Return to Myself~しない、しないナツ | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。



「ミヤガワ ダイスケ」
「サトウ アイコ」
「ナカムラ シュンスケ」
「タムラ リョウ」
……

さあ、ここで皆さまに質問。

上の四人の名前を読んでまず最初に、どう思っただろうか?
ホントの最初の最初にどう思ったかである。

「全員知っているけど、この4人がどうかしたの?」
という人と
「え、ちょっと待って!それぞれ‘どっち’の!?」

という2タイプに分かれるだろうと思っている。勝手に。
中には「え? てか、サトウアイコって2人いたっけ?」と言う人もいるかもしれない。
いるんだよ。永作博美がいた「リボン」と言う三人組のアイドルのひとりに。
オレはそのテのアイドルに興味はなかったけど、高校時代の友人がファンでCD持ってたから
憶えている。当時は永作に続いてけっこう人気あったようなのだ。


そんな名前のことを踏まえた話から入ろう……


小学校時代でも中学校時代でも高校時代でもいい。
同じクラスの中で同じ苗字、あるいは同じ名前のクラスメイトが存在したことはないだろうか。

そして、もしもいた場合はクラス内に二つ存在しているその苗字(名前)について、
他のクラスメイトは、自分と、もう一人の人間のどちらのほうにその名前の印象を持っているかと考えたことはないか?

……ちょっとコレは言い方がムズい。
わかりやすく例えよう(._.)

仮にオレの名前が「スズキ イチロウ」だとする。
そしてクラスの中に「サトウ イチロウ」というもう‘もう一人のイチロウ’がいたとする。

そんな時、クラスのみんなは「イチロウ」という名前を聞いてオレと、サトウイチロウの
どちらを先に思い浮かべるのだろうかということである。


オレは特に競争心とかそういったメンドクサイものは持ち合わせた人間ではないのだが
名前に関して、同じ名前であるのに自分じゃないほうの人間がその名前で認識されているときいたらなんか腹がたつ。

これもわかりやすく言おう。

英語の授業でアメリカ人のセンセイが臨時ゲストで来たとする。
各自の名前がセンセイにわかるように、机の上に自分の名前をローマ字で書いた
プレートを置くとする。

上の例でいうとオレは
「Ichiro Suzuki」
と書いて置く。

オレのすぐ近くに座るサトウイチロウは
「Ichiro Sato」
と買いたプレートを置く。


アメリカ人の先生が次に指名して答えてもらう生徒を探して教室内(のプラカード)を
さーっと見まわしたあと、答える生徒を決定して
「Ichiro!」
と言ったとする。

その瞬間、周りにいる他のクラスメートは、オレ(スズキイチロウ)とサトウイチロウの
どちらの顏を見るのかということだ。

半分くらいがサトウイチロウのほうをぱっと見たとしても、残った半分がオレのほうをみるのならばクラス内における名前の印象率は五分五分だからまあいいとする。

全員がオレとサトウイチロウの顏をキョロキョロと見比べて「どっちのイチロウ?」みたいな
雰囲気になるのも、まあ引き分けのようなものだ。

だけど、そこでクラスの大多数が「Ichiro!」というのを聞いた瞬間に、サトウイチロウの
ほうを見たとしたら、オレは屈辱感だけでなく、「オレはこのクラスではイチロウとして認められていないんだ……。イチロウという立場としてはサトウよりも下で認識されていたんだ……」といった憂欝感に包みこまれてしまう。

ナイーブなんだか、気にし過ぎなんだかよくワカランが、とにかくオレはそういう人間。


中学1年の時に初めて同じ名前の同級生がクラスに出現した。

オレと同じ名前のそいつは男前ではないけどヤンキーっぽいやつで、
中1のくせにいつも髪をムースで固めててボンタン履いていて、周囲には多少の女子も集まっているようなやつだった。

まともに話したこともないし、何かされたとか言われたとか言う事も全くないけど
なんかハナにも目にもつくやつで、いけすかなかった。
嫉妬のような感情はまったくないけど。

普段からすかした雰囲気を出していて目立ったのでハッキリ言って転校してほしかった。
嫉妬のような感情はまったくないけど。

同じ名前にも関わらず、そいつはクラスの女子や、一部の女教師から
「ケンちゃん!ケンちゃん!」と呼ばれていた。

それに引き換え「中学の時イケてなかった芸人予備軍」のオレのほうは
親しみのある渾名も何もなしの、苗字の呼び捨て……


その時に感じた「同名の中にも潜んでいる格差」が今でもオレの中で心の闇となって
残っているのかもしれない。


そんなところで、かつて大ヒットした「Return to Myself~しない、しないナツ」
を歌っていた浜田麻里。

この曲が流行った数年後だと思うが、モダンチョキチョキズというバンドが世に現れた。
最初のほうは
アタマがジャングルグルグルグルグルグルグル、だっよーん!
なんて唄を歌っていたので単なる瞬発的なコミックバンドかと思われたが、ヴォーカルの
女性はその後も芝居の方向へと進んだりして今はその知名度を確固たるものとしている。




モダンチョキチョキズ……そのヴォーカルの女性の名は
「ハマダ マリ」(濱田マリ)。

モダンチョキチョキズが音楽シーンに登場して、そのヴォーカルが「ハマダマリ」
だと名乗ったのを聞いた時、「Return to~」のほうのハマダマリが
「日本の音楽シーンにおいて‘ハマダマリ’と言えばワタシよ!!!」
といった想いを果たして抱いたのかどうかということが個人的に当時気になってしまった。

ただ、それだけの話だけど。


ちなみに「Return to~」は化粧品CMとのタイアップ曲だった。
しない、しないナツなどといかにも思わせぶりな歌詞だが、歌の内容は
「心の染め直しをしないナツ」という意味であり、化粧品CMで流れる際には
化粧直しだか、日焼けだかをしないナツという意味合いで使われていた。


そういうことで夏だからナツらしい曲をテーマに1本書いてみた。

うーん……
あしたまにあ~な(特に意味ナシ)