乾くるみ「イニシエーション・ラブ」 | 昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)/文藝春秋
¥626
Amazon.co.jp


たとえば、心も凍るほど冷え込む12月の夜。


部屋にいたらムショーに腹が減ってきたので、近所のセブンイレブンまでカルビ弁当でも

買いにゆこうかとか考える。


歩いてたった数分で弁当ひとつ買ったらすぐ戻ってくる。外にでている人も少ない時間。


しっかりとした格好にわざわざ着替えるのも面倒くさいので、適当に寒くない恰好で

ささっと行って帰ってくるつもりで着替える。


一番すぐ手にとれるヨレヨレのジーパンに、丈も袖もツンツルテンのトレンチコートを着る。

いつか捨てようと思っていて、部屋の隅にたたんでおいた服たち。

普段人と会う時は絶対にきない。短時間でも日中は着ない。

ただ、今は人も歩いていない夜中だし、ほんの数分セブンイレブンにゆくだけだから、もう

こんな格好でもいいだろう、と割り切って外に出る。


一歩玄関の外にでたら、寒風が首を切りつけてくる。

ただでさえダサダサなスタイルだが、深夜だからまあいいかと妥協して、コートの前を

首のところまでキッチリ閉めて、ダサさをきわめてセブンイレブンに到着。


いざ、入店すると……

互いに存在と名前くらいは認識している中学校時代の同級生の女の子と偶然にも卒業から

30年以上たって鉢合わせしたりする。


「うわー! 普段地元を歩く時はそれなりにオシャレな恰好して歩いていたのに、

なんでたまたま一回だけ、深夜にこういう恰好して短時間外でたタイミングで同級生に

遭遇するんだよ!」


と心の中で我が運命を呪ったりする。


こちらはその時たまたまそういう恰好してただけだけど、向こうからすれば

「あ、あいつ、たしか○○だっけ?……うわ、すげえダセぇやつになりさがってるわ……」

と思っているに違いない。


これが当時まだ、それなりに交流もあったり会話も存在したくらいの同級生だったら、


「あれ!○○じゃん!超久しぶり~!」とか声掛けたあと、

「いや~、ちょっと近所だったからさ、ついついこんな格好で来ちゃったよ!あはははは」

と、最後に往年のトシちゃんみたいな笑いでもくっつけて言い訳でもできるんだろうけど、

お察しのとおり、本当に単純に同級生だということを認識している程度の超極ウス関係。


挨拶もやり取りもないまま、店をでて帰路につく間、頭をよぎるチープな後悔。


あの同級生の女の子にとってのオレのキャラづけは、ダサダサ男として上書き更新された

まま、ずっと行くかもしれない……

ちょくしょう、セブンイレブンに同級生がいるってわかっていたならば、たかが買い物なんて

あなどらずにジーパンにライダースジャケットで行ったのに……。


なんて愚痴りながらトボトボとひん死の精神状況で街灯の下を歩く。


別にその同級生の女の子に好意を抱いていたわけじゃない。

だけど、やはり男として同級生として、最低限ダサいやつだとは思われたくないものだ。


もっとも怖いのは、遭遇した女の子がいまでも他の同級生と付き合いを持ってて、

その同級生たちと次回あった時、


「中学の時に○○って、いたじゃん!? この前偶然コンビニで見たんだけど、めちゃくちゃ

ダサ男だったよ!」


などと拡散されることだ。それは恐怖以外の何物でもない。


だけど、実はもっと怖いのは「○○って、いたじゃん!?」と言った時、相手に

「そんなやつ、いたっけ?」と言われることだったり(爆)



…………


男女の間においては、恋愛とか結婚とかの領域に入ることなく、そのかなり手前においても

何がどうなるか、どこでなにが起こるかわからない。


上に書いた例においても、30年ぶりに遭遇した同級生が男だったなら、まだダメージは

浅かったと思う。


まさにすべてはタイミングである。

望んでいないタイミングで、望むことがおきてしまったり。あるいはその逆だったり。


まだ20歳になる前のころだったかな。


バイト先の人が2対2で合コンのような飲み会するから来てくれといわれた。


当時から女性と話すことに緊張してそういう場が苦手だったことと、特に恋愛願望なども

なかったこともあり、あまり乗る気ではなかったが、誘ってくれたのが一応年上の人だったこと

もあり、渋々OKして出向いた。


どんな女性がくるのかもわからなかったし、来たとしても可愛いかわからない。

可愛かったとしても、そんな人がオレのような虫ケラを好きになるはずがない。


マイナス思考の化身となったオレは、服装もそれほど意識せず最低限のオシャレで

なにも期待せず、ただ早くその会が終わってくれればいいと思って店にいったのだが……


まだ若き日のこととはいえ、自惚れかと思われたくないから詳細は割愛するが、

「来る子が可愛いかわからない」「可愛かったとしてもそんな子がオレを気に入るはずがない」

という決めつけが完全に覆され、戸惑った。

そうなるんだったら、もっとオシャレしてきたのに。と最初とまったく違うことを思い始めたり。


「ほんとのオレはもうちょっとだけオシャレなんですよ!」

と心のなかで叫ぶ。


ちなみに当時20歳でオレよりひとつ年上の女性。黒髪の清楚系。名前はユミさん。

(4人で撮った当時の写真が今でもおそらく実家にはある。未練タラタラで保存しているわけではないので)


まあ、実際その時の恰好でどうのこうのはなかったけど、純粋に当時のオレが女性と話すことに

まだ緊張しまくりだったことですべてがグダグダだった。


飲み会のあとにいったボーリング場で、他のふたりがちょっと席をはずしてオレと彼女ふたり

だけが並んでレーンの席に座っていた時、彼女のほうから

「ねえ? ケンくんはどんな女の子が好きなの?」

と聞かれたけど、オレはそんなこと訊かれるなんて思ってもいなかったから、恥ずかしいわ

焦るわ、なんてこたえるのが正解かわからないわ。


何も答えないのも失礼だと思い、とりあえず


「(どんな女性が好きかは)わからないですね……オレはその時の好きになった女性がタイプ

ですから」


とか答えてしまった(爆)


念のためにいっておくがこれはかっこうつけたわけじゃない。

もちろん、本心でもない。


バラしてしまうほうが逆に恥ずかしいが、ホントに恥ずかしくて心臓バクバクして頭のなかが

真っ白になって、なんて答えていいかわからず、当時見ていたバラエティー番組か何かで

出川か誰かがネタとしていっていた女性観をそのままパクッていってしまっただけである。

アホだな、うん。


そんなオレの対応を見た彼女は、はぐらかされたといった感じのアヒル口をしていたけど(笑)


以上の流れからお察しできるように、それから何も進展せず、数か月後その彼女には彼氏が

できたという情報が入ってきた。

なんだかよくわからないけど……ちょっと寂しいものを感じた。



口下手なオレだけど、もしあの時ちょっと違った対応をしていたら、もともと乗る気じゃなかった

合コンが予想外の流れを引き寄せていたかもしれなかった。

乾くるみの小説「イニシエーション・ラブ」のように……。



――

僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて……。

甘美で、時にはほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説――と

思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に

変貌する。

「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。(解説より)




そう、肝心の作品の話。

前から気になっていたけどやっと読めた。


冒頭からずっと読んでゆくと、どストレートの甘い恋愛小説。

だけど解説を読めばわかるとおりに仕掛けがあるのだ。


これを恋愛小説という概念を持って読みに入ったか、それともミステリー小説として

読みに入ったか……

それが人によってのレビューの評をわけたところだろう。



仕掛けやトリックといっても、物語の中で犯人が刑事をだましたとか、

彼女が彼氏をだましたとかいうトリックではない。


作者が読者をだます、いわゆる叙述トリックという手法だ。

このコラムでも過去に紹介したが、他の作家でも我孫子武丸や折原一が十八番としている

手法。


オレはかなり好きなジャンルなんだけれど、本をあまり読まない人にはピンとこないかも。


参考までに3年ほど前、その「叙述トリック」を使って考えて書いた短編があるので

よろしければご覧いただきたい。

これを読んでいただければ、叙述トリックなるものがどういうものか、だいたいご理解いただけるかと。

その当時なりにちょっといいかなと思ったんだけれど、身内からの声がまったくなかった(+o+)



短編ノワール 「愛犬家」



個人的には死ぬまでに読んでおかないと、人生でひとつ損をする一冊だと考えて過言では

ない。ピース又吉のおススメの一冊。


しかしなあ、

叙述トリックというものは文章だからこそ可能な芸当であって、これは映像にできないと思えるんだけれど、映画化しているのだな。いったいどうやったんだろう?

仲良しブロガーさん(笑)は映画のほうを先にご覧になられたようですが、オレも映画が気になってきた(^-^)



恋愛小説からミステリーに変わる仕掛けがあるこの作品。

読み終わって最後に「え??」とか「どういうこと!?」とか「騙された!」と思うかどうかは

あなた次第。



でも、オレが本当に最後の最後で騙されたのは原作者の乾くるみサン。


愛らしいその名前からして、ずっと乙女チックな顔した女性作家だと思っていた。

読み終わったあと、気になってパソコンで画面検索してみたら、クマみたいなオッサンぢゃないか!


これが一番の大ドンデンがえしである。