小学生の頃、近所の友達の家によく遊びにいったりしていた。
その友達のお父さんはテレビで放映された映画を録画してコレクションにするのが好きな
人だったようで、リビングにあるテレビの下のケースには、いろんな映画のタイトルが書かれた
シールが背に貼られたVHSのテープがずらっと並んでいたのが今でも印象深い。
それを見たオレはまだ子供だったこともあり、まるで自宅にちょっとしたレンタルビデオ屋があるようでいいなという憧れの視線で、友人宅のそのビデオカセットケースを見つめていた。
カセットの背にはたくさんの聞いたことのない映画のタイトルが並んでいたが、そんなラインナップの中で今でも忘れずに憶えているタイトルが「居酒屋兆治」という映画のタイトル。
小学生男子にとっての映画といえば、ドラえもんのようなアニメか、もしくはスタローンとかが
暴れまくる戦争モノの映画。
人情モノが多くアクション性が低い邦画に関しては興味も知識も乏しいのが当然。
「のび太と海底鬼岩城」にて、水中バギーが大ボスであるポセイドンの口内に特攻するシーンで
号泣はしても、普通の人の出逢いや別れで涙を流すような映画にはあまり興味はない。
それにも関わらず、なぜあの時はまだ小学生にして、いかにもどっぷり人情邦画を思わせる
タイトルである「居酒屋兆治」というタイトルが気になってその名を憶えるまで至ってしまったのか。
プロ野球が好きだったので、たぶん村田兆治からの連想だったと思う。
うん、絶対そうだ。間違いない!長井秀和。美人局被害 (懐)
それからかなりあとになって知った事実が二つ
実はその「居酒屋兆治」という映画は高倉健主演でかなりの名作であり、
山口瞳が書いた原作も有名で評価の高い作品だということがひとつ。
もうひとつは、その山口瞳が(生前に)国立に住んでいて、居酒屋兆治のモデルとなった
「文蔵」というモツ焼き屋がオレの実家からも、今の部屋からも比較的近い国立市の谷保すぐ
近くにあったということ。
小さいころ谷保天満宮のほうに戦車のプラモを買いにいったり、高速道路下にある水路に
ザリガニを捕まえに自転車で行っていた際、その店のすぐ前を何度も通っていたのだが
子供だけに全く知らずに意識してもいなかった。
山口瞳は「文蔵」によく通っていたので、その「文蔵」をモデルにした居酒屋を
登場させる作品として「居酒屋兆治」を書いたそうだ。
谷保という駅の周辺は静かな住宅街なのだけれど、映画化が決まった時にはアノ高倉健も
役作りにためにと、完全なプライベートで訪問したという。近所の店の人が目撃して驚いたとか。
あと、もうひとつ。ついでにではあるが個人的なコボレ話。
最近、親から聞いたのだけれど、弟の友人のお父さん(オレも逢ったことがある)が文蔵に通って
いて、そこで山口瞳と仲良くなったらしい。
映画版の居酒屋兆治の中で、小松政夫が演じる人間がいるのだが、そのモデルもその弟の
友人のお父さんだと聞いてびっくりした。山口瞳の計らいという。
原作は読んだが映画はまだ観ていないので今度観てみようと思う。
さて……それらの前提を踏まえて頂いてやっと本題に入れる。
そんな名店「文蔵」もご主人夫婦が高齢になったことで、もうかなり前に店を閉めたのだが
その際、その店の味と歴史を引き継いで営業しているのが三鷹で店を構える居酒屋
「婆羅羅(ばさら)」だ。
そんな地元にゆかりもあって、さらに有名小説、有名映画になった店のルーツを辿っている店ということもあり、以前から気になっていた店で一度行ってみたいと思っていた。
もちろん、映画や小説の話題性抜きにしても料理や店の評判もかなりのもの。
そこで今回はGWでの4軒に続く、酒場放浪シリーズ5軒目。
と、いうわけで三鷹へ。
『婆娑羅』
東京都武蔵野市中町1-3-1桜井ビル1F
HPはココ 。
入口に掛かるのは「縄のれん」
シブい。
店名がまた提灯のイメージにぴったり合っている。
「婆娑羅」……まるで男塾死天王の中にいそうなゴツイ響きだが、実際は神さまの名前だ。
おっと、ひとつ言い忘れたことがある。
今回はソロだ。友人は同行していない。
つまり……「はじめてのおつかい」ならぬ、「はじめてのひとり居酒屋」だ。
オレが初めて一人で入る居酒屋……ちょっと緊張したが、たとえ一人でも行きたいくらいに
気になっている店だった。
また一人で酒場に入ることにもなれておかないとと思ったこともあり思い切って平日の
仕事後に一人で出掛けた。
さあ、思い切って楽園の扉をあけてみようではないか。ガラガラ。
名物ご主人が「いらっしゃい!」とだけ言うと、右手で後方をさして「あちらへ」という
提示があった。なんか……いいぞ、この感じ。
店内は最近再び注目を浴び始めてきている「コの字カウンター」だ。
オレはそのコの字の一番端に座った。ビギナーは常連客に挟まれそうな席よりも
片方に壁があるほうがいい(笑)
椅子は木の切り株の上に座布団?という古風さがイカしている。
オレの席から観た風景の一角度。
オレが座ってから数分後に、単独の男性のお客さんが入ってきて、ひとつ空けた隣に座った。
労働後だったので、やはりまずは「生」を一杯。
この店は「エビスビール」
お通しは大豆だろうか。大豆を食べて大豆マンブラザーズバンド……とくに意味はナイ。
周囲を観てなんとなくわかってきた。
ひとりでこういう居酒屋に入った時は生よりも瓶ビールのほうがなんとなく合っていると
いうことに。
ビールを飲みながら串を食べる。
「かしら」1本95円を2本。
美味し。
そして「今日のモツ煮」のコーナー。
これが婆娑羅の「モツ味噌煮込み」500円である。
ここのモツ煮込みは注文を受けてから温められる。
見てわかるように鉄鍋のまま登場し、下にはぶ厚い座布団が敷かれているのだ。
量もなかなかあってこれもまた美味い。
モツ煮込みをズズズと一人ですすりながら、何気なく店内の様子を改めて見まわしていたら
隣に座っていた男の人から「こんにちわ」と声をかけられた。
互いに単独だったのでオレも「あ、こんにちわ」と返す。
「よく来るんですか」「いや、初めてなんですよ」
「仕事後ですか」「はい」
「それはどうもおつかれさんです」(男の人が軽くペコリ)
「あ、いえいえ、そちらのほうもおつかれさまです」(オレもペコリ)
単独で来店して隣通しになった知らない物同志が会話をはじめる……
なんか、居酒屋の様子を紹介するドキュメントとかドラマような展開になってきた。
おお、これが大衆酒場という場所なのか!
話していると、その人も出版社で働いていて、オレも出版社(元だけど)。
偶然とは重なる者だ。
気付いたら話が盛り上がっていた。
その人も婆娑羅には数回来たことがあるらしいが、その日は2年ぶりくらいに来た様子。
なんでも、ここで使っている豆腐が好きらしい。
「ちょっと1つ食べてみてくださいよ」
と言われて、その人が頼んだ厚揚げを1つもらった。たしかに美味かった。
前にも別記事でちらっと書いたが、こういう場所でのこういった‘偶発的’な交流はキライでは
ない。なんかスキだ。
オレはハナから「人が集まるところにいって交流を作ろう」だとか
「自分から積極的にいろんな人に話しかけよう」とか呼びかける考えが好きじゃない。
なんかそういう考えには元厚生事務次官の岡光序治から漂うものにかなり似たような
胡散臭さというか生理的嫌悪感をおぼえるのだ。
だから交流ありき外出をする気はないが、今回のように「一人でいいや」といった心意気で
出掛けた先で、たまたま何かのきっかけでこうやって会話がはじまるといった流れは好きだ。
そこに策略やおしつけがましさがないから。
その男の人もこの店が好きなようで、呑みながら機嫌よくなって会話の途中でカウンターの
中にいるご主人にもたまに何か話しかけていたりした。
「大将! なんでこの店はこんなにいいのかな!」
するとご主人、笑いながら
「そんなの、オレがいいオトコだからに決まってんじゃねえか!」
なんだ? この空気は? なんだかよくわからないけどなんか楽しいぞ……。
これが大衆酒場の醍醐味というモノなのか。
そんな感じでいろんなこと話していて時間が経ってきたその時、その隣のお客さんがオレに
「あの、よかったらこのあともう一軒ご一緒にいきませんか! 行きたい店があるんですよ」
マジか!
今までも一人で何回かいろんな居酒屋に通ったうえで、こういう居酒屋ドラマの脚本みたいな
シーンに遭遇するというのならわかるが、オレ、一人居酒屋はこの日が初だゾ(ー_ー)!!
はじめての一人居酒屋した日で、しかも初めて入った店で、隣に同じ畑の人が座って意気投合して二軒目に誘われるなんてそんなことあるのか!?
流れが出来過ぎている……これはビギナーが遭遇するようなシーンではない。
これは何度も足を運んでいる常連客が遭遇するシーンだ……
この状況は何かに操作されているか、あるいは何かの演出ではないだろうか?
このお客さんは偶然オレと同じ出版畑にいて、偶然オレの隣に座ったわけではなく
誰かがオレの隣に送りこんだ偶然を装ったサクラの客に違いない。
誰だ? 送りこんだのは?
きっとクローズアップ現代のスタッフ だッ!(爆)
でもやはりどう考えて偶然にしか思えなかったし、その男性のお客さんもとてもいい人だった
ので、せっかくだしオレもそういう誘いを受けてなんか嬉しかったから、「ぜひ」とお答えさせて
頂いた。そしてその後一緒に2軒目に(笑)
しかし、まさか単独酒場ビギナーのオレにこんな展開が待っているとは本当に予測して
いなかった。それだけになんか新鮮で楽しかった。
(2軒目の様子は後日また改めて簡単な居酒屋放浪記事に載せます)
そういった予想外の展開もあったので予定より早く店を出たが、婆娑羅にはまだまだ気になる
料理がたくさんある。
「手作りソーセージ」や「ねぎそば」の他に「絶品〆さば」などなど。
酒に関してはオリジナルブレンド芋焼酎を是非呑んでみたかった。
今度は呑んで見ようと思う。
この婆娑羅という店……かなり気にいってしまった。
友人と訪れてもいいし、また一人出来て手酌するのもいい。
カウンター上の籠に入っていた近藤真彦がなかなかイカしたデザインだったので
来店記念にひとつ、ポケットに忍ばせて店をあとにした。
居酒屋放浪シリーズ5軒目、これにて終了。
ちなみここ婆娑羅は吉田類氏も訪れている。
この企画、思ったより評判いいので出来る限り頻度を減らさないようにしたいと思います。
責任を感じるから「増やそうと思う」という言い方はできませんけど(笑)
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