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ガイドとの共同生活

スピリチュアル耐性ナシのランナーおばさんが綴る、精神世界での奮闘記

こんにちは、こちはです。
今日は、男女のコミュニケーションに関するこちはの見解を述べます。

「女性は想像、男性は創造(具現化)」という役割分担と、「男性が先、女性が後」という日本古来の順番。
組み合わせると、女性は想像担当で後攻、男性は創造担当で先攻。つまり、イメージするのは女性で、カタチにするのが男性。男性が口火を切り、女性が呼応する。

っちゅーこっちゃ!

どーゆーこっちゃ?

どう説明したら、理解しやすくなるのかな?
たとえば、

あのりんご、美味しそう…と、女性がりんごの木を見上げていた。
そこに、男性が通りかかる。「何かあるかい?」と男性が女性に声をかけた。
男性にそう聞かれて、「私、りんごが食べたいの」と女性が言う。
「あぁ、りんごか。お安い御用だよ」と男性がりんごの木に登り、1つ取って女性に渡す。
「まぁ、うれしい。ありがとう! お願いしてよかった。とっても美味しい」と女性が喜ぶ。男性が微笑む。

なんて平和。

・・・びっくりするほど平和だ!

「女が喜ぶ」と書いて「嬉しい」、この漢字を生み出したのは間違いなく男だな。(そんなことは、まぁよい。)

この役割分担と順番は、文句なしに平和をもたらすな。


でも、役割分担や順番がちがったら、どうなるんだ?
たとえば、

・女性が先に話を切り出す(女性先攻)
→ 女性が男性を呼び止めて、「私、りんごが食べたいの。取ってくださらない?」と言う。

・女性が思いつきで動く(女性創造)
→ 女性が「私、りんごが食べたかったの。あなたも食べる? ちょっと取ってくる、待っててね」と木に登る。

・男性が自分の思いを先に伝える(男性想像)
→ 男性が「おや、りんごがたくさんなってる。うまそうだなー」と女性に言う。

・男性が女性の考えていることをうまく聞き出せない(想像ハズし)
→ 男性が「りんごの木に、何かいつもとちがうことでもありましたか?」と女性に尋ねる。

・女性の思いが強すぎる(創造負担)
→ 女性が「私、りんご大好きなの。この木になっているりんごを全部食べたいの。死ぬほど食べたいの」と男性にせがむ。

・男性が女性を動かす(創造せず)
→ 男性が「なるほど、りんごが食べたいのか。なら、ついでに、オレの分も取ってきてくれないかい?」と女性に頼む。


・・・どれも、どっちかが「えっ?」って言いそう。

ぃゃ、明らかに平和が遠のくな。


まぁ、「男性が食べたいと言って、女性が取ってきて、一緒に食べて嬉しい」なら、それでもよいね。幸せは人それぞれ。
考えようによっては、日本男児は日本母親にそう育てられているから仕方がないとも言えるよね。
男性が女性から貰い受ける、溢れんばかりの喜びは、女性(母)には想像できないもんさ。男性(夫)がその女性(妻)からどれだけ貰い受けているかも定かではない。
とにかく、男性の喜びは女性が想像できるサイズではないと、こちはは知っている。男性性が強いからと言って、こちはは誰かのためには死ねない。こちはが命を懸けるのは、そう、自分のため!


こうして、つらつらと、お互いに自然と嬉しさが湧き起こるシチュエーションを考えてみると、さすがのこちはも役割分担と順番を守りたくなってくる。

が、その前に、相手だ!

こちははりんごが食べたいと思ったら(こちは想像)、すぐさま自分で木に登り、1つ取って(こちは創造)、一人で食べた。
「美味しかった。自分で取ったりんごは格別だわ。ごちそうさま!」
こちは、大満足!

なんなら、りんごの木から育ててるわ。

ん〜、やっぱ傍から見たら、どこか、「麗しい嬉しさ」が欠落しているように見える。

こちは