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『勉強でいちばん大事なところ』

 あなたもワクワクしながら勉強する世界にきませんか?

こんにちは、Kouです。

今回は『プロ意識』という話です。

あなたは、人のどこに<かっこよさ>を感じますか?

何となくかっこいい、何となくすごいと思う、その基準は何でしょうか?

その基準は人それぞれ違うと思いますが、その基準は小さな頃から培われてきた日本人の常識を基に築かれているということは理解しておいてほしいと思います。

例えば、テスト前のどれだけ勉強していないか、どれだけヤバいか自慢大会がそれです。

これは大学に行っても続きます。社会に出てからも・・・。

テスト前の教室では、

「全然勉強できていないんだよね。」

「まったく分からなくて、ヤバいんだよね。」

「時間が無くて・・・。」

「あの先生のテスト難しすぎるよね。」などなど、こういった会話がなされていると思います。

僕自身も学生の頃はよくやっていました。実際一夜漬けで乗り越えたテストもあったので、本当にヤバかったっていうのもありますが。

ある時、そんな状況を客観視した時に、ああ、なんて不毛なんだろうということに気づいてしまった。

これってかっこ悪いなって思うようになったんです。

みんなと話すことで不安な気持ちを落ち着かせようとしたり、自分ができないと先にいうことで逃げ道を作っていたり、できない自分を受け入れられなくて、自分の底を知ってしまうことが怖くて、逃げていたんじゃないかと思います。

日本人にとって<謙遜>っていうのは美徳とされているし、僕自身<謙遜>は日本人が誇るべき精神性だと思います。

それなのに、このヤバい自慢大会は謙遜なんかじゃない、ただの言い訳じゃないかと思うようになった。

人間だから時には弱さを出したっていい、ヤバいって言っていい。

でもそれに時間を費やせるなら1問でも多くの問題を解けるようになった方がよっぽど力になる。

だから、社会にでてからも極力<できない>、<無理>ってことを言って来なかった。

だってやっぱりそれはかっこ悪いでしょ、って思うようになっていたから。

「時間がありません。」=自分には時間管理能力はありません。

「できません。」=自分には問題解決能力がありません。

って言っているのと同じだと思うから。


錦織圭選手が敗因はと聞かれて、


「時間がなくて・・・。」なんていうと思いますか?


プロの選手がインタビューでそんなことは決していいません。

彼らはそれに向けて食事も睡眠もトレーニングも気持ちのコントロールもすべてに意識を集中して臨んでいます。

そこまで徹底している彼らでさえ思うような結果がでないんです。

それでも結果を受け止め前へ目を向ける、そんな姿の方が僕はかっこいいって思う。

世の中には物理的に無理でしょって思うような不条理さがある。

テストや入試はそこまでのものじゃありません。

100メートルを9秒で走れとは言っていない。

今のタイムより1秒くらい縮めましょうくらいのものです。

それでも相当な努力が必要です。

20秒を19秒へ、15秒を14秒へ、11秒を10秒へはそれぞれ意味が違う。

上へ行けば行くほど伸び悩むし、必要な努力も変わってくる。

それでも1歩ずつ乗り越えていくしかない。

すべてをかけて、結果と向き合い、自己を磨いていく。

そんな精神性がかっこいいと思います。
こんにちは、Kouです。

今回は最近思うマインドセットについて。

マインドセットとは自分の哲学のことです。

神話と言い換えてもいい、要は自分が信じるもののことです。

「成績は必ず上がる」と本気で思えれば、あとは行動に移すだけですし、

「成績が上がらない停滞期は来るものだ」と本気で思えれば、壁にぶつかってもいちいち慌てることもありません。

「自分なら必ずできる」って本気で思えれば、立ち止まることなく進んでいけます。

「全てはテストであり、成長のステップだ」と本気で思えれば、失敗を怖がることもない。

すべてのことは1つの経験としてプラスに転じていけます。


要は、自分自身が何を信じ、何に従い生きるのか?


この差が、成功と失敗を分かつというわけです。

自分の哲学が無い人間、軸の無い人間、信じるものの無い人間は、他人に左右され、感情はぶれ、不安や恐怖を感じ、いちいち思い悩み、何もすることが出来ず、傍観者となってしまいます。

テクニックや知識は学べば良い。

でも、マインドセットは自分で創り上げていくしかありません。

学び、考え、宣言し、実践する、そしてまたそこから学ぶ。

その繰り返しで自分のマインドを創っていくしかありません。

だから僕は対話することを重視しますし、方法じゃなく本質が大事だと思っています。


勉強で一番大事なことは『方法や時間じゃなく、どれだけ頭に残したか』です。


その結果何ができるようになったのかが大事です。

ここを忘れずに勉強して下さい。

今回はこの辺で。
こんにちは、Kouです。

今回は『怖れるならやるな。やるなら怖れるな。』です。

この言葉は僕が学生だった頃、英語のおじいちゃん先生が言っていた言葉です。

その先生の授業はみんなにとっては退屈な授業だったと思います。みんな息抜き的な空気で授業を受けていました。

でも僕はその先生の話を興味を持って聞いていました。いつも独り言のように話し、1人で笑い、また授業に戻る、そんな感じの授業でした。

そんなおじいちゃん先生が話した言葉が、先ほどの『怖れるならやるな。やるなら怖れるな。』でした。

どんな話しの流れだったかは思い出せませんが、この言葉に震えた覚えがあります。

人には戦わなければならない時があり、それぞれがそれぞれの戦いをする時が来る。

見えない敵を恐がり、怯え、絶望するならやらない方がいい。

でも、やると心に決めたなら怖れるな。自分の弱さに負けるな。自分を受け入れ乗り越えろ。

戦え、戦え、戦え、戦え。まだまだ、限界はこんなもんじゃない。

そう言われているように思います。

それぞれがそれぞれの思いで、それぞれの戦いを。

『怖れるならやるな。やるなら怖れるな。』でした。
こんにちは、Kouです。

今回は『ビクビクしながら生きている人』って話です。

自分の好きに生きられない、可能性を生かせない理由に、「責め」があります。

自分を責める。相手を責める。相手から責められる。

生きていれば、そういう場面に遭遇することは多いと思いますが、責められると、人は萎縮してしまいます。

「自分は、ダメかも。」と思っちゃうわけです。

それが自分からのものであれ、人からのものであれ、責められることで「恐怖」を感じながら生きるようになります。

自分はダメな奴だから、頑張ってすごい奴にならなくてはならない。という意識で、行動が始まります。

そうなると、結果への執着が生まれ、結果が出ないことを怖れて、いつも肩肘張って生きるようになってしまう。

そこに「楽しさ」とか「ワクワク」は存在できなくなってしまいます。

私たちは受験などを通じて、そういう在り方を骨の随まで叩き込まれます。

受験、就職、結婚など、『何かを達成しないとダメな人間』であるかのような烙印を押されてしまう。

結果、恐怖を元に『しなければならない』という意識で行動するようになります。

で、そうやって生きてきた人は、それが自分にとっての当たり前なので、他人にもその在り方を押し付けます。

「○○でなければダメだぞ!」と言うようになる。

それは、その人がそうやって生きてきたため、それ以外の生き方を知らない、認められないからで、自分に許していないことは人にも許すことはできない、だからそうなるわけです。

「それは男らしくない!」「女性はこうあるべきだ。」「その行動はありえない!」と自分の考え方以外認められない。

「○○はダメだよ!」「○○しなきゃあ!」「無理に決まってんじゃん!」その人はそういった思い込みや制限をかけられながら生きています。

と同時に、自分もその恐怖に駆られて生きています。ミスしたら責められる。失敗したら見捨てられる。

そうやって心の底ではビクビクしています。

しかし、

そういった誰かの『責め』や『恐怖』に人生を左右される必要はありません。

それはその人の問題であって、自分の問題ではないからです。その人はその人自身の課題に苦しんでいるだけ。そして、そこに他人を巻き込もうとしているだけ。

自分が許せないことを他人に許せないだけです。

だから、他人の『責め』は一切気にする必要はない。無視して、やりたいことをやりたいようにやればいい。

自分で考えて、自分が良いと思ったらそれでいい。そうやって物事を自分で考えられるようになることが一番大事です。

それができれば、無駄に他人から左右されることがなくなります。逆にそれができないことで苦しんでいる人がたくさんいます。

他人の責めを自分の責めにしてしまい、行動が制限され、自由に生きることができなくなってしまう。

それは、非常にもったいないことです。他人に何か言われたとして、それをどう受け取るかは自分次第。

長くなりましたが、今回伝えたいのはそんな感じ。