだ気がした。





今回の偉人言、Elenaさん。

彼女は、2006年Miss RussiaとしてMiss Internationalに参加、

Best Language賞を受賞された方です。


完全に美人のロシア女性でしたが、

実は京都育ちの京都弁で、通訳のお仕事をこなし、大変頭の切れる方でした。




Marvlog



会話の中で、モデル業の仕事で何を最も重んじるのかという質問に、

「クライアントの気持ち。」

そして、会話では常に、

「残念ながら、すべてお金のための仕事になってしまうのがモデルの仕事。」

とおっしゃっていました。



なんか、リアルで、少し残念で、複雑な気持ちだったけれども、それもまた現実。




あのブライダル業界筆頭のゼクシー。

みなさんもCM等々では、あったかくなった人もいたかな??


Elenaさん曰く、あの出演しているモデルさんたちは、

全員、13歳と15歳なんだとか・・・・



実は、ブライダルに繋がる恋の一つも体験してない子たちが、

お金のために働いているそうです。



なんとも・・・・。




別にお金のために働くことが悪いわけでもないし、

それを利用していく企業も悪とまでは思わない。



けれど、企業のクライアントは、もっとモデルさんたちを敬うべきなんだなと感じた。

結局、そのモデルさんたちに着てもらっている服を売りたいのは、クライアント。

でも、その服を実際に世に送り出すのは、モデルさん。

はたまた、画面に映らない、メイクさん・カメラマンさん。



つまり・・・



やっぱ上から目線の仕事をする経営者にはなっちゃいけないね。

敬うことを忘れない。



そんな当たり前のことを、今回はモデル業界の目線から、切実にお話が聞けてよかったと思う。







さあさて、試験。

決して上からの立場になることなく、謙虚に自分のしてきた勉強を信じて、

やりきる。







Toshiya Ozaki

貧しいから教育が受けられないのか、教育がないから貧しいのか。君ならどう考える?




どちらだろうか・・・

去年の大学のウェルカムキャンプ中、

将来教育に携わりたいと伝えた際に、お世話になった先生に言われた言葉だ。


どちらが先にせよ、結局教育が必要か否かってことが、

この命題の本質であるように思えるけど・・・




資本主義と社会主義。

近年、格差社会がさらに広がりを見せていることがよくニュースで取り上げられている。


勝ち組と負け組。

金持ちと貧乏。

なにがそれらを分けるのか。



はっきりって、私は今、そこまで資本主義が嫌いではない。

というより、社会主義的発想はあまりしっくりこないと云うべきか。


実際、自分自身は見事に格差社会の波にのまれてしまった境遇にあるわけで、

その点では、暮らしが切実に厳しくなる今日の日本経済社会には疑問も持つ。


一方で、そんな社会に対して自分はいったいどれほど貢献をしているのだろうかとも思う。

国家という社会組織を形成している以上、生活の最低水準を保証されることは、

云わば当然の権利である。


同時に、それは国家という社会組織に対して自ら国民として貢献をすることに裏付けられうものではなかろうか。

ともすればいったい、自分は今どれほど貢献をできているだろうか。

自分たちの権利ばかりを必死に訴えている国民のどれほどが、国家に有益な貢献をもたらしているのだろうか。



やっぱ、甘えているだけなのかもしれないな。

確かに資産家や、AIGの幹部報酬問題で米国にても問題視されるように、

資本主義は過度な格差を生み、同時に、

彼らの機会主義を蔓延させるかもしれない。


ただし、これは見方の問題で、

資産家たちの何割が本当にそうした機会主義を取っているのだろうか?

彼らはみんな、機会主義者?


おそらく違うだろう。

メディアに露出しているのはそれこそ一部であって、

逆に規模こそ僅少なものの、

低所得層の方が、よっぽど国民の権利の上に眠るものだろうな。


さらに言えば、自分だって、大学生という社会的地位に甘んじて、

国家資格の勉強を理由に好きな勉強しているわけだし、

本当に社会のために行動しているわけでもないな。



そう考えていくと結局、どんな境遇にあれ、

自分が社会のためになる行動を取り、

その対価として国民の権利を保証してもらう。

これが基本なのかなとも思う。


だから、つまりは、



やれ。




ってことですね。

がんばります。

がんばろう。

みんなが頑張ったら、多少の機会主義者の影響こそ僅少になるでしょ。




はじめの問いの答え。

教育は、国民として、国家のために、国民のために、幸せと繁栄をもたらすために、

資本主義と人間の権利を保障するための手段ではないだろうか。




P.S

Dear my best friend,

You can do it with me.









Denchu Hiragushi

人間はいたずらに多事。人生いたずらに年をとる。いまやらねばいつできる。わしがやらねばたれがやる。



もう2年。

もう2年。

もう10年。

もう20年。


時が流れる速さにただただ身を焦がす。



去年の今頃、おととしの今頃、

それに比べた今の今日この頃。


確実に成長してる、確実に世界も広がっている、確実に楽しんでる、確実に経験している。

でもそれが何になる?


何になるかは誰もわからない。

けど何かに向かって何かが広がりを見せている。

少しゴーギャンの言う迷走の意味が分かる気がする。


Cogito elgo Sum

デカルトの言葉にあるようにすべては自分。


なんかあれだな、

やっぱりもう一度アラビア語とラテン語ちゃんとやろう。

原典が読みたいから。

もちろん英語も現典を読むのには必須だけれども。



大学の経営学部新入生ウェルカムキャンプの運営では自分の力の足りなさと、

課題、周りの人のちからを再認識できたから、

もう一度自分を磨いていこう。


みんな、ありがとう。


P.S

Who do I love?