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『勉強でいちばん大事なところ』

 あなたもワクワクしながら勉強する世界にきませんか?

こんにちは、Kouです。

今回は『メメントモリ』です。

『メメントモリ』これは知っている人もいると思いますが、

アニメのガンダムにでてくるレーザー兵器、ではなくて(知らない人はごめんなさい)

これはラテン語で『死を思え』って意味です。

いきなり死を思えって言われても、「何のこっちゃ?」って感じですよね?


簡単に言うと、

終わりがあるから今を精一杯生きろってことです。

『死』を忘れずに、『死』をちゃんと受け入れて、いつか『死』が訪れることを前提に生きるってことです。

この話は物理的な、肉体的な『死』のことだけではありません。

どんな物事には始まりがあれば、終わりがありますし、人との出会いもあれば、別れもあります。

いつかは、物理的な終わりや精神的な終わりが訪れます。

すべてのものに終わりはくるってことを意識できた瞬間に『今』の大切さが分かります。


他の言葉で言えば、『失って初めて、それがどんなに大事だったか分かる』です。

失って初めてそれが大事だと気づくのか、失う前にその大切さに気づくのか。

みんなにとって時間は有限で、二度と過去には戻れません。

高校3年生になって、「1年の時からちゃんと勉強していたら・・・」と思っても、二度とその時間は帰って来ないし、その後悔が消えることはありません。

大学生になり、「受験に向けてもっと高校生の時に頑張っていれば・・・」と思っても、高校生には二度と戻れません。

社会にでれば時間の制約は低くなるので、今年できなければ来年やればいい。

ですが、高校で過ごせる3年間は一生でその3年間しかありません。

いくらやり直したくても、もう一度高校生に戻ることはできません。

その終わりを意識できたとき、1日の大切さ、高校生活の大切さ、友達や家族の大切さ、色々なことの大切さに気づけます。

人によっては塾で過ごせる時間も、ほんの少ししかありません。

本気になれるのは今しかない。それに早く気づいてほしい。

いつ気づくのか?です。

今を大切に、本気で生きてほしいと思います。

『メメントモリー死を思え」でした。
こんにちは、Kouです。

今回は『勉強する目的』について。

勉強する目的は人それぞれあると思います。

例えば、単純に成績を上げたいからって人もいると思いますし、大学に行きたいから、学びたいことを学びたいから、女の子にモテたいから、

将来やりたい仕事に就きたいから、友達から認められたいから、優越感を感じたいから、自信をつけたいから、両親を喜ばせたいから、

自由を手に入れたいから、などなど挙げればきりがないでしょう。

ただ最終的には1つのことに集約されるんじゃないかと思っていて、


最後に行き着く先は『価値を生み出すこと』だと思います。


自分の感情をある程度満たすことができれば、自然と目は外に向かいます。

周りから認められて、優越感を感じまくって、自分の感情を満たして、それで終わりにはならない。

大学で研究することも、資格をとることも、将来やりたいことをやることも、そこには絶対に人が関わってくる。

仕事を通じて、人の役に立ったり、人を喜ばせたり、人に感謝されたり、そんな風に人と関わることになります。

そして、人が関わればそこに価値の交換が起こります。


例えば、

『家』と『お金』って価値を交換をすれば家が建ちますし、

『車』と『お金』って価値を交換すれば車が手に入ります。

病院に行けば、『病気や体調不良の解決』と『お金』の交換ができますし、

弁護士を尋ねれば『お金』と『問題の解決』を交換してもらえます。

現代は『お金』を媒介にして価値の交換がなされているに過ぎません。

『大間のマグロ1本1000万』と『車』を交換してと言われてもマグロにそれだけの市場価値があると知っていても、マグロをもらっても困るから交換は成り立たない。


価値の交換が成り立つのは、

お互いが価値があると思っていて、交換してもいいと思った時だけです。

それが現代では『お金』ってだけのことです。

毎回毎回『お米』とか『野菜』とかと『車』を交換していたら面倒ですよね。

でも以前はそうだったわけですよ。

例えば、それが『絹織物』とか『銀の粒』とか『お米』だったりしたわけです。今はそれが『お金』に変わっただけのことです。

で、今後僕らが生きているうちはおそらくそれが変わることはないでしょう。

ということは、僕らは『お金』と交換してもらえる『価値あるもの』を生み出さなければなりません。

そのために僕らは、勉強し、自分を成長させ、他人を理解し、価値を生み必要があるということです。

今回の話は最近の勉強会の話と関わってきます。

興味がある方『S-club』の記事を勉強しておいて下さい。

ということで、今回はこの辺で。
こんにちは、Kouです。

人生って、きっとうまく行き過ぎてもつまらないし、うまく行かなすぎてもつまらないと思う。

適度なストレスや適度なプレッシャーがありつつ、自分が一番気持ちよく思える成果を出す。

そんな感じが最適なんじゃないかと思う。

小さなことで言えば、

問題集に取り組む時も解ける問題もあり、解けない問題もあるくらいがちょうどいいし、

狙った通りの結果になることと、狙いとは違った結果になることのどちらも必要だと思う。

一方に偏れば退屈を感じ、もう一方に偏れば行き詰まりを感じる。

満足だけでは進化は生まれないし、不満足だけではまったくやる気が起こらない。

その両方のバランスをとっていくことが重要ってこと。

先の見えているゲームほどつまらないものはない、それと同じです。

正解を選び続けるルート選択ゲーム、規則的なテトリス、いつものお決まりメニュー、確かに正解かもしれないけど、安全な道ばかりじゃつまらない。

たまにはチャレンジも必要です。

そのバランスは経験して身につけていくしかない。

自分に何かを課しすぎたり、詰め込みすぎると嫌になったり、投げ出したくなる。

それがなさ過ぎると停滞、堕落し、進化は起こらない。

そのバランスがとれている時に人は充実感を感じます。


じっくり考えなきゃ解けない難しい問題を解いた後は、簡単な問題や以前解いた問題の再確認をしたり、暗記テストをしてみたり、日々の勉強の中でもそうやってバランスをとりながら勉強することが大事です。

バランスを意識しながら勉強して下さい。
こんにちは、Kouです。

今回は最近考えていることについて話そうと思います。

早速本題ですが、

人がなにかを手に入れる方法って結局、

究極的には、自分で勝ち取るか、与えてもらうかのどちらかしかないなと。

もちろん、高齢化や過疎化が進み、情報の格差や貧富の格差が広がれば広がるほど、共助、共有、シェア、の考え方はますます重要になってきます。

ですが、恋人を共有するわけにはいかないし、成績を共有するわけにもいきません。

であれば最後は自分で勝ち取るか、与えてもらうかしかないなと。

そして、いつも与えてもらうばかりではいられません。

無い物は無いし、出来ないことは出来ないわけですから、無い物ねだりをしても始まりません。

「それでも俺は満足だ」

と、心の底から思っているのであれば、それでもいいかも知れませんが。

でも、みんなも分かっているはずです。

自分が進化しなければ、一生、自分が望む人生なんて歩めないということに。

もしみなさんが、もっと頭を良くしたい、もっと成績を上げたい、

自分がやりたいことをやりたい、自分が望む人間関係を手に入れたい、

仕事で成功したい、海外を自由に旅行したい、お金に一生不自由しない人生を送りたい、

社会に貢献したい、人を助けたい、そう思っているのであれば、


自分が進化するしか道はありません。


誰かが急に莫大なお金を譲ってくれたり、知らない親戚から遺産が転がり込んできたり、 道ばたで10億円拾って10%貰ったり、宝くじに当たったり、


そんなラッキーな奇跡が起こることなんでまずあり得ない。


急に世界の物理法則が変わったり、いきなり自分が異能な能力に目覚めたり、寝て起きたら東大の問題が解けるようになっていたり、


なんの苦労もなく資格がとれたり、そんな自分に都合のいいことは起こりません。

それがシェアできるものでなく、望みが大きなものであればあるほど、自分が進化するしか道はありません。

結局、まぁ、自分がやるしかないなということです。

自分を変えられるのは自分だけです。
こんにちは、Kouです。

今回も前回に引き続き人間関係について話して行こうと思います。

前回は『憶測が世界を歪める』でした。

もしかしたら自分の勝手な思い込みで悪い結果を導いているかもしれないよという話でした。

今回はそれに関連して『これは思い込みじゃなくて事実だよ』です。

世の中には悪意を持って攻撃してくる人間もいます。

言葉や行動が明らかに悪意をもっている人達のことです。

その人達に対してどうすべきか?

結論を言ってしまえば、そういう人は放っておくのが一番だと思います。

彼らを変えようとしても、無駄な努力に終わることが多いからです。

僕自身の話で言えば、嫌いな人とはつき合いません。

中には避けられない人もいますが、自分から積極的に話しかけたりはしません。

何か嫌なことをされても「未知の生物なんだな。」って一旦脇に置いておきます。

僕も仏や神様じゃないので、残念ながらまだ「彼らのことも救ってあげなきゃ。」みたいな使命感は湧いてきません。

ちょっと話は長くなりますが、

『理性の限界』って本の中で、面白い実験が紹介されていて、

その実験は心理学者や経済学者など様々な分野の大学教授達がコンピューターのプログラムを作り、得点を競うというものです。

ゲームの内容は、とれる選択肢は2つで、『協調』か『裏切り』のどちらかです。

2つのプログラムが同時にどちらかを選択し、

お互いに『協調』を選択すればお互いに<3点>ずつ、

選択が異なり『協調』と『裏切り』になった場合は『裏切り』を出した方に<5点>、

『協調』を出した方は<0点>、

お互いが『裏切り』を出した場合はお互いに<1点>を分け合う。

そのルールのもと得点を競うゲームです。

それをプログラム同士10000戦行い、平均得点が一番高いプログラムを優勝とします。

シンプルなもの、複雑なもの、合わせて20個ほどのプログラムが考えられました。

その結果、どうなったかというと、

優勝したプログラムたった3行で書かれたとてもシンプルなプログラムでした。

そのプログラムは、

①はじめ『協調』を出します。

そして、

②相手が『裏切り』を出すまでずっと『協調』を選択します。

③その後は相手が選択したものと同じ選択をします。

つまり、『裏切り』が一度出された後は同じく『裏切り』を選択し、相手が『協調』へ戻れば『協調』を出し続けます。

そんなシンプルなプログラムが一番高い得点を出し優勝しました。

で、今回この例を紹介した理由は、

これが人間の理性的判断の限界に迫ろうとした実験だったからです。

つまり、「人間関係で相手にどう接することが一番理性的か?」を示しています。

まずは協調し、裏切られたら裏切り、相手が協調に戻れば協調する。

それが最も理性的ではないかという結果になったわけです。

これはプログラムでしたが、人間関係を築いていく上でも同じです。

まずは協調、裏切られたら一旦脇に置いておく、協調に戻れば協調する。

裏切り続けられたら放っておく。

この実験はそんなことを教えてくれていると思います。