私が愛した四万温泉① | 昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

「我はでくなり つかわれて踊るなり」 画家・中川一政

数年前・・・
実体が無く見えないヤツの拳がオレの心の横っツラをいきなり殴った。闇討ちだった。
オレはいつもの居場所から『枠』の外へフッ飛ばされた。理由など解らぬまま・・・。

オレを殴ったその見えない拳は、実体こそ無いものの、銭の匂いにまみれていた。
キレイな銭ではない。己の私腹を肥やすために搾取した紙幣を数えるうちに手に沁み込んだ
インクの匂いだろう。
その拳がオレの心の顏に触れた時、オレの顏にも汚い銭の匂いとヤツの匂いが移ってしまった
ような気がした。早く洗い流したかった。

ドラマや小説の中でなく、身近にこんなに汚い人間がいたとはオレも甘く見ていた。
不健康に黒い肌だけでなく腹の中もドス黒いヤツ。
ずっと年上にしてここまでえげつない人間の直下になったのは人生で初めてだった。
ヤツは自分の保身と悪事をばらされないようにするため立場を利用してオレと仲間を迫害した・・。

「真面目に生き抜くことが何故に馬鹿馬鹿しいんだろう」―長渕剛・しょっぱい三日月の夜―

「世間が嫌になった」「人間が嫌になった」そしてオレはすべてが嫌になった・・・。
オレは無性に何処か静かな場所へ遁走したくなった・・・一日でも一秒でも早く。
東京にいると決して思いついてはいけない2文字の行動が浮かびあがりそうでそれを打ち消す
のに必死だった。

静かで長閑な何処かへ。。。

オレには以前から一度訪れてみたい土地があった。本で知った温泉郷だ。
そこに行ってみようと決めた・・・。
その場所に‘何か’を求めて。いや、‘何もない’のを求めてと言うのが正解だろうか。

数日後、
ジッパァのつまみが割れて欠けた襤褸襤褸のボストンバッグに小野不由美の本と着替えを
入れ、それを持ってオレは部屋を出た・・・。駅の改札を通り抜けて、ひとり電車に飛び乗った。
JR大宮駅に着いたら高崎線に乗り換え鈍行で北へ向かう。
特急は使わない。勿論、金銭の問題も存在したが「ゆっくり」を目的に旅に出たのにいきなり
特急で急ぐのは矛盾だと判断したからだ。大宮から高崎までは外を見ても無機質な建物が流れ
趣が無い。オレはバッグの底に埋もれた本を取り出して読みだした。

高崎から吾妻線という電車に乗り換え、電車は駅を発ち走り出す。
オレは再び本を開きページに目を落とす。
・・・
すっかりヌルくなった〈おーいお茶〉のペットボトルが横の窓ガラスに映っている。
その窓ガラスの向こうの世界に流れるものがビルなどの建物から山や畑に変わってきた。
オレはそっと本を閉じ、景色を眺めることにした。
途中で「祖母島」という無人駅に停車した。
「嗚呼、こんな駅で一度下車してみたいものだ」と心の中で呟いた。
その思いは後に友人との旅行で実現することとなる。

長閑な風景の中、吾妻線はガタンゴトンと線路の上をやさしくすべってゆく・・。
季節は夏の終わり・・・ 雪景色にはまだかなり早い。

だが、オレは雑踏を離れ静かな土地に向かう電車内の己の姿を映画「オルゴール」のOP映像に
投影させていた。



トンネルを抜けるといきなり広がる無垢な白い世界は、どこか川端康成の小説を思わせた。
「オルゴール」のOPのあの美しい映像と儚い歌がたまらなく好きだった。

自分のイメエジの世界にどっぷりと浸かってしまうのはあまり良くないことだというのは
解っていた。でもその時点でオレの最も安らげるスぺエスは己の脳の中で構築された妄想の
世界しかなかったのである・・・
ガタンゴトン、ガタンゴトン、・・・車内に鳴り響くα波が憎いほど心地よい。
失意のオレを乗せて電車は群馬県の「中之条駅」へと向かっていった。


高崎駅を出発して4~50分、車内の乗客もまばらになり電車は中之条駅に到着しオレは下車した。
待合室もある小奇麗な駅舎で、駅前にはロォタリィがある。
ここから目的地まではバスで50分くらい。本数は地方らしく大体60分に1本だ。

電車を降りて改札出てから10分後に目的地行きのバスが来るようだったが、オレはあえて
1本やりすごすことにした。もうこの駅の情景から楽しんでゆきたかったのだ。
ロォタリィに出て左側にある家庭的な食堂で昼食の蕎麦を食べた。食事が済み店を出たら
向かい側にあるタクシイ会社の入口横の階段にすわり読書の続きをしてバスを待った。

時間になったらバスが来たんで乗り込んだ。
運転手さんに「このバスはどこどこへ行きますよね?」と聞いた。
そこに行くということは分かっていたが人の良さそうな地元の運転手さんと言葉を
交わしたくてワザと聞いてしまった。そんなオレに運転手さんは丁寧に笑って答えてくれた。

乗客は他に数名。仲良し老人グループと中年夫婦と若いカップルとオレを乗せて
バスは走りだした。

暫く走ったら左手に鮮やかなコバルトブルーの奥四万湖が見えた。
その蒼さには驚き感動したものだ。こんな綺麗で蒼い湖面は初めてみた・・・。
まるで大地の窪みに「青空」が溜っているようであった・・・。

バスは山を登り続け、信号もコンビニもない温泉郷へと入っていった。
停留場の間隔がだんだん短くなり、客もひとり、またひとりと降りてゆく。

やがてバスはオレの目的地である場所の「山口」という停留所に到着した。
オレは運転手さんに小さくお礼を言ってバスを降り、その地に立った。

$昭和80年代クロニクル-四万バス停
(画像はそのバス停。こちらは過去公開した画像より)

その風景は想像していた通り、いや、それ以上の素晴らしい温泉郷の風景であった。
遥かなるノスタルジイのプロトタイプ(原型)。
デジタルや文明に浸食されつつあるこの國の中で
まだ俗化していない桃源郷は存在していたのだ・・・・・・・・。




次回
『私が愛した四万温泉② 世のちり洗う四万温泉』
に続く。


※なお、今回のシリーズは思い入れが強いことと私の実験的嗜好でシリアスな文体で
 続きます。内容は現実に沿ってますが表現は意図的なものなので普段と同じように
 軽い気持ちで読んでいただき、また全話が完結してない途中記事でも気軽なノリで
 感想などのお声を頂ければ嬉しいです(笑)。宜しくお願いします。