小さい頃、自分の味覚がオカシイのかと悩んだことがあった。
その発端はオニギリ。
テレビドラマとかで家族の食事シーンを観てても、たまたま流れてた
グルメ番組観てても、友人の家に遊びに行って食事を出してくれた時も
世間はオニギリに関してやたら
「ほっかほか」で「海苔がパリパリ」のオニギリがオイシイというのが当然の
ような流れで勧めてくる。
「ほっかほかのオニギリ作ってあげるからね~」という海苔・・・いやノリで
オレは当時から現在にいたるまで「冷えたオニギリ」が好きなのだ。
いい具合に冷たくて、いい具合に固くなって、湿気を帯びた海苔がピタっと
本体に貼りついてるあのオニギリ。
遠足の日の朝作ってもらってリュックに入れて出発して、お昼に高尾山山頂で
アルミホイルを開いた時に現れるアノ固くなったオニギリ。
齧ると冷たくていい感じに歯が喰い込むあのオニギリ。
ずっと「冷ムスビ」を信仰してきたのに誰に言っても「ほかほかのほうがウマい」と
嘲られてきた。だから自分がオカシイのかと思っていたが、大学の時に「やっさん」という
渾名の友人(渾名からして名字が想像出来ると思うがw)がいて、その友人にこの件を
話したら、スゴク共感してくれてちょっと安心した。
その後、コンビニオニギリでも「しっとり風味」なる海苔ペッタリが出てきて、
やっとフードカルチャーがオレに追いついたかと納得(偉そう)
人それぞれ、食べ物に対しては色んな思いを抱いている。
そんな「食」にこだわる人にはおススメの本。
- ホットドッグの丸かじり (文春文庫)/東海林 さだお
- ¥540
- Amazon.co.jp
かの椎名誠も「食」に関するエッセーなら東海林さだおサンのがベストだと言っていた。
食べ物には「ここで食べるのが美味い」という適材適所だあると指南するようなエッセー。
通勤電車の中で読んだりするのにはもってこいである。
例えばこの本の中でも取り上げられていて、今や世間でもお約束になった「食の適材適所」
といえば、やはり「海の家で食べるラーメン」
アソコの店は細い麺のうえ、出汁は明らかに化学調味料、ハムみたいなチャーシュー。
なのにギャバンのコショーを2,3回フリフリしてズルズル啜るとヤケに美味いんだな、これが。
缶高値・・・じゃなくて、観光地のホテルの自販機並にふんわりとプレミアな値段を踏んだ来る
のに美味く感じるし、みんな食ってる。
朝早く起きて、さらに水に遣って腹が減ってるということもあるだろうし、
水着だけにオトコは上半身裸、オンナも半裸(ビキニなら)だから思い切りズルズル啜っても
自慢の白Tに‘汁爆弾’が炸裂することもないという解放感もあるんだろう。
「海の家」だからこそ、あのチープ感あふれるフードが受け入れられるんだろね。
仮に値段がフツーだったとしても真夏の太陽の下の砂浜では大勝軒の本格派にして
ボリューム満点のラーメンはあまり食う気しないかもしれん。
とか言って実際出された平らげたりするかもだが(笑)。
ゲレンデのレストハウスのカレーも1000円くらいするけど美味いな。
それも似たようなもんかもしれん。
本の中ではそんなよーな話が他にたくさん。
ラーメンスープにも、カツオやサバやサンマなどいろんな「業種」が新規参入してきたとか
企業風に例えて書いてあったり。
さて、今回のもう一冊は何にしよう・・・・
じゃあ、ずっと前から気になってたがやっと読んだ「今さら」のコレ。
アガサ・クリスティ。
- そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)/アガサ クリスティー
- ¥714
- Amazon.co.jp
いやいや、ホントに恥ずかしながら今さらです。
いやあ、やっぱりミステリーの原点というか金田一少年の原点がここにあると
感じた。
「島」や「屋敷」のような隔離された場所、閉ざされた場所に隠ぺいした過去を
もつクセのある人たちが何者かに呼ばれ集うというパターン。
そして、その地に纏わる伝説やわらべ歌になぞられて1人、また1人と殺されて
ゆく。
推理ドラマや探偵アニメで、CM入る前やその放映日の回のラストに
登場人物の顏写真(またはイラスト)が並んだ画面になって、死んだ人の写真が
グレーになって、「消え」を意味するあのお約束演出がアタマに浮かぶw
そのテの推理モノにはお約束になり過ぎてて、ネタバレにはならないと思うから
書く。
大体、物語の中で「○人目の犠牲者」とかいう設定で居なくなった人って被害者と
されるけど、「死体が上がってなかったり」「顏や指紋が潰されてたり」する場合は
ほとんど実は生きてたり、身代わり死体を使ったりしてて、影で殺人を続けてる
真犯人だったりするのね。「実は死んでなかった」というオチで。
しかし、原題は知らんけど、このサスペンスチックな邦題をつけた日本人の人の
センスって素晴らしいと思う。
本日はこれまで。